二章 5
みなもと二人で人並みをかき分けながら漁港の場外をうろついてると、新鮮な魚介類が食べさせてくれそうな食堂が、数件並んでる一角に出た。
やっと本命にありつけそうだ、とワクワクしながら歩いていくと、魚介類を焼く芳ばしい香りが漂ってきた。
やったー! そうそう、こういうのだよ!
気付くと僕は美味そうな匂いに誘われて、店先の焼き台で貝や海老を焼いている一軒の食堂の前に立っていた。
その店の看板には『八坂食堂』とでっかくペンキで書いてある。
(ん? どっかで聞いたような……ま、いっか)
「らっしゃい! お食事ですか?」
と、難波さんのような威勢のいい声が飛んできた。
焼き台で海老をひっくり返していた、がっちりとして日焼けしたおじさんが、僕らに声をかけてきたんだ。物欲しそうな顔で店先をうろうろしてたら、普通つまかるよな。
店先には水槽や水を溜めた樹脂製の青い容器が置かれていて、中には海老や貝、生きたままの魚が入っていた。でも、ざっと見たところ、のぼりに書いてあったデッカいかや、ドデッかには無さそうだ。
そんなこんなで、僕らはおじさんに誘われるまま店に入った。
サッシのドアを開けて入ると、店内は学校の教室くらいの広さの良く言えばレトロな内装で、厨房に面したカウンター席と、テーブル席が十ちょい、それと小上がりの座敷席がある。お客さんは僕らの他に誰もおらず、今の時間は半ば仕込みタイムのようだ。薄茶色く煤けた店内の壁には、手書きのお品書きが画鋲でいっぱい貼ってある。
そして僕らは何かと闘うみたいに、海鮮バーベキューや刺身など、海の幸をさんざん食い散らかした。やっぱホテルの小洒落た料理より、こっちの方が僕の性には合っている。
二人で食後のマンゴープリンを味わっていると、さっき店先でいろいろ焼いてたおじさんが店内に入ってきて、僕らの方にニコニコしながら近づいてきた。
「食事は楽しんでもらえたかな? 琢磨の弟さん」
おじさんは僕の正体に気付いていた。
「え……どうして分かったんですか?」
「店に来たときは分からなかったが、帽子とサングラスを取ったら、おじさんすぐ分かったよ。琢磨さんと髪の色も同じだし、顔も良く似てる」とニコニコしながら言った。
そこまで似てないよ。僕と兄貴は腹違いなんだ。雰囲気が似てるだけじゃないのかな。髪は記者会見のときに染料を落とされてしまって、今は銀色に戻っているけど……。
「そうですか……。あの、あんまり周りに言わないで下さい。ちょっと困るんで……」
おじさんは小上がり席の端に腰掛けて、
「分かってるって。お忍びだから、そんなもん付けてきたんだろう」と、僕の帽子とサングラスを指さした。「お兄さんの方だけど、なかなか見つけてやれなくて、済まんなあ」
「……え? どういうことですか?」
「おじさん、琢磨さんの飲み友達でな、なんとか見つけてやりたくて、漁の合間に探してるんだが……まだ見つからないんだ」おじさんは、申し訳なさそうに言った。
「いえ……かえってご迷惑をおかけしてるみたいで済みません。ほっといても簡単に死ぬような兄貴じゃありませんから、きっと大丈夫ですよ」僕は苦笑しながら言った。
「だといいんだが……。急にお兄さんの代わりに島に連れて来られて、色々大変だろうけど、頑張るんだぞ。何か困ったことがあったら力になるからな。諏訪丸の八坂だ。覚えておいてくれ」おじさんは力強くそう言うと、僕の肩をポンと叩いて店の外に出ていった。
思いがけず兄貴の友達と出会うことになったけど、これも何かの縁ってヤツだろう。