第七章 プロローグ
大きな荷馬車の荷台で、俺たちは詰めながら座っていた。
他にもベイムを目指していた客たちが、門が見えると荷物の確認をはじめて降りる準備に取りかかっている。
俺【ライエル・ウォルト】も、ローブのフードを脱いでベイムを荷馬車の天幕の隙間から確認する。
青い髪をかくと、少しベタベタとしていた。
到着を急ぐために、荷馬車はずっと移動をしていたのだ。
休憩を取らずに移動していた事もあって、周囲では疲れた表情をしている老若男女が多かった。
首に下げた青い宝玉を握り、俺はベイムの壁と門を見た。
「セントラル以上だな。ここが商人と冒険者の都か」
多くの冒険者や商人が目指す場所であり、ベイムへと続く道は整備され荷馬車での移動も快適とは言えないが他とは比べものにならない。
フードを脱いだ【ノウェム・フォクスズ】は、長い茶髪をサイドテールに結び始める。
紫色の瞳は、俺を見ている。
「ライエル様、荷物の確認を」
俺は頷くと、そのまま手荷物を確認するのだった。
もっとも、長旅だというのに俺たちの荷物は少ない。
一人につき一つ、とまでは言わないが、それくらい少なかった。
周囲では大荷物に苦労している乗客もいる。
赤い髪をし、紫色の瞳をした【アリア・ロックウォード】は、髪をかき上げつつ文句を言い始める。
「本当についてないわ。連結馬車の故障、って何よ……」
俺たちが荷馬車に乗ってベイムへと向かったのは、連結馬車が故障したからである。
待つよりも臨時で出発する事になった荷馬車に乗り込む方が、到着は早いのでそちらを選択したのだ。
もっとも、移動手段が他になかった訳ではない。
紺色の髪を手櫛で整える【クラーラ・ブルマー】は、赤い瞳でメイド服の上にローブをまとって文句を言っている【モニカ】を見た。
「仕方がありませんよ。定期に行なっている整備もあって、二台が動けない状態らしいですからね。それに、ポーターを使えば悪目立ちします」
金髪ツインテールを、近くの子供に引っ張られるモニカが反論する。
「私とチキン野郎の愛の結晶が悪目立ち……いいじゃないですか。こんな状態で数日を過ごすよりも、絶対にマシでしたよ。なんですか? メイド服に不満でもあるんですか? 私のメイド服はどんな状況でも戦えるように設計されたバトルドレスだというのに」
元は迷宮から発見されたオートマトンであるモニカは、メイドというものに違った価値観を持っている。
古代人がどうしてこれ程までに精巧なオートマトンを作り、メイドにこだわったのか……俺には理解出来ない。
連結馬車で数日の距離が、荷馬車に乗って何倍も時間もかかってようやくベイムに到着である。
薄いピンク――そう言うと、本人に「ピンクブロンドです!」などと言われた俺だが、ピンクブロンドの髪をフードから覗かせ、先端のとがった長い耳を持つエルフの少女である【エヴァ】が、お尻をさすっていた。
「どうでもいいけど、道が整備されていても辛いわね。これなら歩く方が良かったわ」
元は移動しながら芸を披露するエルフの一族であるエヴァは、自分で歩いた方がマシだったようだ。
薄い紫色の髪をして、金色の目を持つ【シャノン・サークライ】は反対する。
俺たちの中で一番の年下であり、体力面でももっとも頼りない。
「嫌よ。どれだけの距離があると思ってるの? ポーターを出さないならまだ荷馬車の方がマシよ!」
馬二頭で引く荷馬車は、長距離でなく短い距離を移動する際に使っているものを引っ張り出してきたようだ。
連結馬車の代りにはならないが、それでも歩くよりは安全に旅ができる。
周囲には馬に乗った冒険者たちが警戒をしているからだ。
薄い緑色の髪をした【ミランダ・サークライ】は、拳をシャノンの頭の上に落とした。
涙目になるシャノンに、ミランダが言う。
「あんたは体力付けなさいよ。このままだとお荷物決定よ」
