仲良し
迷宮から帰った俺は、一日の休暇を挟んで屋敷に全員を集めてみた。
パーティーを組んでいるノウェム、アリア。
臨時で参加する、アラムサースの冒険者であるミランダさんとクラーラ。
そして、ポンコツであるポヨポヨと、家主の妹であるシャノン。
俺も含めて七人で話し合いの場を設けてみた。
「どうして私も含まれているんですか? それに、この方たちは冒険者ではありませんよね?」
出されたお茶を飲みながら、クラーラは俺に聞いてくる。視線の先にはシャノンとポヨポヨがいた。
そんなの簡単な理由だ。
「……どんな話から切り出せば良いのか、分かりませんでした。残り二人は……ついでかな」
宝玉から三代目がゲラゲラ笑う声がする。
『ライエル、最高!』
その最高は、笑えるという意味での最高だろう。今日の相談役というか、今ではルール無視の状態で全員が声を発している。
以前は俺の魔力がガンガンなくなったので、一日に一人が声を出す、あるいは相談に乗るというルールがあったのだ。
俺はジト目で見てくるクラーラに言い訳をする。
「だって! 女の子同士の会話とか知らないんだよ! それに、こうやって話す機会は今までなかったし……」
ポヨポヨがお茶のおかわりをクラーラのために用意する。そして、俺を見ながら「フッ」と言って笑うのだ。
「流石はチキン野郎。女性との会話も女性任せですか」
ここは我慢だと自分に言い聞かせる。というか、クラーラを呼び出したのは、冒険者として俺たちよりも経験があるからだ。
サポート専門で、色んなパーティーを見ている立場から、意見が聞けるのは重要である。
それに、俺たちの事情もある程度は把握しているので、説明が不要なのだ。
ノウェムが切り出す。
「では、今後の迷宮攻略について話し合いを始めますね。意見のある方は?」
誰も意見を言わない。
シャノンが口を開く。
「私は冒険者じゃないわよ。というか、体力には自信がないの」
堂々と自信がないと言い張るシャノンは、本当に自慢しているかのように髪をかき上げながら言う。
似合っているが、その様子を笑顔でノウェムが見ると「ヒッ!」と言って黙ってしまった。
誰も口を開かないまま数分が過ぎたので、俺が小さく手を上げて……。
「あ~、その……俺としては、スキルを使用しないで地下三十階層を突破したいんだよ。ただ、どうしても人数的な問題があるし、連携とかもほら……」
すると、アリアが視線を合わせないまま。
「スキルを使えば。というか、意味があるの?」
態度が悪い。
それを咎めるノウェム。
「アリアさん、その態度はちょっと」
すると、アリアが言い返す。
「はいはい、そうよね。ライエル“様”に失礼でした、すみません!」
大声で言うアリアに、宝玉から二代目の声が聞こえた。
二代目は、アリアが嫌いである。
『何この態度!』
四代目が言う。
『この前の事を怒っているんじゃない? ほら、ライエルが怒鳴ったし……自分の中で色々ため込んでいるんだよ。優しい目で見てあげなよ』
二代目は言う。
『知るかよ、そんなの! 女に弱いお前の意見だろうが!』
四代目も言い返す。
『弱くて悪いか! 男は強がっても女には勝てないんだよ! この脳筋野郎!』
二代目は――。
『テメェ、祖父である俺によく言ったな! 表に出ろ!』
『表に出ろ』――よく、初代が言っていたと思うと、俺はシンミリする。俺にスキルを伝え終り、役目を果たしたと姿を現さなくなってしまった。
今の姿を初代が見たらなんと言うだろう。
(……駄目だ。怒鳴って二代目と喧嘩している姿しか見えてこない。初代、アリアの事が好きだったし)
落ち込む俺に、アリアが声をかけてきた。
「わ、悪かったわよ。そんなに落ち込まないでよ」
謝罪してくるアリアだが、俺はみんなの視線を見て慌てて冷静さを取り戻す。
すると、ミランダさんが話をする。
