それぞれの悩み
――アリア・ロックウォードは、悩んでいた。
冒険者となりパーティーを組んではいるが、今の自分が果たして貢献しているのだろうか? と……。
サークライ家の屋敷の庭を借りて、槍を振るってはいるがその焦りから穂先が思った通りの場所にこない。
汗をかいた手で、握っている部分が滑ると呼吸を整えるために休憩に入った。
「はぁ、はぁ……私ばっかり置いて行かれて」
パーティーメンバーは、一つ下のライエルとノウェム、そしてオートマトンで名前が決まっていないポヨポヨが加わり四人? となった。
今ではアラムサースで知り合ったクラーラや、ミランダも頼めば手を貸してくれるだろう。
そんな中で、アリアは一人焦っていた。
前衛としての仕事は果たしていると思っているのだが、自分だけが置いて行かれる雰囲気だった。
ライエルは締まらない終り方が多いのだが、それでも実績がある。
近くで見れば分かる。
スキルを同時にいくつも使用し、そして使いこなしていた。
自分も同じように赤い玉を持っているのに、ライエルのように使いこなせていない。
支援系のスキルと、前衛系のスキルは違う。
だが、使いこなすという点を見ても、明らかにアリアはライエルに劣っていた。
魔法も使えるが、ノウェムのように難易度の高い魔法は使用できない。
まだロックウォード家が、子爵という爵位を持っていた頃は昔のことだ。
生きるために魔法の練習よりも、日々の生活をどうするか悩んでいた。
内職をして生活をしても、父が金を使って家には少しもお金が残らなかった。
最後には、本気で体を売ろうとまで考えていたのだ。
何をやっても無駄――。
父の口癖を思い出す。
プライドだけは高い父で、冒険者になるのを嫌っていた。
話に出るだけでも暴れ出す始末で、いつも苦労していた。
「……何をやっているんだろう、私」
悔しくなるアリアは、自身の実力を知っている。
前衛としても、後衛で魔法を使用してもライエルどころかノウェムにも勝てない。
全力で武芸も魔法も磨いてきた二人とは違い、大きな差が開いていたのだ。
アリアは首に下げた赤い玉を握りしめる。
玉に記憶されたスキルは、全部で四つである。
アリア自身のスキル――【クイック】を加えれば、五つになる。
連続で動くことの出来るクイックは、体に負担を大きくかけていた。
自分で編み出したスキルであり、使うのは苦ではない。だが、それでも他のスキルに比べれば、という前提条件がつく。
肉体を強化し、武器を硬化し、強力な一撃を放ち、斬撃を飛ばす。
他のスキルを見ても、前衛職の冒険者ならきっと羨ましがるスキルが並んでいる。
以前、ダリオンで知り合った冒険者が言っていた。
「スキルの組み合わせ、か」
玉は良くも悪くもスキルを記憶するだけで、任意のスキルを記憶させるのはとても面倒であった。
それなら、スキルを付与した魔具を使用した方が良い。
必要な組み合わせ――攻撃力を上げ、敵の防御を下げる、といったスキルが二つあれば、効果的に敵を倒せる。
こちらの攻撃力を上げながら、敵の防御は下げているのだ。
その差は大きくなるばかりである。
ただ、玉には大きな欠点があった。
「魔具は使えないし、今の私じゃ買えないし……結局、これを使いこなさないと駄目なのよね」
赤い玉を見るアリアは、溜息を吐いた。
汗で服が体に張り付き、休憩すると少し熱が引いた気がする。
だが、今度は張り付いた服が気持ち悪くなってきた。
塀が高いので外から覗かれることもないので、アリアは上着を脱ぐ。
「下着までベトベトじゃない」
服は絞れるほどに汗を吸っている。
アリアは槍を持って部屋に入ろうとして。
庭から屋敷へと入るドアに向かうと、そこからかごを持ったポヨポヨが出てきた。
「おや、鍛錬中でしたか? おっと、汗が飛ぶので近寄らないでください。大事なご主人様の洗濯物もあるので」
口の悪いオートマトンのポヨポヨは、ライエルをご主人様として扱うがそれ以外の人間に対しては一定の扱いである。
