ライエルさん
ベッドで目を覚ました俺は、前にも似たような感覚を思い出していた。
生まれ変わったような――。
それでいて何でも出来るような――。
黒歴史を生み出してしまったあの時――。
俺はゆっくりとベッドから起き上がると、二度と同じ過ちは犯さないと心に誓って窓の外を見る。
「良い天気だ。俺の成長を祝福しているみたいだ」
すると、三代目が噴き出した。
『ブフォッッッ!!』
宝玉が騒がしくなってくるが、いつもの事なので俺は放置する。
それに、今日は大事な予定があった。
ベッドから出て上着を脱ぐと鏡の前に立つ。
以前よりも少し筋肉がついたようだ。
自分の体を見て、俺は呟いた。
「……自分で言うのもなんだけど、完璧じゃないか? 絶対に俺って美形だよ」
六代目が叫ぶ。
『追加決定ぃぃぃ!!』
七代目も。
『は、腹が……くそっ! すまない、ライエル……面白いから続けてくれ』
俺は髪をかき上げつつ鏡を見ながら言う。
「何を騒いでいるんですか。もう、俺は二度と同じ事は繰り返しませんよ。確かに気分は高揚していますが、しっかり自制して見せます。おっと、今日はダミアンのところに行かないと」
報酬を受け取る予定である。
昨日はギルドに依頼の達成を告げ、ダミアンから評価【A】を貰ってそのまま解散したのだ。
後日、報酬を受け取ると約束を交していた。
――ノウェムが。
『プッ……そ、それでみんなで行くのかい?』
四代目が笑いを必死に堪えていた。
俺は何も可笑しくないのに、と思いながら答える。
ベッドで眠る前に、ノウェムが今日の予定を説明してくれたのだ。
五日間も留守にしていたので、ノウェムは屋敷の掃除洗濯を。
ミランダさんは病院に入院させたシャノンの迎えに、そしてアリアは俺と共にダミアンの研究室へ報酬の受け取りに向かう。
手に入れた魔物が着込んでいた金属を、ノウェムはダミアンに預けていた。それを運んで貰う必要もある。
髪をセットしながら、俺は言う。
「アリアと一緒にダミアンのところですよ。ノウェムは屋敷の掃除で、ミランダさんはシャノンの迎えです。流石にもう大丈夫でしょうし。それにしても……なんでノウェムはあの金属を売らなかったんでしょうね?」
ギルドでの対応は、俺はほとんど動けずにいただけだった。
意識も朦朧としており、周囲が何か言っていたが覚えていない。
五代目が説明する。
『確かに希少金属らしいが、魔力がこもっているわけでもない。それに加工が難しいそうだ。学園が研究材料として買い取る方が金になる、って話までしたんだったか?』
七代目が引き継いだ。
『ですな。ライエルの意識がないので、判断を保留したのだ。学園での査定もある。あとで値段を聞いて判断するといい。因みに、ギルドの買い取り価格は金貨百枚だ。出し渋りおって』
地下四十階層のボスを倒してその金額は、とてもではないが満足できる数字ではなかった。
それをギルド側も理解していたのか、学園に買い取って貰う方法を薦めて来たようだ。自分たちが中間に入って利益を得た方が特なのに、それをしない理由はなんなのか?
「ギルドが仲介料を取らなかった理由はなんですかね?」
二代目が説明してくる。
『クラーラちゃんが言うには、学園の権力の方が強いからだそうだ。ダミアンの知り合いでもあるライエルから、無駄に報酬を減らすのをためらったんだろうさ』
学園側を敵に回したくないため、多少の損をしても惜しくなかったという事らしい。
クラーラには、ノウェムが報酬を支払ったようだ。
(後でお礼を言いに行かないとな……花束でも持って行くか?)
