兆し
アリアと共に買い出しに向かった俺は、メモを見ながら必要なものを買い揃えていく。
多くは食料品である。
今まで使用してきた装備品は、使えなくなったものを買い取って貰っている。服は古着屋に持ち込み、装備関係も下取りや買い取りを行なって貰った。
情報収集と休暇を挟んでいるのは、前回の仕事は実入りが良かったからだ。
働く必要がない、とまではいかないが、それでもノンビリ出来る時間が作れている。
「え~と、今度は野営用の道具、か……たしか、色々とボロボロだったような」
アリアはメモを見ながら確認しており、俺は荷物持ちをしていた。
必要ないと思うのだが、こういった休日のコミュニケーションは大事である。
特に、俺はそういった事が不得手であると最近になって確信した。
だから、こういった時間を作っているのだ。
「あ、そう言えば……モニカからは、木材やら道具を頼まれたな。釘も発注しておいてくれとか言っていたけど」
アリアは呆れる。
「あいつは全部作れるじゃない! この前はへそくりとかしていたし……地味に私より金持ち、ってどういう事よ」
モニカは、普段渡している生活費をやりくりしてお金を貯めていた。仕事の報酬も渡しており、アリアよりもしっかりとお金の管理をしている。
そのため、普段から色々とお金を使用しているアリアとは違い、ちょっとしたお金持ちなのだ。
「いや、装備の手入れもあるし、買い換えもあるから……ほら、あいつは基本的にお金を使わないから」
自分で使用するものは――いや、それ以外も自分で作り出す事ができるモニカは、材料さえあればなんでもできる。
しかし、今回は時間がないのか、鍛冶屋に依頼するようだ。
「分かっているけど、なんか負けた気が……」
「オートマトンに張り合うなよ。というか、口喧嘩も止めたら? 絶対に勝てないぞ」
日頃から隙が多いアリアは、モニカに色々と情報を握られているのだ。
下着のローテーションから、つまみ食いの量まで。
色々と調べ上げられている。
(そう思うと、ノウェムやミランダは隙が少ないな。クラーラは生活に無関心なところがあるけど、シャノンはアリアと同レベルだし)
そう思うと。
「……アリアはシャノンと同レベルだな」
「何よ、ソレ! 訂正しなさいよね!」
流石にシャノンと同レベルと言われ、アリアは反論してくる。
俺は咄嗟に。
「そ、そういう可愛らしいところもある、って意味だから!」
言い訳をすると、アリアは少し顔を赤くしてそのまま歩き出した。
(成功か? 失敗したのか?)
そう思っていると、四代目がニヤニヤしながら言っているような声で。
『随分と成長したね、ライエル。ハッキリ言って駄目駄目だけど、最初よりはまだいいよ』
五代目は。
『前よりはマシだな。ほら、前は喋ろうともしなかったからな』
からかってくるご先祖様たちの声は、強制的に俺だけに聞こえるのだ。
頭を振って、アリアを追いかける。
(そんなに酷かったかな)
そう思いながら、アリアを追いかけると噂が聞こえてきた。
「へぇ、なら王太子殿下は、そっちを選んだのかい」
「そうなるな。ファンバイユの姫様も可哀想だが、俺たちにしてみれば当然……」
何やら王太子やら、姫様の話題が出ていた。
俺には関係ないと、アリアの背中を追うのだった。
宿屋へと戻ると、アリアは荷物を持って部屋に戻る。
一階では、ノウェムとミランダが話をしていた。
昼食のメニューはどうするのか? などという話題ではなく、深刻そうな表情をしていた。
俺は声をかける。
「どうした、二人とも」
すると、ノウェムが。
「あ、ライエル様。お疲れ様です。いえ、実は……」
ノウェムが教えてくれたのは、セントラルでの噂だった。
ミランダの方は困惑している。
「チケットを買いに行ったんだけど、しばらくは予約で一杯なのよ。なんでも、セントラルで重要な発表があるとか言われていたんだけど……」
ミランダも困っているのは、その噂が事実であるという事だ。
俺はアリアと買い出しに行った時のことを思い出した。
それは、王太子である【ルーファス・バンセイム】と、他国の姫君である【リアーヌ・ファンバイユ】の噂である。
ノウェムが説明してくれる。
「婚約破棄と共に、新たな婚約者を発表すると言うのです。流石におかしいと思ったのですが、王宮でもそういった方向で話が進んでいて」
困惑するのも当然だった。
何しろ、婚約者である姫君は王宮にいるのだ。
十年以上前から国境を接するファンバイユ王国と、バンセイムは友好を築いていた。
その証である政略結婚なのだが。
「……破棄したらまずくないか?」
五代目が言う。
『俺の時代なら即戦争なんだが?』
七代目も。
『心配しないでください。わしの時代でもそうです。正気ではありませんね』
六代目も。
『好きな人が出来た、とかか? 妾でいいじゃないか』
四代目が、六代目に言う。
『うわー、引くわー』
ミランダは呆れつつも。
「まずいわよ。戦争物よ。でも、私がセントラルにいた時は、二人とも仲睦まじいとか聞いていたの。実際、これで両国の未来も安泰だと思っていたし……流石に表面上だけ、という事もなかったんだけど」
政略結婚なので相手に愛がない、という状況でもなかったようだ。
それに、相手がいる時に婚約を破棄して、新しい相手を国民に紹介するというのだ。
気が触れているとしか思えなかった。
ノウェムは、どうやらそれ以外の事が気になっている様子だった。
「……次のお相手は有力な領主貴族の一人娘だそうです。それだけでも異常なのですが」
領主貴族の一人娘。
王太子と結婚となると、伯爵家以上だろうか?
