冒険者事情
アラムサースには管理された迷宮がある。
魔物の大量発生を防ぎ、冒険者が最奥の間に入らないように管理された迷宮だ。
そうした迷宮の特徴は、主に迷宮に挑む冒険者の管理である。
誰もが迷宮に挑めるわけではなく、時には嫌でも挑む必要がある。
迷宮の管理を行なっているアラムサースのギルドにしてみれば、魔物の素材や魔石、そして宝を生み出す貴重な収入源だった。
そうした管理された迷宮には、ある一定の冒険者を向かわせて魔物の数を減らしておく必要がある。
それはつまり――。
「迷宮へ挑む権利?」
ギルドに顔を出した俺、ノウェム、アリアの三人は、いくつも並んでいる掲示板を見ながらその依頼を見つけたのだ。
依頼内容――というか、権利を売りたいというパーティーがおり、代わりに今後迷宮へ挑んでくれるパーティーを探しているという内容だ。
ギルドが出している依頼である。
アリアがそれを見て首をかしげる。
「迷宮に挑むのに権利とかいるの? ダリオンだとそんなのはなかったわね」
ダリオンは基本的に迷宮を管理するだけのノウハウと力がなく、騎士団や冒険者を大量に投入して討伐するスタイルを取っていた。
迷宮は徐々に深くなる性質があり、ある一定の段階で魔物を大量に吐き出して消えてしまう。
しかし、魔物の数が少ない場合はそのまま深く、更に迷宮として大きくなるのだ。
ノウェムが内容を更に詳しく確認する。
「アラムサースではこうやって管理をしているんですね。パーティー規定は……前衛三人、後衛二人、サポート一名以上ですか。私たちでは無理ですね」
現在の俺たちは、三人で活動している。
主に外に出て魔物を倒し、その素材を売り払って収入を得ているのだ。
宝玉から声が聞こえる。
四代目の声だ。
『権利があれば義務もある。無理して挑む必要もないだろうが、人集めが必要な事には変わりない……ライエル、六人程集めるつもりで動きなさい』
俺は宝玉を握って返事をする。
『了解』の合図だ。人目の多い所では、声を出して話をするわけにもいかない。
俺にはご先祖様たちの声が聞こえるが、俺の心の声はご先祖様たちに届かないからだ。
「……六人揃うようにここで集めよう。もっとも、地元志向じゃない若い冒険者になるけど」
条件が厳しい気もする。
地元から出ても大丈夫な冒険者は多いが、若く将来性のある冒険者など俺たち以外も求めている。
アリアが俺を見ながら呟いた。
「どうせ可愛い女の子でも探すつもりなんでしょ」
最近特に絡んでくるので、俺は言い返す。
「男だろうが優秀なら仲間に引き入れるさ!」
しかし、ノウェムが――。
「いえ、出来れば女性で固めましょう。色々と問題が出ても困りますし、男女間のもめ事は多いと聞きますから」
アッサリと拒否されてしまった。
以前から俺がいくらハーレムなど求めていないと言っても、ノウェムはやんわりと話題を変える。
本人は何を考えているのか分からない。
(俺がハーレムを築いたとして、ノウェムは怒ったりしないのかな……なんか、凄く寂しいんだけど)
嫉妬しすぎるのも問題だろうが、気になる相手に嫉妬もされないとなると寂しすぎる。
アリアが何かを思い出したかのように言う。
「私も聞いたことあるわ! 男が少ないところは、女同士で喧嘩して、男が多い所は男同士で喧嘩するのよね!」
自分で納得したのか、アリアがしきりに頷いていた。
すると、それを聞いていたのか一人の冒険者がクスクスと笑って訂正してきた。
フードをかぶった魔法使い風の冒険者は、アリアに詳しく説明する。
「お嬢さん、それは少し間違っているよ」
声から中年の男性だと分かると、アリアは年上なので言葉遣いを改めた。
「どういう事ですか?」
彼の説明は――。
「基本的に冒険者同士は恋仲にあまりならない。一般人と付き合うことが多いんだ。何しろ、危険な仕事だからね。戻ってまで仲間の顔を見ていたくないのさ。それに、仲間同士だと色々と仕事で意見もぶつかるからね」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。それに泊まりがけで仕事をする時もある。旅をしていて相手の嫌なところだって男女関係なく見るわけだ。男にしてみれば、女に幻想を抱いていたいから一般女性や娼婦に走る。女にして見れば、自分を女と扱わない同業より一般男性の方が魅力的なんだろうね。おっと、これは一般例だから、必ずしも絶対ではないよ。けど、そういう冒険者は多いんだ」
俺はそれを聞いてゼルフィーさんを思い出した。
(確か、結婚した相手は一般人だった。冒険者の知り合いも多そうなのに、やっぱり同業は嫌だったのかな?)
