お金
冒険者登録を終えた俺とノウェムは、ダリオンにある割と手頃な宿屋に泊まる事にした。
部屋に入ると、二人してホーキンスさんに貰った冊子を読んでいる。
内容は、単純な事が書かれていた。
【人に迷惑をかけない】
他にはギルドのルールやマナーなどの事が書かれている。
「……まるで子供向けだね」
俺が率直な感想を述べると、ノウェムも同意していた。
「そうですね。でも、こうした事は大事ですから」
宝玉からは、二代目も凄く同意した発現をする。
『そう! そうなんだよ! 決められた単純なルールも守らない奴が多いの!』
(なんか実感こもっているというか、凄く不満があるみたいだな、二代目)
冊子に一通り目を通し、俺は閉じて鞄の中に入れる。ノウェムも読み終わったようだ。
そこで、気になっていた事を聞いてみた。
「ノウェム、あのお金って――」
そこまで言うと、宝玉から二代目の待ったの声がかかる。
『ライエル待って! 聞いちゃ駄目! というか、俺は聞きたくない!』
しかし、初代も気になったのか、聞いてみたそうだ。
『なんでだよ? 聞いてみたらいいだろうが。というか、フォクスズ家って今は男爵なんだろ? やっぱり金持ちなんだろうな。少しは恩返しができたのか』
何気に満足そうな声を出している初代に、二代目は怒鳴る。
俺の魔力がソレに伴って減る。
『馬鹿! 男爵家でもノウェムちゃんは次女だよ! それだけの大金を用意するなんて、男爵家の子供でも相当な無理をしている、って気付よ!』
(……え? そうなの?)
気がついていなかった。金貨十枚の価値を、俺は未だに大金とは思えなかったのだ。
ノウェムの表情は、少し困っている。
そして、微笑みながら言う。
「大丈夫ですよ、ライエル様。確かに大金でしたけど、まだ少しは余裕がありますから」
やっぱり、金貨十枚は大金のようだ。
あまり金を持っていない俺からすると、羨ましくもある。
「よくそんなに持っていたな。やっぱり両親?」
「い、いえ、その……あの……」
「違うの? だったらどうしたの?」
そこで、二代目がかなり大声で叫んだ。が、俺以外には聞こえていない。
『それ以上はやめろ、って言ってるだろうがぁぁぁ!!』
ノウェムは、俯いてしまう。俺は何かまずい事でも聞いたのかと、少しばかり焦り始めた。
「い、いや、その……気になっただけで……」
話を切り上げようとしたが、その前にノウェムが口を開いてしまった。
「両親からも旅の資金を用意して貰いました。でも、その……私のわがままでもあるので、あまり受け取れないというか……それで、その……」
言い難そうにするノウェムだが、俺にとんでもない事を言う。
「ライエル様との結婚で用意した家財や服を売りました。申し訳ありません」
悲しそうな顔をするノウェムを見て、俺は自分が失敗したと気がついた。それ以
上に、宝玉から先祖たちの声がする。
『え? 家財道具とか……え?』
困惑する初代。
『だから言ったじゃん! 止めろよ……罪悪感が……』
三代目も声を出してくる。
『僕の時代だけど、嫁ぐ家に持ってくる家財道具とかって、女の子にしたら結構な財産だったんだけど……今はどうなの?』
七代目がそれに答える。
『やはり財産ですな。実家から持ち出せる自身の財産で、嫁ぎ先にも自由に出来る権利はありません。というか、送り出す側も精一杯の事をするでしょうし……ウォルト家の格を考えると、フォクスズ家に無理をさせたかも知れませんな』
それを聞いて、初代から四代目が絶叫する。
『いやぁぁぁ!』
『だから聞くなって言ったんだ! 女の子がそんなにお金を持っているのは何か理由があるって!!』
『姉さん、子孫まで迷惑をかけてごめんね……』
『どうすんだよ! 子孫までフォクスズ家に迷惑かけ続けているとか! 本気でどうやって恩を返せば良いんだよ!』
初代は叫び続け、二代目は薄々だが気がついていたようだ。
三代目は、世話になったフォクスズ家の人物を思い出したのか、謝罪し始める。
四代目に至っては、涙を流している様子だ。
(無茶苦茶魔力が減っているんですけど……というか、ご先祖様たちもそんなに迷惑かけていたのか)
こんなウォルト家を支え続けてくれたフォクスズ家は、かなり慈悲深い一族ではないだろうか?