「私は別にいつでも呼んで貰って良いわよ。ダミアン教授から単位も貰ったし、卒業できるだけの準備も終わっているのよね。今は趣味みたいなものだから」
学園のシステムは、いつでも入学でき、いつでも卒業できる。時期によって入学、そして卒業というシステムではない。
必要な単位を取って、証明書を貰えばいつでも卒業できるのだ。
アリアは、そんなミランダに。
「そんな簡単に決めていいの? というか、パーティーに加わるつもり?」
すると。
「あら、嫉妬? 愛しのライエルを盗られるとでも? アリアは可愛いわね~」
からかわれたと思ったのか、アリアが言い返す。
「こ、こいつの事なんか関係ないわよ! 私はいつか一人で生きていくために、今は一緒に――」
顔を真っ赤にするアリアに、ノウェムは――。
「何を言っているんですか、アリアさん? 事情があったとは言え、アリアさんはライエル様に救って貰った身ですよ。好きなようにいつでもパーティーを抜けるというのはできませんからね」
「え、できないの?」
俺はノウェムに聞き返してしまった。
ノウェムが俺を見て驚く。そして、理由を説明してくれた。
「いえ、あの……ダリオンの領主様から、アリアさんを報酬として受け取ったわけですし」
俺は言う。
「そんなの建前だよね? 無効で良いよ」
すると、アリアがテーブルを掌で叩いた。静まりかえる部屋では、クラーラがお茶を飲んでいる。
テーブルに置いてあったお茶がこぼれたので、ポヨポヨは――。
「フフフ、修羅場という奴ですね。データで知っていますよ」
――そう言いながら片付けとお茶の準備をする。
「……どうせ、私はあんたにとってその程度の女よ!」
「なんで怒るんだよ! 別に拘束するつもりはない、って言っただけじゃないか!」
怒られた理由が分からないでいると、四代目の声がした。
『複雑な女心なんて、ライエルには理解できないかなぁ』
五代目が言う。
『お前は分かったつもりでいるだけだから。俺なんか、まったく理解できなかったな』
すると、六代目が言うのだ。
『……それでも五代目は、子供関係以外なら上手く行っていたんだよなぁ』
俺は思う。
(どうしよう、こいつらまったく頼りにならない)
そうして俺はノウェムを見る。しかし――。
「ライエル様、それはあまりにも……」
すると、ミランダさんが笑顔で。
「なら、私が立候補するわね。アリアの代わりに」
パーティーに、なのか? それとも別の何かに立候補するのか、ミランダさんは口に出さなかった。
すると、勘違いをしたアリアが。
「わ、私は別にライエルを譲るなんて言ってないわ!」
ニヤニヤと笑うミランダさんは言う。
「あれ? 私はアリアの代わりにパーティーに加入する、って言ったつもりなんだけど?」
からかわれたアリアは、そっぽを向く。
すると、クラーラが口を開いた。
「……ライエルさん」
「何か?」
「この女たらし~」
棒読みで俺を『女たらし』などと言うクラーラに、俺は頬を引きつらせる。自慢ではないが、この前まで女性にキスをしたことすらなかった純情な俺に、女たらしなどと……。
クラーラはこのパーティーに最終的な評価を下すのだった。
「アレですね。本当に殿方が理想とする古典的なハーレムパーティーです。ここまで出来上がっているパーティーはなかなかないですよ。良い意味でも、悪い意味でも理想型のパーティーですね」
良い意味とは、男の理想にとって良いという意味だろう。
悪いというのは、そのためにパーティーが機能していないという意味だと理解した。
俺は、クラーラにたずねる。
「か、解決方法や改善する方法は?」
クラーラは、今までの経験を元にして話し始めた。
「私が知っているパーティーですと、女性関係で揉めるのを避けるために、絶対に女性は仲間に加えない男性だけのパーティーもいましたよ。恋愛でドロドロすると、連携が崩れると言って」
俺に抜けろというのか?
