セレスの実力
「もう死んでいたわよ。邪魔だから小屋ごと燃やしちゃったけど」
雪の降る人通りの少なかった通りは、通路の両端に野次馬が集まりだしていた。
誰もがセレスを見て、このような行いを止めようとしない。
そして、俺は――。
「ゼルは、俺を助けてくれた命の恩人だ!」
セレスを睨み付ける。
怖くて動けなかった体に、なんとか熱が入るのを感じた。
宝玉を握りしめると、宝玉内から五代目の声がした。
『ライエル、全力で逃げろ! 戦うな!』
全員が戦闘を回避しろ、逃げろと叫んでいる。
こんな事ははじめてだった。
グリフォンにも楽しそうに挑めと言っていたご先祖様たちが、セレスをそれ以上の脅威と判断したのである。
七代目が。
『ライエル、わしはアレを黄色の玉だと思っていた。だが、セレスは“宝玉”と言ったぞ。わしらのようにスキルを与えている存在が記録されているとすれば――』
セレスも複数のスキルを使用することが出来る。
だが、同時に思ったのだ。
(このままセレスを放置出来ない!)
外の世界に出て、俺はセレスの異常性を認識出来るようになった。
俺の妹――セレスをこのまま放置すれば、絶対に厄介な事になる。
宝玉のチェーン部分を引きちぎるように首から取ると、チェーン部分が腕に絡まってその姿を大剣に変えた。
セレスはそれを興味深そうに見ている。
周囲の騎士や兵士たちが手に武器を持つと、セレスはクスクスと笑って手で全員を制した。
「私の遊びを邪魔しないで」
右手に大剣を握り、左手に短剣を握っている俺をご先祖様たちが止めようとする。
三代目が焦っていた。
『ライエル、全力で逃げるんだ。アレは戦ってはいけない相手だ!』
四代目は俺を説得する。
『今は耐えるんだ。気分屋らしいから、命乞いでも何でもしてこの場は切り抜けるんだよ!』
五代目も同じだった。
『今だけでもいい。いや、この場だけは耐えろ!』
六代目は俺を怒鳴る。
『相手を見ろ! 今のお前では絶対に敵わない!』
七代目も。
『ライエル、アレは妹のセレスではない。怪物だ。お前が負けても仕方のない相手なんだ! 生き残る道を選択しなさい!』
チラリと、俺は地面に座り込んで折れた腕をかばっているエヴァを見る。
シャノンは、投げ飛ばされて全身が痛いようだ。
「……嫌です」
三代目が。
『ライエル……』
「もう、セレスに怖がって怯えて……手に入れたものまで貶されて、それで生き残っても自分が許せません」
すると、目の前でセレスがニタニタと笑っている。
醜く相手を蔑んだ笑みなのに、どこか妖艶さを感じる。
「誰とお話ししているの? その中には、七人の記憶があるようだけど……あぁ、ひょっとして歴代の当主様かしら? 出来損ないの貴方を選んだのなら、きっとさぞ後悔しているでしょうね。でも――」
俺はセレスが続ける言葉に、大きく踏み込んでしまった。
「――あんたを選ぶくらいだから、たいした連中でもないわね」
以前は両手で持たなくてはいけなかった大剣が、片腕で振り回すことが出来た。体はスキルを使用したおかげで、とても軽い。
【フルバースト】で肉体を何倍も強化し。
【フィールド】【セレクト】で、周囲の状況を確認し、セレスをロックする。
【アップダウン】で自身の移動速度を上げ、相手の移動速度を下げる。
【ディメンション】で周囲を立体的に把握している。
【スペック】で、相手がどこにいるのか、どういう状態かを把握する。
六つのスキルを使用し、セレスに斬りかかる俺。
だが、セレスは笑っていた。
微笑みを浮かべ、細いレイピアで俺の大剣を受け止めた。
「面白いわね。武器になるんだ……へぇ、希少金属にそういったものがあるのね。……なんだ、それだけしかできないの?」
セレスが自分で問いかけ、まるで自分で答えを出しているようだった。
だが、その行動は俺には分かる。
「何人だ!」
「どうしたの?」
「その宝玉には、何人の意識が記録されている!」
押しつぶそうと大剣に力を込めた。
地面に積もった雪を踏みしめるのだが、セレスはピクリとも動かない。短剣で斬りつけようとすれば、刃を素手で掴む。
