第五章エピローグ
――村を出る遠征部隊は、村人たちに手を振って見送られた。
グリフォンの襲撃から村を守り切り、最後は修繕の手伝いを行なった事もあって村人の感情は訪れた時よりも格段に良くなっていた。
死者も出しているが、それでも全滅よりはマシだった。
いや、これ以上を望むのは贅沢と言えるような結果である。
そんな中で、アリアはポーターの中で毛布に包まっていた。
「……なんか、凄く重い」
ポーターの中にはアリアの他にシャノン、ミランダ、そしてモニカがいる。
シャノンとモニカは遊んでおり、ミランダもぐったりしていた。
宴会までは良かった。
勝利を祝って騎士や兵士、そして村人たちも参加して飲んで騒いで――。
そうして問題は次の日だ。
アリアとミランダに大きな変化が現われた。
最初は疲れかと思っていたが、体が重い。
気分も沈んで動きたくなかった。
その間は、ライエルたちが村で色々と動いていたために横になって休むことが出来ている。
しかし、数日も続くと、流石におかしいと思えた。
気分の悪そうなアリアに、モニカは言うのだ。
「吐くなら外に出てくださいね。チキン野郎の世話以外は興味ないので」
真顔で言ってくるモニカに、アリアは睨み付けた。
「あんた、本当にライエルの事が好きよね」
アリアはポーターの中で立ち上がって外を見た。
後ろには氷の棺桶にグリフォンが保存されている。
傷が少なく一撃で仕留めたようで、高く売れるとあって大事に保管していた。
それでも、失った金貨五百枚には及ばないだろう。
前の方では馬に乗ったノーマが、疲れた表情で部隊を率いている。
怪我をして完治していない者。
戦死者は荷馬車に乗せて移動しており、ライエルたちはポーターの近くで歩いていた。
ノウェムと話をしながら歩いており、クラーラはポーターの天井に乗って操作を行なっている。
ただ、マーカスたちは自分たちの側にはいなかった。
(無理ないか)
宴会後、色々とあったので距離を取ったのである。
アリアはノウェムと話をしているライエルを見て、村を出る時のことを思い出す。
別れ際、ライエルは村の少年と話をしていた。
村で面倒を見ていた少年であり、少年には自分の武器を与えるなど気をかけていたのだ。
子供に優しい一面を見て、アリアはそれを意外に思っている。
(女以外にも優しいのね)
外を眺め終り、木箱の上に座るとポーターの中でミランダがモゾモゾと動いていた。
顔を出すと、酷く暗い表情をしていた。
ハッキリ言えば――。
(うわ、怖っ!)
アリアもドン引きの表情をしている。
いつもニコニコしていたが、襲撃後からはそんな余裕もないようだ。
無理な笑顔をライエルに向けるだけである。
そして、普段の愛想もなくなっており……。
「……シャノン、水ちょうだい」
「は、はい!」
シャノンが慌てて水を用意すると、それを飲むために起き上がっていた。
薄着で汗をかいており、気持ちが悪いのか表情が優れないミランダ。
宴会後。
ミランダは、ライエルの近くにいたマーカスたちを蹴飛ばしている。
ライエルがマーカスたちのミスを責めず、そして約束通り出世できる報告書を仕上げているのも気に入らなかったのだろう。
ヒッポグリフによる被害は出ておらず、結局はライエルが止めを刺したのだ。
あまり気にした様子もなかったのが腹立たしかったのだろう。
ライエルも、事務的な会話以外はマーカスたちに関わろうとしていない。
水を飲み終わって口元をぬぐうミランダは、アリアを見て言うのだ。
「何よ」
普段は「何?」と、笑顔で聞いてくるミランダが、余裕がないのか鋭い目つきで自分を睨んでいた。
以前なら怖がっていたかも知れないが、今のアリアは成長している。
「別に。辛そうだから見てたのよ。そんな状態で、よくライエルの前で笑顔になれるわよね」
冗談のつもりだったが、余裕がないアリアはいつもより気遣いが出来ていない。
笑い飛ばせる状況でもないミランダの眉がピクリと反応すると、シャノンがガタガタと震えていた。
モニカはそれを見て――。
「修羅場ですか? いいですね。暇だったので生の修羅場というのを見てみたかったんです。それでは二人とも正々堂々昼ドラのごとくドロドロとした女の戦いを……ファッイ!」
盛り上がって参りましたと、笑顔になるモニカにシャノンは止めるように言うのだった。
「アンタ、こんなところで喧嘩を煽らないでよ! それに“ひるどら”ってなによ!」
「演劇みたいなものです。さぁ、生の修羅場ですよ!」
「こいつ頭おかしい!」
――元から壊れているので当然だろう――
ミランダが立ち上がろうとしたところで、ポーター内にノック音がした。
少し間があってから、ライエルがドアを開ける。
ポーターも停止しており、休憩に入るのだろう。
アリアが言う。
「もう休憩? 行きは昼だけだったわよね?」
ライエルが顔を出すと、ミランダは辛そうな表情をしながら笑顔を作っていた。
「こまめに休憩を取るように進言したんだよ。それに、途中で魔物を倒して数を確保したいから」
道中で魔物を倒し、出世に少し足りない功績しか無い者たちの手柄にするのである。
それら魔物の素材や魔石を、ライエルたちが買い取ったことにするのだ。
ライエルが言う。
「二人とも大丈夫? 今日は俺たちの方で見張りもするから、ゆっくり休んでよ」
ミランダが返事をする。
「ごめんね」
(……ミランダ、結構黒いわね)
アリアがミランダを見てそんな事を思っていると、シャノンがライエルの胸元を凝視していた。
「……光が移動した」
何を言っているのか?
