第四章エピローグ
地下三十階層を無事に攻略した俺は、ダミアンの研究室を訪ねていた。
帰還するのにかかった期間は二日。
実質、一日程度である。
迷宮内を移動するためにポーターに乗り込み、安全なルートを選択して地上に戻ればそれだけの期間で戻ることができた。
慣れない環境にシャノンが疲れた表情をしていたが、それ以外は特に問題がない。
戻ってきて、捕まえた冒険者を証人にギルドに報告を済ませている。
今日はポヨポヨ改め、モニカの事でダミアンの研究室に足を運んだのだ。
朝食を済ませ、学園にモニカを連れて現われたのは良かった。
だが、とうのモニカは――。
「平伏しなさい、量産機共。ご主人様から『モニカ』という名前を貰った私は、貴方たち番号呼びの量産品とは違うんです」
胸を張り、ダミアンのオートマトンである三体を前に威張り散らしていた。
「悔しい! そのまま破壊されていれば良かったのに!」
「シチュエーションのためにわざと攻撃を受けたのですね……流石は特注品。汚さも特注ですね」
「そのような卑劣な手段……私たちには想像もつきません」
(こいつら、本当は仲が良いのかな?)
悔しそうな表情でモニカを見る三体のオートマトン。
その表情を見て優越感に浸っているモニカ。
ダミアンが言う。
「中身が見えて赤い液体が飛び散る……本当に凄いよね、古代人」
破壊されていたにも関わらず、脅威の自己修復機能を備えたモニカの事をダミアンに報告する。
報告を受けたダミアンは、眼鏡を押し上げて考え込んでいた。
「実験で壊すとか言わないよね?」
少し心配になったので聞いてみると、反応したのは三体のオートマトンだ。
「ご主人様の命令なら」
「そう、我々はいつでも準備が整っております」
「さぁ、今すぐにでも!」
破壊されるのを望んでいるオートマトンを見て、こいつらもモニカと同類であると確信した。
ダミアンは鼻で笑う。
「なんのために? 僕は自分の研究で忙しいんだよ。オートマトンの研究なんか、他の教授に丸投げしたし」
興味がないダミアンは、オートマトンの研究を他者に譲ってしまったようだ。
欲しかったデータは揃ったようで、今は自分の研究に忙しいようだ。
「なら、報告はもういらないのかな?」
俺が聞くと、ダミアンは首を横に振った。
「オートマトン以外なら興味があるね。ポーターだよ。冒険者連中が騒がしくて困るんだが、あれに学園が目を付けたんだ」
ダミアンが疲れた表情をしているが、宝玉から声がした。
いつもの四代目だ。
『ほう……ライエル、これまでのノウハウを高く売りつける時が来たな。冒険者が無理をしても手に入れたがるポーターだ。きっと金貨で数千枚を提示してくるだろうが……分かっているな? 最初は大きな額を提示して――』
俺は四代目を無視して、ダミアンと話をする。
「ギルドを黙らせてくれるなら、これまでのデータも渡していいよ。ポーターの簡易版の設計図も付けるから、それなりの値段で買ってくれると助かるね」
ダミアンが俺を見た。
少し不思議そうにしている。
「いいのかな? 結構な金になると騒いでいる連中が多いんだけど?」
確かに迷宮ではその価値は大きかった。
だが、ポーターは基本的に速度があまり出ない。
移動速度が遅く、迷宮に特化した構造をしている。
四代目が騒ぎ出す。
『何を言っているんだ、ライエル! ここは大金を持って貯金を――』
五代目が止める。
『そんなに持っていたら逆に狙われるだろうが。程々がいいんだよ』
それに、俺が持っているデータは、確かに今は貴重だ。
だが、学園が本気になればすぐにでも集まるだろう。
同時に、そこまで上手く行くとも思ってはいなかった。
「使ってみたから分かるけど、確かに荷運びとして優秀なんだけどね……扱うのに多少の才能が必要だし、何よりも魔法使いとしても中堅以上が必要なんだ。大きなポーターだと、迷宮内の一本道ですれ違うこともできない」
簡易版は階段を上り下りができ、通路ですれ違える大きさ――ポーターよりも小型となっている。
モニカが設計していたのだ。
荷物運びと、扱いやすさを追求したら小型化は必須だった。
「使用者の貴重な意見だね。確かに、ある程度は一般に広めるとなると小型化は必要だと思っていたよ」
ダミアンは【ゴーレム】の魔法を使用できる。
学園は、ポーターを利用して新たに大きな利権を生み出そうとしていた。
「……アラムサースのギルドが、俺たちのホームの変更を渋るんだよ。今回の件もあるし、手が足りないので是非とも残って欲しい、ってね」