「え、それは俺が抜ければ解決すると?」
ノウェムが口を出してくる。
「それはあり得ません。却下です。不採用です」
すると、クラーラも頷く。
「でしょうね。ライエルさんがいなくなれば、このパーティーは解散するでしょうし。というか、個人レベルは中堅に手が届いていますよ。連携は……スキル無しでは素人よりマシ、というところでしょうか。このパーティーを抜けても、アリアさんは足を引っ張られると思います」
アリアをフォローするクラーラだが、本人は自信をなくしている。
「そ、そう言われても……」
「全員が才能的に破格ですから。平均五十としましょうか? このパーティーは才能だけで言えば平均は九十に近いです。アリアさんが低いと言っても、それは七十とか八十という数字ですよ」
そして、クラーラは続ける。
「そして、ライエルさん以外の異性を加えても駄目になりますね。恋愛事情が複雑になるというよりも……加わった男性が耐えられません」
何故耐えられないのか? ダミアンはなんともなかった。
それに、俺としては同性の話が出来る仲間が欲しいのである。
俺が理解できていないと知ると、クラーラは言う。
「周囲の綺麗な女性たちが、一人の男性に群がっているところに一人寂しく加わりたいですか? 仲間なのに、疎外感を味わいたいですか?」
「……味わいたくないです」
俺は理解したのでクラーラに同意した。
仲間に入れる場合、男性は駄目と言うことだ。
「一人二人では問題ですが、大勢加入すれば多少は……でも、そんなに大勢を維持できるパーティーでもありませんし、基礎が出来ていません」
基礎。
パーティーの基礎とは、基本的な技能を持っているメンバーが揃っている事を意味している。
個々の才能は高いのだが、偵察や罠に関する技術を持った冒険者が、俺たちにはいないのだ。
「流石に大所帯は……それも却下ですね」
ノウェムが断ると、クラーラは改善する方法を伝えてきた。
「分担しましょう」
「分担?」
俺が首をかしげると、クラーラは言う。
「ライエルさん、基本的に貴方は自分が何でも出来るので、個人で解決しようという傾向が強いです。スキルが複数あるのでしょうが、予備を含めて分担して技能を磨く必要があります。というか、普通は先に役割を決めますよ。ある程度の技量を得たら、誰がどんな技能を磨くのか話し合います。互いの適性を見て、今後の方針にするのが一般的ですね」
俺のスキルに頼りすぎていて、全員が必要を感じなかったのが問題だったのだろう。下手な技術よりも、いや……一般的な専門職である冒険者よりも、俺のスキルは能力が高いのだ。
「基本的に偵察ですかね。先を歩いて安全を確認する役割です。これはアリアさんが相応しいですよ。知り合いがいるので、紹介しておきましょうか?」
クラーラがメモを用意すると、アリアはソレを受け取った。
「次にトラップですが……ミランダさんは、かなり適正が高いと思います。なんとなく、ですが」
そう言われると、ミランダさんが笑顔で言う。
「そうね。器用な方ではあるわね」
クラーラはボソリという。
「……貴方みたいな性格の人は、こういうのが得意です」
「何か?」
「いえ、なにも。それでは、ノウェムさんは……不要ですね。今のまま魔法を磨けば良いと思います」
ノウェムは言う。
「そうですか? 少し残念ですね。何かお役に立ちたいのですが」
二代目が口を出してきた。
『ノウェムちゃんはいるだけでいいよね。やっぱり、ノウェムちゃんは良い子だよ~』
その意見には賛成しつつ、俺はクラーラが何を言うのかと待っていた。
だが、クラーラはそのまま。
「という感じです。専門職となるには時間もかかります。でも、それぞれが役割を持って経験を積めば、パーティーの形は数ヶ月で整いますよ」
「え、俺は?」
俺が聞くと、クラーラは――。
「今のままで十分です。基本的にリーダーの仕事はパーティーの運営です。いかに効率よく運用するかを考えるのが仕事ですから。皆さんの予定を調整し、計画を立てるのも立派な仕事ですよ」
言われて納得はするが、俺も何か技術的なものを磨いた方が良いのではないだろうか? そう言うと、クラーラは言う。
「ライエルさんは、皆の仕事を奪いすぎです。出来るなら任せるのも、リーダーの仕事ですよ。ライエルさんのやることは……」
「やることは?」
「荷物持ちをどう集めるのか、でしょうね。後は女性の冒険者を一人か二人誘えば完璧です」
俺は率直な意見を言う。
「なんか、嫌な奴みたいなんだけど。こう……女性を囲っているような」
「囲われている、というのが正しい表現ですね。大丈夫です。ライエルさんの評判は、アラムサースでは微妙ですが、顔が良いので一人か二人はつかまります。後は時間をかけて信頼関係を築いていくだけです」
すると、ノウェムが意見する。
「だ、駄目ですよ!」
「ノウェム! そうだよな。そんなの駄目だよな!」
「ウォルト家の家訓に相応しい女性を見つけなくてはいけません! それ以外は認められませんから!」
クラーラが首をかしげた。俺は無言になり、両手で顔を覆う。