「私、冒険者になるつもりなんかなかったし」
プイッと顔を逸らすシャノンの頬を笑顔でつねるミランダは、とても楽しそうにしている。
冒険者としてパーティーを組んでいる仲間であり、頼りになるが彼女たちはどうしても目を引くようだ。
俺の隣に座っている、行商人風の男性がからかってくる。
ここ数日で話をする仲になっており、俺たちが冒険者である事を知っている男性は苦笑いをしていた。
「随分とまた偏った面子だね。女の園に男一人は辛くないかな?」
俺は首を縦に振るのだった
「そうですね。確かに辛いです。本当ならもっと男を入れてバランスを取りたいんですが」
すると、相手は笑っていた。
「どうしました?」
「何。ベイムでは色んな冒険者たちがいるからね。君たちの様なパーティーも珍しいわけじゃない。ただ、同業者からすると大変そうに見えるらしいよ。事情を知らない人間には羨ましく見える、っていうのが面白くてね」
ハーレムなど維持するのは大変だ。
それが命懸けの仕事であれば、愛だの恋だの言っている場合でない時もある。
男女間の問題は冒険者にとっても悩みのタネであり、できればリーダーとなる冒険者は同性でメンバーを揃えたいのだ。
仕事とプライベートを分けるのが、本来は賢いやり方なのである。
「……ま、こうなってしまったからには、俺なりに頑張るつもりですよ」
男性は、笑顔で。
「そうかい。頑張りなよ。さて、そろそろ到着かな」
そう言ったところで、荷馬車がベイムに入るために行列に並んで止まる。
ここからは少し時間がかかるのだが、ベイムの出入り口では門番が大量に配置されて確認作業を効率化していた。
多くの商人が利用するだけあって、今までに滞在していた街や都市とは違ってスムーズに都市へとは入れる。
都市を囲む壁は分厚く、そして見上げるように高かった。
石を積み上げたようなものではなく、表面はなめらかでなんらかの魔法的な処理も施しているようだ。
そんな強固な壁を越えれば、広がっているのは今まで訪れた場所よりも活気のある都市――商人と冒険者の都――自由都市【ベイム】である。
大量の荷物が出入りを繰り返す門の近くで、荷馬車から降りた俺たちは背伸びをするなり体をほぐすなりしていた。
馬車に荷馬車、それに連結馬車が出入りを繰り返しており、土煙が凄く臭いもきつかった。
ノウェムが。
「すぐに移動しましょうか」
すると、パーティーメンバーが微妙な表情で肯定した。
ノウェムとの間に色々とあって、今ではノウェムとミランダの間で対立構造が出来上がっているのだ。
「勘弁してくれよ。ほら、行くぞ」
俺は表面上でも仲良くすればいいのに、などと思って先を歩くとミランダが俺の隣に来た。
「ねぇ、表面上だけでも仲良くして欲しい、とか思ってないでしょうね?」
図星であったために、一瞬だけミランダから視線を逸らす。
そして、苦笑いをしながら。
「ほ、ほら、やっぱり仲良くした方がいいんじゃないかな? パーティー的にも」
ミランダは俺を見て鼻で笑う。
「はっ、そんなのあの子に関係ないわよ。それに、裏で陰険な争いをするよりも健全でしょ? それと、今日はどうするの?」
どうするの? というのはギルドへ向かって登録する事である。
二枚あるギルドカードの内、一枚をギルド側に提出してホームとして利用するための手続きが必要になってくる。
そうしないと、ベイムで冒険者として活動するのは実質不可能であるからだ。
「今日は休んで明日か、明後日かな?」
普段なら到着した日は休んで、次の日にでも登録に向かう。
だが、今回はそうできない理由があったのだ。
煙っぽい門の近くから離れ、ベイムの大通りに出ると高い建物がいくつも並んでいた。
中には、セントラル以上の建物まである。
高さもそうだが、デザインも統一性がなくバラバラであった。
