攻略準備
「う~ん、やっぱりこんな感じかな?」
ポーターを改良した俺とポヨポヨは、倉庫で本格的に組んだポーターを見ながら悩んでいた。
どうしても最後の大事な部分が決まらないのだ。
「それは少し……こんな感じでどうでしょう?」
ポヨポヨも悩んでいる。俺との愛の結晶などと言っているポーターの完成が難航しており、互いに意見を出し合っていた。
そして、宝玉内のご先祖様たちも口を出してくる。
二代目は――。
『おいおい、そんな位置でいいのかよ? 絶対にバランス悪いだろ』
三代目もいつにもまして真剣だ。
『いや、あえて反対側はどうだろう? そこだけを見ると違和感があっても、全体のバランスを考慮すれば――』
四代目は言う。
『……いや、普通に真ん中だよね? それ以外は考えられない、って』
いつもは余り関心のなさそうな五代目も真剣だった。
『なぁ、ライエル……猫耳つけようぜ。その方が絶対に可愛いから』
六代目は五代目に反発する。
『何を言っているんですか! 角ですよ、角! ライエル、やはり男は角だよな!』
七代目は中間を取って。
『適当に角にでも耳にも見えるようなものを付ければいいんですよ。大事なのはこのクリッとした瞳でしょうが!』
俺の手に持っている丸い筒には、二つのクリッとした可愛らしい目がついている。ガラス玉をポヨポヨが埋め込んだのだ。
そう。
頭部の位置が決まらない。
倉庫では、最近特に男らしくなったアリアが、そんな俺たちを溜息交じりに見ていた。
呆れているのは分かっている。しかし、ここまで来て最後の詰めを誤る訳にはいかないのだ。
アリアは呆れながら口を開いた。
「頭なんかいるの? どうせ飾りなんでしょ? なら、適当な位置に付けなさいよね。というか、いらなくない?」
正論だ。
間違っていない。
だからこそ、間違っている。
ポヨポヨが鼻で笑って言う。
「今の貴方にはその大きな胸も飾りですね。最近、益々男らしくなった元子爵家のアリアさん」
口に手をあて、わざとらしい笑い声を上げるポヨポヨ。
俺はアリアを真剣に見つめて言う。
「アリア、俺たちは真剣なんだ。邪魔をしないでくれ」
宝玉からも同意の声が聞こえてきた。
二代目から順に。
『黙れよ、小娘!』
『猫耳か……角は却下だけど、耳は良いかもね』
『外見というのは無難な方が良い、って! 愛着もたれて人気が出れば良いんだよ。下手なことをするなって!』
『兎耳でもいいぞ』
『なんで角が駄目なんだ……』
『いや、ここはシンプルにこのままでいいのでは? 下手に角や耳を付けては、せっかくの可愛い瞳が目立たない』
――いや、間違っていた。
二代目以外はアリアの言葉を聞いてもいなかった。
俺はアリアをフォローしておくことにする。流石に可愛そうになってきた。もっとも、アリアは自分が可哀想などと思っていないだろう。
今も額に青筋を浮かべてポヨポヨを睨み付けている。
「……すまない、アリア。でも、俺たちは真剣に悩んでいるんだ。これはポーター……俺たちの仲間にとって重要なものだから」
すると、ポヨポヨが俺を見てその場で片手を上げて飛び跳ねる。ツインテールがフワフワと上下に動いていた。
「はい、はい! 私も重要なチキン野郎と愉快なアマゾネス軍団の仲間! 皆の癒しであるメイド型オートマトンです! だから、名前は重要だと思います!」
今度はアリアが鼻で笑う。
「はっ、ポヨポヨでいいじゃない。このポンコツ」
ポヨポヨはアリアを見て言う。
「私に喧嘩を売りましたね……良いでしょう。受けて立ちますよ。今日からアリアさんの食事は高カロリー決定です。徐々に体重が増え、不安になっていくと良いんです。夜食も用意して上げますよ。本格的に甘く美味しいお菓子を作ってあげますよ!」
俺は、それは効果があるのか? などと思って首をかしげる。
アリアへと視線を向けると、悔しそうな表情をしていた。
二代目が言う。
『アレだな。なんかアリアもノリが良くなってきたな』
「卑怯じゃない!」
そして、ポヨポヨは笑う。なんと嫌な笑みだろう。
