二代目の記憶
宝玉内。
そこではご先祖様たちによる会議が行なわれていた。
四代目がその場を仕切る。
『では、ジオニ村で防衛戦という事で』
六代目は悔しそうだった。
『使える兵がもっといれば、林にはいって戦えたものを!』
七代目も同じように悔しそうだった。
『くっ、少数の兵で戦った経験は、二代目や三代目の方が上。ここは従いましょう』
五代目がいう。
『次はどうやって迎え撃つのか、か。弩がもう少しあれば、村人に持たせて配置しても良かったな。腕の良いのに矢を装填した弩を渡して撃てば弩を交換させて……』
三代目が嬉しそうに。
『ライエルには村を見て回って貰ったし、多少は手直しをして防御を固めれば十分だよね。ヒッポグリフでもグリフォンでも村に入れば、後は拘束して袋叩きだよ!』
ヒッポグリフに餌である人間を襲わせているのだろう。
逃げるのではないか? そう思ったが、ご先祖様たち曰く「グリフォンはプライドが高い」との事だ。
賢くないとはいわないが、それでも負けてもこちらを襲ってくるのを止めないらしい。
質が悪い相手だ。
四代目は、丸いテーブルの上に浮かんだ映像を見て言う。
俺の頭の中に浮かび上がる、立体的な村の地図が浮かび上がっていた。
『弱いのはここと、ここかな? 騎士を配置して、弩は兵士を二人組にして使用させようか。盾役も欲しいね』
動かせる人数は百七十名近くである。
二百人には届かないが、それでも当初の百数十人よりはマシである。
二代目が言う。
『ライエルは指揮を。村に入り込んだ魔物は、ライエルたちに相手をして貰う。アリアとミランダは、戦力の少ない場所に配置。ノウェムは治療をさせるから、村の中央に配置だな。ポーターもクラーラもそこでいいだろう』
俺は二代目に聞く。
「モニカとシャノンはどうしましょうか?」
二代目が難しい表情を巣売る。
理由はモニカの恰好である。
メイド服というか、それに似たドレスのような恰好なのだ。
強いと分かっていても、そんな恰好で戦いの場に出れば困る。
『……女子供、それに年寄りの護衛だ。シャノンはノウェムの側で手伝いだな。手持ちの矢がもっとあれば楽なんだが』
アラムサースで使用した爆発する矢は、重りがついているようなものだ。遠くに届かなければ狙いを付けるのも難しい。
だが、当たればゴブリン程度なら一撃である。
当たり所が良ければ、オークなども一撃で仕留められる。
三代目が俺を見る。
『ライエルが持つしかないね。前に使用した残りだけど、ヒッポグリフ相手には役に立つよ。グリフォンには難しいかな』
当てたところで怯みもしないのが、グリフォンだと三代目は説明してくれた。
七代目が言う。
『グリフォンですと、やはり背に飛び乗れると楽なんですがね』
六代目も同意見だ。
『強者が戦う時は、そういった方法が多かったな。圧倒的な実力差のない今のライエルには、魔法を当てるのも困難……よし、無理ならそれで』
「それで、じゃないです。足止めして全員でボコボコにすればいいんですよね? 魔法にもそういったものはありますから」
六代目がジト目で見てくる。
『面白くないな』
面白さなど求めていない。
そうして会議が進んでいくと、三代目たちが会議に熱中してしまう。
俺が声をかけても。
『だから、ノーマも配置しておかないと駄目なの! 使える駒は使わないと意味がないんだよ!』
『あの無能を、ですか? 金をたかられそうなんで、出来れば中央に置いておきましょうよ。モニカと一緒で護衛にしましょうよ』
『いや、有能だぞ。足りなくはあるが、それでも即座にライエルに指揮権を渡した。生き残る上に、自分にとって最高の状況に持っていったからな。それに、騎士として見ればゴブリンやオークとも戦えるだろう』
『わざと通して罠にはめ、そこで火あぶりに……他にも仕掛けが欲しいところですな』
『……これがウォルト家の精鋭たちであれば、乗り込んで一日で片付くというのに。あ、手薄な位置に罠の設置も行ないましょう。補強する際には戦いやすいように……』
ニヤニヤし、時に激怒しながら作戦を立てていくご先祖様たち。
村の補強に関しても話が進み、まるで戦うための要塞を作っているような感じだった。
俺は見ていることしか出来なかった。
そんな俺に、二代目が声をかけてくる。
『あいつら、楽しんでいるな。ライエル、暇か?』
言われると、俺は首を横に振る。
「いえ、しっかり聞いておかないと。ためになりますから」
すると、二代目に襟を掴まれて二代目の部屋に連れて行かれる。
『おい、ライエルを借りるぞ』
残った五人にそう言った二代目だが、返事は四代目だった。
テーブルを真剣に覗き込んで、左手をヒラヒラさせる。
『あぁ、好きにしちゃってください。俺たちはまだ続けるんで』
「え、ちょっと!?」
俺が抵抗するも、二代目に引っ張られてそのまま二代目の部屋へと移動した。
宝玉内のご先祖様たちの部屋は、それぞれの記憶が詰め込まれている。
初代であれば小さな村が。
