ペテン師
宿屋の借りた部屋で、俺は紅茶を飲んでいた。
モニカは食堂を借りて夕食の準備に入っており、久しぶりにノウェムが入れてくれた紅茶を楽しみながら客人の相手をしている。
軽めのお菓子を用意し、テーブルを挟んで向かい合うのは綺麗な人だった。
エルフであり、歌い手でもある彼女の名前は【エヴァ】。
淡いピンク色の波打った長い髪をし、瞳の色は髪と同じようにピンクだった。
白い肌も綺麗だが、何よりも目立つのは人よりも長い耳だろう。
(優雅な一時……俺に相応しい)
グリフォン退治でゆっくりする時間などなかっただけに、こうした時間を楽しめる余裕ができたのを嬉しく思う。
だが――。
「ライエル様、紅茶を楽しむのも良いのですが、続きを話して頂かないと……」
「おっと、そうだったな。これは失礼」
相手に謝罪をする。
背は高いのだが、目の前の少女は歌い手として駆け出しの十六歳だという。
「良いわよ。それで、元貴族の息子がヒッポグリフの討伐に参加した経緯は分かるんだけど、どうして嘘をつく必要があるの? 噂になりつつあるグリフォン退治の遠征部隊……その話題を聞けるだけでも美味しいんだけど、私としては貴方が気になるのよね」
俺に興味を持つとは、目の前の少女――エヴァは分かっている。
心配そうに俺を見ているノウェム。
耳を塞いでいるアリア。
俯いているミランダ。
オロオロとしているクラーラ。
そして、姉の後ろで俺を警戒しているシャノン。
美人に囲まれて幸せだ。
「ま、色々と事情があるからな。しかし、直接話を聞きたいとは、歌い手なら珍しくないのか?」
エヴァには遠征部隊の歌を歌って貰う。そうすることで、遠征部隊の噂をセントラルに広めて貰う必要があるのだ。
「グリフォンも見せて貰ったし、色々と話は聞いたわ。でもね、私は【ニヒルのエヴァ】よ。一族の中でも歌に関しては譲らないし、誰よりも知っておきたいのよ」
討伐したグリフォンを見せて、歌って欲しい内容も知らせている。
しかし、エヴァはそれでは納得しなかったのだ。
セントラルで若く、有名になりつつあるエヴァは、ノウェムが見つけてきた。
「俺の話を出して貰うと困るんだが」
隠しきれない俺のオーラ的な何かが、これほど厄介とは思わなかった。
まったく……ヤレヤレな気分だ。
紅茶を飲みながら、俺はエヴァにグリフォン退治を細かく説明する。
シャノンがミランダの後ろから。
「ニヤニヤして気持ち悪い」
俺は言う。
「嫉妬か? 後で相手をしてやるから機嫌を直せ。おっと、それからヒッポグリフを弓矢で倒して終了だな」
遠征部隊がいかに使えなかったか、そしてどれだけ大変だったかを教えるとエヴァは嬉しそうにしていた。
「私だけが知っている物語……これよ! こういうのを待っていたの! 誰もが知っている英雄譚じゃ物足りない。やっぱり、こうして直に色々と聞いて調べないと。あぁ、良い歌が歌えそう」
歌には自信があるようだ。
「ほう、英雄譚が聞きたいと」
俺がそう言うと、エヴァは髪をかき上げて言う。
「えぇ。多くのエルフは一族で歌を共有するわ。旅先で仕入れたり、同じエルフや他の歌い手と情報を交換したり……その中でも、ニヒルの一族は多くの歌を記憶しているの」
俺が情報を共有しているのなら、他も歌の数は同じではないのか?
