第四章プロローグ
アラムサースにあるサークライ家の屋敷で、俺は食事をしている。
普段はノウェムが料理をするのだが、この日ばかりは【毒舌オートマトン】が料理をすると言って譲らなかった。
ノウェムに対抗意識を燃やしているようだが、どうにもおかしい。
このポンコツメイド……屋敷に来た瞬間に、ノウェムに攻撃を仕掛けようとした。
近くにあった箒を手に取り、そのままノウェムに振り下ろそうとしたので止めたのだが――。
「どうです、ヘタレたチキン野郎のために丹精込めて作った料理の味は」
チキン野郎とは俺の事のようだ。
どうやら、最初に出会った時のテンションではないためにヘタレ呼ばわりされているらしい。
「いや、美味しいよ。思った以上に美味しいけど……」
「けど? けど、とは? チキン野郎が私の料理に文句を言いますか。さぁ、言ってご覧なさい。明日にはその文句を活かして最高の料理をご用意いたします」
俺はテーブルに並んだ料理を見る。
見栄えも良い。
味も問題ない。むしろ、美味い。
オートマトンがここまでするとは、実際思わなかったのも事実だ。
「……俺と他の料理に差があるんだが?」
俺だけ一品多かった。
ポンコツが俺を見て鼻で笑う。
「何を言うかと思えば。私のご主人様であるチキン野郎のために一品増やしたのです。提示された金額で済ませたので問題ないはずですが?」
問題ありである。
「あのさ、ここはミランダさんの屋敷なの。俺たちは居候!」
すると、一緒に食事をしていたミランダさんが言う。
「あら、気にしなくて良いのよ。いっその事、ここの家主になってみる?」
薄い緑の髪をしたミランダさんが、緑色の瞳で俺を見る。
悪戯心が透けて見えるようだ。
明らかに面白がっている。
まるで猫のような人だと思っていたが、前回の迷宮での出来事もあって以前よりも性格にそれが表れている。
茶髪をサイドテールにしたノウェムを見る。
ノウェムは、俺の視線に気が付いていないようだ。
そして、食事をして……。
「ライエル様の好みにすれば、少し味が薄いですね」
そう言ってしまった。
アリアがそれを聞いて溜息を吐く。
赤い髪をしたアリアが、紫色の瞳で俺を見てくる。
「ちゃんと止めなさいよね」
アリアが呆れる理由は、ポンコツのせいだった。
何しろ、このポンコツ――。
「むっ! これがデータで見た噂の『嫁いびり』ですか! 私の料理に不満でも? 栄養バランスを考え、最高の味に仕上げたつもりですよ」
――ノウェムと張り合うのである。
どういう訳か知らないが、ノウェムに対してだけは敵意にも似た感情をぶつけるのだ。
その様子を見ていた俺の首に下がっている青い宝玉から、俺だけに聞こえる声を出すのは四代目だった。
ウォルト家四代目当主【マークス・ウォルト】は、青く長い髪を七三分けのロングにした眼鏡をかけた男だ。
宝玉内では、全員が三十代の姿で出現する。
この四代目の特徴は、眼鏡――だけではない。
『まったく、へんなオートマトンだよ。ノウェムちゃんに喧嘩売るとか、何を考えているんだか……ほら、早く止めないと、ライエル』
この四代目、こと女性に関してはかなり五月蝿い。
いや、正確には女性の扱いに関して、である。
「はぁ、ポンコツ、もういいだろ? なんでそんなにノウェムにあたるんだよ」
俺が四代目に言われ、ポンコツを止める。
だが、意外にもノウェムが――。
「ライエル様、流石にポンコツ呼ばわりは酷いです。せっかく新しい仲間になったのですから、やはり名前を決めなくては」
なんて優しいんだ、ノウェム……。
それに引き替え。
「敵に情けをかけるとは……その余裕がいずれ命取りになりますよ。この私、これでも最高モデルの一品物として製造された最高傑作だという自負があります。敵に情けはかけられるわけには――」
またしても訳の分からない言葉を並べ始めたポンコツに、ミランダさんが言う。
「なら、ポンコツのままでいいの?」
「……チキン野郎、上目遣いで頼むので、私に相応しい名前を決めやがってください」
人に物を頼む態度じゃない。
だが、こいつは口が悪いだけで俺の事に関しては、全力で取り組む奴だ。
ノウェムばかりで大変だった家事も、こいつのおかげでだいぶ楽になったと聞いている。
「……そのツインテールが動くのを見て思っていたんだ」