実際、ノウェムも俺に尽くしてくれる。
(というか……これは罪悪感が半端ない)
結婚をして嫁ぐとなると、貴族でなくとも女の子に家財道具を用意してやる。まともな家なら、という前提条件はつく。
しかし、女の子にしてみれば、結婚という大事な場面だ。道具として揃える家財道具に衣類、その他は妥協せずに選ぶだろう。
中には、代々受け継げるような高価な道具を買う場合もある。
女の子にとっては、それらは自分の宝物である。それを売り払い、俺のために使用したのだ。
(え、でもちょっと待てよ……俺が実家を追い出されて数日でお金を用意したという事は……)
そこまで考えると、ノウェムは揃えてきた家財道具をたたき売りにでもしたのだろう。
俺がそれに気付いて顔を青くすると、ノウェムが慰めてくる。
「大丈夫です。まだ正式には両親のものでしたが、許可は取ってあります。それに、ライエル様がこれから冒険者として大成するためには必要なお金でした。私は使って良かったと思っています」
家財道具など、購入してしまえば中古として扱われる。しかも、急いでいるとなれば、商人も買い叩くだろう。もっとも、商人側としても急に言われて対応に困ったかも知れない。
購入した時の値段から、だいぶ低い値段で買い取られたに違いない。
絶叫して疲れたのか、宝玉から声が聞こえなくなる。いや、俺の魔力が限界に来たのだろう。
実際、かなり疲労感があった。
「……どうして」
「はい?」
「どうしてそこまでするんだ? せっかく揃えたお前の家財道具だろ? 俺じゃなくても、結婚相手なんかすぐに見つかったはずだ。なのに……なんで売り払ってまで俺に尽くすんだよ!」
「ライエル様……」
ノウェムに対して八つ当たりをしてしまった。
俺は次期当主という地位も失い、実家からも捨てられた男だ。
世間知らずで、ノウェムに迷惑をかけてはご先祖様たちに呆れられる。
今まで積み上げてきたものなど、今の俺には何もない。地位もなければ、金もない。そんな男に、どうしてノウェムが尽くしてくれるのかが分からなかった。
十歳で両親から冷遇された俺は、周りの人間が徐々に離れていくのを見ている。そんな時も、ノウェムは側にいた気がする。
周囲では、僅かな可能性にかけている、などと陰口までノウェムは言われていた。
俺が領主になる僅かな可能性に賭け、側にいる――。
だが、今の俺は本当に何もない。それなのに、側にいるのが心のどこかで信じられなかった。
「尽くす価値なんてないんだよ! 妹に――セレスに負けて、家からも追い出された! そんな間抜けが俺だぞ! 俺は……価値なんかないんだよ!」
「……」
ノウェムは真剣な眼差しで俺を見ている。紫色の瞳から、俺は視線を逸らした。ノウェムに呆れられるのが怖かった。
十歳から、まるで恐怖に駆られるように努力してきた。両親に捨てられないために努力してきた。
だが、そんな努力を妹は易々と超えていく。その度に、俺はそれまで以上に頑張ってきた。
――報われる事などないと、分かりきっていたのに。
一人で頑張ってきた。
すると、ノウェムが俺に言う。
「……ずっと見てきましたから」
「え?」
「小さい頃、ライエル様は本当に何でも出来て、それで優しくて……。覚えていますか? 私、小さい頃はよく一人でいて、伯爵様のお屋敷に呼ばれても他の子たちと馴染めなくて」
小さい頃の思いでは、今では良い思い出だ。だが、十歳以降の恐怖とも言える思い出が強烈すぎて、忘れていた。
「そういえば、そうだったな。でも、お前は一人だったけど、周りは結構気にして、気を引くために男共は悪戯していたんだぞ」