そう思っていると、ノウェムが補足してくる。
「歌にも流行廃りがありますからね。その中でもニヒルという一族は、とても優秀なんだそうですよ」
クラーラも加わる。
「でも変ですね。そういった旅をする集団は、都市に入っても個人で歌を披露するとは思えないのですが?」
エヴァは一人で歌を歌っていたようだ。
すると。
「だって、家出したもの」
首に下げた宝玉から、五代目の声が聞こえた。
六代目の声もする。
『ほう、家出娘か……誰かさんも家を飛び出したよな』
五代目がニヤニヤしている顔が浮かんでくると、六代目はボソリと。
『も、戻ってきましたし……』
何やら色々とあったようだ。
「家出は珍しくないのか?」
そう言うと、エヴァは首を横に振るのだった。
「他の一族に嫁に行けとか言うから、私は独立することにしたの! 三女で年頃だから、次に出会ったエルフの一族と結婚しろとか言うのよ!」
流石にそれを聞いて。
「酷いな」
「でしょう!」
ただ、クラーラは言う。
「まぁ、それが旅芸人の一座でもあるエルフたちの文化ですよ。同じ一族内で結婚をするより、互いに協力しようという流れもあってそんな事になったと聞いています。エヴァさんが知っている歌を、その一族に伝える意味もあると思いますよ」
すると、エヴァが言う。
「一座ならいいわよ! でも、狩猟を生業としている連中のところに行っても、家族を楽しませるだけなの! 歌を披露する機会がないのよ! 私は自分の歌を沢山の人に聴いて欲しいの!」
俺はゆっくりと立ち上がる。
部屋の中で女性陣の視線を集めると、両手を広げて言うのだ。
「そうか、なら俺についてくるといい」
「なんで?」
首をかしげるエヴァに、俺は親指を突き立てて自分を指さす。
宝玉内の三代目が。
『く、来るのか!』
声を張り上げ、自信に満ちあふれた態度で言うのだ――。
「俺はいつか英雄になる男だからだ! それを側で見ることが出来てエヴァはハッピー。俺は俺の伝説を語り継いで貰えてハッピー……両方が幸せだ! 俺の側で、俺の英雄譚を語り継げ、エヴァ!」
『……らいえるさぁぁぁんだぁぁぁ!! これこそ、らいえるさんだよ!』
キメ顔でそう言うと、周囲の呆れたような視線が集まる。
宝玉内からは笑い声が聞こえてくる。
「……喜劇も好きだけど、流石にちょっと」
拒否されるが、俺は落ち込まない。
「残念だ。だが、いつでも俺の胸に飛び込んでこい。待ってるぞ」
ウインクをすると、エヴァがノウェムを見る。
「……何、この可哀想な美少年?」
このエルフ、正直すぎるな。そう思ってエヴァが可愛く思えた。
「すいません。いつもはこんな方ではないんです。ただ、タイミング悪く成長が重なってしまいまして」
「あ~」
エヴァの生暖かい視線が心地よい。
「そんなに見つめるな。俺に惚れるぞ」
注意してやると、三代目の声が聞こえてきた。
『流石はらいえるさん!』
五代目が。
『来たな。英雄になる男か、それとも見つめると俺に惚れる……どっちがいいかな?』
六代目は。
『俺としては愛を特盛りで、を超えるとは……』
七代目。
『俺の英雄譚を語り継げ、もなかなかかと!』
四代目がまとめる。
『今回も大収穫でしたね。というか、この勢いのままサークライ家の当主と話し合いをするのか……どうなるんだろうね!』
ご先祖様たちが楽しそうにしている。
三代目は。
『仕込みも頼んだから、動いてくれないと困るけどね。変なのが釣れたら……ま、いいか!』
エヴァはノウェムを心配していた。
「ねぇ、別れたくなったら一緒に旅をしない? ノウェムだったら歓迎するわよ」
ノウェムは。
「いえ、ライエル様のお側が、私がいるべき場所ですから」
相変わらず、嬉しいことを言ってくれる。
(ノウェムに愛されている俺は、世界一の幸せ者ではないだろうか?)