ノウェムだけは別だ。
「……あんた、ライエルと他で態度違うわよね」
アリアがそう言うと、ポヨポヨは真顔で言うのだ。
「ソレが何か? 私はご主人様に尽くすために起動したのです。すみませんが、アリアさんたちはオマケですかね? あ、でも……ご主人様が、アリアさんに死ぬ気で尽くせというなら、それだけの覚悟を持って尽くすつもりです。ただし、私の忠誠心はあのチキン野郎だけに向いて――」
長話を始めたポヨポヨに呆れるアリアは、ジト目で見ながら言う。
「結構よ。それにしても、ライエルはどうしてこうも周りに女の子ばっかり……」
思い出すのは、アラムサースに来る前の出来事だ。
月が綺麗な晩に『月が輝いている』などと遠回しな告白をしたライエルを思い出し、アリアは顔を赤くするのだった。
そんなアリアにポヨポヨは――。
「邪魔なのでどいてくれませんか? 洗濯物を干す時間が短くなります。というか、汗臭いので水浴びでもすれば良いんじゃない」
アリアはポヨポヨを見る。
「……私、あんた嫌い」
ポヨポヨも言い返す。
「奇遇ですね。私はチキン野郎以外に興味がありません。おっと、あの女は別ですが!」
奇遇でもなく、興味がないと言われたアリアはポヨポヨを先に通すと、自分は後から屋敷へと入った。
変なオートマトンだが、屋敷の家事は全て完璧にこなしている。
アリアもそこまでやれと言われると、無理というレベルで、だ。
「本当に、なんでこんな変なのを起こしたのよ……馬鹿」
外で洗濯物を干すポヨポヨを見ながら、アリアは呟くのだった――。
図書館に来ていた俺は、冒険者に関する本を読んでいた。
特にパーティーの編成について確認している。
「……六人を戦わせるために、それと同じかそれ以上の規模のサポートが必要なのか」
アラムサースの迷宮を攻略するために、スキルに頼らない方法を考えていた。
最初に思いついたのは、数を揃えるというシンプルでもっとも模範解答に近い方法である。
しかし、それを行なうには信用できる人材を仲間にする必要があった。
元からアラムサースには仲間を探しに来ている。
それが上手く行っていない時点で、この方法は時間がかかりすぎると判断できた。
「時間はかかっても良いけど、問題は――」
――その間にスキルが使用できない、という事だった。
別にスキルがないのなら、そのように動けば良い。
しかし、今まで頼ってきたものが使えないなら、新しい力を得なくてはいけない。
自分自身を鍛えるのは当然として、パーティーで行動する際に必要な技能を得なくてはいけない。
「迷宮内で自分たちの位置確認――。それに偵察に、罠の発見と解除、加えて安全の確保に……五代目と六代目のスキル、便利すぎるな」
今までそれらを補っていたスキルがなくなると、一気に不便に感じてしまった。
二代目が言う。
『あいつらのスキルをセットで利用すると破格だよな。単体でも便利だが、本当によく上手く発現したよ』
スキルは個人によって、発現するものが違ってくる。
例えば、双子がいても同じようなスキルが発現するとは限らない。
本人の成長や願望、そういったものが関わってくると本には書かれていた。
狙って発現させるのは、非常に難しいのである。
「それを補うためには専門職が必要か……習得するのは無理だな」
習得自体は問題ではない。
やれば出来ると思っているし、実際にできるが……習得するためにかかる時間や、他にも必要な技術を覚えるのに年単位で時間がかかるのだ。
できれば、そこまで時間をかけたくない。
アラムサースでパーティーが固まれば、俺は冒険者の都と呼ばれる自由都市【ベイム】に行こうと思っていた。
セレス――初代に怪物と言われた妹の事もあり、長くとどまるのは危険だと思っているからだ。
(あの気まぐれなセレスが、いつこちらに興味を持つか……いや、忘れている気もするんだが)
自由奔放なセレスが、次に何をするかなど考えつかない。
まだ俺が両親と仲が良かった時……。
(あれ? セレスはいったいどんな子だった?)