機能を追求しつつ、金もかけているような都市。
それが、俺がベイムに持った印象だった。
話を聞いていたアリアが、俺のところに歩み寄ってくる。
「どこで登録しても同じなんでしょ? なら、一番近くにしましょうよ」
すると、アリアにクラーラが注意をする。
「アリアさん、情報は大事ですよ。ベイムには四つのギルド支部が存在し、中央には本部があるんですからね。意味もなく四つに分かれて冒険者を分担管理しているなら問題ありませんけど、特色があった場合は後で移るのは面倒ですよ」
そう、ベイムにはギルドが四つ存在し、ギルドの本部までもがあるのだ。
冒険者の都と呼ばれるだけあって、一箇所では管理出来ない数なのか、それとも違う意味があるのかギルドは四つである。
セントラル――王都で情報を集めた時には、ギルドが四つある事までは判明していた。
しかし、中でどうなっているのかは曖昧だったのだ。
噂程度の情報しかないために、どこで登録しようか迷っているのが現状だった。
その噂もどこまで当てになるのか分かっておらず、確認のために情報でも集めようと思ったので数日を開けて登録に向かうことにしている。
すると、宝玉から声が聞こえた。
青い宝玉は、元はただの青い玉でしかなかった。
だが、今は――。
『敵意無しの反応いくつか、それと敵意ありが一つ。こちらを警戒しながら近づいてきているな。気をつけるんだぞ、ライエル』
声がしたのは宝玉からであり、その声は俺にしか届いていない。
声の主は【ブロード・ウォルト】であり、俺の祖父にして領主貴族となったウォルト家の七代目である。
伯爵の地位を得ており、俺が知っているのは歳を取ってから姿だけだった。
だが、今では宝玉内で三十代の姿でいる。
グレーの髪を後ろで束ね、俺には優しいお爺様という印象しかなかった。
人に聞けば、俺とは違った答えが返ってくる。
高潔で厳しく、伯爵として相応しい人物だった、と。
俺は全員を近くに集めると、そのまま進む方向を変えてみる。
すると、追いかけてくる反応は俺たちに急接近してきた。
青い宝玉にはスキルが記憶されており、歴代の当主が俺にスキルの扱いを教えてくれる。
便利な道具であるはずなのだが、道具以上の価値を持つのが俺の青い宝玉だった。
――何しろ、歴代当主のアドバイスを貰えるのである。
シャノンが、荷馬車から降りて急ぎ足で歩くと限界が来たのか根を上げる。
「待って! もう無理……」
モニカがシャノンに手を貸そうとしたところで、俺は溜息を吐いた。
先に接触してきたのは、頭の中でスキルによって表示された周辺地図に黄色で存在する人だった。
光点が青であれば味方、敵意があれば赤、そして特に意識をしていない場合やそれ以外は黄色で表示される。
地図は五代目のスキルで、光点は六代目のスキルだ。
それが、俺に周囲の人間の動きを教えてくれるのである。
「何かご用ですか?」
赤い反応を示していた人間は、こちらをうかがっていた。
他にも接触しようとした人間も俺たちを観察している。
相手は細目で小柄の男性だった。
「気付いていたなら止まってくれればいいのに。おっと、怪しい者じゃないよ。と言った方が怪しいよね。僕はいわゆる情報屋、ってところかな。もっとも、新人相手にベイムを案内している」
細めの男は挨拶をしてくるので、俺が交渉を行なう。
「観光案内ですか?」
「違うよ。あ、でも間違いではないね。ただ、お客にしているのが冒険者、って事だ」
俺たちが冒険者であるために、近づいてきたのだろう。
何が目的かと思っていると、男性は早速――。
「さてと、細かな自己紹介をしようか。僕は元冒険者でね。今はベイムを訪れた新人やら他で実力を付けた冒険者の案内を有料で行なっている。ギルドの特色から基本的な情報、そして買い物をする際の店選び。任せてみない?」
