三代目の過去
それは王都の喫茶店での出来事だった。
休日を過ごそうとした俺は、出かけるクラーラについていったのだ。
本を買いに行く彼女について行き、王都の本屋を巡ってクラーラが未だに読んだことのない本を探して昼になっていた。
相変わらず、本に夢中になって食事のことを忘れるクラーラに苦笑いしつつ昼食を奢ることになったのだ。
食事を終えてお茶を飲む俺が手に取っていたのは、クラーラが購入した一冊の本であった。
題名は【レムラントの奇跡】と書かれており、三代目がウォルト家の名を国中に知らしめた戦争のことが書かれている。
俺はそれを読みながら――。
(ないわー)
微妙な感想を抱くのだった。
バンセイムの奇跡では、三代目である【スレイ・ウォルト】は準男爵だった。
本の中では王に進言している。
この時代、バンセイムはレムラントという国を破ってその領地を大きく広げている。
周辺国に戦争を挑んでいたが、決定打に欠けていた。
小さな勝利を続け、地味に勝利を重ね領地を広げていた。
だが、このレムラント王国は大国であり、バンセイムも苦戦していた。
三代目が有名になったのは、負けられない戦いで勝利のために己を犠牲にしたからなのだが――。
『陛下! ここは軍を分けてはなりません。相手が一点突破を行なえば、こちらは数が少ないのです! 本陣が手薄です!』
王は。
『分かっている、スレイ。だが、ここで奴らを叩かなければ、バンセイムの未来は開かれない。戦を仕掛けてくる敵に対し、ここで大きく勝たなければ我々はすり減るのだ。ここは大きな賭に出るしか道はない!』
三代目が。
『陛下……分かりました。このスレイ・ウォルト、どこまでもお供いたします』
そうして数で勝るのに軍を分けて包囲しようとしたバンセイムの軍は、敵の一点突破にあって本陣が危うくなる。
三代目が。
『陛下、お逃げください!』
王は。
『そんな事が出来るか! 私の剣を持て! ここで迎え撃ってくれる!』
三代目……。
『何を申されます! 陛下はこれからのバンセイムに必要なお方です。全てはこのスレイにお任せください。必ずや、撤退の時間を稼いでご覧に入れます』
そう言って三代目が連れてきた兵士全員を突撃させ、バンセイムが時間を稼いで立て直しを図って再度敵を包囲して勝利を収めている。
敵の総大将を討ち取った王が。
『この勝利……スレイなくしては得られなかった。奴こそバンセイムの義将!』
などという内容が書かれているのだが――。
俺を通してそんな内容を見た三代目が、低い声で言うのだ。
『……何これ? 最悪なんですけど。誰だよ、こんなしょうもないねつ造をあたかも真実のように書いた奴? 馬鹿なんじゃないの』
相当イライラしていた。
本を読み終わった俺を、クラーラが見ている。
「どうでした? ウォルト家の方から見て、その本は事実でしょうか?」
訪ねられると、三代目が言う。
『ライエル、クラーラちゃんにこれは酷すぎると伝えてくれる。というか、これがバンセイムの公式発表なら、俺はあの無能を殴り飛ばしても許されるね』
五代目が言う。
『何か違うところでも? 台詞はともかく、撤退の時間を稼いで勝利に貢献したのは事実だろ』
叫ぶ三代目。
『全然違う! あのクソ野郎は絶対に許さない! だって、敵の総大将を討ち取ったのは僕だよ』
四代目が言う。
『え、それは初耳です……』
三代目が。
『あの無能野郎ぉぉぉ!!』
(こんなに機嫌が悪い三代目も珍しいな)
俺は正直な感想をクラーラに言うのだった。
「……内容がその、事実と違いすぎていて」
「違うのですか? なら、ウォルト家に伝わる事実を教えて頂けると嬉しいです。ほとんどの書物が同じ内容なので」
クラーラの言葉に、三代目が張り切る。
『言ってやって、ライエル! 今こそ、事実を語るんだ!』
(いや、俺も本の内容以上の事は知らないし!)