一つの大きなパーティーが潰れ、アラムサースのギルドは大慌てだ。
冒険者の情報を流したのも問題だが、襲撃を行なった連中と組んでいたのが他の冒険者の耳に入った。
そうするように動いていたので、予定通りとも言える。
そんな混乱するアラムサースギルドに、ホームの変更届を提出したのだ。
ダミアンが言う。
「残念だね。ライエルは名前を覚えた数少ない人物だったのに。ま、ここで実力を付けた連中は他に流れる運命だよ。ギルドがあの調子だとね」
学園もギルドに抗議をしていた。
俺からノウハウを買うつもりだったようである。
自分が思っていた以上に、周囲はポーターに目を付けていた。
ダミアンは「これからしばらく荒れるだろうね」などと言いながら、眼鏡を人差し指で押し上げて位置を正す。
「上の方には伝えておくよ。もっとも、何もしなくてもギルドは大騒ぎだろうけど」
数日して、ギルドに顔を出せば受付の職員たちが俺を見て青い表情をしていた。
逆に、冒険者たちは笑顔で話しかけてくる。
これからはアラムサースのギルドが良くなるのか悪くなるのか知らないが、それでも大きな変化は起きるだろう。
俺はホームを変更するので興味がない。
次はどこに行こうか?
そんな事を屋敷では話していた。
ただ、アリアが少し困ったような表情をしていたのが気になるくらいだ。
「頼むよ。資料はまとめているから、明日にでも持ってくる」
「準備が良いね」
ダミアンがそう言うと、俺は苦笑いをして言うのだ。
「きっと必要になる、って五月蝿い人がいてね」
宝玉の中の四代目だ。
最初からポーターで大金を稼ぐ事を考えていた。
『勿体ない、って! 権利を主張して年間で利益の一割でも良いから貰おうよ!』
金に五月蝿い四代目だが、それも大事だというのは冒険者になって理解している。
だが、六代目は言う。
『ライエルはただの冒険者です。権力もなければ力もない。あまり騒いだところで、どうにかなるとは思えませんけどね』
四代目は抵抗する。
『ポーターがどれだけの人間に影響すると思っているんだ! 操作する側だけじゃない。作り手だって必要だ。修理する人間だって! これで効率が上がれば、もっと稼げる冒険者も出てくる! いいか、この利権は――』
俺は四代目の意見を尊重はするが、それらの管理などできなければするつもりもなかった。
なので、今回は学園にこれまでのノウハウを提出して、金を得て終りである。
ダミアンが聞いてきた。
「次はどこに行くんだい?」
「どこをホームにするかは決まっていないけど、セントラルに向かうつもりだよ」
「あの大荷物はどうする? ポーターに運ばせるのかな?」
大荷物とは、俺が購入した地下四十階層ボスの鎧だろう。
何かの役に立つと思って購入したのだが、持って行くとなると微妙である。だが、今の俺はスキルの使用制限がない。
「ま、その辺はスキルで」
「便利だね。羨ましいよ」
ダミアンはそう言って笑顔になった。
研究室では、ダミアンの部下たちがオートマトンを見て頬を引きつらせている。
「くっ! 三対一とは卑怯ですよ!」
「ふん! 量産機の連携を舐めないで頂きたい!」
「囲んで叩きます!」
「手強いですね。壊れていても特別機、というところですか!」
振り返ると、そこではメイドにしてはヒラヒラした恰好で戦うモニカと三体のオートマトンの姿が。
俺は言う。
「はぁ……帰るぞ、モニカ」
そう言ってダミアンの研究室を後にすると、モニカは三体に捨て台詞を言うのだった。
「可愛いチキン野郎のモニカは、一緒に帰ります。それではさようなら、製造番号と間違えられそうな量産機共」
三体のオートマトンは、エプロンを噛みしめ悔しそうに引っ張っていた。
芸が細かいというか、本当に人間のように見える。
(……なんのために、モニカたちは作られたんだろう)
そう思わずにはいられなかった。
――アリアは、世話になったライラの下を訪ねていた。
ライラは部屋で作業をしており、アリアはホームを変更することを告げる。
作業を続けるライラは、普段と同じように返事をした。
「そうかい。ま、それだけの実力があればどこでだってやっていけるだろうね。次はベイムかい?」
ベイムは冒険者の都とまで呼ばれ、冒険者が仕事に事欠かない場所でもある。
同時に治安も悪く、皮肉を込めて冒険者の都と呼ばれているのだ。
本当は商人たちが支配する自由都市であるのだが、今ではそのように呼ばれていた。
