ポヨポヨ
アラムサースのギルドを訪れた俺は、迷宮に挑む権利をどのように手にしようか悩んでいた。
そして、ギルドの職員に確認をするため、こうして出向いた訳なのだが――。
「は? 許可はもう出ている?」
淡々とした職員は、俺に書類を見せる。
少し、小馬鹿にしたような態度だった。
「地下四十階層を突破し、学園の依頼を成功させたのですから、十分に資格ありですね。というか、今更そんな事を確認しに来たのですか?」
中年の男性職員は、俺に対する態度が悪かった。
何よりも、周囲の冒険者たちが俺を見てクスクス笑っている。
今日の担当である六代目が言う。
『アレだな。お前が背負われて戻ってきたせいで、ライエルを過小評価しているな』
元から冒険者に対して、あまり言い感情を持っていないアラムサースギルドだ。
地下四十階層を突破したと聞いても、ただの冒険者に過ぎないという印象なのだろうか?
(普通はもっとマシな態度を取らないか?)
そう思っていると、職員が俺に説明してくる。
「学園の依頼を達成して、追加報酬も受け取ったのです。こちらから文句を言う筋合いもない。ただ、迷宮が討伐された場合、まっさきに疑われるという事を忘れないで貰いましょう」
管理された迷宮は、ギルドにとっても都市にとっても宝の山である。
そこを潰されると言うことは、どうしても避けるべきなのだ。
そのため、迷宮には入れる冒険者を管理している。
ダミアンのような、現状では達成不可能な依頼が出された場合のみ、一般冒険者の迷宮への出入りを認めているのだ。
そして、そこで見事に依頼を達成した俺たちは、ギルドから実力は認められたのだろう。
認められたのに、まったく嬉しくないのは職員の対応のせいだ。
「これからは好きに迷宮に挑んで良いと?」
「好きにしてください。魔物の間引きは必要ですし、こちらもホームを変える冒険者が出ています。まったく……管理する方の立場も考えて欲しい」
勝手に冒険者が移動して、迷宮の管理に問題が出るのにと文句を言っていた。
六代目が笑う。
『アラムサースは学術都市で、冒険者を格下に見ているわけだ。なる程な』
前からその傾向はあったし、学園の生徒は冒険者として登録もしている。
アラムサースのギルドにとって、冒険者とは迷宮の管理に必要な存在だ。だが、それ以上でも以下でもないのかも知れない。
(そんなんだから、優秀な冒険者に逃げられるんじゃないのか?)
職員の対応を見て、俺は呆れつつも今後は迷宮に挑む際に許可を取らなくていいと知って安心する。
人数を揃え、そしてギルドに申請して許可が出るまで待つというのも時間がかかる。
「そうですか、では俺はこれで――」
相談を終えてカウンターから離れようとすると、職員が引き留めてきた。
「待ちなさい。ギルドには迷宮での依頼も多い。そういった依頼をこなす事も忘れないで貰いましょう。それから、彼女……ノウェム・フォクスズさんやアリア・ロックウォードさんを紹介して欲しいというパーティーがいくつかいます。彼女たちのためにもなる。一度席を設けるので、ギルドに顔を出すように。パーティーが解散すれば、迷宮への許可も取り消されますが、その方が君にとっても良いでしょう」
上から目線で、しかも仲間の引き抜きをしかけてきた。
しかも、俺がパーティーを解散することが、前提になっている。
確かに頼りないだろうが、ここまで言われる程だろうか?