気を引きたく悪戯をして、余計にノウェムが孤立していた。伯爵家の跡取りとして、それを仲裁したのを覚えている。
子供の頃の思い出だ。
(あの頃が一番楽しかったのかも知れないな)
「凄く一生懸命で、それにご両親に冷遇されても諦めなくて……私、それを見て自分も頑張ろう、って」
十歳以降、周囲は俺から離れていった。そして、俺はほとんど一人で過ごすようになった。
ノウェムが周囲にいた記憶はあったが、それも周囲の噂もあって声などかけなかった。
「十三歳の時でした。両親に呼ばれて、ライエル様との婚約が決まったと聞いて嬉しかったんです。私は、お側でライエル様を支えられる、と」
「……全部無駄だったんだ。俺の努力なんか、あいつの前では全部無駄だった」
魔力が急激に失われ、思考が纏まらなかった。
八つ当たりしているのも、自制が効かなくなっているから……そう思いたかった。
涙が出てくる。
「誰も……俺なんか誰も見てくれない、って」
「ずっと見ていましたよ。ライエル様は、頑張っておられました」
「でも、家を追い出されて……何もかも失って……」
グズグズと愚痴る俺に、ノウェムは優しく肩を抱いてくれた。
「私がいます。お側にいます」
「両親にいらないって。見て貰いたかったのに……褒められたかっただけなのに」
涙がポロポロとこぼれ落ちる。我慢していた気持ちが心の奥底からわき上がってくる感覚が、少しだけ気分を楽にさせてくれる。
「私は見ていましたよ。ライエル様は立派でした。どんな時でも諦めないで、怖くとも立ち向かう立派な方です」
そう――。
怖かったのだ。
妹という存在が。
セレスという完璧な存在が、とても怖かった。だが、逃げ出すのも嫌だった。負けると分かっていても挑みたかった。
そして、全てを失った。
もう、どうでも良くなっていた。どうにかなると思っていたが、世間はそれほど優しくもなかった。
俺など、ノウェムがいなければ今頃はどうなっていたか分からない。
「ライエル様には価値があります。私は自信を持ってそう言えます。だから、頑張りましょう、ライエル様」
「……うん」
その日、俺はノウェムに抱きついたまま眠ってしまった……。
『誰も俺を見てくれなくって~』
『全てを失って~』
『でもノウェムちゃんは側にいて~』
『むしろプラスだろうが! 甘えるな!』
初代、四代目、三代目が歌い、最後に二代目が俺に怒鳴る。
ダリオンでの二日目は、ギルドで初心者講習を受けて必要な物を購入して明日に備えて眠る事になった。
だが、俺は緊急会議を開くというので、無理矢理会議室に連行されたのだ。
八つのドアがある円上の室内では、テーブルの上で四人が歌いながら俺をからかってくる。
「あ、あんたたちは見てたのか……」
恥ずかしい。凄く恥ずかしい。
朝だって、起きたときにノウェムの顔を直視できないくらい恥ずかしかったのだ。夜になると、ご先祖様総出で俺の恥ずかしい思い出をからかってくる。
『むしろ、こっちが恥ずかしかったわ!』
初代が陽気に歌っていたのに、一変して怒鳴り散らしてくる。
「俺だって恥ずかしかったよ! けど、魔力なくなってフラフラして、気分的にも落ち込んでいたから仕方なかったんだよ!」
精一杯の反論だが、周囲の目は冷たい。
七代目など――。
『ま、まぁ……十五歳で家を追い出された訳ですし、ライエルもまだ子供という事で……さ、寂しかったんだよな、ライエル?』
「止めて! そんな同情しないで! 余計に恥ずかしくなるから!」
顔を両手で隠すと、顔の表面がかなり熱を持っていた。