「ぐっ!」
相手が俺の問いかけに答えるなどと思っていない。本当のことを言うとも思っていない。
牽制になれば、という程度の気持ちだった。
だが、セレスは全く動じない。
動じないと言うよりも、俺を相手に気を抜いているようだった。
「ふ~ん、知らないのね。やっぱり、ご先祖様もたいした事がないわ」
短剣を引いて、そのまま腰の鞘にしまう。
大剣を両手持ちに切り替え、力を込めた。だが、セレスはまったく動じない。
「力が上がったわね。スピードも上がった。私の方は少しだけ動きにくいかな? でもそれだけ? それから勘違いしているようだけど……」
俺はセレスと距離を取るために後ろに飛び退いた。
しかし、セレスは俺との距離を保ったまま踏み込んできた。今度は片手持ちのレイピアで俺を押さえつけ始める。
(どこからこんな力が……)
「私の宝玉にはたった一人が記録されているわ。あんたの持つ出来損ないの宝玉とは違って、こっちは本物の宝玉なのよ」
黄色は後衛系のスキルを発現させる。
そうなると、セレスは最低でも一つのスキルを持っていることになる。
他にレイピアや装飾品にスキルが用意されていれば別だが、玉や宝玉はスキルに干渉をしてしまう。
後衛系は魔法による攻撃スキルが多い。独自の癖のある魔法を記録する事が多い。
四代目が言う。
『たった一人? 最低でもスキルは一つ? 多くっても二つ……そんな強力なスキルがあるのか?』
相手から距離を取ろうとすれば、その分だけ距離を縮める。俺は本気なのに、セレスの方はまるで遊んでいるようだった。
家を追い出されてから、スキルを使えるようになった。成長も経験した。だが、俺はセレスに遊ばれているだけだった。
「武器も飽きてきたわ。ねぇ、魔法で遊ばない。少しは成長したんでしょ」
セレスがつまらなそうに一瞬で距離を取った。
まるで瞬間移動かと思えるスピードで、かろうじてスキルを使用して相手が移動したのを確認出来ただけだ。
歯を食いしばり、左手を掲げる。
(狙いを付ければ――)
「サンダークラップ!」
雷鳴が轟き、曇り空から雷が落ちてくる。
セレスは空を見上げると。
「マジックシールド」
ただの魔力の壁で俺の一撃を受け止めたのだ。残念そうにしており、飽きたのか――。
「後ろにいるのはお前の女? ま、違ったらご愁傷様よね。……ねぇ、これから私の攻撃に耐えたら見逃してあげるわ。楽しませてね、お兄ちゃん」
満面の笑みで俺を「お兄ちゃん」と呼ぶセレスに、背筋がゾワゾワとした。寒気に加え、相手がこれから動くとあって構えてしまった。
――雷鳴が轟いた時、ノウェムはライエルのいる場所を確認した。
裏通りと言っても複雑で、ライエルを探すのに手間取っていたノウェムは位置を確認する。
急いで走るノウェムの後ろを、メイド服姿で追いかけてくるモニカは。
「お先に失礼します」
そう言ってノウェムを追い越していく。
とても人間とは思えないスピードで走るモニカを見て、ノウェムは間に合うかどうかを心配していた。
後ろを走るアリアに、ノウェムは言う。
「アリアさん、スキルを使用出来ますか? 連続使用で先程の雷が落ちた場所へ移動出来ませんか」
ノウェムが言うと、アリアが難色を示す。
「できなくはないけど、ライエルみたいに長距離は難しいのよ」
「それでも構いません。一瞬の爆発的なスピードなら、アリアさんの方が上です。それを連続で使用してください」
アリアは首に下げた宝玉を握りしめると、ノウェムの先へと行く。モニカを追い越すような勢いで加速していった。
後ろからそれを見たノウェムは、ミランダとクラーラが後ろについてきているのを確認して空を見上げた。
魔法による光が、連続では雷が落ちた場所で発生している。
(……間に合う。まだ間に合う)
ノウェムが右手に持った杖を握りしめる――。
「アハハハ! 凄いわね! それもスキルの恩恵かしら!」
俺に笑顔を向けるセレスだが、こっちはボロボロだった。
シャノンとエヴァを守るように氷の壁が出現し、周囲には破壊された土や石の壁が瓦礫の山を作っている。
