領主という生き物
『俺は一人っ子だったんだ』
重苦しい雰囲気の中、五代目が語り始めた。
宝玉の中では、二代目から全員が座って話を聞いている。四代目だけは、気まずいのか眼鏡をクイクイと指でしきりに動かしている。
二代目は――。
『ないわー。それってないわー』
かなり引きつった顔をして四代目を見ていた。
三代目も言う。
『僕は次男だったけど、兄さんが死んだから当主になったんだよ。それは説明したよね?』
四代目に視線を向ける一同。
耐えかねた四代目は口を開いた。
『つ、妻が幼かったんですよ。ほら、紹介された時はまだ十代前半ですよ。俺は三十代だったのに……親子ほど歳が離れていたんですよ』
言い訳をする四代目に、六代目は言い返す。
『だから?』
七代目も。
『それで?』
歳の差など関係ない一同は、四代目を見て責め始める。
二代目など、長男が死んでいるので真剣だった。
『というか、五代目が無事に育つとか以前に死ぬこととか考えなかったの? 小競り合いでも命を落とすことはあるんだよ』
四代目は力のない声で言う。
『いや、反省はしているんですが、三代目が戦死して陛下がですね、気にかけてくださって……』
四代目の説明では、三代目の功績で色んな面で優遇されたというのだ。誰も、王が恩を感じている当時のウォルト家を正面から敵対しようなどと思わないだろう。
それに、四代目の時代は功績で男爵家に陞爵していた。
三代目が命懸けで陛下を守り、勝利に貢献したおかげでウォルト家は周囲を束ねる寄親的な立場になったのだ。
七代目が言う。
『三代目は戦死しているので、四代目に兄弟がいないのは仕方がありませんね。でも、五代目が一人っ子というのは……』
周囲との婚姻外交ではないが、付き合いを考えれば弟や妹がいた方が良かったのだ。大きくなったばかりのウォルト家を支える分家でもあれば、五代目の立場はマシだったかも知れない。
「あれですね。好色家と言われていたのに、実際は家のためだと」
俺が言うと、五代目が頷く。
『そうだよ。俺だって嫁は一人が良かったよ。気が楽だからな。それにな……子供が三十人を超えると平等に愛せるかよ。過酷な環境に送り出した息子もいた。人質代わりに送り出した娘もいる』
四代目の時代は良かったのだ。
陛下に目をかけて貰っている、という事実がウォルト家を守っていた。
四代目が困っているのを見かねて、嫁を紹介させたのも陛下という話だ。
だが、陛下が退き、四代目が引退する前は酷かったらしい。
『どいつもこいつも信用できない。周囲の貴族はこちらにちょっかいをかけてくる。賊になりすまして村を焼かれたこともある』
二代目が額に青筋を浮かべていた。
『仕返しはしたんだろうな? 舐められたままだったのか?』
すると、六代目が言う。
『俺の代でなんとか周囲を固めまして、そこからは攻勢に出ましたよ』
五代目の時代――。
いや、三代目から四代目の時代には、頼りになる寄子が少なかったようだ。そんな中でも裏切らなかったフォクスズ家の忠義というか……頭上がらない。
四代目の言い訳は――。
『いや、ほら……こちらとしても、変な家訓があって嫁は見つからないし』
下手に爵位が上がったために、ウォルト家は同じ格か一つ上の子爵家の娘を嫁に迎える必要があったようだ。
もっとも、四代目が退いてからはその子爵家とも距離が出来るようになったという。
『俺に兄弟がいれば、少しは違ったんだけどな』
ジト目で見る五代目に、四代目が口を閉じた。
三代目が言う。
『あり得ないよね。まだ産めたわけだよね? というか、妾の選択肢はなかったの? 男爵家だよ? 周囲の寄子から後妻でも迎えるとか、選択肢はあったよね?』
四代目が――。
『いや~、妻が泣くもので……』
『ふざけんな、この野郎ぉぉぉ!!』
四代目に飛びかかる五代目を、誰も止めようとはしなかった。むしろ、殴られて当然とすら思っているようだ。
俺にはこの辺の考えは知識としては知っている、という程度だ。実際、婚約が決まった時は年齢が来たから適当に寄子から決めるというあり得ない状態だった。
俺もそれどころではなかったので、結婚について考えている暇がなかった。
いかに両親に振り向いて貰えるか……ソレばかりを考えていた。
二代目がその場を仕切る。
『四代目を殴っている五代目は放置として、そこで周辺の家と繋がりを作ったわけだ。周りに身内を嫁がせる、あるいは養子や婿として送り込む……血筋はしっかりしているなら、相手も喜ぶだろうな』
血筋が良く教育された嫁や婿が来るのは、周囲の寄子たちにとっても良かったのだろう。問題がない訳ではないが、それでも周囲に味方のいないウォルト家にはしっかりとした地盤が出来たそうだ。
六代目が言う。
『全員がしっかりした血筋でしたよ。問題は家が傾きかけている、取り潰されたと本人には罪がない女性たちを集めたようです。調査して呼び出して……金がいくらあっても足りませんね』
金をだいぶ使ったようだが、四代目の金庫の中身は耐えきったようだ。どれだけため込んでいたのだろう?