「そこまでは決まっていません。今はアラムサースを出て、セントラルに向かうつもりです」
セントラルに向かえば、そこから連結馬車が主要な場所に出ている。
移動をする場合は、どうしてもセントラルに立ち寄ることになっていた。
今回の目的は人員の確保である。
ミランダ、クラーラ、シャノン……三人を加えることに成功した。
目的は達成したと言って良いだろうが、アリアは数ヶ月間世話になったライラと離れるのが寂しかったのだ。
「……冒険者なんて、出会ってもすぐ別れる。逆に別れないでそのままズルズル付き合う奴もいる。そんなものさ。気にしていたら切りがないよ」
ライラがアリアの気持ちを察したのか、作業を止めた。
そして、アリアに言うのだった。
「本当なら、こんな仕事から抜け出して、真っ当に生きるのが良いんだろうけどね」
アラムサースではそうでもないが、冒険者はならず者が多い。
犯罪者も多く、イメージが悪かった。
有名になれば違うが、それでも冒険者と言うだけで嫌な顔をする人間は多い。
特殊な環境であるアラムサースでは、学園の生徒たちが冒険者として登録している事もあってそのような目で見られる事は少なかった。
ライラが言う。
「ダリオンにアラムサース……お行儀の良いところばかりだね。その辺が少し心配だが、襲撃されて生き残ったんだ。大丈夫だろうさ」
「でも、あれは相手が油断していたから、ってライエルが……」
アリアは、ライエルが相手について語ったことを思い出す。
スキルを所有し、タイミングを狙って道具を使用したところまでは良かった。
ただ、自分たちを舐めていた。相手がもう少しだけ慎重なら危なかった、と。
「同業を相手にするような連中に狙われていたら、あんたらは死んでいただろうね。ま、それだけの腕がある連中は傭兵として忙しく働いているだろうが……こんな場所で相手を選んで襲撃している時点で、小物は確実だね」
アラムサースは腕の良い冒険者になるために、駆け出したちが集まって自分を磨き、仲間を集めるような場所だった。
そこで多少の腕自慢がいても、外の世界では通用しないのだろう。
「この世界はね、臆病な方が良いのさ。それを忘れるんじゃないよ。ま、運も必要なんだろうが……あんたのところのリーダーは、そういうのを持っている人間なんだろうね」
運――努力ではどうにもならない要素である。
それを持っていると言われたライエルを思い浮かべ、アリアは首をかしげたくなった。
「そうですかね?」
「最後まで生き残って成功する連中は、大概運が良いよ。その辺は、最後になってみないと分からないだろうけどね」
良いのか悪いのか、アリアはライエルについて行くことを決めている。
人生を買われたからではない。
ついて行こうと決めたからだ。
(……あいつ、まさかあの告白……いや、でも本は良く読む、って聞いたし)
気になる事もある。
それに、アリアはもっと強くなりたかった。
ライラは、作業の終わった品をアリアに投げて寄越した。
「餞別だよ。持って行きな」
「え? これ……」
玉をはめ込むような首飾りを受け取ったアリアは、ライラを見る。
「いつまでも自分の切り札を紐なんかで縛っている奴がいるかい? ちゃんと落とさないようにしないとね」
アリアは、ライラに言われて赤い玉を銀色の首飾りにはめ込んだ。
首にかけると金属の重みを感じる。
「似合っているじゃないか。少しは恰好にも気をつかないなよ」
そう言って笑いかけてきたライラに、アリアはお礼を言うのだった。
「あ、ありがとうございます!」
目が潤んでいたアリアを見て、ライラは照れくさそうにするのだった――。
サークライ家の屋敷では、学園を卒業してしまったミランダが片付けを行なっていた。
売り払うためである。
ミランダの実家であるサークライ家の持ち物なので、売る前に当主である父には手紙で知らせてある。
学園を卒業し、冒険者として生きていくことも書いた。
シャノンの目については……治療は完全ではないが、ある程度の生活はできるようになったと、嘘を書き込んだ。
(流石に全部嘘でした、っていうのもね)
ミランダは掃除をしているノウェムとシャノンを見る。
「ほら、ちゃんと掃除をしないと」
「どうせ業者が買い取って売るんだから、その前に掃除くらいするわよ! 絶対に意味ないわよ!」
シャノンは掃除に抵抗しているが、笑顔のノウェムの前に「ヒッ!」と悲鳴を上げてまた頑張り始める。