思い出すのは十歳からの記憶だ。
俺は兄として妹のセレスに接してきた。そのはずだ。特に恨まれるようなことをした記憶はない。
急に屋敷がセレスを中心に動くようになって――。
俺は首を横に振ると、考えるのを中断する。
(セレスのスキルなのか? それとも、何か他の……いや、今は止そう)
再び本に視線を向ける俺は、スキルに頼らない新しいパーティーの形を考えることにするのだった。
――ノウェムは、シャノンが部屋を掃除した跡を確認していた。
「なる程、目が良いのは事実ですね。綺麗に掃除が出来ています。後で褒めておかないと」
本人は嫌がるだろうが、と思いながらノウェムが部屋を出ようとすると声がかかった。
気配を消して近づいてきたのを、ノウェムは知っているので驚かない。
――ミランダだ。
「あれ、シャノンは?」
「今はポヨポヨさんと庭にいますよ。洗濯物の取り込みです。おかえりなさい、ミランダさん」
微笑むノウェムを見ながら、ミランダも微笑み返す。
「そうなんだ。頑張っているか見に来たのに、残念ね」
ノウェムは、ミランダが意図して気配を消していたのを察していた。シャノンを驚かせようとしていたわけではないのも知っている。
自分がここにいると知って、近づいてきたのだ。
「……私に用があったのでは?」
ノウェムが本題を聞こうとすると、ミランダは表情を改める。
真剣な表情をしていた。学園の制服の下に隠してはいるようだが、腰の後ろに短剣が二本――。
かなりこちらを警戒していると思いながらも、ノウェムは普段通りに接する。
「聞きたいことがあったのよね」
「聞きたいことですか? 私もありましたよ」
二人の間に張り詰めた空気が発生するが、両者は気にした様子がなかった。どちらかが仕掛ければ、シャノンの部屋で今にも戦闘が起きそうな雰囲気だった。
ミランダが聞きたい事とは、ノウェム自身のことである。
「シャノンが言っていたわ。貴方は人間じゃないみたい、って……でも、おかしいわよね。オートマトンでもないみたい。アレはうちの教授が起動させて話題になったばかりだし。昔からライエルと一緒にいるようだし……」
ライエル君、からライエル、と呼ぶようになったミランダの変化を、ノウェムは嬉しく思っていた。
本気でライエルにハーレムを築かせるために、どうしてもミランダは押さえておきたかったのだ。
「私はフォクスズ家のノウェムです。それ以上でも以下でもありません。怖がられたのは……昔からそうなので、あまり気にしたこともありませんね」
首をかしげるノウェムを見て、ドアの縁に体を預けるようにして立っているミランダは「そう」と呟くだけだった。
(まだ、警戒していますね)
そして、ノウェムは自分が聞きたかった事を聞く。
「私の実家であるフォクスズ家は、ウォルト家とは長い付き合いです。その関係で知っていたのですが……サークライ家は、ウォルト家と繋がりがありますよね? セントラルで何度かウォルト家の方とお会いしているはずでは?」
ウォルト家の方――セレスである。
ノウェムが知る限り、ライエルが十歳を過ぎた辺りから、次期当主並の扱いをセレスは受けてきた。
社交界でウォルト家の美しい女性がいると、噂にもなっていた。
今では大きな権力を持つウォルト家だ。
セントラルのパーティーに呼ばれることもあれば、関係のある家は接触していてもおかしくなかった。
「知っている癖に……そうよ、ライエルの事も知っていたわ。アリアと一緒だったのは驚いたけど、少し興味があったのは事実よ」
ノウェムは、セレスと関わり魅了されなかった人物であるミランダを、高く評価している。
「そうですか。実家に知らせることもできたのに、何故しないのです?」
ミランダは、両手を挙げて降参のポーズを取る。
「そういう風に動いたら、あなたに私もシャノンも殺されると思ったのよ」
ノウェムは酷い誤解だと思いながら、訂正した。
「流石にそこまではしません。ここから去るだけですよ。それにしても、アレだけの事をされても、妹さんは大事にするんですね」
ミランダは視線を少しだけ下げる。
「目の見えないシャノンはね、結構辛い扱いを受けていたから……知っている身内としては、守って上げたいのよ。恨まれていたのも知っているけど、それって私の方があの女に認められたから、っていうだけだし」
あの女は、間違いなくセレスだとノウェムは思いながら呟いた。
「優しいのですね」
「姉妹だからね。ま、次女と三女とは仲が良くないけど」
どうやら、ミランダの姉妹は複雑な事情があるようだ。長女であるミランダが、こんなところにいる事からも薄々とノウェムも理解していた。
「……ライエル様に手を出さないで頂けるなら、私は何もしません。あ、でも……男女の仲になるのは止めませんよ。一目惚れだったと聞いていますから」