それを聞いて、ご先祖様たちが声を出す。
二代目が――。
『……おいおい、こいつ俺たちに、というかライエルに喧嘩を売ったぜ。リーダーに直接引き抜きの機会を作れとか』
本当に頭にきたのか、三代目も笑いながら言う。
『誰に喧嘩を売っているんだろね! よし、ライエル……ここはハッキリと断ろうか』
怒り始めたご先祖様たちだが、俺も同意見だ。
たぶん、ノウェムたちに声をかけたのは、迷宮攻略で俺以外が優秀だったと思われたのが大きいのかも知れない。
実際、ノウェムは魔法使いとして優秀だが、メインは回復魔法である。
アリアもスキルを複数所持した前衛で、年齢も考えれば有望株だろう。
(アラムサースには仲間集めに来る冒険者も多いと聞いたけど、露骨すぎるだろ)
俺を格下に見ている職員に言う。
「引き抜きをギルドが仲介ですか? お断りします」
「……彼女たちの才能を埋もれさせないための処置です。声をかけてくださった方の中には、貴族の子弟も含まれているんですよ」
どうやら、冒険者は嫌いでも学園関係者と、貴族には優しいらしい。
四代目が言う。
『これって過干渉だよね。ギルドは公平な組織であるべきだよ。表向きは、ね』
「公平性を欠いていますね。声をかけたいなら、ギルドを通して脅すような真似は辞めろと言っていただけます?」
俺が笑顔で言うと、職員が腹を立てたのか言い返してくる。
「世間知らずのガキが――」
そして、六代目が俺に呟けと言った。
『ライエル、ダミアンからプレゼントを貰って名前で呼び合う仲だと言え。楽しいぞ』
ニヤニヤと笑っている六代目の顔が頭に浮かんだ俺は、同じようにニヤニヤ笑って言う。
「実は今回の依頼で、ダミアンとは知り合いになったんですよ。度々研究室へ顔を出すことにもなりました。それに気に入られたんでしょうね……オートマトンも一台頂きましたよ」
「な、何を……」
学園に対して弱腰のギルド。
職員も同じように学園で有名な教授であるダミアンの名前を聞き、急に狼狽え始めた。
面白いように目が泳いでいる。
「確認しても良いですよ? 何しろ、一緒に地下四十階層を突破した仲間、ですから」
七代目が俺にアドバイスをしてくる。
『ふむ。わしも冒険者は嫌いだが、この手の連中は目障りだな……潰すなら、早い方がいい。ライエル、ダミアンにでも言ったらどうだ『仲間の引き抜きを受けて、これから研究室へ通えなくなる』とでも』
五代目も同意する。
『別にこいつだけじゃないだろうが、見せしめには良いな』
引き抜きをかけられているのはノウェムとアリアであり、ポヨポヨではないのだが――。
そう思ったが、気が付いた。
(なる程、ポヨポヨが引き抜きをかけられている、と勘違いをさせろと)
悪質な手段であるが、相手が先にそういった手段に出てきたのだ。
何よりも、今後の事を考えれば、こうした話はどんどん出てくるかも知れない。
(あいつ、冒険者登録は出来ないけど、戦力として数えて良いのか?)
毒舌メイドが強いとは思えないが、それでも仲間には変わりがない。
「そうですね。世間話でもしてきましょうか……実はギルドに仲間を引き抜かれる手伝いをされて困っている、とでも」
俺がそう言うと、職員が俯いてしまった。
焦っているのか、汗をかき始めている。
六代目が言う。
『この手の連中は、冒険者を一括りで見ているんだろうな。格下扱いで、どんな態度を取っても良いと……普段の対応をライエルにもとったんだろう』
四代目が言う。
『いるよね。こういう馬鹿はどこにでも。少し考えれば、喧嘩を売って良い相手と、悪い相手がいると気付きそうなものなのにさ』
三代目が言う。
『この人的には喧嘩を売ったつもりはないかもね。本気でノウェムちゃんたちのためを思って、とか考えていそうだし。でも、うん……見せしめは必要だよね』
アラムサースの職員全員が、このような職員ばかりではないだろう。
しかし、そういった傾向が強いのも事実である。
(まったく……ホーキンスさんがここに来てまで眩しく感じるよ)
誰に対しても丁寧に対応するダリオンの街でギルド職員をしていたホーキンスさんを思い出し、俺はギルドごとに雰囲気が違うと言うのを実感していた。
「……こ、今回はその、どうしてもと頼まれて」
言い訳を始める職員に、俺は笑顔で言うのだった。