そう思って疑わない俺であった。
夕方。
俺はセントラルの倉庫を借り、そこで商人を集めていた。
何やら色々とまずい事を口走った気がするが、まだ大丈夫だ。
(大丈夫、俺は冷静だ)
薄暗い倉庫内で、ランタンを大量に用意して俺はグリフォンを全員に確認して貰う。
「通常ならギルドに持ち込むのですが、今回は状態も良いので一体丸ごとを購入して頂こうと思いまして」
そう言うと、商人の一人が俺に聞いてくる。
「本当に噂の遠征部隊が倒したグリフォンなのかね! それなら、私は金貨二百枚を出す。状態も良い。それだけの価値がある」
すでに噂はセントラルでも広がっており、耳の早い商人たちがエヴァの歌を聴いて接触してきたのだ。
スピード重視で語りに近いものだったが、それを聞いたセントラルの住人に噂が広がってエヴァは人気が急上昇している。
元から容姿も良く、歌も上手いとあれば下地は整っていた。
後はチャンスを掴むだけだったのだ。
(ノウェムは優秀な歌い手を連れてきてくれたな)
「間違いなく遠征部隊から俺が購入しました。その時の書類になります。それと、近い内に遠征部隊も戻ってきますので、その時にはグリフォンはいないはずです。見せるためにヒッポグリフを二体だけ荷馬車にでも乗せて帰ってくるでしょうね」
(そう……二体だけだ。倒したのは三体だが)
商人が言う。
「金貨五百枚だったな? そんな大金を出して、大赤字ではないか」
俺は言う。
「俺は商人ではありません。遠征部隊はグリフォンがいると知りながら、それでも立ち向かう心意気に感動して出したのです。もっとも、回収もさせて頂きますよ」
魔物の素材。
魔石や他の素材は、既にミランダたちに売り払って貰った。
金貨三十枚近くになったが、それではまったく足りない。
四代目が言う。
『ここで二百枚から三百枚は回収しておきたいね』
俺は他の商人たちを見るのだった。
「遠征部隊が帰ってくるのを待ってからでも良いですが、その時には買い手も増えているでしょうね」
煽ると、一人が手を上げる。
「金貨二百二十枚だ!」
すると、更に――。
「に……二百四十枚!」
「二百五十枚!」
商人たちが競りを開始する。俺はそれを見てグリフォンの状態を知らせる。
「傷は刺し傷が一箇所だけ。他は戦闘でついた傷はありません。確認したとおりですよ」
そうして結果的に、一人の商人がグリフォンを金貨で三百二十枚という大金を出して購入することになった。
五代目が言う。
『……少し高すぎないか? 金貨で二百五十もいけば良い方だと思ったんだが』
他の商人たちが悔しそうに倉庫から出て行くと、俺は購入した商人と話をする。
「明日の朝一番で取りに来ます。他に売ることはないと思いますが……」
俺を心配そうな目で見る商人に、俺は笑顔で言うのだ。
「えぇ、購入金額よりも上を提示されても、他に売ることはしませんよ」
「良かった。早い内に仕入れておきたかったのです」
安心する商人に、俺はたずねる。
「グリフォンが必要だったのですか?」
「いえ、セントラルに大事なお客様がくるので、どうしても他のありふれた品では満足しない方がいまして。あまり詮索しないで頂くと助かります」
そう言われた俺は、頷いて明日の朝一番に商品と代金を交換する話を付けた。
――深夜。
ミランダは倉庫内で氷漬けにされたソレを見た。
木箱に大事に保管され、広い倉庫内に一箱だけ置かれている。
木箱の近くではポーターが置かれ、ライエルが横になっている。
