解散
目を覚ますと、モニカの顔が目の前にあった。
「……おい?」
いや、顔が近すぎる。
「眠っているチキン野郎を起こすには、やはり可愛らしいこのモニカのキッスが……おや、起きてしまいましたか、残念です」
顔を遠ざけて背筋を伸ばして近くに立つモニカは、嬉しそうにしていた。
セレスに何度も挑んだだけあって、オートマトンの忠誠心とやらは高いのだろう。
(分かっていても、やっぱり嬉しいものがあるな)
上半身を起こして体を動かしてみると、歴代当主たちの言うとおり体は治療が終わっているようだ。
傷は塞がっているが、全身に痛みがある。
左腕の傷は、どうやら跡が残っている。壁に貼り付けられ、グリグリといたぶられた時のものだ。
だが、残っていた方が良かったかも知れない。
(この傷を見れば、セレスの脅威を忘れずにすみそうだ)
「当分は体を休めるか。ファンバイユの屋敷だったよな? どうして助けてくれたんだ?」
俺がそう言うと、モニカが不思議がった。
「どうしてファンバイユ家の屋敷と判断したのですか? チキン野郎が運び込まれた時は、意識もなかったと思うのですが?」
俺は少しだけ笑うと、ベッドから立ち上がって体を少し動かしてみる。
「色々とあるんだよ。色々と……それから、モニカ」
「なんですか?」
「ありがとう。一応、礼は言っておく」
助けられたからお礼を言うと、モニカは急にクネクネと動き出してツインテールを振り乱しながら、嬉しそうに。
「もう! ついにこの私にデレたんですね! デレ期に入るのが遅いぞ、このチキン野郎! 今日は同じベッドで眠るんですね。準備しておきます」
「しないでいいから。お前は立ったまま寝られるだろ?」
笑顔で誘いを断ると、モニカはその場に座り込んで泣き真似をする。
「私だって心配したんですよ。チキン野郎が起きないから、スリープモードでしたけど」
「寝てたんじゃねーか! いや、その方が俺には都合が良かったのか」
モニカは俺とのラインがあり、そこから魔力を供給している。
再生もするオートマトンなのだが、逆を言えば俺の魔力を吸い続けている。体力の回復が最優先の時に、モニカが動き回ると回復が遅くなるのだ。
「……ノウェムたちは?」
モニカは立ち上がると、無表情で。
「仲間割れを起こしていますね。女狐はお湯の準備をしています。ま、これで邪魔者はいなくなりました。さぁ、チキン野郎! 私の介護を受けやがれ!」
俺はベッドに腰掛けると、モニカに言う。
「その前に頼みがある」
「贅沢な。何でも言いなさい。完璧にこなしてあげますよ。さぁ!」
命令を待つモニカに、俺は――。
「パーティーメンバーを全員集めて貰えるか? 大事な話がある」
そう言って、天井を見るのだった。
全員が部屋に揃った。
歴代当主の言うとおり、ノウェムが語ったハーレムの目的によって関係が微妙になっている。
部屋の中で、全員がノウェムと距離を置いて立っているのだ。
(駒扱いだったと思われれば、そうなるか)
俺のためにハーレムを用意したノウェムを、別に責めるつもりはない。
考えてみれば、俺の周りにセレスの影響を受けない人物を用意したかったのだろう。
戦うにしても、逃げるにしても、そういった人材はノウェムが必要と判断したのだ。
全員がベッドの上に腰掛けている俺を見ている。
アリアは何か言いたげに。
ミランダはノウェムを警戒し。
シャノンは周囲を見てオロオロとしていた。
クラーラも周囲に視線を動かしている。
モニカは俺の側で立っていた。
ノウェムは――。
「ライエル様、お話というのは?」
立ち上がって、仲間の顔を見る。
「……パーティーを解散することにした。ベイムで解散するか、それともここで解散するのか決めて欲しい。ベイムまで行って、他のパーティーを見つけるまでこのメンバーで仕事をするのもいいかもな」
ノウェムは、俺の判断を聞いて黙って頷くのだった。
そして。
「私は最後までお供をします」
俺は笑顔で。
