行軍
王都であるセントラルを出発した、ジオニ村遠征部隊は昼を過ぎて休憩に入っていた。
朝早くから出発したのだが、休憩は昼になってから取る事になっている。
歩く速度も集団に合わせなくてはならず、煩わしく思っていた。
「聞いていた情報よりも遅れているな」
仲間もそうだが、問題なのは周囲の味方である。
五代目と六代目のスキルを使用し、周囲の状況を確認すると俺たちを黄色い点が囲んでいるのである。
とても味方の中にいる、とは言えない状況だった。
二代目が宝玉から注意してくる。
『前にも言ったが、敵ばかりでなく味方にも注意をしろよ。どう考えても寄せ集めの準備不足だ。夜になれば動き出す馬鹿も出てくる』
俺は宝玉を握ると、クラーラを見た。
「クラーラ、次は俺がポーターを操作する。それまで休んでいてくれ」
だが、クラーラは首を横に振った。
「サポートの私が休憩を取る前に、アリアさんやミランダさんを休ませるべきかと」
真面目なクラーラらしい返答だが、スキルを使用しているので理解できている。
いつもより、みんなの疲れが酷かった。
(慣れない環境はきつい、か……)
俺はクラーラを説得する。
「アリアとミランダさんには見張りをして貰う必要がある。それに、先に休んで貰いたいのは夜の見張りも必要だからだ」
クラーラは周囲を見た。
冒険者生活が長いので、俺たちよりも経験は多い。しかし、こうした傭兵のような仕事はしたことがないらしい。
ただ、周囲を見て気が付いたようだ。
「夜間の見張りに関して指示がありませんでしたが、どうやら自己責任のようですね。わかりました」
クラーラが納得すると、俺は周囲を見る。
街道から外れ、武装した集団が街道脇で座り込んでいた。
支給されたパンをかじると、自分たちが用意したものよりも質素である。食えるだけマシなのだろうが、周囲は不満そうにしている。
宝玉内の五代目が言う。
『ライエル、この集団は脆いぞ。騎士はある程度の実力はあっても、他はまともな装備すらしていない連中が多い』
目立っている俺たちが標的になるのは、割と考えられる話だった。
そして、魔物でも出ればいったいどうなるか――。
(小物の相手なら二度だけ。いずれも騎士たちが対処しているから、俺たちに被害はない。だけど、動きが遅いな)
魔物が出て反応できていない小さな集団がいくつもあった。
個人参加をしている連中もおり、戦闘になるとどう動くのか分からない。
休憩中。
立って周囲を見ている俺の近くには、クラーラ意外では護衛対象の二人がいた。
ノウェムも周囲を警戒しており、アリアとミランダさんはシャノンが用意した暖かい飲み物を飲んでから横になっている。
モニカは出てこようとしたが、ポーターに押し込んだ。
三代目が提案してくる。
『個別で動いているのが面倒だね。まとめてみるように提案しようか。ライエル、マーカスに上に報告するように伝えてくれるかい』
俺は宝玉を握ると、マーカスさんに声をかける。
装備を着用しての行軍とあって、マーカスさんもブレッドさんも疲れた表情をしていた。
「マーカスさん、責任者に伝えて欲しいんですけど」
「え? 何?」
ボンヤリしていたようだ。
(いや、人は多いけど気を抜きすぎても……今はいいか)
俺は注意をする前に、集団を見てマーカスさんに言う。
「集団で参加している人も多いんですけど、個人参加もそれなりにいます。できればまとまって貰った方がやりやすいので、責任者に提案してください」
すると、マーカスさんが頭をかく。
「いや、知り合いとかいないんだが。それに、ライエルが言った方がよくないか? 経験者だろう」
俺も自分で言えたら楽なのだが、こういう時に冒険者という立場は面倒だ。
あくまでもマーカスさんに雇われて参加しているのである。
四代目が文句を言う。
『ライエルが言っても拒否されるから、身分の高いお前に言っているんだよ! ……ちっ、どうせ聞こえないだろうけどね』
腹立たしいようだ。
俺は四代目の意見を、表現を軟らかくして伝える。
「俺では意見を聞いて貰えません。マーカスさんの方が聞いて貰えますよ」
そう言うと、渋々立ち上がったマーカスさんが近くで休憩をしている騎士の下へと向かって行く。
その後ろ姿を見て、ブレッドさんが口を開いた。