他国との関係を破棄してまで、その家との繋がりを求めた?
歴代当主が、三代目から順に。
『うわー、ないよ。そんなの絶対に嘘だよ』
『あり得ないですね。一人娘とか……お家断絶じゃないですか。子供が生まれたら継がせるつもりでしょうか?』
『親族から跡継ぎを選ぶのかも知れないな。だが、その選択肢はどうなんだ?』
『雲行きが怪しいですな。戦争をする口実を両者が求めていたにしても、手が込みすぎているような……』
『爆発する手前のようには感じていましたが、今になってですか……初代が言っていましたな。時代が荒れるとかなんとか』
怪物の登場によって時代が荒れるのか、それとも荒れるから怪物たちが登場するのか……。
それはともかくとして、この状況は危険だった。
「荒れると国境を越えにくくなるな。準備は急いだ方が良いかも」
そう言うと、二人が頷くのだった。
昼過ぎ。
昼食を終えた俺は、ミランダと共に情報収集をする事にした。
セントラルに詳しいミランダを連れ、俺は噂の真相を確かめる事にしたのだ。
本当に王太子は婚約を破棄したのか?
デマにしては質が悪い。
向かった先は洒落た喫茶店であるが、そこの区切られた席で俺は情報料と相手の注文する高いお茶やらお菓子を払うことになった。
王宮に勤めている初老の女性で、下働きが長いようだ。
「随分と良い男を連れているじゃないか、ミランダの嬢ちゃん。それに、以前のような不自然さがない。いいね。今の嬢ちゃんなら仲良くやれそうだ」
女性はミランダにそう言いながら、出す物を出せと手でジェスチャーをする。
身分的にはミランダの方が上と思ったが、王宮の情報通らしい。
「相変わらずね。それで、聞かせて貰おうかしら……噂の真相を」
すると、女性は周囲を警戒していた。
俺も周囲を警戒するが、スキルに反応はない。
(いや、スキルに引っかからない場合もあったな)
六代目がそれらしい事を言っていた。俺は警戒しながらも噂の確認をする。
「……事実だよ。婚約破棄が正式に決まったね。リアーヌ様は考え直すようにセントラルの屋敷を借りて王宮に通っていたけど、ルーファス様は駄目だね。まだ幼い少女に恋しちまった。しかも相手が」
女性は俺を見て笑う。
三代目が言う。
『……この人はライエルの事に気がついているみたいだね。相当な情報通かな』
四代目が。
『時々いますよね。そういう事に長けた使用人とか。こうやって金を稼いでいるんでしょうけど』
「嬢ちゃんの恋人……ライエル・ウォルトの妹だよ」
俺は目を見開くと、六代目が宝玉から声を出す。
『ライエル、表情に出すな。相手が面白がる。場合によっては値をつり上げてくるぞ』
すぐに表情を元に戻し、俺は女性の話を聞くのだった。
「あれは遠目に見たが、一種の化け物だね。私も長いこと王宮で働いてきたが、あの手の連中は嬢ちゃんを含めて一杯見てきたつもりだったんだよ」
ミランダを化け物のカテゴリに入れている女性。
「評価して頂いてありがとう。……とでも言うと?」
「ヒヒヒッ! 嬢ちゃんは怖いね。狙った獲物は絶対に逃がさない蜘蛛みたいな女だ。あんた、気をつけるんだね」
俺を見て気をつけろと言う女性は、セレスの話を再開する。
ただ、表情は真剣だった。
「王宮では化け物なんて珍しくもないんだ。政争に勝つ奴の中には、まるで女神にでも愛されているかのような幸運を持つ奴もいる。能力だけじゃない何かを持っているもんだ。だけどね、そういった化け物の中でも図抜けているんだよ。誰もがあのお嬢ちゃんを見れば、虜になる。ならなかったのは、嬢ちゃんを除くと化け物連中くらいさ。それでも、虜になった連中もいるね」