お上りさんを相手に、ベイムの道案内や基本的な事を教えて金を儲ける手合いのようだ。
宝玉内から三代目の声がした。
『流石にこれだけ大きくて複雑だと、自分たちでするには限界があるね……。僕のスキルを使ってみたいところだけど、流石にここで使用するのもね』
三代目のスキル【マインド】は、精神に干渉するスキルだ。
相手から情報を聞き出す事もできる便利なスキルだが、力量差がありすぎると使用しても意味がない。
それに、周囲では俺たちを監視しているような連中までいた。
「相場はどれくらいですか?」
俺がそう聞くと、細目の男性は笑顔で言う。
「丸一日で銀貨二枚だ。おっと、確かに高額だけどちゃんと意味がるんだよ。ベイムに来て数日を無駄に過ごすより安いし、何よりも自分たちに合った店選びができるかな? それに、どこにだって危険な場所はある。柄の悪いのが集まる場所に迷い込んで騒ぎを起こすより、金を払って前もって知れるのは大きなメリットだと思うけど?」
頭の中に浮かんでいるマップは複雑で、確かに歩いて探し回るのは苦労しそうだ。
休日に出歩くにしても、危険な場所は知っておくべきでもある。
俺は懐から銀貨二枚を取り出してから、相手に確認を取る。
「丸一日というが、今日はもう時間的に余裕がないぞ」
相手はそれを理解しているのか、俺が金を出そうとすると黄色から青へと表示が変わる。
「今日はこのまま宿屋を紹介するから、明日でも構わないよ」
俺は相手を見て疑わしい視線を向ける。
「俺たちが逃げると思わないのかな? それに、宿屋を紹介するだけで今日は無料? 稼ぎがないじゃないか」
細目の男は笑うのだった。
「いや、ごめん。うん、僕にメリットがないように見えるんだ。でも、宿屋に君たちを紹介するだけでも紹介料が手に入るから大丈夫だよ。うん、確かにベイム以外では珍しいよね。でも、僕の懐事情を心配して貰ってありがたいよ。チップはいつでも受け取るよ」
俺は口を開こうとして、辞める事にした。
大銅貨を数枚渡すと、細目の男性が俺に聞いてくる。
「気前が良いね。さて、では八人で宿泊するとして、値段はどれくらいが希望? たぶんそのまま数週間は絶対に利用すると思うから、設定している金額よりも低いところを狙った方がいいよ。ただ、懐に余裕があるなら安全第一と旅の疲れを癒すために高い宿でも問題ないけどね」
ベイムで冒険者を相手に仕事をしているのだ。
こちらが心配しても意味がないだろう。
金額を伝えると、そのままいくつか候補を出してくれる。その中で条件が良さそうな宿屋へ案内を頼むと細目の男性を先頭に俺たちは歩き始めた。
四代目が、渋々納得しながら。
『案内に銀貨二枚は痛いな。けど、歩き回らずある程度の店を紹介して貰い、ついでにベイムを案内か……時間を考えると正解なんだろうね』
冒険者は基本的にソロでもない限り、宿屋に一泊するだけでも数人分の宿泊費が飛んでいく。
規模が大きくなればなる程に、出費も増える。
それを思えば、銀貨二枚で数日を短縮出来るのはありがたい話でもあったのだ。
そんな時、遠くから声が聞こえてきた。
振り向けば、大剣を背に担いだ少年が細目の男性と同じような情報屋に声をかけられている。
上は軽装……というか、肌着だけなのに、下は腰回りが金属の防具。そして、ブーツにも膝当てなどがしており、非常にアンバランスな恰好をしている少年が大声で。
「銀貨二枚? ふざけるなよ! ただの道案内でそれだけ払う馬鹿がいるかよ!」
六代目が、その声を聞いて俺をからかってくる。
『ライエル、お前は馬鹿らしいぞ。何か言い返してやったらどうだ?』
俺は関わらないことにして、先を進むことにした。
細目の男も苦笑いである。
「あぁ、本当にベイムで冒険者になろうとしている子たちなのかな? あんな子たちに声をかけるから」
同業者に呆れている様子だった。