きっと、今は顔が真っ赤だろう。
そんな会議室で、五代目がイライラとしていたのか少し声を張る。
『いい加減に本題に入れ。もう十分にからかっただろう』
すると、四人がテーブルから降りて椅子に座る。
『そうだな。からかうネタが出来たし、今日はこれくらいにするか』
初代が満足した感じで言うが、恥ずかしいところを見られた後なので文句も言えなかった。
(絶対に事あるごとに話題にする気だな、こいつら……)
「それで、緊急会議ってなんですか?」
俺はさっさと終わらせたくて本題を聞いた。
すると、四代目が進行役に戻って話を切り出してくる。
『ライエル……ノウェムちゃんと結婚しようか』
「はぁ、結婚ですか、そうですか……………………え? 結婚!?」
五代目たちを見る。
基本的に、五代目以降はノウェムを贔屓しない。
そうした五代目以降の意見だが――。
『結婚しなよ。というか、あの子以外に相手を探すのは大変だと思うよ。ウォルト家の家訓は知っているだろ?』
ウォルト家の家訓とは、結婚相手である女性に求める必須項目だ。
初代が定めたとされる家訓は、未だにウォルト家に引き継がれている。
「し、知っていますけど……確かにノウェムはクリアしていますけど……」
ウォルト家の家訓。それは――。
【妻に迎える女性は、第一に容姿が優れている事】
【第二に健康である事】
【第三に体が丈夫である事】
【第四に頭が良い事】
【第五に肌が綺麗である事】
この五つだ。伯爵家になった事もあり、今は魔力量や魔法に関する項目まである。
【第六に魔法に優れている事】
これは五代目が追加したようだ。
二代目は、本当にノウェムを薦めてくる。
『ウォルト家はライエルを追放したけど、どう考えてもウォルト家の本流はライエルだよね? 一応は続いている家訓だし、俺もかなり苦労したから言うけど、ノウェムちゃんを逃すと相手はいないよ。というか、あそこまでさせて結婚しないとか言うとマジで祟るぞ』
六代目が二代目を制し、言う。
『祟る、祟らないは置いておくとして、それでも結婚相手に申し分ないだろ。ライエル、すぐにでも結婚しておけ』
「い、いや、確かにノウェムの事は好きですよ。けど、急に言われても俺には甲斐性がないとうか……」
そこで三代目が言う。
『これから頑張れば良いよ。しっかり教育を受けていたなら、ある程度の事はできるだろうしさ。ま、結婚相手で苦労してないから僕には分からないけど、相手探しは大変らしいよ』
それを聞いて、二代目が憤怒する。
『お前の相手は俺が探してきたんだろうが! 俺みたいに相手探しで苦労しないように、ってどれだけ頑張ったと思っているんだ!』
騒がしい会議室だが、ここで初代が問題発言をする。
『なぁ……家訓って何?』
本当に理解できていないのか、首をかしげて他の面々を眺めている。
「え?」
『……おい』
『うわぁ』
『何それ』
『なんかそういう気がしていたんだよな』
『なんで初代が知らないんです?』
『ちょっと待って。ウォルト家初代からの家訓ではないのですか?』
全員が呆れている。いや、二代目だけワナワナと振るえて怒りが爆発しそうだった。
しかし、初代は分かっていないようだ。
『ノウェムちゃんは良い子だから結婚した方が良いと思うよ。けど、家訓とかなんの話だよ。結婚相手を決める家訓でもあるのか? 誰だよ、そんな面倒な決まり作った馬鹿は』
二代目が立ち上がり、指を差して怒声を上げる。
『お前だよ、馬鹿野郎ぉぉぉ!!』
『え、うそ?』
初代は家訓に関して、まったく覚えがないようだった。