息を切らした俺は、寒い外で汗が流れるように出ていた。
背中の後ろでは、シャノンとエヴァがいる。
俺が逃げれば二人が死ぬ。
「ライエル、もう逃げなさいよ!」
エヴァも。
「逃げないと……でも、こんな状況からどうやって……」
必死に逃げ道を探そうとする。
「ここで逃げたら、怒られるだろうが……」
息を切らして言い訳する俺に、セレスは――。
「次は……アイスアローとかどうかしら!」
左手を突き出し、指を鳴らすとシャノンの周囲に氷で出来た矢が何百と出現する。氷が矢の形を真似たのではない。
本当に細部まで凝って作ったような矢が、こちらを向いていた。
「くっ!」
持っていた大剣を弓に変えると、俺はアイスアロー全てに狙いを定める。
「何、まだそんな手があったの? 前よりも楽しませてくれるのね!」
喜ぶセレスは、左腕を横に払った。
次の瞬間、矢が一斉に俺に襲いかかってくる。
魔法で土の壁を作り出し、両脇を固めると前方から襲いかかってくる氷の矢を、光の矢で破壊する。
土で出来た壁には、数十から数百の矢が突き刺さっていく。分厚く作り出した壁が、いとも簡単に貫かれていた。
セレスを見れば、特大の氷の矢――いや、もうアレは槍である――を構え、俺を見て笑っていた。
「これを撃ち落とせるかしら!」
楽しそうに放つのだが、ただの氷の矢ではない。氷の矢が過ぎ去った場所は、大気も凍るような冷たさがあった。
弓を大きくし、強く引いて放つと空中でぶつかった矢と矢が爆発して周囲の温度を一気に下げる。
爆発した場所には氷の華が誕生し、キラキラとしていた。
セレスはソレを見て感動している。
「綺麗ね。まるで私みたい」
周囲も拍手を送っており、まるで俺だけ違う世界に迷い込んだような気分だった。
弓を引いて矢を放つ。
もちろん、セレスに狙いを付けて、だ。
だが、セレスは慌てない。
「それもスキルよね? 狙いを付けて追尾しているみたいだけど……それって」
レイピアを突き出したセレスは、そのまま剣先を鞭のようにしならせて光の矢を斬り割いた。
爆発を起こすが、セレスは傷一つついていない。
「あ~あ、お気に入りのコートだったのに、土がついちゃった。今度は誰にあげようかしら? 結婚を予定している騎士にあげて、相手よりもこのコートを抱いて眠るようにするのも面白いかもね」
無邪気な笑みを浮かべながら、セレスはその場でクルクルと回って見せた。
周囲では、セレスのコートが欲しいと名乗り出る騎士までいる。
その様子を見た、六代目が。
『なんだ、いったいなんなのだ!』
理解出来なかったようだ。
そして、五代目が言う。
『想像していた以上だな。初代の言葉を甘く見ていた訳じゃないが……いや、初代もここまで想像していなかったかも知れないな』
怪物として傾国の美女が出現していたのは、初代が生まれる五十年以上も前の話である。
伝え聞いていたとしても、それを実際に経験はしていなかっただろう。
今の世の中、そんな経験を覚えているものなどいない。
セレスが回るのに飽きたかの、止まって俺の方を見る。
「あ~、面白かった。でも、これで終わりね。楽しかったわよ……それじゃあ、バイバイ」
セレスがレイピアを突き出すと、俺は弓で受け止めた。
すぐに大剣に切り替えると、そのままセレスと剣で戦うのだが――。
「遅いわよ。せっかくスキルで移動速度を落としたままなのに、楽しめないわ」
右肩が斬り割かれ、左太ももに痛みを感じるとレイピアを突き刺されていた。
何度か弾いているが、全てをとらえることが出来ない。
片腕で地面に魔法を放ち、雪を舞い上げて視界を防ごうとするとセレスはそんな視界の中でもレイピアをまるで自在に振り回していた。
俺の周囲の雪が、俺の血で赤く染まり始める。
「目つぶしのつもり? 目を閉じていても分かるわよ。呼吸、そして鼓動、筋肉の軋む音……大気の流れも、お前がそこにいるのを教えてくれるから」
三代目は、セレスを見て考え込んでいるようだ。
そして、七代目が。
『セレスではない。宝玉を持っただけでこれほどまで成長するものか……というか、いったいどんなスキルを持っている!』