ロンドさんは同じパーティーのレイチェルさんと恋人だったので、必ずしも当てはまらないのは事実だろう。
しかし、そういう冒険者は多いというのは理解できた。
「女として扱わないのが悪いんじゃ……」
アリアが、反論すると彼は言う。
「命を賭けるのは一緒だよ。そんな場所で女だからと守られる、あるいは侮られて嬉しいかな? 同じ冒険者として扱うのがマナーだよ」
それを言われ、アリアは口を閉じてしまった。
自分も同じ経験があるので、言い返せないのだろう。
ノウェムが、教えてくれた冒険者にお礼を言う。つられてアリアも――。
「親切にありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
俺もお礼を言うと、フードをかぶった冒険者は依頼用紙を持って受付に向かった。
淡々としている住人が多いと思っていたが、親切な人もいるようだ。
「……さて、パーティー間で恋愛ごとが絡むのは良くないとして、これから人集めを本格的にしていこうと思う。まずはメンバー募集の張り紙をしてみないか」
一般的なやり方で、必要事項を書いてパーティーメンバーを募集する事を提案する。
だが、二人の反応は悪い。
アリアは言う。
「それって面接とかするのよね? 一緒に仮でパーティーを組んで外にも出るとか? それなら、こっちから声をかける方が良くない?」
ノウェムも同じだった。
だが、こちらの意見は当てにならない。
「ギルドに紹介して貰う方法もありますが、やはりウォルト家の家訓を満たせる方でないといけませんよね。面接もいいのですが、やはり自分たちの目で確かめたいところです」
この際だ。ノウェムの意見は参考にしないでおこう。
「よし、それなら募集はしないで、こちらか声をかけようか(時間はまだあるし、ゆっくり探してもいいからな。急いで失敗するより良いか)」
アラムサースでしばらくいれば、話をする冒険者も増えるだろう。
もしくは、新人に声をかけて指導しつつ、引き抜くという手段もある。
ダリオンでゼルフィーさんを雇って指導して貰っているので、基本的な事はできる。
それを使って、冒険者の基礎を教えて恩を売るのも良いかも知れない。
「さて、今日も元気に稼ぎに行くとしますか」
俺がそう言って受付に向かうと、アリアが言う。
「一番やる気がなさそうなのは、ライエルなんだけどね」
外に出た俺は、スキルを使用して魔物の位置を確認する。
五代目、六代目のスキルは本当に便利だ。
どこに魔物がいるか?
どこで戦うか?
どれだけ戦うか?
段取りを立てやすいのだ。
魔物が集まっている場所に移動するのは、四代目のスキルで素早く移動できる。
ここで、他の二名を置いていかないために二代目のスキルで、二人にもスキルを使用すれば移動速度は向上する。
戦闘では、多少の不利があっても問題なかった。
ゴブリンに囲まれた際には――。
「ライエル様! そちらに二体向かいました!」
ノウェムの声が後方から聞こえると、俺は二代目のスキルで背中に迫る二体のゴブリンの動きを察知する。
振り返りながらサーベルで相手の武器を弾くと、左手で予備のサーベルを引き抜いて一体を仕留めた。
そのまま仕留めたゴブリンを盾にして、もう一体の動きを封じるとサーベルを頭部へと投擲し仕留める。
最後には魔法を使用して――。
「ライトニング!」
紫電が周囲のゴブリンに襲いかかり、黒くこがしていく。
アリアがその様子を見て怒鳴りつけてきた。
「こ、怖いじゃない! ちゃんと使う時は声かけなさいよね!」
スキルで常に敵味方の位置を把握しているのだが、それでも急に後ろから魔法が来ると怖いとアリアが言うのだ。
(説明したんだけどな……)
戦闘での連携は、未熟という事だろうか?