息を切らした五代目が、椅子に座る。四代目は、眼鏡をかけ直して椅子に座った。服はボロボロだが、怪我はしていない様子である。
(流石に生身というわけでもないか)
宝玉の中――俺は意識だけをこの場に持ってきている状態だ。
そして、ご先祖様たちはあくまでも記憶、であった。ただし、心まで記憶した、という前提がつく。
(いったい、こんな玉をどうやって作ったんだ?)
スキルを記憶していくだけなら、このような手段は必要ないとも言えた。俺にとっては歴代当主の話を聞けるので問題ないが、普通の人なら発狂ものである。
俺も何度か発狂しかけた。身内にからかわれるという恥ずかしい体験を経験したのは、いつ以来だろうか?
『全員に愛情なんかない。子供を産め、望むのはそれだけだと宣言した』
少し悲しそうに、五代目が言うのだ。
冷たい人だと思っていたが、思うところはあったようだ。
そして――。
『そしたら長男は不良になるし、兄弟喧嘩は絶えないし……俺の癒しはペットだけだった』
「あの、なんか五代目が壊れたんですけど」
俺は以前、ダリオンでの出来事を思い出す。
兎の姿をした魔物がいた。
その魔物を倒す際に、叫んで止めに入ったのが五代目だったのだ。意外な趣味だと思っていると、不良と言われた六代目が言い返す。
『周りに弟や妹が三十人以上いれば非行にも走るわ! しかも子供よりペットを可愛がって……知っているか、ライエル』
「何をです?」
『五代目は幼い麒麟と言われる神獣を飼っていたんだ』
すると、五代目が言う。
『おい、飼っていたとかいうな。あいつらは俺の家族だ!』
三代目が言う。
『先に自分の家族を大事にしなよ』
俺はアゴに手を当てて思い出す。
麒麟――角を生やした鱗を持つ馬である。竜馬とも言われていたが、魔物とは違うために神獣と呼ばれていた。
魔具が誕生するまで、神獣は貴族にとっても憧れである。空を駆けるとまで言われた麒麟は、持てば一族が栄えるという言い伝えまであった。
麒麟を賭けて決闘した騎士たちもいるほどだ。
そんな麒麟を持っていた五代目――。
「あれ? でも、幼かったら俺が屋敷にいる時もいないとおかしいですよね? 神獣は長生きだと聞きますし」
百年、二百年と普通に生きるのが神獣である。そんな神獣を飼っていた……いや、育てていた五代目が笑顔で。
『怪我をしていたからな……治療して元気を取り戻したら、自然に帰してやった。群れの仲間が迎えに来て……あいつ、最後は俺の方を見て名残惜しそうに……速く行け、って言うのにこっちばかり気にして』
泣き出してしまった五代目を、今度は全員がドン引きしてみていた。
六代目が怒鳴る。
『分かるか俺の気持ちが! 神獣を育てる親父に期待していたら、いきなり自然に帰した……とか言われた時の気持ちが! 王族に献上しても良かった! 持っているだけでも良かったものを』
それだけ珍しい麒麟だ。さぞ、ウォルト家のためになっただろうに、と――。
六代目の考えにもドン引きだ。
四代目が五代目を見て言う。
『お前……最低だな』
『あんたがそれを言うのかぁぁぁ!!』
『お前らのせいだろうがぁぁぁ!!』
言い争う四代目から六代目を見て俺は、隣にいた七代目にボソボソと話しかけた。
「で、これって誰が悪いんです?」
『……言いたくないが、死んだ三代目にも責任がある。あの人のおかげでウォルト家は歴史に名を残したが、同時にいきなり爵位が上がって家の規模も大きくなった。まぁ、誰が悪いと言えば……全員だ』
親が残した問題を子供に解決させる。
それを実践した歴代当主たち。
見ていて悲しい気持ちにもなるが、同時に――。
「アレですね。いつの時代も問題はあるんですね」
『そうだな。わしの時代も問題が多かったぞ。……お前もノンビリしているが、ウォルト家的には大問題の真っ只中だからな』
七代目に言われた俺は、そうなのだろうかと首をかしげてみた。
理解していないと呆れた表情の二代目が、俺に言う。
『ライエル、お前は家を追い出されただけだが、ウォルト家はセレスという爆弾を抱えた状態だぞ……大問題だろうが』
そう言われて納得した。自分ではあまり見えていない事もある。
(……でも、セレスは放置で良くないか? 俺は国を出るわけだし)
俺の考えは甘いのだろうか?