疑問に思ったが、余裕のないアリアはライエルたちに頼ることにする。
「任せるわ。というか、今回は少し重いのよ。ぶり返しが怖いわ……」
“成長”の反動とも言える成長後のハイテンション。
人によって様々だが、アリアたちは今回の経験が許容量を超えていたのか体が処理するのに時間がかかっているようだ。
ライエルが一瞬だけ微妙な表情になったのを、アリアは見逃さなかった。
(自分の成長を思い出しているわね)
笑顔を向けるライエルは、ポーター内の四人に言う。
「外に出て気分転換が出来そうなら出てみてくれ。モニカとシャノンは外で手伝いだ」
いつもなら嫌がるシャノンだが、ポーター内の空気が悪かったので飛び出るように外に出た。
意外そうな顔をするライエルに、仕事を寄越せと急かしている。
モニカも外に出ると、ドアを閉める時に――。
「邪魔をしないのでごゆっくり」
と、言うのだった。
二人が喧嘩をするのが楽しいのか、笑顔だったのが腹立たしい。
アリアもミランダも、好きこのんで暴れたくもない。
二人とも毛布に包まって休むのだった――。
ポーターから離れた俺は、クラーラを見上げた。
「これで良かったのか?」
「はい。ポーターの中で暴れて貰っても困りますから」
シャノンとモニカが仕事を開始しており、俺はクラーラと話をする。
「成長前で辛いのは分かるんだけど、前衛二人が抜けるときついな」
分かっていたことだが、このパーティーは人が少ない。
本気で数名をパーティーに勧誘したいところだった。
周囲では、アリアやミランダさんと同じように辛そうにしている騎士や兵士が多かった。
道から外れ、その脇で横になって休んでいる。
五代目の声が聞こえる。
『スキルで移動速度は補える。これだけの集団だが、ライエルの魔力なら対応出来るな』
自信がついたのか、多くの兵士や義勇兵が率先して魔物と戦うようになっていた。
当初よりは集団行動が形になっており、勝った後なので気分も良いのだろう。
三代目はのんきに。
『当初はノーマをサクッといくつもりだったけど、結果を見れば上出来だね』
俺としては死者が出たので上出来とは言えなかった。
被害を最小限にしたとは思えるが、それでも死者は出ている。
(俺がもう少し上手くやれていれば)
複雑そうな表情をしていると、四代目が言うのだ。
『ライエル、自分がもっと頑張れば、とか思っていないよね? やることはやっても被害は出るんだよ。自分が頑張れば、なんていうのは傲慢だよ』
そして、六代目も同意していた。
『そうだな。終わってから後悔しても始まらないからな。最善を尽くしたのなら、胸を張れ』
そういう気分ではない。
(上に立つ人間は大変なんだな)
こんな気持ちを味わうと、責任がいかに重いかというのを実感してしまう。
七代目は――。
『これも良い経験だ。つまらない仕事だと思ったが、ライエルにとって必要な事を学べたな』
――始まりはサークライ家の当主からの依頼だった。
ヒッポグリフに挑むには貧弱な部隊で、被害は大きいと思っていた。
だが、実際はグリフォン相手で全滅もあり得た依頼だったのだ。
自分がいかに甘いかを認識した。
(聞こえる声が減ったな)
初代、そして二代目の声はもう聞こえない。
宝玉を手に取ると、クラーラが声をかけてきた。
「ライエルさん、どうかしましたか?」
俺は事実を言うわけにもいかないので、クラーラに言い訳をする。
「ルカの事が少し気になったんだ。あいつ、ちゃんと勉強するかな」
そう言うと、クラーラは微笑む。
「意気込んでいましたし、少し覚えると嬉しそうにしていましたからね。あ、それとなんですが」
「何?」
クラーラは普段の無表情になると、少し顔が青いことに気が付いた。
「具合でも悪いのか? なら、すぐに休んで――」
「すいません。私もその……きちゃったみたいで」
きちゃった?