「それ、駄目ですよね? それでは、俺は学園に用事があるので」
そう言ってギルドを後にする俺は、ついてきたポヨポヨを連れて学園へと向かうのだった。
ポヨポヨが言う。
「チキン野郎にして鬼畜なご主人様ですね。青い顔をしていましたよ。自分より弱い立場の人間にあそこまで強気とは……情けない」
俺は口元に手を当てて笑っているポヨポヨを見て言う。
「分かっていて言っているだろ? というか、立場的に向こうが権力持っているからな。普通は俺が弱い立場なの!」
急に真剣な表情になるポヨポヨは。
「知っていましたよ。会話も聞いていましたし。ダミアン教授にでも、助けて貰うんですね。流石チキン野郎です。友達の使い方を心得ていらっしゃる」
ダミアンと友達という事を改めさせるべきか。
それとも友達を利用している風に言うのを黙らせるべきか。
悩んでいる俺に二代目が言う。
『まぁ、事実だよな。けど、こういう時は互いに協力しないと』
三代目も。
『そうだよね。ライエルはダミアンに協力しているし、これくらいは良いかもね。おっと、ダミアンを利用するんだから、今後も頼まれたらある程度の頼みは聞いて上げなよ』
確かに利用する形になった。
この埋め合わせはしておくべきだろう。
(でも、ダミアンの頼み、ってどれも大変そうなんだが)
ポヨポヨを連れ、俺は足取りが重くなりながらも学園を目指すのだった。
学園に到着した俺とポヨポヨは、ダミアンの研究室で忙しそうに動き回っているオートマトンを見ていた。
机に座ったダミアンは、椅子に座りながら俺たちの方を向く。
「いや~、古代人は凄いよね。これだけ精巧な人形を作り出して、掃除に洗濯、果ては料理まで完璧にこなす。今では便利すぎて手放せないよ」
眼鏡を外し、レンズを拭きながらダミアンはシミジミという。
「起動させたと言うことは……もしかして」
俺がダミアンを見るが、答えは――。
「普通に血を使ったよ。嫌だな~、僕のファーストキスは、これから創り出す理想の女性のために残しておかないと。しかし、あの時のライエルはまさに神がかっていたね。僕の研究も大幅に前進したよ」
無垢な笑顔で言ってくるダミアンに、俺は「そうか」としか答えられなかった。
「ふっ、ご主人様のファーストキスを頂いた私は、その辺の量産機共とは違いますね。やはり特別機!」
ポヨポヨの機嫌が良くなると、周囲で動いていたオートマトンたちがこちらを見る。そして、その黒い瞳を赤くチカチカと光らせ――。
「流石は特別機です。その不安定さと言葉遣いでご主人様の負担になるとは」
「まったくです。メイドとして、いえ……オートマトンとして失格ですね」
「知っていますか? 量産機は漢の浪漫なのですよ。特別機など……ふっ」
黒髪おかっぱのメイドたちは、こちらに笑顔を向けながらそんな事を言ってきた。
これが人形だというのだから驚きだ。
会話も成り立っている上に、下手な女性よりも家事ができる。アリアなど、ポヨポヨを見て何度か涙目になっていた。
「僕としては、量産されていようが一品物だろうが、胸が……」
ダミアンは首を横に振った。
「それで、今回のポヨポヨへの質問はしないのか?」
学園に出向いたのは、ポヨポヨの経過が気になるダミアンの依頼である。
後から起動させたオートマトンが、量産機という事でポヨポヨはやはり特別だったのだ。
ダミアンは、その情報を欲しているわけだが――。
「今回はもう終りだね。家事もできて会話も問題があるけど成り立っている。特にライエルに対して暴言を吐いているけど、オートマトンとして主人に尽くしているようだし問題ない。スペック的な問題は今後調べるとして、やっぱり問題は記憶かな? どのオートマトンも重要な部分は知らないんだよね。起動したばかりというのもあるけど、何か大事な記憶を抜き取られたような……それより、ポヨポヨって何? 名前?」
ダミアンがポヨポヨを見た。
その場に座り込んでいじけた仕草をしている。
「良いんです。チキン野郎が、私に相応しい名前を考えるまで、私はポヨポヨという名前を受け入れます。そう! チキン野郎が私に相応しい名前を思いつくまで!」
俺はダミアンに頬を指でかきながら言う。
「思いつかなくて、その場のノリ的な?」