「そうか? だけど、先に俺の話を聞いてから判断してくれないか」
アリアが、俺を見て怒鳴る。
「勝手に進めないでよ! というか、どういうつもり? 解散だなんて」
ミランダも同じようだ。
「誰かさんは、後悔させないとか言わなかった? 責任の放棄よね、それって」
俺は苦笑いをする。
「そうだな。後悔させないといった。だけど、このまま行けば後悔することになる。俺にも目標が出来た。大きすぎて、正直に言えばどうやって達成するのかやり方も決まっていない。だけど、このまま全員を連れて行くのは、きっと後悔する。俺一人では達成出来ないし、するつもりもない。これからはパーティーを再結成してある目的のために活動するからな」
戦うと決めた。
だが、そうなった時に覚悟のない味方を、連れて歩くことは出来ない。
俺が決めたのはパーティーの解散と再結成だった。
「身勝手よ、そんなの……」
シャノンが俺を責めるように見ると、笑って謝罪する。
「そうだな。身勝手だ。どこまで行っても俺は身勝手だよ。それに、俺の目的はセレスを倒す事だ」
俺の発言に、クラーラは眼鏡の位置を正しながら言う。
「それは、暗殺ですか?」
「それも考えたけど、やっぱり色々と問題がある。だから、ベイムに行ったらパーティーを再結成して、力を蓄えるさ。クラーラはアラムサースに戻るか? パーティーで稼いだ資金は綺麗に山分けするし、クラーラの望みも叶うかも知れないぞ」
たしかクラーラは、将来は本屋を営みたいと言っていた。
金額としては小さな店の準備資金にはなるだろう。
アリアが、俺の意見に。
「セレスと戦う? 馬鹿じゃないの。勝てなかったじゃない! それなのに挑むなんて……どこかに逃げて、静かに暮らすんじゃなかったの」
それも実に魅力的だ。
冒険者として金を稼ぎ、将来は歴代当主の助言を元に開拓に乗りだしウォルト家を存続させる道も考えた。
それでも良かったのだろう。
きっと、歴代当主たちも俺がそちらを選んでも、全力で支援してくれたはずだ。だが、俺はもう選んでしまった。
「放置出来ない。だから、挑むと決めた。悪いが、このパーティーはここまでだ。心配しなくても、ある程度の準備期間は用意するし、ベイムまで行けば引く手あまただろ? それだけのメンバーだと俺は思うよ」
ミランダが、全員を代表して俺に告げた。
「時間をちょうだい。それに、今はセントラルから動けないわ」
俺は頷く。
「そうだな。時間が必要だろうな。ノウェムはどうする?」
ノウェムは俺の決断に意外そうな表情をしていた。そして、少しだけ嬉しそうで、それでいて不満もあったのだろう。
複雑な表情をしていた。
「最後までお供します」
目を覚ました俺は、リアーヌと向き合って座っている。
ソファーに腰掛けて紅茶を飲んでいた。
「助けて頂いてありがとうございます。それより、何故助けたんです? メリットがあるようには思えませんが?」
ピンク色の長い髪を後ろでまとめたリアーヌは、薄らと笑っていた。
少し疲れがあるのか、影のある印象を受ける。
「私もメリットがあるとは思っていないわ。ただね、勘というものよ。貴方に会ったのも、助けたのも」
俺は紅茶を飲みながら、この人も野生児のような初代と同じように勘が鋭いのかと不思議に眺めていた。
「そういう勘を信じる?」
「信じますね。実際に何度か助けられましたし」
相手は「そう」と言って紅茶を飲んでいた。
俺が冒険者であるために、危険な目に何度もあっていると思っているのだろう。間違いではないし、訂正しても説明し難い。
(宝玉の初代や二代目の意思が云々……駄目だな。納得させるのに時間がかかる)
相手は俺よりも色々と忙しそうだ。
屋敷を引き払う準備と同時に、色々とバンセイムの内情を探っている様子もあった。
そのついでに俺たちの事を発見したのだろう。
「明日、セントラルの王宮前の広場で正式な発表があるわ。セレスが正式に王太子殿下と婚約し、名実ともに次期王妃となるわよ」
俺は知っていたので驚かない。