それを聞いて疑問に思っていると、ノウェムが駆け寄ってくる。
「ライエル様! 全体の六割以上が体に不調を訴えています。大きな経験をしましたし、このまま全体に広がるかも知れません」
大きすぎる経験や、今までにない経験を体が処理をする際にはいくつかのパターンがある。
二代目が言っていたのだが、俺のように急激に体調を崩してその後に復活する場合だ。
そして、経験を体が処理するために、ゆっくりと時間をかける場合である。
「まずいぞ。次の村に急いで行こう。そこで一泊から二泊して様子を見て……」
そこまで言うと、宝玉から期待した視線を向けられている気がした。
三代目が小さな声で。
『……らいえるさん』
そう呟いた。
(だ、大丈夫だ! 今回はなんの変化もない。俺は成長するために大量の経験が必要なタイプだ)
自分を落ち着けるために言い聞かせる。
体にこれといった変化はない。
体が重いというのも、だ。
「と、とにかく急ごう。事情を話すために騎士を一人派遣して、準備を進めて貰った方が良いな」
支払いに余裕があったので、金貨の方はまだ余裕がある。
金を持たせようか考えていると――。
四代目が提案してきた。
『あ、そうだ……ついでに噂を広めて貰おうか』
六代目が面白そうに言うのだ。
『ほほう、それも良いかも知れませんね。戻る時には手遅れ、という状況も悪くない』
三代目もその流れで。
『決まりだね。こういう時に吟遊詩人――【歌い手】がいると楽なんだけど』
七代目は。
『宮廷ネズミ共が手を出す前に、事実としましょうか。王都にもすぐに伝わりますな。数日動けないとしても、それなら噂程度は広がるでしょう。事態の収拾に乗り出した時には手遅れ……素晴らしい!』
歌い手は、話題の出来事を物語のように語り、そして時には歌を歌い、芸を披露する者たちだ。
特に多いのがエルフである。
彼らは森で暮らしているが、狩猟民族であるためにあまり定住しない。いや、出来ないといった方が正しい。
そのために、移動しながら歌を歌い、芸を磨いて披露することでお金を得ている。
彼らの生き方は馬鹿にされやすく、歌い手になりすました他国の間者もいるので定住を拒まれるのだ。
「ライエル様?」
ノウェムが俺を見て心配している。
「な、なんでもない。先に一人に先行して貰おう。それから、村に歌い手がいたら今回の一件を教えてみようか」
ノウェムはアゴに手を当てて考えつつ。
「良いかも知れませんね。でも、彼らがいるとは限りませんよ」
「いたら良い、って程度だよ。娯楽に飢えているなら、俺たちの方で通る村に伝えて回ってもいい」
俺はそのように動くことにすると、クラークさんに一人を派遣して貰い先に村に派遣する事にした。
(それにしても、クラーラも動けなくなると流石に困るな)
王都に戻るまでには、全員が動ける状態にはなって欲しかった。
村に二泊して出発すると、やはり全体的に変な空気が誕生していた。
アリアは――。
「私……鳥になりたい。どこまでも飛んでいきたいの」
ミランダさんも同意していた。
「分かるわ、その気持ち。ライエル、私の鳥かごになって」
俺は即答する。
「意味が分からないです」
クラーラは口元に手を当てながら。
「槍という翼を持って、戦場をどこまでも飛び回るんですね、分かります。ミランダさんは牢屋にでも入れば良いんじゃないですか?」
クラーラはそんな事を言わない!