それを聞いて、ミランダが噴き出した。
「あ、あんた、起きていたのね!」
ノウェムがニコニコとすると、ミランダは顔を赤くしてその場から去って行く。怒っているのか、歩幅はいつもより大きく、わざと音を立てて歩いているようだった。
以前よりも人間らしい感情が出ている。
どこか善人だけの印象があったミランダよりも、ノウェムは今のミランダが好きだった。
「少し、羨ましいです」
そう言って、ノウェムもシャノンの部屋から出る――。
図書館で資料を読んだ俺は、アラムサースの通りを歩いていた。
いくつかパーティーの強化案を思いついたので、形に出来るかこれから帰ってノウェムたちや、ご先祖様と相談である。
考えてばかりで頭が重く感じたので、気晴らしに散歩をしながら帰っていた。
学園の生徒が多く、どこか道を歩いている一般の人たちも他とは違う印象がある。
学術都市と言われるだけあって、知識などを大事にしているのか教養があるのだろう。
もっとも、教養がないと馬鹿にされる風潮があるのも事実だった。
通りでは――。
「そんな事も知らないのか? 子供だって知っているよ」
「な、なんだと!」
言い争いのほとんどが、この手の話題が多い。知識自慢で、相手が自分より学がないと貶している人も多かった。
面白い場所であるのは事実だが、ずっと住みたいかと言われると疑問である。
都市自体もゴチャゴチャしているし、俺としてはできれば静かでノンビリしているところに家を建てて住んでみたい。
嫁がいて、子供がいて――。
(あれ、なんか想像できないな)
物語のハッピーエンドと言えば、主人公が英雄として祭り上げられる。あるいは、伴侶と静に暮らすというパターンが多かった。
後者に憧れているのだが、まったく想像が出来ない。
(まぁ、今は地下三十階層を突破する事だけ考えるか)
直にそういった事も想像できるようになるだろうと、俺は気持ちを切り替えて通りを歩いていた。
アラムサースの良いところは、柄の悪い人たちが少ないことであろう。逆に言えば、遊ぶところが極端に少ない。
賭け事をする場所はないし、本屋や私塾に道場などは充実しているのに娯楽に関しては少ない印象があった。
通りでは芸人が芸を披露するのも禁止しており、祭り以外ではそういった楽しみも少ない。
聞けば、酒場で夜になると歌を聞きながら酒を飲むのが、この都市での娯楽のようだ。そんな場所、ダリオンにもあった。
極端な話をすれば、都市の規模は大きくても楽しい場所は少ない、という事だ。
「冒険者が次々に出ていくわけだ。まぁ、こんな場所が好きな冒険者もいるらしいけど……金を使う場所がないな」
自分を磨きたい連中には最高だろうが、ある程度の実力を持った冒険者たちにはつまらない都市に思える。
それが学術都市アラムサースだった。
だが、同時に思うのだ……。
「俺、そう言えば趣味とかあんまりないな」
剣術も魔法も、必要だからその技術を磨いてきた。
本は知識を得るためだ。いや、本を読むのは好きなのだが……それ以外に、趣味というものを持っていないことに気が付いてしまった。
人生において、趣味は必要だと本で読んだ。
俺は人通りの少ない通りで、呟く。
「俺も趣味を見つけようかな」
すると、四代目が――。
『周りから見たら、女遊びが趣味に見えるだろうけどね。まぁ、趣味を持つのは良いことだよ。俺も金庫にしまった金貨を数えるのが大好きだった』
それは趣味なのか? そう思っていると、五代目が言う。
『……四代目の金は、俺が妾を迎えるために使い切ったぜ』
何故か、五代目が言ってやった! みたいな感じで言う。珍しく感情を出している五代目なのだが――。
『何してくれてんだテメェェェ!!』
お金の大好きな四代目がぶち切れた。
(以前はこの程度でも魔力の心配をしていたけど、最近はまったく気にならないな)
俺は、以前すぐ倒れていた自分を思い出し、こんな事で成長を実感したくないとも思うのだった。
宝玉から声が聞こえる。
『ウルセェ!! テメェが残した問題を解決するために必要だったんだろうが! 俺が当主になった時も散々喧嘩したけどな!』
言い返す五代目に、六代目が押さえに回る。
ワイルドな印象を受ける六代目だが、五代目にはどこか弱い。
『五代目も落ち着きましょう。ゆっくり説明すれば分かって貰えますから』
七代目が言う。
『あぁ、あの件ですか。確かに四代目が起こした問題ですな。三代目も絡んでいますが、戦死した三代目に言ってもしょうがないでしょうし』
三代目も声を出す。
『……何かしたかな?』
すると、五代目が低い声で言う。
『してないな。してないから大問題になったんだよ。そのせいで俺が……』
どうやら、色々とウォルト家にも世代間で問題があったようだ。
(何があったんだろう)
少し気になる話題だったので、帰ったら聞いてみることにした。