ミランダが詳しく話を聞く。
「王太子もその一人だと?」
「王太子殿下は優秀だよ。ま、優秀止まりだが、国を統治するなら問題ないと思うよ。けどね……あの嬢ちゃんが近づくと、すぐにウォルト家を呼び出すようになっちまった。大臣たちも同じさ」
王太子は、どうやらミランダのような化け物にカテゴライズされないようだ。
俺はそのまま女性の話を聞いていた。
「セントラルも少しずつだけど、熱にうなされている気がするね。そうだね……まるで戦争が近い感じだよ」
女性は、かつての大きな戦争を思い出しつつ呟く。
「そういえば――」
「何よ?」
ミランダが急かすと、女性は紅茶を飲みながら俺を見た。
「――前の戦もウォルト家が絡んでいたね。本当に、厄介な一族だよ」
宝玉内の六代目や七代目が、その時の当事者だったのか言い訳を始める。
『ふざけるな! あの時は王宮の方から絡んできたんだろうが!』
『全くです! こちらは領地に戻りたいのに、王宮内は腐敗して頼りにならないと当時の陛下が……そう思うと、バンセイム王家はわしらにとって迷惑な一族ですな』
三代目が言う。
『だよね~』
五代目が言う。
『お前ら、そう言いながら利用もしたんだろ?』
言い訳を聞くと、どっちもどっち、という言葉が浮かんできた。
俺は女性の言葉を鵜呑みにもせず、ご先祖様たちが一方的に正しいとも思わない事にした。
最近になって領主という生き物を少しだけ理解したからだ。
自分たちの家、そして領地の維持を最優先にしている。
忠誠心や義務など、王家の権威に守られているから従っているというのだ。
俺は軽く溜息を吐くと。
「それはどうも。ですが、俺はもう追い出された身なので、関係はないんですけどね」
女性は俺を見ながら紅茶を飲んでいた。
飲み干すと、カップを置く。
「さて、私はこれで失礼させて貰うよ。欲しい情報は得られただろう。それから、もう私も引退だ。情報を知りたいなら売るが、新しいものは得られないと思いな」
ミランダが言う。
「引退にはまだ早いわよね?」
「若い子が次々に入ってくるからね。今は本当に人が増えた……戦争前に似ているよ。巻き込まれる前に、私はセントラルを離れる事にする。勘が告げるんだよ」
ミランダは冗談だと思ったのか、笑顔でたずねる。
「へぇ、勘ね」
「あぁ、ここから逃げ出さないと命に関わる、ってね。私の勘は良く当たるんだ」
そう言って女性はその場から歩き去って行く。
俺は自分の紅茶を飲む。
ミランダが。
「噂は真実みたいね。それで、ライエルはどうするつもり?」
俺はしばらく考えると――。
「……ファンバイユの姫は、セントラルのどこかの屋敷にいるんだよな?」
ミランダは呆れている。
自分の焼き菓子に手を伸ばし、それを口に運んだ。
「会えるとでも?」
「会えないだろうね。でも、どんな感じが知りたかったんだが……」
すると、宝玉内から六代目の声がした。
『会おうと思えば会えなくもないな』
七代目も。
『まぁ、確かに』
四代目が理由を聞く。
『何? ファンバイユと関係でもあったの? 俺の時代の時は、いくつかの国を挟んだ遠い国、って感じだったんだけど』
七代目が言う。
『……ウォルト家の名前を使えば、会えるとは思いますよ』
六代目が。
『向こうは恨んでいるでしょうからね。それにセレスや現在のウォルト家がやらかしたとなると……』
会えば俺の方が危険な気がしてきた。
というか――。
(六代目と七代目が、ファンバイユに何をしたんだろう)
俺は何か寒気を感じるのだった。