そうして髪型を整えた俺は、上半身裸のまま部屋の外へと出た。
すると、俺を起こしに来たのか、ノウェムとドアの前で顔を合わせる。
「おはようございます、ライエル様。その……今日は体調が宜しいんですね。顔色が良くなっていますよ。本当に良かった」
安心するノウェムを見て、俺は――。
「ノウェム」
「はい?」
「愛している」
歴代当主たちが騒ぎ始めた。
本当に空気を読んで欲しい。
『こいつこの勢いでいいやがったぁぁぁ!』
『月も出てないのに輝いてるぅぅぅ!』
『プッ、ブハハハ!!』
『……それはどうかと思うが、こんなものだろ? 意識したって抑えられるかよ』
『このタイミングで告白……ライエル、もうちょっと考え……いや、今は無理だったな』
『ムードがなぁ……やり直したらどうだ、ライエル』
五月蝿いご先祖様たちを無視し、俺はノウェムも見つめた。
すると、ノウェムが笑い出した。
指先で涙をぬぐう。
「……ライエル様、お気持ちは嬉しいですが、そういう言葉を今は言わない方が良いかと。それよりも、今のままではダミアンさんのところへは行かない方が良いかも知れませんね」
俺の告白を受け流したノウェムに、俺は言う。
「ガードが堅いな。だが、そこがいい」
「それは良かった。では、朝食にしましょうか、ライエル様。それで、今日は――」
「ダミアンのところに行く。早い内に色々と終わらせておきたいからな」
「そ、そうですか」
何か言いたそうにするノウェムは、俺を見て困った表情をしていた。
普段からあまりこういった表情をしないので、何故か嬉しい気持ちになる。
ノウェムのいつもと違う表情を見られたからだろう。
アリアと共に学園に向かった俺は、メモを渡して職員にダミアンの研究室へと案内して貰った。
研究室は、元は広い場所だったはずなのに、装置やらが部屋を狭くしていた。
本が山のように積み上げられていた。それを、白衣を着た生徒たちが片付けていた。
みんな、目の下に隈を作っている。
何やらフラフラとしているが、きっと徹夜でもしたのだろう。
「まったく、徹夜は体に良くないというのに」
俺がそう言うと、隣に立っているアリアが若干引いていた。
朝あった時から、この調子なのだ。
「どうした、アリア? 可愛い顔が引きつっていては台無しだぞ」
四代目の声が聞こえる。
『パーフェクトォォォ!! パーフェクトだよ、ライエル! ただし、時と場所を選ぼうか!』
五月蝿いので放置すると、アリアが口を開いた。
「あんたさぁ……ノウェムが言うとおり、今日は部屋にこもっていた方が良かったんじゃない?」
アリアまでがそんなことを言うので、俺は首を横に振った。
きっと以前の“成長”を思い出して心配しているのだろう。
もう二度と同じ事はしないと心に誓った俺に、そんな心配は必要ないのだ。
「心配してくれるんだね、アリア……嬉しいよ」
「ば、馬鹿!」
アリアが照れて顔を赤くすると、周囲で片付けをしていた白衣を着た生徒たちが、男女ともに舌打ちをしてきた。
そんなやり取りをしていると、研究室に荷物を運んできたダミアンが登場する。
目の下には隈があるのだが、本人のテンションは異常に高かった。
「良い朝だね、諸君! 僕は一睡もしていないけど!」
「ダミアン!」
手を上げてダミアンの方を向くと、ダミアンも両手を挙げて返事をしてくる。
「ライエル!」
二人でそんな挨拶をしていると、周囲が驚いた表情で俺たちを見ていた。
そんなに見られると、嬉しくなるので止めて欲しい。
自制が効かなくなる。
「よく来たね。それにタイミングは最高だよ。今、カプセルから出したばかりなんだ」
カプセル?
それを聞いて周囲を見ると、人が緑色の半透明な液体の中で浮いていた。
眠っているようである。
「息をしていない? 死んでいるようにも見えないが?」
カプセルに視線を向けた俺に、ダミアンが説明する。
「今気が付いたのかい? この子たちが古代のオートマトンだよ。もしかしてゼンマイやネジが沢山ついた機械を想像したのかな? 残念でした! 彼女たちは人間に限りなく近い“何か”だよ」
限りなく近いと言うことは、明らかに違う何かがあるのだろう。
アリアも今になって気が付いたのか、カプセルの中を見て驚いている。
「こ、これ人形!? 生きているようにしか見えないわよ」
すると、ダミアンが説明する。
「だから僕の目標なんじゃないか。このオートマトンを超える方法で、僕は理想の女性を生み出してみせる。必ずね!」
ダミアンの意気込みを聞いて「彼女を作った方がもっと早く解決するのではないか?」などと思った自分を恥じた。
ダミアンは男だ。男の中の男である。
「素晴らしい。応援するよ、ダミアン」
「分かってくれるかい、ライエル。君なら分かってくれると思っていたよ。何しろ、僕が名前を覚えた数少ない人間だからね」
互いに笑いあって喜びを分かち合うと、早速本題に入る。
「さて、報酬だが」
「あ、これね」
いきなり笑っていたと思えば、急に真面目な顔になった俺たちを見て周囲が反応に困っている。
ダミアンが、台車の上にかけていた真っ白なシーツを取る。
周囲の埃まで巻き上げてシーツが舞うと、そこには黒い服に白いエプロンを着けた一人の女性が眠っていた。
いや、眠っていたように見える。
驚いたアリアが、オートマトンを近くで見る。
「う、嘘……これが人形なの?」
台車の高さは俺の腰辺りだった。
金色のツインテール。
瞳を閉じているが今にも呼吸をしそうな感じだった。
肌の色は白く、そしてピンク色の唇――。
女性らしい体つきは、胸の辺りが大きく盛り上がっていた。
そして、額には薄らと模様が見える。
入れ墨ではないようだが、なんの印なのか?