「それくらいはやるでしょうね。発表には少し早いと思いますが」
「待てなかったらしいわよ。ほら、セレスは魅力的だから、王太子が周囲に変な虫が寄りつかないように急いだの」
クスクスと笑うリアーヌは、かつての婚約者がそのような状況になってどう思っているのか……。
笑ってはいるが、内心では面白くないだろう。
「あいつは気まぐれです。平気で男に手を出しそうですけどね」
リアーヌも同意する。
「でしょうね。それでも、王太子……ルーファスはセレスを側に置くと思うわ。最悪、誰の子か分からない子供が生まれても、王座に座らせるわよ」
それだけ狂ってしまったのだろう。
セレスがセントラルに到着してから、急速に周囲もおかしくなっている。これが怪物の力なのかと思うと、ゾッとする。
「王女殿下の勘では、バンセイムはどうですか? 長いと思いますか?」
俺の質問に、彼女は俺を見て言うのだ。
「……貴方次第では? 貴方、あのセレスの前に出てよく無事だったわね。それの程度で済んだのは幸運よ。私はね、貴方が鍵になると思ったの。私の復讐心だけど、バンセイムを滅ぼすのは貴方であって欲しかった……同じウォルト家の血筋同士で、喰らい合って潰しあうのは面白そうだし」
宝玉内から声がする。
五代目の声だった。
『いつの時代も、女は強いね』
俺を助けたのが、ただの善意であると言われるよりも納得出来る答えだった。
むしろ、俺も同じである。
綺麗事もあるが、俺にも小さなプライドや復讐心がある。セレスに勝ちたい、見返したい。
暗い感情もあって、今の俺がある。
「ご期待に添えるように頑張りますよ。ファンバイユ一国でバンセイムの相手は厳しいですか?」
リアーヌは紅茶を飲む手を止め、俺を真剣な表情で見つめてきた。
「バンセイムほどの大国とまともに戦える国は、周辺国にはない。仮に勝ったとしても一国では統治出来ない。勝つためには連合なり同盟を結ぶ必要があるのだけど……」
七代目が宝玉から声を出す。
『奪い合って連合なり同盟同士で戦争になる、か。きっとドロドロとしたものになるだろうな。それに、出来ないだろうな』
七代目が出来ないと言った理由を、リアーヌが口にする。
「セレスの脅威を、見てもいない人間に説明しても理解されない。見せても虜になる可能性がある。最悪ね」
脅威が知れ渡った時には、手遅れになっている場合もあるだろう。
「……王女殿下は、これからどうされるおつもりですか?」
俺の質問にリアーヌは薄笑いを浮かべる。
「婚約破棄された王女は、噂も良くないわ。戻ってもどんな扱いを受けるか……もっとも」
俺は相手がスキルを使用する感覚を確認すると、自分の持っていたカップの持ち手が割れるのを確認する。
左手でカップを受け止めたので、中身はこぼさなかった。
「あら、残念ね」
どうやら、リアーヌはスキルを所持しているようだ。
どんなスキルかと思っていると、リアーヌは笑いながら。
「私のスキル【トリック】よ。悪戯程度しか出来ないけど、それだけで十分。私を冷遇する連中は、このスキルで不幸になって貰うわ」
クスクスと笑っているリアーヌを見て、俺はカップをテーブルに置いた。
彼女の瞳は諦めていない。
何かしでかすつもりなのだろう。
「……俺は、セレスと戦うつもりです。その方法も決まっていませんけどね」
リアーヌは「そう」と呟いて紅茶を飲み干した。
――ミランダの部屋には、アリアとクラーラが訪れていた。
貸し出された部屋があるのに、ミランダの部屋にライエル、ノウェム、モニカの三人以外が集まっている。
ミランダは、呆れつつもアリア、シャノン、クラーラを見た。
「それで、今後の話をしたいと? 貴方たち、自分の意思はないの?」
アリアが文句を言う。
「ここまで来て解散とか、腹が立たないの! いきなり計画が狂ったし、ベイムまで行って解散されても困るでしょ!」
ミランダは説明する。