俺が口にすると、ポンコツが食いついてきた。
「ほう! このツインテールに欲情するとはお目が高い。私の制作者たちも、黒髪オカッパか、この金髪ツインテールで殴り合いの喧嘩をしたものです。やはり、ツインテールは最強なのですね」
「なんか、動きがポヨポヨしているから、お前も【ポヨポヨ】で――」
そこまで言うと、表情豊かなポンコツが無表情になるのだった。
そして、お腹を押さえて笑いを堪える人物が一名――シャノンである。
以前は目の見えない弱々しいお嬢様だったのだが、姉であるミランダさんがアレだったこともあって、この妹も相当なくせ者であった。
「ネーミングセンスなさ過ぎ」
ゲラゲラと笑い始めるシャノンに手を伸ばしたのは、ミランダさんだった。
左手でシャノンの頭を掴むと、そのまま握って締め上げていく。
ギチギチという音が聞こえてきた。
「お、お姉様痛いです! 凄く痛いですぅぅぅ!」
「可愛く言っても駄目よ、シャノン。せっかく名前を貰ったポヨポヨに失礼じゃない」
そう言うと、アリアが口元を押さえていた。
ノウェムだけは、料理を食べながら真剣に色々と考えている。
「……チキン野郎。今なら名前の変更を受け入れてやるよ?」
ポヨポヨがそう言ってくるので、俺は首を横に振った。
「変更はないぞ、ポヨポヨ」
すると、宝玉から怒りの声を上げる四代目が――。
『いくら何でもあんまりだろうが! 女の子には優しくするもんだ!』
そう言ってきた。
(こいつ、絶対に嫁に何かされたに違いない)
ご先祖様たちの言動から、俺は四代目が恐妻家だったというのを予想している。
こんな女の扱いに五月蝿い四代目だが、ウォルト家の歴史上では一番当主として長く活躍している。
三代目が三十代で戦死してしまうと、十代で当主の地位を継いだのだ。
そこから主に内政面で活躍したと聞いているのだが……。
『というかさ、この子って本当に維持費はかからないの? ライエルの魔力を吸うだけだよね? 維持費とかかかると、面倒じゃない? 普通の使用人の方がいいかもよ』
金に関して少し五月蝿い。
色々と財政面でも活躍したと聞いているが、実際に話してみると金の使い方にネチネチとアドバイスをしてくる。
金と女を比べたら、金を取るような男だ。
そんな四代目だが、奥さんに関してだけは弱かったらしい。
四代目の息子である五代目が言う。
『おい、女の子には優しく、じゃなかったのか? というか、外見は女でも中身は鉄か何かだろ?』
すると、四代目が――。
『おっと、そうだった……でも、ポヨポヨは酷いよね』
流石にポヨポヨは酷かったようだ。
無表情でポヨポヨ(仮)が、俺を見てブツブツと変更するように言ってくる。
「ご主人様、もう少し考えてくれません? その中身の詰まっていない脳みそで、私のために名前を考えてくださいよ。大事にしますから、ちゃんとした名前なら大事にしますから……」
怖い。このオートマトン、凄く怖い。
「おい、ちょっと怖いから止めろよ。分かったよ。考えるよ。考えるから、もう少しだけ時間をくれよ」
そういうと、笑顔になった面倒くさいポンコツが言うのだ。
「流石チキン野郎は女の子の押しに弱いですね!」
俺も笑顔で言い返すのだ。
「皮だけ女の子でも、中身は違うだろ? 現実を見ようぜ」
すると、怒ったポンコツが言ってくる。
「何を言っているんです? 最高ランクの特別モデルである私に、不可能などないのですよ。その気になれば殿方の欲望だって――」
そこまで言いだしたポンコツに、ノウェムが言う。
「食事中ですよ、ポヨポヨさん」
すると、ポンコツがハンカチを噛んで悔しそうにする。
「こ、この女ぁぁぁ」
賑やかになったサークライ家の屋敷での食事だが、最近では疲れてしまう。
「と、言うわけでここに来た、と」
図書館。
知識をため込むために訪れた場所だが、今日も俺はクラーラと一緒に読書をする。
本を読みながら、時々会話をする仲だ。
以前、ダミアンという学術都市アラムサースでも有名な教授の依頼を受け、一緒に仕事もしたことがある。
サポート専門だが、優秀な冒険者であるクラーラ。
紺色の髪を肩の辺りで切っているが、自分でやったのか髪の毛がボサボサだ。
図書館で本を読むのが好きなようで、来れば高確率で会える。