俺は拒否を示すために宝玉を指先で転がすと、三代目が。
『なんでだよぉぉぉ!!』
凄く不満そうだった。
「俺も詳しくは知らないんだ。少し思い出してみるから時間が欲しい、かな」
苦笑いをしながら言うと、クラーラは頷いていた。
「子孫だけが知る知識もあるでしょうし、間違った内容もあるかも知れませんね。楽しみにしています」
本当に嬉しそうなクラーラは、テーブルの上に置かれた本を手に取る。
何冊も積まれた本を、喫茶店で全部読むつもりのようだ。
俺は店員に。
「すいません。お茶のおかわりを二人分」
何も頼まないのも悪いので、飲み物を頼んだ。
(まぁ、こういうのも悪くないな。昨日のギャンブルよりも有意義だ)
そう思って、俺もクラーラの本を借りて読書をするのだった。
夜中。
眠ろうとした俺を強制的に宝玉内に連れてきたのは、昼のことが未だに不満な三代目だった。
俺は言う。
「いや、何もここまでしなくても」
すると。
『嫌だ! あいつのために死んだとか思われるのは、絶対に嫌なんだ! 今から現実を見せてあげるから、ライエルも絶対に覚えておくように!』
相当嫌だったのか、温厚だった三代目がイライラしている。
宝玉内にいた四代目も参加するのか、少し呆れていた。
『ま、気が済むなら良いかもね。俺はあんまり見たくないけど』
四代目は複雑な感情があるらしい。
何しろ、男爵家に陞爵し、色々と手助けをしてくれたのは、三代目が嫌いな陛下なのだから。
三代目に案内され、俺と四代目は三代目の部屋に入る。
準男爵家になったウォルト家の屋敷は、二代目の時とは違って広くなっていた。
家具や飾っているものも豪華になっていたが、三代目が無頓着だったのか数はあまりなかった。
四代目が言う。
『懐かしいですね』
三代目は、少し苛立ちながら。
『お前は陞爵して助けて貰った、なんて言っているけどさ。基本的に準男爵家の方が実入りも良かったからね。結構な自由もあるし、男爵家になって周囲の面倒を見ろとか……本当に面倒なだけだから!』
三代目は、ウォルト家が男爵家になったのを嬉しいとは思っていないようだった。
屋敷の中を歩いていると、使用人が笑顔で働いている。
俺は――。
『初代の時というか、二代目の時もですけど……使用人というか、家族みたいな感じですね』
すると、三代目が言うのだ。
『村から未亡人や両親のいない子供を引き取って、屋敷で働かせていたからね。堅苦しいのは嫌いだし、客が来た時は真面目にして貰えればいいからさ』
四代目が言う。
『俺の時は、しっかり教育した者以外は屋敷に……そう言えば、叱られたりもしましたね』
屋敷を出て、外に出ると街が見えた。
市場が開かれ、活気に満ちている。
初代や二代目の頑張りが、ここに来て実っていた。
そうして街を歩くと、周囲の光景が戦場へと変わる。
三代目が、馬上の上で指示を出している。
『このまま敵の足止め! 勝つ必要はない。釘付けにして援軍に向かわせるな!』
やる気なさそうに指示を出し、武具を身に纏っている姿は三代目らしい、と言えばらしかった。
二代目が鍛えた領民たちは、三代目の指示通りに戦っている。
三代目の周りにいる騎士たちも精鋭が揃っている。