アリアはいつものことなので興味がなさそうだったが、ミランダさんだけはノウェムを真剣な表情で見ていた。
ずっと聞いていたシャノンが言う。
「私、関係ないわよね? なんで呼ばれたの?」
そして、ポヨポヨも。
「私もお役に立ちますよ。なんたって……特別モデルですから!」
俺は二人を無視するのだった。
――アリアは、クラーラが紹介してくれた冒険者を訪ねていた。
冒険者ギルドではなく、安そうなアパートの表札を確認してドアをノックする。
すると、部屋の中からくぐもった声が聞こえてきた。
『誰だい?』
「あ、あの! クラーラさんの知り合いで、ここをたずねるように、と」
すると、相手は――。
『クラーラの嬢ちゃんが? まぁ、いいか』
そう言ってドアが開くと、そこにはボサボサの髪をした女性がいた。歳は三十代後半。顔には火傷の跡がある。
そして、彼女の左腕はなかった。
アリアの視線が左腕に向くと、女性は言う。
「あ~、見慣れていないのか。まぁ、若いから酒場にも来ないだろうね。ま、上がりなよ」
彼女はアリアが持っていたメモを奪い取り、クラーラの字だと確認すると部屋にアリアを上げた。
外は古びたアパートだが、中は片付けられている。一人で住んでいるようだが、部屋にある机の上には義手が置かれていた。
「あ、あの」
「あれは私の義手だよ。こういった事は得意でね。簡単な魔具を作っては、小銭を稼いで生活しているのさ。本職には負けるが、それでもアラムサースなら食っていける」
工具などが壁に掛けられ、パーツも綺麗に並べられていた。
彼女は自己紹介をする。
「【ライラ・イコラ】だよ。元は小さな村の名士の家に生まれた女さ。苗字もその名残だね」
アリアも自己紹介をする。
「アリア・ロックウォードです」
すると、ライラは笑い出す。
「知っているさ。変態野郎の依頼を達成した、若手では実力のあるパーティーだろう? その前衛が私になんの用だい?」
自分たちがそこまで知られているとは思わなかったアリアは、一瞬驚くが事情を説明する。
すると、呆れた顔をしたライラが右手で顔を押さえていた。指の間から見える瞳で、アリアを見て依頼の内容を確認する。
「……つまり、私のスタイルを学びたいと? 前衛も出来て偵察もする、私の?」
「は、はい!」
すると、ライラは「あんまりお勧めできない」と言う。
「この体を見て分かるだろ? 前衛は危険な仕事だ。女がやるには荷が重い。どうしてもやるっていうなら……傷だらけになっても構わない気持ちでいな。腕の一本や二本は失っても文句は言えないよ」
アリアは唾を飲み込んだ。だが、ここで何もできないでいるよりは、はるかにマシだと自分に言い聞かせる。
(ここで逃げ出したら、本当に私は役立たずになる。だから……)
「や、やります!」
すると、ライラは口を押さえて笑い出した。アリアが呆気にとられていると、「すまない」と言いながら笑い続ける。
「悪いね。試すようなことをして。この怪我は私が未熟だった時の怪我だよ。基本的に危なかったら近づかない、っていうのが正しいからね。馬鹿をやって真面目に勉強した口なのさ」
アリアが驚いていると、ライラは言う。
「あのお嬢ちゃんには何度か世話になっているんだ。図書館での調べ物とか、荷物持ちでね。基本的にはソロ仲間だよ」
「そう、だったんですか」
アリアがそう言うと、ライラは交渉に入る。
「さて、教えるのは構わないが、私にも仕事があるんだ。週に三日は時間を作るんだ。それと、金額だが……」
ライラはアリアを見て、金額を述べる。
「あの子が言うなら素質はあるんだろう。なんたって、話題のパーティーだしね。期間は二ヶ月で、金貨二十枚でいいよ」
金貨二十枚と聞いて、アリアは驚く。というか、そんな大金を持ってはいなかった。報酬は受け取っているが、持っていても金貨五枚程度である。
「あ、あの、もう少しだけなんとかなりませんか?」
「こっちは時間を割いて指導するんだよ? それにね、その間の稼ぎはどうするんだい? 技術をタダで得ようなんて思っていないだろうね?」
アリアは項垂れる。すると、ライラは条件を出した。
「なら、指導している時の稼ぎは全額私が貰おうか。ついでに仕事の手伝いもして貰うよ。それならどうだい?」
「は、はい! それならできそうです!」
すると、ライラは言う。
「ま、教える事なんてそんなにないんだけどね。私のスタイルは偵察と戦闘をこなす前衛タイプだ。あんた、自分の獲物は?」
アリアは、槍を使っているというと――。
「……悪くはないが、良くもないね。戦闘を専門にするなら槍でもいいんだが」
少し考え込んだライラは、アリアの胸元を見た。
「それ、もしかして玉かい?」
「え? は、はい」
すると、ライラはスキルにどんなものがあるのかを確認したいと言ってきた。アリアは、説明するのを一瞬ためらうが、ライラに話す。
「攻撃特化だね。下手な魔具よりずっといいか……」
「あの?」
「槍を使って来たなら、それが一番手になじむだろうから……アリア、あんたは短槍使ってみる気はあるかい?」
アリアも、自分のスタイルを確立するために動き始めるのだった――。