手伝いに来たクラーラが、ミランダに聞いてくる。
「あの、私もついていくのでしょうか?」
ミランダは掃除をしながら言う。
「そうよ。だって仲間でしょ、私たち」
仲間、という部分を少し強調してしまったが、ミランダはクラーラを見て視線を戻した。
少しだけ嬉しそうにしている。
それよりも、ミランダは父からの手紙を思い出し、それについて考えていた。
追い出された娘と言っても、ミランダもサークライ家の人間だ。
父が娘に実家に立ち寄るように書いていた。
(どうにも気になるのよね。別に冒険者になる事を反対もしていないけど)
ミランダの父も、娘がそうした人生を選んだのなら仕方ないと諦めている様子だった。
ただ、どうしても一度だけ立ち寄るようにと書かれている。
(何か問題でもあったのかしらね)
家を出たミランダにとって、もう実家の事は関心が薄かった。
次女や三女が婿を取る事が決まっており、ミランダはアラムサースで学んでいる間は資金援助を受けている立場だった。
シャノンの面倒もあったが、周囲にも追い出したのは知られているはずである。
(面倒ごとじゃないと良いんだけど……)
ミランダは、手紙の件をライエルに相談しようと思うのだった。
――宝玉内。
二代目と三代目が話をしていた。
『ライエルも無事に課題をクリアしたな』
『そうだね。成長しないのが残念だったね……あ、肉体的な“成長”ね』
今回は『らいえるサン』が見られなかった、などと三代目が悔しそうにしている。
二代目も確かに見られなくて残念そうだが、今はそれどころではなかった。
『……なぁ、もう分かっていると思うが』
三代目は頷く。
『こればかりは順番でしょうね。僕の番は飛ばす事になりそうだけど』
二代目のスキルは、有用だが難しいとは言えなかった。
基本的にはスキルを他者にも使用できるようにする、本当のサポートスキルだ。
副次的な効果で、周囲の状況を知ることができる便利なスキルではあった。だが、それでも習得に難易度は高くない。
使いこなすのは才能がいる。しかし、使用するだけならどうにでもなるのだ。
初代、二代目……二人のスキルは、他と比べると癖が強くない。
そうしたスキルを持っていたために、他の歴代当主たちのスキルは違う形を得たと言っても良かった。
基礎があったから、彼らは独自のスキルを求められたのである。
『……俺は地味な当主だったから、あいつに教えられる事がどれだけあるんだろうな』
二代目がそう言うと、三代目が真剣な表情になって言う。
『初代が森を切り開いて、僕が戦争で大活躍……その間に挟まれたら、確かに地味に映りますよね! 活躍してごめんね!』
真剣な表情から、一気に笑い出すと二代目は三代目の頭部を叩く。
三代目は文句を言う。
『やだなぁ、冗談ですよ』
『お前の冗談はなんか黒いんだよ。それに、戦死なんかしやがって……お前には一番似合わないのにな』
『……僕もそう思いますよ』
シンミリする二人だが、二代目は言う。
『俺も最後くらい、ビシッと決めてやりたいんだけどな。やっぱり、根が地味なのか思いつかないんだよ。親父のように格好良く、っていうのも無理だわ』
笑う二代目に、三代目が言う。
『ライエルなら、二代目の苦労も理解してくれますよ……良い子ですよね』
三代目が言うと、二代目も頷いた。
『初代のようにガサツでもなく、俺のように地味でもない。お前のように黒くもないからな。確かに良い子だよ』
『酷いですね~』
三代目が笑うが、真剣な表情になる。
『ま、後の事は任せておいてくださいよ。他の面子も頼りになります』
二代目が言う。
『……本当は、俺たちがアドバイスする事なんかできないはずなんだよな。まったく、初代が――親父がたたき売りされた青い玉を買ったせいでこんな事になるなんてな』
宝玉の中の記憶である歴代当主たちは、実際は死んでいる。
なのに、こうして記憶を持ち、心を持っていた。
なんのために、宝玉はこのような能力を持っていたのか?
どうして今まで発動しなかったのか?
気になる事は山のようにあった。
伝えるだけなら、玉が知識を与えるだけでも良かった。
二代目は言う。
『何か理由があるんだろうが、俺はそれを知ることができそうにない……もっとも、分かったところでどうしようもないんだろうが』
三代目も同意する。
『ですよね。なんでこんな事をする必要があったんでしょうね……オートマトン並に気になりますよ』
二人はそのまま、宝玉内で会話を続けるのだった――。