「まったく、身分に相応しくないものが貴族の地位にいる。嘆かわしいことですね」
それを聞いたクラーラは、地面に膝を抱えるように座りながら横目で見ていた。
移動中もそうだが、ブレッドさんは文句が多い。
それも、俺やマーカスさんに対してのものが、だ。
俺が伯爵家の元跡取りと知ってから、距離を取るようになっていた。
六代目が言う。
『妬むなとは言わないが、こいつは愚痴が多いな。こういうのがいると、行軍中に気分が悪くなるんだが』
二代目も同意してくる。
『こういう時は明るくするムードメーカー的な存在が欲しいよな。アリアもミランダちゃんもダウンしているし、シャノンちゃんやモニカもポーターの中……雰囲気を考えて欲しいよな』
休憩をしていた騎士がこちらを見ると、マーカスさんに何かを言っていた。
だが、動こうとしないので三代目が諦める。
『……駄目だね。この集団、まるでやる気がない。方針を切り替えようか。ライエル、次に魔物が出た時は無理してでもいいから、目立つように魔物を倒してくれるかな。それも出来るだけ派手に』
可能ではあるので、俺は宝玉を握りしめた。
了解の合図だ。
五代目も助言してくる。
『マーカスとブレッドは駄目だな。余裕がない。全員に周囲の面子を観察させろ。少しでも役に立つ連中を移動中に見つけて引き込むぞ』
俺はクラーラの横に移動すると、五代目の指示通りに動くことにした。
「クラーラ、ちょっといいか」
「はい?」
「休憩が終わって移動する時は、周囲を面子も観察して貰えるか」
クラーラは頷いていた。
「こちらに危害を加えそうな人物か警戒しろ、という事ですね」
「あ、いや、それもあるんだが……出来ればこちらと協力できそうな人を探したい」
俺は肩を落として戻ってくるマーカスさんを見て、励ます言葉を考えつつクラーラに言う。
「出来れば数を増やしておきたい」
それだけ言うと、クラーラも理解したようだ。
「物資を多く積み込んだのは正解でしたね。振る舞えばそれだけで味方を増やせますから……ノウェムさんたちには私の方から伝えておきます」
クラーラは立ち上がるとノウェムの下へと向かった。
そして、俺の方にはマーカスさんが歩いてくる。
その姿を見て、失敗したのは明白だった。
ブレッドさんが小声で。
「これだからこの男は」
――文句は後で聞こえないように言って欲しい。
マーカスさんは、聞こえているが提案を聞き入れて貰えなかったために悔しそうに我慢していた。
「悪いな。勝手にしろ、だとさ」
「やる気がないですね。ま、それが分かっただけでも十分ですよ。いざという時はこちらでなんとかします」
「なんだよ。何か考えでもあるのか」
マーカスさんが聞いてくると、俺は周囲を警戒しながら言う。
「まぁ、派手に暴れるだけなんですけどね」
「なんだそれ?」
マーカスさんが不思議そうにしていると、俺はスキルで周囲の敵を探すのだった。
戦闘が起きたのは、それからしばらくしてからだ。
大人数での移動に反応したのか、林を抜ける道でゴブリンの襲撃を受けたのである。
武器を持ったゴブリンに襲われた義勇兵が、駆けつけた時には血まみれになっていた。
自分の持ち場ではなかったが、周囲を見て大声を出す。
「下がれ! 俺が相手をする!」
右手にサーベルを引き抜くと、小さく愚痴をこぼす。
「もう少し見晴らしの良いところで出てきて貰えると良かったのに」
襲いかかってきたゴブリンの数は五体だったが、近くにいた一体をサーベルで斬り伏せるとそのまま魔法を使用する。
「派手に行くぞ……ライトニング!」
攻撃の速度、威力。
雷属性は扱いやすく、俺が使用する頻度も多かった。
何よりも派手なので、今回の目的に合っている。
逃げだそうとしたゴブリンたちが、黒焦げになりプスプスと音を立てて地面に倒れ込んだ。
激しい音を聞いたために、馬に乗った騎士が駆けつけてくる。
五体のゴブリンを倒した事で、俺はサーベルを鞘に戻して駆けつけた騎士を見た。
馬には弩が用意され、小太りで小柄の騎士が俺の方に来た。
馬を巧みに操り、チョビ髭がトレードマークの中年男性だ。
「敵はどこだ! 被害は!」
俺はゴブリンに視線を送り、状況を説明する。
「ここにいる五体で全部です。もう倒し終わりました。怪我人は襲われた者が一人ですね。俺の仲間に治療できる者がいます。連れていきましょうか」