アラムサースの迷宮に挑んだ俺は、アリアとノウェム、そしてクラーラを連れていた。
今回は四人でどこまで行けるのかを調べるため、二泊三日の予定を組んで挑んでいる。
「ライエルさん、後ろから冒険者の一団がついてきています」
「え? なんで?」
耳を澄ますと、クラーラの言うとおりに後ろから足音が聞こえてきた。
「最短ルートを進むと思われているのでは? 実際に地下四十階層を一週間かからずに制覇しましたし。そういったスキルを所持していると思われていても不思議ではありません」
あまり良い気分ではない。
こちらの後ろからついてくるのは、そもそもマナー違反だ。
やっている連中を問い詰めても、たまたま選んだ道が同じだったと言い訳をするのが目に見えている。
それに、俺たちの後ろをついていけば、戦闘を回避できる。
迷宮内では嫌がられる行動だ。
アリアが口を開く。
「どうするのよ。今回は四人でどこまで行けるか調べるのよね? スキル無しだって、相手に伝える?」
すると、クラーラは首を横に振った。
「マナー違反をしている冒険者は関わらない方が無難です。最悪、こちらを襲撃するかも知れません」
迷宮内で冒険者同士が殺し合う。
良く聞く話ではあった。魔物を倒して戻ってくる冒険者を待ち受け、その稼ぎを横取りする連中は確かに存在している。
もっとも、地下深くに行く冒険者たち――。
返り討ちにあう場合も多かった。
俺が後ろを気にしていると、ノウェムが声を上げる。
「ライエル様、前方から足音が」
俺はすぐに腰に下げたメイスを手に取ると、前方を見た。クラーラが明かりで照らしているが、奥からは魔物が数体動いているように見えるだけだ。
数もハッキリしないが、それ以上にどんな相手なのかも確認できない。
(スキルがないだけで、こんなに不安になるなんて)
ノウェムにどんな魔法を用意させるか、アリアには前に出て貰うか、それとも待機して止めを任せるのか?
瞬時に判断するにしても、敵が近づかないと判断できなかった。
敵の姿が見えた辺りで、俺は指示を出す。
「ノウェム、風で吹き飛ばせ。アリアはノウェムが魔法を使ったら前に! クラーラは待機だ」
指示を出すのだが、パーティーの動きが鈍く感じる。個人で持っている荷物の量も多いのだ。クラーラ一人が抱えられる荷物は限りがある。同時に、魔物の素材や魔石を回収するのはクラーラの仕事だ。
今から荷物満載にはしておけない。
「ちょ、ちょっと待って!」
すると、先にアリアが飛び出してしまった。
「何をして!」
そう言うと、俺はノウェムを手で制して魔法の使用を中断させた。ノウェムにはクラーラの護衛に入ってもらうと、俺はアリアと共に前に出た。
アリアが槍を振るいながら言い訳をする。
「さっきは同じ相手で私が前に出たじゃない!」
「さっきは気付くのが遅れたからだ! 今はノウェムに魔法を準備させる時間があっただろうが!」
焦って口調が強くなると、アリアの動きが鈍った。
怒鳴られたと感じた様で、萎縮してしまったのだ。今は怒っていない、などと言っている暇もないので俺が敵の相手をする。
戦うだけなら問題ないのだが、命令をしながら、となると勝手が違いすぎる。
(前もって作戦を立てるのと、その場で指示を出すのがこんなに違うなんて……)
慣れすぎてしまったために、スキルがないとかなりの不便を感じていた。
目の前の魔物は、金属製の板を切り取って作ったような盾と斧を持っていた。
ゴブリンだが、兜をしているので相手をするのも面倒である。
成長した力で殴り飛ばすと、盾ごとゴブリンが通路奥へと跳んでいく。しかし、倒しきれなかった。
(これならサーベルの方がマシだ! でも、今回は荷物になるから持ってきていないし……あぁぁぁ! もう!!)