すると、ポヨポヨを見ていた他の三体のオートマトンが――。
「な、名前を付けていただいたと!」
「我々のご主人様は【一号】【二号】【三号】と呼ぶだけなのに!」
「いえ、負けていません! 我々は与えられた番号を、一度として間違われて呼ばれていない!」
ポヨポヨが、俯いたままニヤリと笑って言う。
「ふん、量産機共が。これが特別機の力ですよ」
(俺は量産機の方がよかったな。それにしても――)
まったく同じに見えるのに、ダミアンはオートマトンの見分けがついているようだ。
流石は変態である学術としての七傑だ。
「名前か……僕も理想の女性に相応しい名前を考えておかないと。おっと、それとギルドの件だったね」
ダミアンが思い出したように、俺が頼んだことを口にする。
ギルドでの引き抜きの一件。
それをダミアンに話したのだ。
「そう。頼める?」
「別に良いよ。というか、ギルドは苦情が多いよね。僕としても言いたいことは山のようにあるんだけど……伝えておくよ」
俺は少し微妙な気持ちになるが、それを察したのか六代目が声をかけてきた。
『あの職員は、遅かれ早かれ恨みを買って自滅した。たまたま、お前が関わっただけだ。心配するだけ損だぞ』
俺は了解の意味を示すように、宝玉を握るのだった。
「助かるよ。さて、今回の報酬は頼みもあったからいいや」
「そうかい? 研究費はすぐ足りなくなるから、助かるけど」
俺はその後、ダミアンと話を少しだけして研究室を後にするのだった。
屋敷へと戻ると、そこではノウェムに指導されシャノンが皿洗いをしているところだった。
台所からシャノンの悲鳴が聞こえたので顔を出すと、なんとも微妙な光景が広がっていた。
「ひぃ~、もう許してよぉ!」
「いけません。ミランダさんからも、しっかり教えるようにと言われています。さぁ、お皿を洗ったら次はお部屋のお掃除ですよ」
「あ、ライエル! あんた、見てないで助けなさいよ! 怖いのよ! ノウェムは本当に怖いのよ!」
シャノンが抱きつこうと駆け寄ってくるので、俺は頭を手で押さえた。
手足をじたばたさせるが、シャノンの手は俺に届かない。
「自業自得だ。今まで楽をしてきた罰にしたら、可愛いものだろうが」
結局、ミランダさんはシャノンを許したのだ。
アレだけ激しい二面性――裏の自分を作られたのに、表の部分が許してしまったのだろう。
その様子を見て、六代目が微妙な声を上げる。
『この娘をミレイアと重ねてみるとは……』
五代目も同意見だった。
『警戒しすぎたが、結果的にはよかったな。ミランダが近くにいれば、更生するだろ』
ノウェムが俺を見て。
「おかえりさないませ、ライエル様。それと……ポヨポヨさん」
ノウェムが困った表情で、ポンコツの仮の名前を口にする。
「あなたに名前を呼ぶように許した覚えはありません! しかも私のテリトリーで好き放題にするとは……お覚悟!」
「五月蝿いよ」
後頭部を叩くと、ポヨポヨがツインテールを揺らしながらガクン、と前屈みになる。
そして叩かれた場所を両手で押さえて俺を見る。
「痛いです、チキン野郎。もっと大事にしてください。私は繊細なんです。ご主人様に怒られた私は、夜中にシクシクと泣くんですよ」
「……怖いから止めろよ。というか、本気で夜中も起きているのか? 何してんの?」
すると、ポヨポヨが自信満々に――。
「スリープモードで待機しております! ご主人様から魔力とか言う変なエネルギーを貰っているので、少しでも節約をしようと――痛っ!」
俺はまた頭部を平手で叩く。
「寝てんじゃねーか! お前、本当にオートマトンかよ!」
ノウェムは俺とやり取りするポヨポヨを見て笑う。
「本当に仲が宜しいですね」
俺はポヨポヨを見た。
少し、嬉しそうにしているので腹が立つ。
「やはり私に欲情していたんですね、チキン野郎。呼んでくれればスリープモードを解除して、ベッドに――痛い……」
またポヨポヨの頭部を叩くと、俺はもう疲れたと口にする。
俺に押さえられたシャノンが――。
「ちょっと、いつまで押さえているのよ! 私の扱い悪くない!」
宝玉から、五代目と六代目の声がした。
『小物臭がするな』
『う~ん、この娘は……』
本当に、こんな子供に危機感を覚えていた俺たちは、いったいなんだったのだろうか。