俺は思った。
(こいつ……こんな表情もできるのか。古代人凄いな)
ポヨポヨは片方のツインテールをかきあげつつ、言い放った。
「卑怯? 褒め言葉ですが何か? 私はチキン野郎のためならどんな手段にも出るんですよ! ――痛い!」
俺はポヨポヨの頭をポーターの頭部で殴る。結構、いい音がした。
「俺のせいにするんじゃない。それより、ポーターの頭部はどこに……」
すると、アリアが言う。
「もうその辺で良いじゃない。いつまで経ってもそんな事でいちいち……」
俺とポヨポヨは、アリアが示した位置を見て驚いた。
「いいな、凄いぞアリア! これでポーターの頭部の位置が決まったよ。ありがとう」
俺が笑顔を向けると、アリアは微妙な顔をしていた。嬉しいのか、呆れているのか……複雑な表情である。
「う、うん? 喜んで貰えたらそれで……あれ?」
ポヨポヨも頷いている。
「悔しいですが、あえて前方の側面より……真ん中にあるよりも確かにその位置が素晴らしい」
ご先祖様たちも言う。
『こいつ、意外とできるな』
『そうなると後は耳だけか……』
『素晴らしい! やはり見た目もお金儲けには大事だからね! これで客から人気が出るぞ!』
『位置なんかどうでもいいんだよ。問題はどんな耳をつけるか、なんだよ!』
『角は駄目とか……』
『余計なものはいらないのですよ。頭部が端に寄っているなら、変な飾りは邪魔です!』
俺は頭部をポヨポヨと共に取り付けた。
魔法で操作すると、ポーターの頭部が動く。首の辺りにボールを付けて、稼働する仕組みにしていたのだ。
ポヨポヨが一日がかりで頑張ってくれた頭部の出来は、素晴らしかった。
「パーフェクト!」
「ポーター……立派になって」
俺が絶賛し、ポヨポヨは涙を流す。その様子をアリアが微妙な表情で見ていた。
アラムサースの迷宮を攻略するために特化したポーターは、車体は低く車輪が横に大きくなっていた。
幅のある車輪に、ポヨポヨが持ってきたゴムを巻いている。本体部分は上から見れば長方形の形をしており、迷宮の曲がり角を少し余裕をもって曲がれる大きさだった。
荷物を乗せる場所には天井もあり、横の板は展開すれば盾になる。
前方は厚い装甲を持っているので、通路を塞ぐこともできる。階段を降りるための脚部は、以前よりも短くなっている。
だが、盾を横に展開して広げ、足で踏ん張れば立派な壁になるのだ。
天井に下げたランタンも、明かりを調節できるようにしている。
無駄に頑張った。
ポヨポヨが言う。
「盾は別にしたかったですね」
俺も同意だが、問題があるので却下になった。
「仕方ないだろう。クラーラと俺が交代で操作するんだが、俺はともかくクラーラが……」
一台なら操作できるが、クラーラは二台以上の操作は無理だった。
小さな人形を借りて練習していたようだが、上手く行っていない。
「俺は戦闘にも参加する。場合によっては魔法も使用する。そうなるとどうしても、な」
ポーターで人数不足を補う計画を立てたが、基本的に戦闘を行なう面子も足りていないのだ。
俺とポヨポヨが真剣に会話していると、アリアが言う。
「……というか、ここでしか使えないような荷運び人形に、なんでそんなに真剣になれるのよ」
それを聞き、俺とポヨポヨ――そしてご先祖様たちが一斉に。
「ポーターだ!」
「名前くらい覚えてください。私とチキン野郎の愛の結晶で、私以上に立派な名前を持つポーターです!」
『『『ポーターだって言ってるだろうが!』』』
しばらくポーターにかかりきりだったせいか、ご先祖様たちまで愛着を持ち始めた。
何気に凄いぞ、ポーター。
――アラムサースギルドでは、ノウェムが迷宮に挑むために書類を提出に来ていた。
ミランダにシャノンも一緒である。
指先を口にくわえ、涙目になっていた。
冒険者登録で指先に針を刺し、血をギルドカードに記憶させる。その作業でプルプルと震えていた。
怖かったようだ。
「なんで私が冒険者にならないといけないのよ! 私はまだ十三歳よ! 非力なのに……」
それを聞いて、ミランダが両手をシャノンの肩に置いた。