今ではどんな本が面白いかを聞くのだが、たまには世間話もしている。
「そうなんだよ。ポンコツは名前を決めろと言うし、ノウェムと張り合うし」
「変ですね。ノウェムさんと張り合うのは、メイドとして、でしょうか?」
俺もその辺は分からない。
何しろあのポンコツ……壊れている。
大事な部分を覚えていない事もそうなのだが、俺に対する口調などがとにかく酷いのだ。
「本人が言うには、敵として認識したとかどうとか」
「古代のオートマトンですし、動くだけでも凄いんですけどね。あ、そう言えば」
クラーラが思い出したように、俺に伝えてくる。
「学園ではダミアンがオートマトンを動かしたようです。三体のオートマトンを実際に起動させ、様子を確認しているとか」
今ではダミアンがアラムサースの時の人である。
古代技術のオートマトンを動かし、そして制御しているのはそれだけ凄いのだろう。
それを聞いて思う。
「どうして俺のところのポンコツは、あんなのなのか……交換してくれないかな」
すると、クラーラが言う。
「仕事はしているのでしょう? 何か問題でも?」
「言葉遣いとか、その辺? 後は完璧だよ。掃除洗濯料理、なんでもするし」
本当に完璧なだけに、言葉遣いだけはどうにかして欲しかった。
「まぁ、諦めてください。一種の契約だと聞いていますし、繋がりを断ち切る方法が分かっていないので一生そのままですから」
「嫌なことを思い出させないでくれ……」
オートマトンとの契約には、自身の血を触媒にする必要があった。
だが、“成長”したばかりの俺は、テンションが高くオートマトンにキスをして起動させてしまったのだ。
(アレがまずかったのか? いや、でも自分で壊れているとか言っていたし)
「それにしても――」
クラーラが俺を見る。
「ん?」
「面倒な事をしますね。スキルの使用を制限して、迷宮の地下三十階層を突破する、など」
前回、迷宮に挑んだ際に、俺たちはたったの六人で地下四十階層のボスを倒していた。
それこそ、冒険者五十人で挑むような相手に、である。
そうして結果を出したのは良いのだが、それを受けてご先祖様たちが俺に課したのは『地下三十階層をスキル無しで突破する事』だった。
地力が圧倒的に足りないという判断の下、俺へは宝玉のスキルの一切を使用禁止にしたのである。
そのため、俺たちだけの力でアラムサースの迷宮――地下三十階層を突破しなくてはいけない。
言うだけなら簡単だが、それでも冒険者二十人から三十人が挑むような規模である。
「個人的な事情だよ。スキルに頼り切ると、魔力が切れた時に危ない」
ご先祖様たちに言われた理由を述べると、クラーラは少し驚いた顔をしていた。
「……私は、ライエルさんは気が付かないで、いつか大きな失敗をすると思っていました。ですが、評価を改めないといけませんね」
「ひ、酷いな」
そう言うと、少しだけクラーラが笑ったような気がした。
「何かあれば声をかけてください。金払いの良いライエルさんの頼みなら、聞いていても損はありませんから」
現金な物だ、と思うが――実際、冒険者である俺たちにとって金は重要だった。
生きるために危険を冒している。
そうして得た金で生きているのなら、その辺はしっかりしないといけない。
もっとも、今では色々と抱え込んでしまい、女性二人にオートマトンを一台養うだけの稼ぎを得ないといけない立場になっていた。
(しかし、本当にどうしたらいいものか)
単純に数を増やして挑めば、確かに攻略はたやすい。
しかし、俺は前回のダミアンの依頼で醜態をさらしている。
(ノウェムに背負われてギルドに戻ってきたせいで、俺の評判……かなり低いんだよな)
そう、最後の最後で体が動かなくなり、他の冒険者たちに酷い姿を見られたのだ。
そのため、俺個人の信用が低いのである。
どうにかして数を揃えたい中、アラムサースでの俺の評判が微妙であるというのが足を引っ張る。
(やっぱり、もっと地道に地力を付けるしか道はない、か)
ここまで急激に成長できたのも、成果を出してきたのも宝玉の中に記録された歴代当主のスキルのおかげだった。
使えないとなると、本当に困る。
(なんとか地下三十階層を突破する方法を考えないと)
そう思いながら、俺は図書館で本を読み知識を蓄えるのだった。