そんな様子を見ながら、三代目は歩きながら俺たちに言うのだ。
『あの無能が即位してから、周辺国に喧嘩を売りまくったんだ。攻め込まれたのは嘘だよ。バンセイムはそれなりに大きかったから、相手だって手を出しても国境の領主たちの小競り合いで済んでいたからね』
そうして場面は大きなテントでの軍議の様子だった。
癖のある赤い髪を短くした王は、軍議でふてぶてしい態度で大きな椅子に座っていた。
三代目が、若い男を睨み付けながら言う。
『……この無能はね、即位すると歴史に名を残したいとか、そんな理由で戦争を繰り返したんだ。報酬は略奪すれば良い、奪った土地を分け与える……そんな事を言う奴だったよ』
王は言う。
『ここで大きな勝利を収め、この俺に蛮勇と言ったレムラントを食い破る! 数々の勝利を収めたが、此度はもっとも大きな戦いになるだろう』
双方が万単位の軍勢を用意しての戦争だった。
軍議には、当時の地方をまとめていた男爵の側に三代目が立っていた。
王は。
『軍を五つに分ける。こちらの本陣が手薄と思い、突っ込んできた敵を囲んで叩くのだ。ここで大きな勝利を収め、敵の力を削げばレムラントなどあとは蹂躙するだけ! 褒美は望むままだ!』
そう言われて、集まった貴族たちは様々な表情を見せていた。
大喜びで叫ぶ者。
無表情な者。
嫌そうな表情をする者。
三代目が説明してくれる。
『領地から兵士を連れ出し、戦わせれば兵士が死ぬ。それは領民だ。多すぎても問題だけど、戦いか続いてどこも人手が不足していたんだよ。僕も何十人と死んでいった兵士たちを見送った』
百名近い兵士を用意した三代目は、寄子だったようだ。
男爵が頼りにしていたようで、意見を求めている。
『スレイ、勝てるかな?』
『……浮かれていますね。一点突破で本陣を狙われればおしまいです。それに、戦続きで兵士の練度も低い。装備も満足に揃えられない領主たちもいます』
失敗すると判断した三代目の意見を聞いて、男爵は言う。
『陛下。本陣を手薄にしすぎるのは危険です。陛下の身に何かあれば、バンセイムは……』
すると、王は笑う。
『ハハハ、あの程度の連中に、か? 負けると思っているのかな、男爵?』
そう言われ、周囲の視線が集まると男爵は力なく。
『いいえ、そのような事は』
そうして戦闘が始まると、本陣は慌ただしくなっていた。
血だらけの伝令が本陣に来ると――。
『て、敵が囲まれても本陣を目指して一直線に……』
『ば、馬鹿な!』
豪華な椅子から立ち上がった王は、伝令に何度も確認する。
『囲まれたのに直進だと! 何故だ! 俺の考えでは敵は戦意を喪失……』
周囲も混乱しており、すぐに撤退すべき。
だが、敵がすぐそこまで迫っている、などと議論が起きる。
戦場でもっとも怖いのは撤退戦である。
逃げる敵を追いかけて攻撃する。
背中を見せて無抵抗な兵士や騎士は、簡単に討ち取られてしまう。
すると、三代目が溜息を吐いて王の前に出た。
『おい』
『な、なんだ、貴様!』
『準男爵家のスレイ・ウォルトだよ……それより、さっさと指示を出せよ。お前のミスでこんな事になったんだが?』
王に対して無礼だ!