「チキン野郎ぉぉぉ!」
「な、泣くな、モニカ……お前の愛の詰まった料理を残すなど……ウプッ!」
張り切りすぎたモニカが作った豪華な料理は、とても六人では食べきれなかったのだ。
それを無理したライエルが、今も横になっている。
「確かに美味しかったけど……何あれ? パーティーか何かと勘違いしたんじゃない」
アリアも美味しそうに大量に食していたので、ミランダは言う。
「その割には沢山食べていたわよね。デザートもあんなに……太るわよ」
すると、アリアが少し食べ過ぎたと自覚しているのかギクリと固まるのだった。
クラーラはポテトを揚げたものが気に入ったようで、また食べたいという。
「モニカさんは料理が上手ですが、種類も豊富ですね。このパーティーは、とても贅沢なパーティーかも知れません」
ホクホク顔で嬉しそうなクラーラを見て、ミランダは複雑な気持ちになる。
“成長”を経験し、恥ずかしい過去を作ってしまったのだ。
しかも、毒舌になったクラーラに色々と言われている。
(それにしても……)
倉庫内で待機しているのは、わざわざ出している木箱のためだ。
(ライエルのスキルは便利なのが多いわね)
商人たちは去り、遠征部隊の噂と共にグリフォンがどこにあるのかセントラルにも広まっているだろう。
襲撃をかけてくる相手がいると、ライエルは考えているようだ。
そして、その相手はミランダの実家であった。
(色々と動くとは思うけど……こんなに早く動くかしら)
色々と準備をする辺り、ライエルに抜け目はない。
散財したと思っていたが、しっかりと回収するあたり本人もしっかりしている。
シャノンはポーターの荷台で毛布に包まって眠っており、ノウェムはライエルの看病をしている。
すると、ライエルが辛そうだが上半身を起こして周囲を見ていた。
「思ったよりも早かったな」
倉庫には鍵をかけていなかった。
壊されると面倒というのもあったが、明かりを付けて誰かがいると知らせているため入ってくるとは考えにくかった。
もっとも、グリフォン狙いの賊たちである可能性もミランダは考えている。
腰に下げた短剣を引き抜くと、アリアも立ち上がって短槍を手に取っていた。
ノウェムも杖を持ってポーターの外に出る。
ライエルだけは堂々と木箱の前に歩き、モニカも付き従っていた。
「さっさと来い」
ライエルがそう言うと、倉庫の窓から黒ずくめの男たちが飛び込み、扉を開けて数十名の男たちが駆け込んできた。
ミランダが構えると、ライエルが指を鳴らす。
ゴン! という音がそこら中で聞こえ、駆け込んできた黒ずくめの集団はいつの間にか凍っていた地面に滑って倒れている。
見れば、窓の近くには氷の壁が浮かび上げっていた。
それらが消えると、ライエルが銀色の弓を手に持っていた。
(聞いていたよりもずっと小さい? 短弓じゃない?)
大きな弓だった、そう聞いていた銀色の弓は小さく、そして何本もの光の弓を構えたライエルは空に向かって放つと黒ずくめの男たちの目の前に突き刺さっていた。
脅しである。
「帰って主人に直接来るように言え。そうすれば交渉してやるとな。朝になればこいつは引き渡すぞ」
木箱をコンコンと叩くライエルを見て、黒ずくめの男たちはこちらを警戒していた。
ライエルは弓を構える。
「死体になって主人へ失敗したのを知られたいのか?」
そう言うと、黒ずくめの男たちはこちらを警戒するように外へと出て行く。
(私を見ている? それに誰かを探して……シャノン?)