そう思っていたが、周囲では兵士が。
「俺、戻ったらあの子に結婚を申し込む!」
「今なら母ちゃんに今までのお礼が言える! 産んでくれてありがとう、って!」
「……お前ら、それは聞かなかったことにしてやる」
最後の兵士は暗い表情で、明るい兵士たちを見ていた。
モニカはその光景を見て言うのだ。
「なんでしょうね。面白いんですけど、出会ったばかりのチキン野郎には敵いませんね。どいつもこいつもどこかでブレーキかけやがって」
呆れているのもあるだろうが、それ以上に俺に期待した視線を向けてくるのだ。
ノウェムはクラーラの変わりようにどう対応したらいいのか分からないようだ。
シャノンに至っては。
「助けてよ! アリアは変なポエムを読みだすし、お姉様は愛だとか恋だとか言い出すし耐えられないの!」
泣きながら俺にしがみついてくるシャノンから、俺は視線を逸らした。
「ふざけろ! あんな状態をどうすればいいんだよ!」
アリアが急に――。
「元子爵家のお嬢様から、冒険者に身を落とした可哀想な私……非力なのに槍を振るって、健気に戦場を駆けるのは仮の姿。本当は誰よりも繊細で、愛に飢えているの」
チラチラと俺を見るアリアからも、俺は視線を逸らした。
クラーラは。
「元はお嬢様でも、血を見て興奮したとか、男の子だったらきっと将軍にもなれたとか言われる人は非力とかか弱いとは言いませんよ。愛よりも血に飢えているのでは?」
ミランダさんは。
「あぁ、この胸の熱い思いがどうしてライエルに伝わらないの!」
俺をチラチラというか、真剣に見つめてくるのでまた視線を逸らした。
クラーラが。
「伝わらないんじゃなくて、拒否されているからでは? 現実は残酷ですね」
そんな手厳しいクラーラの物言いに挫けず、二人は思い出したくないであろう過去を量産していく。
ノウェムは言う。
「今回のアリアさんは酷いですね。前はライエル様で大変でしたけど、ここまで酷くは……自作の歌を歌うくらいだったのに」
俺はノウェムを見て言うのだ。
「え、そんなの聞いてない」
「いえ、ライエル様は休んでいましたから」
知っていれば弱みを握れたのに、などと思っていると丁度王都まで残り半分までの距離に来た。
そして――。
(敵か? オークが二体)
そう思って敵が来る方角を見る。
見張りを用意しているので、部隊の反応も早かった。
「オークが二体! 中央に来ているぞ!」
集団の中央にオークが二体来たようだ。
全体が止まって戦闘の準備に入るが、周囲は成長後でとても危険な状態である。
騎士たちも。
「俺、今ならナイフ一本でオークに勝てる!」
などと言っている馬鹿がいた。
(ここは俺の方で処理するか)
「ノウェム、俺の方で対処する。全員この場に待機させろ」
「え? ……は、はい!」
少し驚いていたと言うよりも、何かを言おうとして止めたノウェムが俺に指示に従ってくれた。
オーク二体ならば、時間もかからない。
そう思って倒しに向かったのだ。
オークとの戦闘終了後。
俺はポーターの荷台で横になっていた。
「な、何故だぁぁあぁぁ!!」
体が急に力が入らなくなり、今までにない痛みも伴っている。
全身の筋肉痛以外にも、魔力を使用しすぎて意識が遠のきそうな感覚もあった。
大声を出しても体が痛く、そして看病するモニカが嬉しそうにしている。
「チキン野郎の看病……こんな大役は誰にも譲りません」
シャノンは言う。
「誰も欲しがらないわよ」
ポーターの中には俺とモニカ、そしてシャノンが乗り込んでいた。
外では陽気な遠征部隊が行軍しており、俺はオークを倒した後に“成長”の兆しが訪れたのだ。
三代目が期待するような声で。
『来たね! ついに来るね! らいえるサンが!』
四代目が計算しつつ。
『この分だとセントラルの到着前かな? ギリギリ到着後か……』
五代目は。
『タイミングがまた……』
六代目が。
『ライエルはこう持っているな。運以外にも色々と……プッ!』
笑いやがった六代目に続き、七代目も。
『久しぶりのベストライエル賞……これは期待出来そうですな』
俺は呟く。
「ふ、ふざけろ……今度は誰にも会わないぞ。絶対だ。絶対に閉じこもってやる!」
後半は声が大きくなり、シャノンが俺を見て呆れている。
「頭おかしくなったんじゃない?」
モニカは。
「そうなっても最後までお側にいます。だってそれが、最高傑作のオートマトンであるモニカの役目!」
王都に戻ったら、絶対に引きこもると決めた俺は成長前の苦痛とも言える時間を耐えるのだった。
少し前にアリアたちの醜態を見ているので、絶対に今回は何も起こさないと心に決める。
(絶対に外に出ない。そうすればご先祖様たちが大笑いするような事は起きないはずだ! そうだ、もう俺は今までのような失敗を繰り返さない!)