そういう貴族は少なかった。
そして、周囲も責めたような視線を王に向けている。
『き、貴様ら、俺を誰だと……』
そうやって声を絞り出す王に、三代目は殴りかかった。
(あ、地味にスキルを使った)
初代のスキルでブーストした力で殴り飛ばされ、王は涙目だった。豪華な椅子にもたれかかり、頬を押さえている。
当時の三代目は。
『知るかよ。誰がお前に忠誠を誓った? 僕が忠誠を誓ったのは、お前が座っているその椅子に対してだよ。権威を持った王に忠誠を誓ったが、お前個人に誓った覚えはないね。それに、お前の代りぐらいいくらでもいるから』
貴族たちは剣を抜いていた。
『ヒッ!』と王が声を漏らすと、王を支持する貴族たちも剣を抜く。しかし、彼らは少数派だった。
三代目はそれを手で制した。
『ウォルト家が殿を勤めます。ま、たった数十名ですが時間を稼いで見せますよ。男爵、後の事は頼みます』
すると、男爵は頷いていた。
『分かっている』
そして、三代目が王を見下しながら言うのだ。
『お前に従っているのは、お前が受け継いだ権威が必要だからだ。レムラントに負ければ、このままバンセイムは蹂躙される……いいか、僕はお前のために命を賭けない。僕の領地のために命を賭けるんだ。その辺を理解出来たかな、無能な王様』
そう言うと、三代目はテントから出た。
テント内が灰色に染まると、俺は言う。
「……よく、ウォルト家は潰されませんでしたね」
四代目も同じ意見だ。
『全くですよ。しかも、ウォルト家は大事にされたんですが?』
三代目がつまらなそうに言うのだ。
『脅したからね。それに、僕の領地に何かすれば、領主貴族が反発したと思うし……ここで自信をへし折られたこいつは、領主貴族にとっても宮廷貴族にとっても扱いやすい王になったんだよ。それに、レムラントに勝ってからは、こちらから攻め込む必要もあったからね。王を交換するのも面倒だったんだろうね。不審死しなかったのは幸運なんじゃないかな?』
相手が国力を回復する前に支配しなければ、危ういと判断したのが当時のバンセイムだったようだ。
三代目が言う。
『正義なんてないよ。ただ、こいつの自己満足にどれだけの人間が死んだと思う? あ、ついでにだけど』
クスクスと笑って、三代目は説明してくれた。
『スキルで精神に暗示をかけて、ウォルト家に手を出そうとすると悪夢を見るようにしていました!』
こいつ酷い。
そう思ったが、周りが酷すぎてなんと言って良いのか分からなかった。
三代目は真面目な顔になる。
『もう限界だったんだよ。やる気があるのは王宮貴族で、領地を得て貴族になりたいと思っている連中だ。しかも、そいつらは僕たち領主貴族を義務だ、なんだと言って使い潰してきたからね』
王が急死する可能性は高かった、などと三代目は暗い笑みで言うのだ。
ソレを思うと、殴り飛ばした三代目のおかげで当時の王は生き残ったのかも知れない。
場面は変わり、ウォルト家の陣を周囲は映し出した。
三代目がいつもの調子で。
『突撃してくる敵に突っ込みます。死にたい人』
誰もそんな言葉で参加などしないと思っていたが、一人の壮年の兵士が前に出た。
俺はその人の顔を見たことがある。
「二代目に文句を言っていた領民?」
壮年の男性は、三代目に言う。
『……先代には迷惑をかけてきました。恩返しになるとは思えませんが、坊ちゃんのお供をさせて頂きます』
三代目が言う。
『坊ちゃん呼びは最後まで直らなかったね。ま、いいさ……ここで負ければ、バンセイムは守勢に回って周囲から削り取られていく。今まで散々暴れてきたから、略奪されるだろうし、女子供もどうなるか』
すると、また一人が前に出た。
若い騎士だった。
『お、俺も!』
すると、三代目は笑顔でその騎士を殴り飛ばした。
『残念でした! 若い子は駄目。俺よりも若い子は、これから頑張って貰います。結婚したばかりも駄目だよ。独り身か、子供が独り立ち出来るのが条件ね……参加したら死ぬからさ』
すると、兵士たちが前に出る。
いずれも三十代後半から四十代半ばの者たちだ。
四十名近くになる。
『うん、それじゃあ行こうか。後の事はよろしく』
軽い感じで馬に乗った三代目は、若い兵士たちの武器を突撃する兵士たちに渡させる。装備を調えさせると、そのまま馬を走らせた。
映像はそこで灰色になり、時間が止まる。
四代目が言う。
『……色々と酷いですね』
三代目は言うのだ。
『酷いよ。だから僕はあの無能が嫌いなんだ。戦場で死ぬことなんか望んでいなかったし、生きて帰りたかったよ。でもね……ここで負ければ、僕たちは蹂躙される側だ。敵からすれば酷い連中だよ。散々暴れ回って、負けるのは嫌ですとか言うんだから』
三代目は灰色の空を見ながら言うのだ。
『本当に戦争なんか最低だ』