ポーターに視線を向けると、シャノンが何事かと顔を出していた。
黒ずくめの男たちは、シャノンを見つけると目配せをしてそのまま外へと出て行く。
しばらくして弓を元の首飾りに戻したライエルは、割れた窓ガラスを見る。
「……これは別で請求しないと」
ポーターに戻るライエルは「動いたら少しは楽になった」とノウェムに言っている。
「……全部分かっていたのね」
そう言ってミランダは短剣をしまうのだった――。
予定通りサークライ家の当主であるラルフさんが倉庫に来た。
(あれだけ恰好を付けて、違う人だったら絶対に恰好がつかないよ。笑いものだよ)
内心でホッとしていると、倉庫に黒ずくめの男たち数名を連れている。
近くには、ご丁寧に木箱の中身を運ぶために荷馬車も用意していた。
ミランダとシャノンの視線が、今までとは違うラルフさんを見て少し驚いているようだった。
「……わざとうちと関係のある商人をここに連れてきた。そう考えて良いんだろうね?」
言われた俺は、ご先祖様たちの指示通りに動いていたので頷くだけだ。
「そうかね。では交渉といこう。そのグリフォンが王宮以外に流れては困るのだよ。金貨を二百枚用意した。適正価格だと思うが?」
四代目が俺に言う。
『金貨二百枚からスタートか……ライエル』
俺は宝玉を握ると、ラルフさんの後ろに控えている黒ずくめの集団が即反応をする。
少し面白い。
「こちらは金貨五百枚を支払いました。それに、見てくださいよ……あんたらのおかげで借りた倉庫の窓が割られたんです。こちらの修理費も払って貰わないと。金貨一千枚でどうです? そちらも事情があるならそれくらいは払っていただかないと」
ラルフさんは呆れたように言う。
「確かにこちらにも非はある。分かった、修理代はこちらに請求してくれて構わない。だが、金貨を五百枚も支払ったのは君の勝手だ。私には関係ないな。金貨二百五十枚までなら支払おう」
全然足りないので、俺は笑顔で言うのだ。
「娘の恋人と俺を死地に追いやってその値段ですか? 依頼する際の不手際もありますから、金貨九百五十枚でどうです?」
「……こちらは情報が入るのが遅れただけだ。知っていれば、ミランダは絶対に送らなかったよ。まさかシャノンまで連れて行くとはね……酷い男だな、君は。三百枚だ」
「枚数の前に金貨、という言葉を付けろよ、この外道。せっかく手柄を立てた娘の彼氏たちを温かく迎えてやれ……金貨九百枚」
そのまま交渉が続くと、俺は金貨七百枚を。
ラルフさんは金貨で四百枚という値段を提示する。
四代目が。
『金額的にはそろそろプラスになる。ここで止めても良いが、問題は今回の依頼料だな』
ニヤリとする四代目の顔が思い浮かんだ。
「……金貨で六百枚です。依頼料込みでこの値段は安いのでは? 遠征部隊が売り払ったこれも取り戻せますからね。二人の護衛込みで、しかも手柄まで立てさせたんですよ」
ラルフさんが鼻で笑う。
「ヌケヌケとよくも……手柄を立てさせろという依頼はしていない。そもそも、あの段階ではグリフォンが出るとは知らなかった。こちらにもミスはあるだろうが、あくまでもヒッポグリフからあの二人を守るように依頼した。親心を理解出来ないようだな」
ヌケヌケとよくも言う。
同じような感想を持ちながら、俺は言うのだ。
「……金貨で五百五十枚。これ以上は無理ですね」
すると、ラルフさんも。
「金貨で五百枚だ。これ以上は実力行使も考えている」
周囲には黒ずくめの集団がおり、それがラルフさんの切り札となっている。
娘がいるので怪我をさせたくないと思っているのだろうが、これ以上を望めば更に揉めるだろう。
俺は折れる事にした。
「分かりました。おい」
「はい、ライエル様」
そうして俺は木箱の一部をノウェムに開けさせると、そこには鷲の大きな頭部が見える。
氷漬けにされており、白くなって中がよく見えなかったが相手も確認する。
ラルフさんも、こちらに革袋を投げてきた。
ジャラジャラという音がする革袋を拾い上げ、モニカが中身を確認する。
重さを量ると、頷いて俺の顔を見た。
「交渉成立ですね。あとで請求書は送ります」
「法外な額を請求してこないで欲しいね。君は欲深い」
俺は笑う。
「俺は、嘘はつきません。倉庫の修理費のみを請求します。これでも自分では誠実な男だと思っていますから」
(そう! ライエルさんは嘘吐かない!)