怒鳴りたいのを我慢して、メイスを振り回していると、今度はアリアが斜めに振り上げた槍の穂先とぶつかった。
「何してんだよ!」
「私のせいじゃないわよ!」
アリアも言い返してくるが、声が震えているような感じだ。
(駄目だ。余裕がなくなってきた)
自分がスキルの恩恵をどれだけ受けていたのか……それを、戦闘の度に感じているのが、今の俺だった。
後ろからついてきたパーティーを振り切り、部屋を見つけて休憩に入った俺たちは微妙な位置に座った。
以前はもっと近かった気がするが、アリアが距離を取っている。
その様子を見ていた俺に、クラーラが話しかけてきた。
ランタンの光で部屋が薄暗く照らされた部屋では、ノウェムが見張りを行なっている。座っているアリアは、疲れているのか目を閉じていた。
「さっきの戦闘はまずいですね」
「……余裕がなかった。言い訳だけど、考えが甘かったよ」
「いえ、そういう意味ではないです。パーティーの連携もそうですが、主に人間関係ですかね」
クラーラがそう言ってくると、俺は首をかしげた。
「何か問題でも? あの後はアリアに謝ったし、その後は別に」
何もなかった、と言おうとしたらクラーラがいつもよりもジト目で俺を見てくる。
「分かりませんか?」
「……分からないです」
言い返そうとしたが、本当に分からなかったのでクラーラに聞くことにした。すると、クラーラはノウェムを見る。
「基本的にライエルさんがリーダーのパーティーです」
「え、最初からそうだよ」
クラーラは眼鏡を外し、汚れを拭き取り始めた。そして、俺に説明する。
「パーティーでリーダーと言っても色々とあります。後ろで指示を出すタイプ。前衛で斬り込んでいくタイプ。中盤で臨機応変に対応するタイプ。ライエルさんは中盤タイプです。どこでもこなせますし、どこにいても活躍できる有能なリーダーです」
そう言われて照れる俺を見て、クラーラは淡々と説明を続けた。
「……自分がアリアさん以上に、前衛をこなしているのを理解していますか? アリアさんは優秀です。あと二年……いえ、一年でも経験を積めば大きく成長すると思います。迷宮での動きも良くなっています」
クラーラは「ですが」と言うと、眼鏡をかけて俺を真剣な表情で見つめた。
「近くにライエルさんやノウェムさんがいることで、劣等感を感じていますよ。深刻ですよ。ミスしないようにしてもミスをして、そのフォローをライエルさんやノウェムさんが行なう。自分はいらないのでは? そう思うのが普通です」
「いや、でもそれは」
「基本的にライエルさんが中心にいなければ、このパーティーは解散していますね。女性陣の仲が良くありませんし」
俺はそれを聞いて首を横に振る。
「そんな事ないよ。だって、屋敷では喧嘩もしないし」
クラーラはそれを聞いて確信したようだ。俺に今まで見てきたパーティーの話をしてくる。
「私が以前お手伝いをしたパーティーは、言いたいことを言う人たちでした。連携でどこがまずかった。私はどうだった? 今度は違うパターンを試してみよう……そういった会話を休憩中にしていました。外で会った時も、喧嘩もしていました。真剣に仕事に向き合っていましたよ」
クラーラの話を聞いて、俺は黙った。
俺が中心のパーティー……確かにそうだ。だが、俺がいなければ機能しないパーティーでもあったのだ。
今まではスキルのおかげでそういった面が隠れていた。俺が完璧な司令塔という役割を果たせなくなると、パーティーが機能しなくなっている。
(ご先祖様たちのスキルで、アリアの成長まで妨げていたのか)
自分で判断しない仲間――。
俺の言うことだけを聞けば良い状態から、自分たちで判断する状態になり混乱しているのがアリアだろう。
ノウェムが適応しているので忘れていた。
「ライエルさん、まずは仲間内で話をしてみてはいかがですか? 自分に何が出来るのか、何が足りないのか……それを他者の視点から見るのも大事ですよ」
俺はクラーラに、大事な事を教わったような気がした。
前回のご先祖様たちを思い出し、こんなアドバイスが欲しかったと思ってしまう。