「だから、ライエルは向こうでしばらく活動する時間も作る、って言ったじゃない。次のパーティーを探せば良いんじゃない? アリアやクラーラの実力なら、すぐに見つかるわよ」
実際、個々の実力は高いと言える。
ライエルのパーティーは連携が未熟であるが、それを個々の実力で補っているのだ。
他のパーティーに移籍しても、連携を磨く必要があるのは同じだった。
クラーラは、ミランダにたずねる。
「ミランダさんは、ベイムで解散の方向でいいんですか?」
腰に手を当てたミランダは、そのまま胸を張って頷いた。
「別に良いわよ。私はついていくから」
シャノンが驚く。
「え!? だって、セレス様に……」
ミランダは、未だにセレスに『様』を付けるシャノンに怒鳴る。
「様を付けない! あれはもう敵よ。それに、シャノンは相当恨まれているから、今更媚びを売っても手遅れよ」
「媚びを売るつもりじゃ……でも、勝てるわけないし」
俯いてしまうシャノンは、この中にいる誰よりもセレスの脅威を確認しているだろう。
目が見えないために、スキルが彼女に魔眼を与えてしまった。
その力で、より多くの情報を得られるようになっている。
「シャノンは私が連れて行くけど、アリアもクラーラも自分で決めなさい。ライエルがセレスと戦うって決めたのよ。このパーティーはそういう風に動くわ。後からこんなはずじゃなかった、なんて言い訳は出来ないからね」
ミランダは、ライエルについて行くつもりだった。解散しても、パーティーの再結成に参加すればいいのだ。
ノウェムのことは気に入らないが、それでもついて行くと決めている。
ライエルのために動くノウェムならば、ライエルのために動く自分たちを――いや、利用価値があるなら自分たちを切り捨てないと分かったからだ。
今まで不気味だったノウェムの行動は、全て一貫してライエルのためというものであるのは理解出来た。
アリアが少し意外そうな表情をする。
「そ、それでいいの? ミランダは、あのセレスに勝てると思っているの?」
「正攻法では無理よ。実力差もあるし……だから、勝てるように準備するのよ。ライエルだって馬鹿じゃないでしょ。このまま玉砕覚悟で突っ込むと言った? 準備する気はあるみたいだし」
クラーラは普段通り落ち着いている。もう、結論は出しているのだろう。
ミランダは、揺れているアリアを見る。
「自分で決めなさい。一流の冒険者を目指すなら、自分の行動には自分で責任を持ちなさい。自己責任よ」
色々と理由があって集まったパーティーだ。
ライエルという存在に惹かれて集まったが、明確な意思がなかったアリアにシャノンはやはり揺れている。
仕方がないと思いつつも、ミランダはアリアに道を示した。
「別に解散して別のパーティーに行っても、逃げたとか言わないわよ。目的が違うならパーティーが割れるのは普通でしょ」
クラーラも、ミランダに肯定する。
「むしろ、ノウェムさんのように利用するために集め、逃げられない状況に持ち込まれる前に意思を確認してくれたライエルさんは優しい方ですからね」
冒険者というものをこの中で一番理解しているクラーラは、そう言って頷いていた。
アリアは。
「……今更、あんな事を言って! 散々その気にさせておいて!」
アリアがライエルの事を好きであるのは、ミランダも理解している。
だから言うのだ。
「そう。なら、アリアは抜けるのね。良いんじゃない? 他に良い男は沢山いると思うし」
アリアは、部屋を飛び出す。
その背中を見るミランダに、クラーラが。
「少し冷たすぎませんか?」
「何が? ライバルを慰めて励ます理由はないわ。私は陰湿ないじめをする気はないけど、仲間として以上の面倒をみるつもりもないの」
薄い緑色の髪をかきあげ、ミランダはクラーラに言うのだ。
「何かされればやり返すし、助けられれば恩も返すわ。でもね、自分の意思でついてこられないなら、今のライエルには邪魔なのよ。分かるでしょ?」
クラーラが頷くのを見て、ミランダは部屋を出て行ったアリアの開けたドアを見るのだった――。