ラルフさんがそのまま部下たちに木箱を運び込むように言うと、俺たちはその作業を警戒しながら見守る。
ラルフさんは、作業を見守りながらミランダに言う。
「……ドリスやルーシーでは頼りない。ミランダ、戻ってくる気はあるか」
それを聞いて、シャノンは酷く落ち込んでいた。
ミランダは。
「……シャノンには言わないのね。もう関わりたくないわ。追い出しておいて、今更戻れ、はないでしょう。それが通用するとでも?」
戻る気はないと言うミランダに、ラルフさんは「そうか」と呟くだけだった。
木箱を運び出し、外に出ていくラルフさんは俺たちを振り返ることはなかった。
俺はミランダとシャノンに聞く。
「いいのか、二人とも」
すると、シャノンが。
「あ、あんな家に戻りたくないわよ!」
涙目になっていた。
ミランダの方は。
「戻ったところで悪い噂が出るわよ。どっちにしろ、居心地なんか良くないわ」
俺はそんな二人に。
「素直に俺を選んだと言え。後悔なんかさせないぞ」
そう言うと、シャノンが俺を見て。
「まだ治ってないのね」
そう言ってきた。
ノウェムが言う。
「どんなライエル様でも、私は好きですよ……その、これから辛いと思いますが、頑張ってください」
励まされた。
「なんだろう……納得がいかない」
次の日。
俺は倉庫でグリフォンを購入した商人に、代金を受け取っていた。
暗い表情をする俺に、商人は明るい声で言うのだ。
「今朝の遠征部隊はみなどこか落ち着いていましたな。やはり凄い経験を積んだ部隊ですよ。どこか凄みがある」
(うん、きっとそれは俺と同じで自分の過去を悔やんでいるからだと思うよ)
金貨の詰まった袋を受け取り、俺はグリフォンを商人に引き渡した。
「一つは頭部が酷い状態で、もう一つは強力な一撃で原型を留めていませんでした。きっと激しく戦ったのでしょうね」
(それをやったのはアリアと俺です)
俺は代金を受け取り、商人に後でノーマに確かめるようにと書類を渡した。
すると。
「英雄である遠征部隊が倒したグリフォンというのも価値はありますが、それよりも大事なお客様に間に合いそうで良かった」
どうにも状態の良いグリフォンを受け取っただけで、満足しているようだ。
「こちらも助かりました。では」
「えぇ、良い取引でした」
笑顔でグリフォンを荷馬車に積み込んで去って行く商人の一団を見て、俺は手を振る。
横ではミランダ近づき。
「何が嘘はつかない、よ。この詐欺師」
嬉しそうに肘でついてくるので、俺は恥ずかしがりながら言う。
「……う、嘘は言っていない」
そう、嘘は言っていない。誰も、グリフォンを売るなどと言っていないのだ。
ラルフさんとの交渉の場にあったのはヒッポグリフである。
氷漬けにされたヒッポグリフを、ラルフさんが金貨五百枚で購入していったのだ。
これで騙された意趣返しはできただろう。
ミランダ笑顔で口元に手を当てて。
「せっかくライエルを選んだんだから、後悔させないでね。ま、今回は私も色々とあったけど、楽しめたから良かったわ」
俺は顔を真っ赤にして俯く。
モニカは残念そうに。
「……チキン野郎のフィーバータイムが終わってしまいました。次はいつになるんですか?」
真剣な表情で俺にたずねてくる。
俺はモニカの顔を見て。
「二度とするもんか」
心に誓うのだが、宝玉からは六代目の声がする。
『ライエル……そう思ってもなるから、みんな困るんだ。だが、今回も面白かったぞ』
笑っている六代目を恨みつつ、二度とこんな悲しみを味わうことがないよう三度心に誓うのだった。