笑顔を向けている姿は、姉が妹を慰めているように見える。美人姉妹だけあって、実に絵になる姿だ。
周囲ではその二人の姿を見て、ほのぼのしている冒険者もいる。
だが――。
「あんた、いつまでもそのままでいるつもりだったの? 駄目よ……働かざる者、食うべからず、よね」
笑顔でシャノンの両肩に指を食い込ませていくミランダに、シャノンは必死に頭を上下に振るのだった。
「そ、そうですよね、お姉様! 私、間違っていました!」
ノウェムは二枚の用紙を持っていた。
一枚は一週間後の本番。
地下三十階層を目指す事を記入した書類で、もう一枚はシャノンを連れて迷宮に挑むための書類だった。
シャノンを戦わせるつもりはない。
だが、このまま一人で留守番という訳にもいかなかった。ついでに言えば、シャノンの今後を考えてミランダが決めたのだ。
子爵家の娘――しかし、目が不自由でアラムサースに追いやられた、というのがシャノンの表向きの立場だ。
ノウェムは二人に言う。
「二人とも、今日は書類を提出したら、ライエル様たちとポーターの試験のために迷宮に入りますよ。準備は良いですね?」
シャノンは迷宮になれていない。
独特の息苦しさがあるのだ。
それに慣れて貰うために、今日は連れていくのである。
(様子を見て駄目なら、屋敷で一人にはできないのでどこかに泊まって貰いましょうか)
屋敷に女の子を一人で置いておく訳にはいかない。
既に迷宮へ挑むために必要な物資は用意している。食料品は予約もしているので、取りに行くだけで良いのだ。
ポーターの調子を見て、シャノンが駄目そうなら置いていく。
もっとも、全員がシャノンを置いていくつもりだった。連れていこうとするのは、ミランダだけなのだ。
「準備はできているわよ。シャノンはサポートの先輩から言うことを聞くように。いいわね?」
ミランダにシャノンは返事をする。
「荷物持ちとか嫌よ。あと、ベタベタするのも嫌……お風呂とかないんでしょ? ヒッ! 嘘です! ちゃんとあの眼鏡の言うことを聞きます!」
ミランダが握り拳を作り、笑顔を向けるとシャノンは怖がって受け入れた。
ノウェムは、ミランダが無理にでもシャノンを連れて行こうとしているのに違和感を覚える。
ギルドの受付に書類を提出を済ませると、ライエルと合流するためにギルドから出るのだった。
途中、ライエルのパーティーメンバーだと気が付いた冒険者たちから声がかかった。
ギルドから出る階段付近で、三人組みと出会ったのだ。
そこで、ノウェムはダリオンで出会ったロンドたちを思い出す。
「お、『背負われ』の仲間か? なぁ、今度はいつポーターで商売するんだ?」
「背負われ? なんだ、あいつの仲間、って美人揃いかよ。どうりでそういう話に食いつかないわけだ」
「おい、困っているだろうが。悪いね。ライエルに今度も頼む、って伝えておいてくれよ」
ノウェムは挨拶をして冒険者たちと別れると、シャノンに言われる。
「何? あいつ『背負われ』って呼ばれているの? お似合いよね」
すると、ミランダの握り拳がシャノンの頭部に落ちた。
シャノンは痛がりもがいている。
ノウェムはそれを見て困っていると、ミランダが声をかけてきた。
「随分と人気よね。『背負われライエル』って……冒険者や荷物を運んでいるのに、変な二つ名よね」
ノウェムは言う。
「冒険者なりの皮肉なのでしょう。それに、四十階層を突破したライエル様が、背負われて戻ってきた時の印象が強かったのでしょうね」
当たり障りのない返答をするノウェムに、ミランダは一瞬だけ真剣な表情をして周囲を見ていた。
ノウェムがそれに気が付くと、一瞬で視線の先にいる不審人物を発見する。
(……ミランダさんがシャノンちゃんを連れて行こうとするのは、そういう事ですか)
ここ数日、ノウェムも見られている気配はした。
それはライエルがアラムサースで話題となっているためだと思ったのだが、どうにも悪意もあるらしい。
(……単独で動くのは避けるべきですね。アリアさんが心配ですけど)