ダミアンの趣味ではないようだ。
(だから譲ると言ったのか)
しかし、周囲のカプセルとやらを見ると、この場にあるオートマトンとは形が異なっている。
カプセル内のオートマトンは、よく見れば全員が同じ姿――つまり、同じ容姿に同じ髪型をしていた。
ただ、額には同じような印が全員に入っていた。
「さて、起動方法は文献を解読した結果……血液を触媒に主従契約をするみたいだね」
「血液? 何を言っている、ダミアン」
俺はそれを聞いて首を横に振った。
アリアが首をかしげている。
「どうしたのよ、ライエル。さっさと受け取るなりしてよ。この後はあの鎧のことで話しもしないといけないのよ。いらないなら売るんだから、早くしてよね」
それを聞いて、俺はアリアに振り向いた。
「売るだと!? 馬鹿を言うんじゃない! 見ろ、この愛らしい寝顔を……そう、まるで眠っているお姫様だ」
「お、お姫様?」
アリアが呆れているが、周囲も同じような表情をしていた。
五代目が言う。
『何を言ってるの、こいつは?』
六代目が。
『さぁ?』
「眠っている女の子を起こす方法は、古くからこれに決まっているだろうが! 俺は絵本を読んで学習したんだ!」
そう、クラーラと共に図書館で読んだ絵本の中に、こういった記述があったのだ。
囚われた姫の呪いを解いたのは、勇者の口づけである、と。
俺はそのままオートマトンの口に自分の口を持って行く。
「さぁ、今呪いを解いてやる」
「え、呪いとかじゃなくて……」
ダミアンが何か言っていたが、俺はそのまま口づけをした。
すると、急にオートマトンが動き出す。
ゆっくりと目を開き、そして俺の口の中に――。
「う、動いた!」
ダミアンが驚きつつも目を輝かせる。
そして、アリアが叫んでいた。
「な、ななな、何をしているのよ、ライエルゥゥゥ!!」
俺はゆっくりと口を離すと、目を覚ましたオートマトンに言うのだ。
「目覚めた気分はどうだい、俺のお姫様」
開いた瞳は赤く、そして周囲を見てから俺を見る。
瞳が俺を見てからしばらくすると――。
「まさかこのような起こし方をされるとは思ってもいませんでした。遺伝子データを確認。マスター登録を完了します。そうですね、気分は……まさか人形に口づけをして目覚めさせる変態野郎をご主人様と崇め、尽くすかと思うと反吐が出ます、といったところでしょうか? あら、どうしたことでしょう……データの一部の問題がありますね。会話に支障が出ているようです」
ダミアンは上半身を起こしたオートマトンを見て、目を輝かせつつ俺を見た。
「凄いじゃないか、ライエル! まさか血の契約ではなく、口づけで起こすなんて……よし、僕もこの方法で起動させるぞ!」
嬉しそうなダミアンを見て、オートマトンが台車から降りて完璧な礼儀作法でお辞儀をしてくる。
「どうやら変態共の巣窟のようですね。いきなりの貞操の危機にガクブルしつつ、人形に欲情するあなた様を今日からご主人様とお呼びします。お名前を言いやがれ」
言葉と態度が全くかみ合っていない。
だが、そんな事でくじける俺ではなかった。
「なかなかパンチの効いたオートマトンだな。俺はライエル……ライエル・ウォルトだ。今に見ていろ、お前を俺のものにしてやる」
フッ、と言って髪をかき上げると、目の前のオートマトンが口を両手で押さえつつ言う。
可愛らしい仕草だが――。
「人形に自由などないと言うのに、マスター登録をしてからその態度……チキン野郎にも程があります、ご主人様。【チキン野郎=ライエル様】で記憶しておくのは、私だけの秘密ですね。おっと、口に出してしまいました」
俺はオートマトンに笑顔を向けた。
「今に見ていろ、そのチキンはいずれ大空を飛んでみせるからな……フハ、フハハハ!!」
高笑いが止まらなかった。
自分で言っていて、惚れてしまいそうだ。
(ヤバい、今の俺は凄く恰好いい!!)
宝玉の中からは、激しく騒ぎ回っている声が聞こえてくる。
魔力を消費するが、今の俺には微々たる消費量でしかなかった。
アリアが、少し涙目になりながら言った。
感動させてしまったのだろうか?
泣くほど感動させる自分が、恐ろしく思えてくる。
「ライエル……鶏は空を飛ばないわよ」
そしてオートマトンも。
「とんでもないクズ野郎をご主人様に持って、尽くし甲斐がありますね。ボコボコにして再教育してやります。おっと、本音が……調子が悪いですね。ネットワークも壊滅していますし、今はいったい何時のどこなのか? 目の前のクズ野郎に聞いてもハッキリするか分からないのが凄く不安です」
オートマトンの言葉を聞いて、ダミアンが嬉しそうにしている。
「なんだか聞いたことのない言葉が一杯だね! 誰か、急いで記録して! まずは『とんでもないクズ野郎~』」
俺は新しい仲間を、この日手に入れたのだ。
そして、黒歴史を量産し、大事な物を失ってしまった。