魔力を使いすぎ、大剣を維持出来なくなった。
短剣を取り出し、宝玉を元の首飾りに戻す。
意識を失えば、きっとそのまま殺されるだろう。
血を流しすぎてフラフラするが、短剣を構えてセレスを睨み付ける。
「ここまで抵抗する人間も珍しいわね。でも、たまにはこれくらいして貰わないと、楽しみがないわ。うん、やっぱり……相手がいないとつまらないわ。ライエルを潰したら、誰と遊ぼうかしら? そう言えば、未だにルーファスにまとわりつくファンバイユの雌犬がいたわね。それに抗議してくる周辺諸国……私に従わない国内の貴族……アハ! アハハハ! どうやって楽しもうかしら」
俺は、血を流しながらセレスに向かって言うのだ。
「狂ってるな、お前……」
「ん? 何を言っているの?」
セレスは俺に笑みを向けてくる。
「誰だよ。お前、セレスじゃないだろ」
かつての妹の記憶は曖昧だ。十歳以降の記憶が強すぎて、思い出せなくなっている。
ただ、目の前のような妹ではなかったはずだ。
「私はセレス……セレス・ウォルトよ。それはノウェムも知っているわ」
ノウェムの名前が出たところで、俺はどうしてノウェムの名前が出るのかと聞き返そうとした。
しかし、セレスには関係ないようだ。
「もう飽きたわ。はい、終了」
そう言って突き出されたレイピアの剣先は熱で赤くなっていた。
魔法を使用したのかも知れない。
(間に合わない!)
セレスの突きに反応が遅れた俺は、攻撃を避けきれないと思った。
だが――。
ボフッ……。
雪で作った玉が、セレスの頭の上に落ちた。
投げたのは、どうやらシャノンのようだ。
セレスがシャノンを睨み付け、レイピアを引くと意識をそちらに向ける。
すぐに力を振り絞ってシャノンとエヴァの周りに土壁を出現させ、俺はセレスの前に出た。
セレスは無表情だったが、その目はハイライトが消えて淡々と。
「殺すわ。たかが目が良いだけのクソガキが……私に何をしたのか分かっているのかしら」
魔法で土壁ごと吹き飛ばそうとするセレスは、俺ではなく後ろのシャノンを標的としていた。
俺など眼中にないようだ。
このままでは殺される。
そう思った瞬間だった。
握っていた短剣が、淡く光りスキルを発動した。
(これは、ロンドさんが選んだスキル……)
単純なスキルだ。魔法を防ぐ――仲間を守るためのスキルで、ロンドさんらしいと思ってしまった。
宝玉の影響で使用出来ないと思っていたが、ここに来て発動する。
俺の周囲に魔力の壁を作り出し、セレスの放った魔法を防ぐ。
炎の嵐が周囲の雪を溶かし、温度を上昇させていく。魔法である【ファイヤーストーム】だが、以前セレスが放ったものよりも威力が上がっていた。
宝玉からは、短剣のスキルを使用しているせいか、ご先祖様たちの声が途切れ途切れにしか聞こえなかった。
そして、自分の魔力をどんどん吸われながらも、俺はセレスの放った魔法に耐えきったのだ。
(だけどこのままだと、何もできないまま……最後くらい)
俺は、地面の雪を見る。
魔法により炎の嵐が過ぎ去り、俺は目の前のセレスを見た。
限界を超えたのか、短剣は折れてしまう。
膝から崩れ落ち、俺は立ち上がる気力もなくただセレスを見ていた。
俺を見下ろすセレスは、つまらなさそうに言う。
「……つまらないわ。成長してもこの程度かしら? まだ、家を出る前の方が楽しめたわよ」
以前より力も技もスピードも上がっていた俺だが、それはセレスも同じだった。以前戦った時よりも、確実に強かった。
だが――。
またセレスの頭上に雪で作った玉が落ちる。
ボフッ、という音がその場に静かに響くと、俺は口元を歪める。
俺は、強がって笑うのだった。
最後にスキルで狙いを定め、頭上に落下するように投げておいたのだ。
本当に最後の悪あがきだった。
「どうした。頭上からの攻撃には弱いのか?」
そう言って挑発すると、セレスは無表情で俺を見下ろしレイピアを突き刺すような構えを取っていた。
動きがスローに見える中で、俺はせめて後ろの二人だけは守りたかったと思うのだった。