二代目であれば発展を始めた村の光景が広がっているのだ。
村で生活する領民たちもいるが、その光景は映像だけである。触れることは出来ない。
部屋の持ち主の記憶。
「なんですか? 初代みたいに、実際に戦わせようとか思っているんですか? まぁ、確かにグリフォンと戦えれば、ありがたいですけど」
そう言うと、二代目は首を横に振った。
『そうしてやっても良いが、お前はドラゴンの亜種に勝っただろうが。今更グリフォンなんてどうにでもなる。空を飛ぶのが厄介なだけだ』
辺境に位置していた領地を持つウォルト家は、魔物と戦い続けた歴史も持っている。
初代からして大剣を持って戦っており、二代目が魔物退治を跡取りの教育に組み込んでいるので全員が経験者である。
王都の騎士たちのように、外にも出たことがないというのは信じられない事である。
「では、何かあるんですか? ……雨?」
そうして歩いていると、空が曇りになった。
雨が降り始めると、先程まで仕事をしていた領民たちがいなくなる。
水たまりに踏み込んでも水しぶきがあがらない。
少し、不思議だった。
強く降る雨の中、確かにその景色は見えていた。
「え、あの……血が」
地面に水と共に広がっているのは、血だった。
二代目の視線の先には、今と同じ姿の二代目が膝をついて子供を抱きしめている。
その横で泣いている小さな子供は――。
「三代目ですか? でも、抱きかかえているのは――」
『俺の長男だ』
泣きわめいている二代目の横で、同じように小さな少年が大泣きしている。
子供から流れている血は、止まらなかった。
近くには、矢で射られた魔物の姿がある。
角付き兎だ。
場面が変わる。
今度は夏なのだろうか。
日差しが強いのに、暑さは感じなかった。
二代目が弓の扱いを、子供に教えている。
『ほら、頑張れ』
『う~ん!』
一生懸命に小さな弓を引き、練習用の矢を放つ子供の姿。それは、先程二代目に抱かれていた長男だった。
近くでは、幼い三代目がその様子をボンヤリと見ている。
小さい頃から、どこか掴み所がない雰囲気を出していた。
少年が矢を放つと、的に当たって大喜びしていた。
『やった! やったよ、父さん!』
『よくやった! 流石はウォルト家の男だな。強くなって、みんなを守れる領主になるんだぞ』
『うん!』
喜んでいる二代目と長男の映像が灰色に染まると、そこで時間が止まってしまう。
俺は二代目を見た。
『……良い子だったよ。俺と違って明るく真っ直ぐで。領民にも好かれていた。俺は嫌われていたが、この子ならきっと領民にも慕われると思った。次男にも恵まれたから、スレイにも将来は集落を与えて分家でも用意してやろう、って。ノンビリしていたけど、本が好きで……だから、こいつにも……【デューイ】を支えてくれるだろう、ってな』
その少年を見て、俺は気が付いた。
茶色の髪にボサボサ頭。
ジオニ村でノウェムに戦いたいと言った少年だったのだ。名前は【ルカ】だったと思うが、確かに似ている。
『雨の中。畑に魔物が出たんだよ。追い返そうとした弓を持って出たんだ。少し荒らされるくらいどうでも良かったんだ。俺を呼んでも良かったのに……ついてきたスレイを守るために、前に出たんだよ』
俺はなんと言って良いのか分からなかった。
二代目は続ける。
『俺は守れなかった。これは初代と同じだ。わがままだ。だけど、あの子だけはなんとかしてくれ。……子供が死ぬところは見たくない。それから、ほんの少しで良いから気にかけてやってくれ』
「……出来る範囲でなら」
そう言うと、二代目は力なく笑うのだった。
『悪いな、ライエル。俺も初代のことは言えないな』
そうして映像は切り替わる。
そこは屋敷だった。
ベッドの上で寝ているのは、やせ衰えた初代である。
初代【バジル・ウォルト】の横には、初老の女性が椅子に座っている。見た目もしっかりしており、すぐに理解できた。
(この人が、初代の奥さんか)
二代目はベッドの近くに立っていた。だが、凄くやつれている。
初代が声を振り絞る。
『……悪かったな、クラッセル』
そう言って、目を閉じた。
二代目は握り拳を作って、その場で立って泣いている。
初老の女性が二代目に言うのだ。
『もう、自分を責めるのはおよし。あんたを責める連中もいるが、あんたは立派にやっているよ。この人も不器用だったから……』
初老の女性が涙を流している。
二代目が口を開いた。
『……俺は、この人みたくなりたかったのに。強くて、慕われて……なのに、少しも追いつけなくて。それに、守れなくて』
崩れ落ちる二代目の姿。
そうして周囲の景色はスキルを練習する場所に変わる。
二代目が頬を指でかく。
『……あんまり見せたくなかったんだ。恥ずかしいからな』
「別に恥ずかしいとは思いません。それに、二代目がいなかったら、三代目はその……」
三代目は良くも悪くも手を抜く人だ。
二代目の計画通りに領地を発展させており、余計な事はしていなかった。