それを聞くが、騎士は周囲を警戒しつつ俺に礼を言ってくる。
「そうか。助かったよ。それにしても魔法を使用したのか……随分と腕の良い魔法使いだね。名前は? おっと、私は【クラーク・アッシャー】だ。この遠征隊の副官をしている」
出発前に見た女性騎士の副官と名乗ったクラークさんに、俺も名乗る。
「ライエルです。マーカス・カニングに雇われた冒険者ですよ」
二代目が口を開く。
『名前を売り込めたな。もう少しだけ見晴らしが良ければ……まぁ、戦闘跡をこれから通る連中は見るか』
俺の方は怪我をした義勇兵と、その周囲にいた仲間らしき人物たちの下へ向かう。
クラークさんが声をかけてきた。
「ふむ。あの奇妙な集団だったか……覚えておくよ。魔物を倒したなら、魔石や素材は君のものだ。回収するなら遅れないように気をつけてくれよ。報告をするので先に失礼する。」
そう言ってクラークさん、近くにいた騎士にいくつか指示を出すと馬を走らせる。
近くにいた騎士は、それを見てポカーンとしていた。
周囲も騎士を見て困っていた。
集団の見張りのために置いたのだろうが、まるで機能していなかった。
四代目が言う。
『すり減らす理由もありそうな連中だね。あの副官は覚えて置いた方が良いね。夜にでも酒を持って訪ねようか』
七代目は付け加えた。
『ライエル、本命はあの騎士だが、周囲には他の部下たちもいる。ある程度の量は持って行くんだぞ。モニカに何か作らせておけ』
三代目も加わる。
『温かい料理だけでも違うからね。ただし、マーカスにやらせるんだよ。ライエルはサポートだ』
そんな事をしても良いのかと思いつつも、俺は了承することにした。
そして、倒れていた義勇兵に声をかける。
血だらけだが、傷は深くないのか意識もあった。
「大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるのか? くそっ! せっかく、義勇兵として参加できた、っていうのに」
悔しそうにする怪我をした若い男を見て、俺は苦笑いをする。
近くにいた年上の男が、俺に助けを求めて来た。
「助けて貰ってなんて事を言うんだ! すまない。悪い奴じゃないんだ。あんた、さっきは治療できるとか言っていたな? 失礼を承知で言うが、助けてくれないか」
装備を見ると、年上のリーダー格の男はチェーンメイルを装備しているが、怪我をした若い男や周りの装備はバラバラだった。
「後ろの方に仲間がいます。そこまで運びましょうか」
すると、仲間内の一人が聞いてくる。
「お、おい。魔物の方は良いのかよ。誰かに盗られでもしたら」
俺は周囲の視線を見る。
スキルで確認すると、赤い表示がいくつか発見できた。こちらの様子をうかがっている。
「……通る時にでも回収します。なければそれでも構いません。今は怪我人の方が大事ですから」
そう言うと、リーダー格の男がお礼を言ってくる。
「すまない。お礼は必ずさせて貰う」
俺は三人組みの集団を引き連れ、ポーターのところへと戻るのだった。
――夜。
テントの中では、クラークが今日の記録を残していた。
部隊のものではなく、個人的な記録である。
「休憩少なく、移動速度遅し、戦闘は小規模のものが四度。怪我人は二人……」
ランタンの光で記録を付けると、脱落者が出なかったのをクラークは安心する。
初日に死者を出しては、部隊の士気に関わってくるからだ。
ましてや、これがゴブリン程度ならなおのことだった。
自分たちの指揮能力を疑われてしまう。
「はぁ、どうして理解して頂けないのか」
記録をまとめ終わったクラークは、片付けを行なうと明日のために早めに寝ようとする。しかし、テントに近づく足音が聞こえてきた。
「副長、マーカスって奴から差し入れが届きました! 副長に挨拶をしたいそうです」
それを聞いて、クラークはご機嫌な部下を見る。
案内してきたのか、後ろには荷物を持った二人の男がいた。
(……さて、どうしたものか)
クラークも潔癖という人間ではない。こういったご機嫌取りを受ける事は何度もあったが、受け取ったからにはある程度の事はしないといけない。
反故にすれば、敵を作ってしまう。
「通してくれ」
部下が二人をテントに案内すると、そのまま戻っていく。