アリアは冒険者に指導を受けていた。
それも終わったようだが、今でも話をするためにその冒険者と会っているのだ。
本人が楽しそうなので止めるようにも言えないが、注意をする事にした。
いつの間にか、ミランダの視線はノウェムを見ている。
「……なんか、気が付いていました、って感じね」
ノウェムはミランダに苦笑いをする。
どうにも、警戒されているので対処が困ったのだ。
「いえ、ミランダさんの視線の先を見ただけで」
「そう……シャノン、いつまで痛がっているのよ。さっさと行くわよ」
ミランダの視線は疑ったままだった。
ノウェムは、それを受けても感情に変化はない。ライエルのハーレムメンバー候補だと考えている。
痛がっているシャノンを連れ、ミランダがギルドの階段を降りていくのだった――。
ポーターの微調整のため、迷宮に挑んだ俺はシャノンを見る。
「何よ?」
「いや、苦しくないのか? ほら、なんか息苦しいとか。普通はこう雰囲気もあって最初はきついんだけど」
そう言うと、シャノンは俺を見て鼻で笑う。
ポーターの天井に乗って、足をプラプラとしていた。
「なんか魔力の密度が濃いけど、こんなのどうって事ないわね」
歩き疲れてポーターに乗っている癖に、えらく強気なシャノンだった。
「おい、あんまり足をプラプラするな。というか、なんで迷宮にスカートなんだよ。中身見えるぞ」
俺が注意すると、シャノンは声を張り上げる。
「いやぁぁぁ、お姉様ぁぁぁ! こいつが私の下着を覗くの!」
人聞きが悪いと思っていると、ポーターの調整をしているポヨポヨは作業中。
それを真剣に見ているクラーラはシャノンの声を聞いてもいなかった。
アリアは微調整のために入った部屋の入口で待機している。
「スカートなんかで来るからよ。やる気あるの? というか、そこのポンコツもスカートなのよね。一度も下着を見せてないけど」
実に男らしい意見だ。
ポヨポヨがアリアを見て言う。
「なんで貴方なんかにサービスをする必要が? 私の下着を見られるのはチキン野郎だけですよ」
俺は即答する。
「興味ないからズボンでもはけよ」
ポヨポヨは怒鳴るように言い返してきた。
「私にこの衣装を脱いで他のものを着ろと! これは私の正装であり、バトルスーツ……戦場でだってこの恰好を貫きますよ!」
――こいつは何を言っているのだろう。
そしてノウェムは、シャノンに言う。
「その位置からでは見えないので大丈夫ですよ、シャノンちゃん」
俺はノウェムに勘違いされてはいけないと訂正する。
「いや、見るつもりなんかないよ。だいたい、こいつの下着とか興味ないんだよね」
すると、俺にシャノンが靴を投げつけてきた。顔面に当たって、少し痛い。
ちょっとだけ「こいつできるな」などと思ってしまった。
「こいつ、って何よ! これでもセントラルでは美人姉妹、って呼ばれていたのよ! 儚げで守ってあげたい、とか言われたんだからね!」
宝玉から三代目の声がした。
『猫をかぶるのが上手い姉妹だよね。次女と三女も楽しみだよ』
五代目と六代目が、何故か微妙な感じで黙っている姿が思い浮かぶ。
ミランダさんは、休憩中なので水筒の水を飲んでいる。
何故か視線が釘付けになるような飲み方をしていた。普通に飲んでいるだけなのに、視線が向いてしまうのだ。
ミランダさんがシャノンに言う。
「見て貰いたかったら、いつまでも子供用じゃ駄目でしょ。もっと過激なのをはいたら?」
冗談でクスクスと笑われ、シャノンが顔を赤くしている。
そして、俺が投げた靴を受け取りながら呟く。
下を向いたまま手で受け止めているのを見ると、確かに普通の人よりも見えている、というのを実感する。
「こんなの、私の優しいお姉様じゃない……」
俺は言い返した。
「お前、その優しいお姉様に何をしたよ」
新しく加わったシャノンを騒がしく感じる俺だったが、ついでにミランダさんを見て思う。
(シャノンが何もしなかったら、今のミランダさんはいなかったんだよな? ……どっちが良かったんだろう)
ちょっとだけ、考え込んでしまった。