それでも、バンセイムの歴史に名を刻んだのだから、世の中は分からない。
『……あいつは無駄なことはしないからな。弓矢も練習しないで、剣だけを振っていた。今にして思えば、それで良かったんだろうけど。見ているとどうにも心配でさ』
二代目は笑っていた。
そして、俺を真剣な表情で見る。
『それに、お前には見せておきたかったんだよ。そうしておきたかった……。なぁ、ライエル。お前――』
「はい?」
『――もう俺のスキルは使えるんじゃないのか?』
俺は一瞬、心臓を掴まれたような気分になるのだった。そして、強制的に宝玉内から意識を自分の体へと戻すのだった。
目を覚ますと、夜が明けようとしていた。
村で滞在することになった家では、家主である女性が起きていた。
「あ、起こしてしまいましたね」
女性は食事の用意をしており、家には元気よく少年が入ってくる。
「あ、ライエル様が起きた! ノウェムの姉ちゃんに知らせないと」
ルカ――。
二代目の長男に似ている少年は、薪を持ってきたようだ。
周囲を見ると、シャノンとアリアが眠っている。
見張りであったクラーラとノウェム、それにミランダさんは先に起きているようだった。
少年の後ろには、モニカが立っている。
「母ちゃん、凄いんだぜ。このメイドさん、薪をバンバン切って山積みにしたんだ。しばらくこれで安心だね」
女性――ルカの母親は、呆れたように言う。
「乾燥させないといけないから、しばらくは使えないわよ。それに、お礼は言ったの? ありがとうございます」
「言ったよ!」
モニカは頷く。
「はい。お礼を言って頂きました」
そして、チラチラと俺を見るのだ。
(何が言いたいのか理解できるが、絶対に言わないからな)
モニカにお礼を言うルカの母親に、俺は頭をかきながら言う。
「あぁ、そういつにはお礼はいいです。オートマトンなんで」
ルカも母親もキョトンとしていた。
どうやら、オートマトンと言っても理解されないらしい。失敗だった。
すると、モニカは悲しそうな表情をして言うのだ。
「いいんです、二人とも。こんなご主人様ですが、私は精一杯お仕えするだけですから」
ルカと母親の責めるような視線を俺は受け、モニカを睨み付ける。
「お前、それは卑怯だろうが!」
二人の視界の外で、モニカは舌を出していた。
「嘘は言っておりません」
悔しそうにしていると、ルカが俺に近づいてきた。
「ライエル様、ちゃんとお礼を言おう。そういうの、絶対に駄目だと思うぜ」
少年に諭され、俺はモニカにお礼を言う流れになった。
二人の前では嬉しそうにニコニコと笑顔になるモニカだが、二人が見ていないところではなんともいやらしい笑みを浮かべていた。
(こいつ……)
悔しく思いながらも、世話になっている二人の前でこれ以上はいつものノリで会話が出来ない。
俺は謝罪をするのだった。
「いつもありがとう、モニカ……これでいいのか?」
睨み付けると、勝ち誇った顔でモニカは言う。
「素直じゃないご主人様です。おっと、私は朝食の準備をしなくては。今日は忙しくなりそうですからね」
そう言って上機嫌でルカの母親の手伝いを開始するモニカだった。
ルカは俺の腕を引っ張る。
「ライエル様、今日は何を手伝えばいい!」
「今日か? 今日は……村の案内だな。昨日見ていないところがあったから」
「また? いつになったら戦うのさ」
どうしても参加したいと言ったルカは、俺の手伝いという形で貢献して貰う事になった。村の案内に加え、色々と村の事を聞くのに現地の人間が必要だからだ。
こんなルカだが、父をヒッポグリフに殺されている。
被害者が家族にいないという方が少ないジオニ村では、珍しくないのが現状だった。
「暇になったら色々と教えてやるよ。その前に準備だな。食事を済ませたらすぐに会議だ」
「かいぎ? また話し合い?」
俺はルカの頭を撫でる。
「大事なんだよ。さて、シャノンを起こすか。アリアはまだ寝かせておきたい」
ルカはシャノンを見る。
毛布をかぶっているが、大股開きで眠っているのが、毛布の形で分かる。アリアも同じで豪快に眠っていた。
「……ライエル様、あのシャノンって奴は駄目だぜ。すぐに仕事から逃げるんだ」
俺も頷く。
「あぁ、知っているよ。でも大丈夫だ。ノウェムがいれば逃げられない」
ルカは言う。
「やっぱりあの姉ちゃん凄いんだな。鍛冶屋のオッサンが、凄く気に入っていたぜ。ドワーフで頑固者なのに、あの姉ちゃんに協力する、って! 村の大人もビックリだよ」
俺は言う。
「流石はノウェムだな。さて、なら準備を早く済ませるか」
「うん!」
明るいルカを見て、母親も少し安心している様子だった。
宝玉から聞こえたのは三代目の声だった。
『……うん、やっぱり兄さんに似ているね』
どこか嬉しそうで、悲しそうな声であった。
記憶を見た俺も、その気持ちは少しだけだが理解できた。
(……気持ちを切り替えないと)
そう思い、ルカと共にシャノンを起こすのだった。