入口が開いたことで、外の様子がよく聞こえてきた。
酒盛りをしているようだ。
(嫌な手を使ってくる。今回は酒などがあまり持ち込んでいなかったからな)
不要と判断され、ノーマに削られたのである。
まだ若く、こういった現場の経験が少なく潔癖なところがある。というよりも、自分のマイナスになると判断すると、徹底的に認めないのだ。
酒に酔って判断が遅れると言いだし、彼女は酒の持ち込みを制限していた。
「どうも。マーカス・カニングと申します。今回はその……お近づきの印と言いますか」
クラークは木箱を用意すると、二人を座らせた。
オレンジ色の髪をした青年は、どこか落ち着きがない。
だが、青い髪をした少年は移動中に出会った少年だった。
「……マーカス君とライエル君だったね。それで、私に何を望んでいるのかな? あまり権限のない副長に挨拶に行くよりも、隊長に持って行くべきでは?」
ノーマはこういった輩を嫌う。
正確には、使えない手駒ほどこういった行動に出ると思っているのだ。
マーカスが、ライエルに視線を送った。
そして、ライエルが頷くとマーカスが口を開く。
「……俺たちは生き残って手柄を立てたい訳です。ただ、このままでは生き残れるかどうかも怪しい。そのためにいくつか動いて欲しかったんですよ」
「ふむ。そのいくつか、とは?」
クラークが木箱の上に置かれた酒と料理を見た。
野営だというのに、湯気が出ている。
酒も少しばかり良いもののようだ。
「あ~……」
マーカスがライエルを見るので、クラークは言う。
「ライエル君の提案なんだろうね。分かった。君の意見を聞こうじゃないか」
マーカスを立てている辺り、冒険者が騎士からどのように見られているのか知っているのだろう。
クラークはライエルの提案を聞いてアゴに手を当てた。
「こちらの提案は、義勇兵の編成です。個別参加の義勇兵をまとめて貰えませんか? 同時に、集団で動いている義勇兵もまとめてもらいたいんです。責任者を置いて、行軍中の役割も決めて欲しいというのが提案です。それと――」
「それと?」
「こちらでマーカスさんをリーダーに、義勇兵を率いたいとお願いしたいのです」
ノーマが軽く見ている義勇兵を、しっかりと組織化して欲しいというライエルにクラークは同意したかった。
だが、それを考えていないクラークでもない。
「……指導している時間がない。隊長が移動を優先していてね。個人で参加している義勇兵にはまとまって貰う事はできる。組織化の方は村に到着しない限りは時間がね」
ライエルを見ると、少し間が空いてから胸元の青い宝石を握っていた。
(アレは玉かな? こんな遠征に凄腕を雇ったのか? そんなに金を出せるようにも見えないが……今は助かるか)
マーカスを見て、どうしてライエルが雇われたのか理解できないクラークだった。
ライエルが言う。
「では、集団をいくつかにまとめて、責任者を決めるだけでも構いません」
「……分かった。それで行こう。だが、上手く行くと思わないことだ。誰が責任者になるかでもめる事も多いからね。それから、相手が了承するなら、君が義勇兵を引き抜いても構わないよ。こちらはあまり義勇兵に関心がないからね。これではまずいとも思ってはいるんだが」
困った顔をするクラークを見て、ライエルは少し考え込んでいた。
マーカスは、どうしていいのか分からない様子だ。
(実質、この子がリーダーだね。魔法の腕を見るに、部下たちよりも頼りになる)
「……料理が冷めます。うちの料理人は腕が良いので、味は保証しますよ」
クラークは言う。
「そうかい。なら、貰っておこう」
料理に手を伸ばし、酒を飲むクラークは笑顔になる。
「確かに美味い。こう寒いと余計に美味しく感じるね」
内心では。
(さて、貰った分は働かないといけないが、どうやって編成したものか)
リストから官位の高い騎士を選ぶにしても、横並びの末端騎士が多いのである。
騎士ではない次男や三男もおり、手柄に飢えていた。
リーダーを決めるだけでも大変で、下手をすると揉めかねない。
ただ、ライエルたちから信用を得るには、動かないという選択肢もなかった。
(はぁ、どうしてこう面倒な任務ばかり押しつけられるのか)
美味い料理と酒を、心から楽しめない。
クラークは、自分の運のなさに溜息を吐きたくなるのだった――。