俺の戦闘を見て、ご先祖様たちが評価する。
二代目は冷静に――。
『囲まれる前に相手の動きを封じろ。いくら勝てるからと言って、今のような戦い方をするな』
三代目はノンビリと。
『まぁまぁ、こういうのも経験だって。囲まれると戦いにくい。それを実戦で理解しないとね。ただ、ライエルが理解できているか怪しいけど』
四代目が言う。
『今は勝てる相手に戦って、連携を磨くしかないな』
五代目も同意見だ。
『ライエルのスキル【エクスペリエンス】を全体に使って一気に経験を得ていけば、少しは連携も早い段階で上手くいくんじゃないか? あれはもともと成長よりも多くの経験を得られるスキルだろうからな』
六代目は俺の行動を軽率だという。
『勝てる敵にも侮るな。その代償はいつか自分の命で支払う事になるぞ、ライエル』
七代目が一番甘い。
『しかし、ライエルの実力ならこの程度は切り抜けられる。当然と言えば当然ですが、人数不足が痛いですね』
そう。
今の俺たちは人数不足で、思うように活動できていない。
荷物持ちがいないので、ある程度の素材や魔石を回収すると戻らなくてはいけないのだ。
もっと戦闘をこなせると分かっていても、魔物の素材や魔石を捨ててまで戦う事はできない。
金にならない行動を出来るだけしない、というのも冒険者として大事な事だ。戦うためでなく、俺たちは生きるために冒険者をしているからだ。
(経験は欲しいけど、流石に戦闘だけをこなすために二人を連れ回すのも悪いよな)
ノウェムとアリアの事もある。
俺一人の事ばかり考えて戦闘を行なう事はできなかった。
二代目が今日の仕事に対する評価を始めた。
『基本的に三人だとこの辺が限界だな。サポート、もしくは戦える前衛か後衛を一人入れるとだいぶ違ってくるんだろうが……まぁ、その辺は今後の課題だろうな。新人が来て、すぐに今まで以上に稼げるわけでもないだろうし』
(……稼げないのか)
確かに、新人が急に入ったからと言って、パーティーが今まで以上に稼げるという簡単な話でもない。
新人の教育、パーティーでの連携。
それらは、時間をかけて磨いていく必要があった。
(なんとか有望な人材がいないものかな)
贅沢だと分かっていても、望まずにはいられなかった。
仕事から戻ってきた俺たちは、ギルド近くにある銭湯で血や汗を流して屋敷に戻ってきた。
サークライ家がアラムサースに所有する屋敷に住めるようになり、基本的に家賃がいらない生活を送っていた。
戻ると、ミランダさんが俺たちを出迎えてくれる。
「おかえり~」
誰かにおかえりと言って貰えるのも、悪くないと思いながら屋敷へと入る俺だが――。
「フゴッ!!」
「ラ、ライエル様!」
「アハ、アハハハ!!」
いきなり足が滑り、俺は玄関で倒れ込んでしまった。
ノウェムが駆け寄ってくると、俺は手を借りて立ち上がる。
アリアは俺を見て笑っていた。
「な、なんだ? 何か滑るような……」
床を触るとそこには液体がこぼれていた。
「ちょっと大丈夫? あれ、これって……」
ミランダさんも駆け寄ってくると、床を見て手で触れる。
「そう言えば玄関で卵を落としたんだったわ。でも変ね? しっかり拭き取ったはずなのに……っと、ごめんね、ライエル。痛くなかった?」
正直言って痛いのだが、謝ってくる女性に対して「痛いです」などと言うと四代目が暴れそうなので我慢した。
「いや、俺も注意不足でした。大丈夫ですよ。というか、アリア! お前は笑いすぎだからな!」
俺が後ろでお腹を抱えて笑っているアリアを見ると、本人は涙目だった。
呆れた声が宝玉から聞こえてきた。
二代目と三代目の声である。
『ライエル、本当に注意力不足だな。これは本気で考えた方が良いかも知れないな』
『そうだね……』
ノウェムも呆れているが、こちらはアリアに対して、だ。
やはりノウェムは俺の味方である。
「アリアさん、酷すぎますよ」
「ごめん、ごめん。だって、凄い倒れ方だったから……思い出したらまた」
どうやらツボに入ったようで、アリアは笑いを堪えているのに必死なようだった。
俺は立ち上がると、屋敷の中に入る。
ノウェムが俺の体を支え、その後ろをアリアがついてくる。
ミランダさんは、床の掃除を行なっていた。
「本当に拭いたんだけどなぁ」
何やら困惑しているミランダさんだったが、俺たちも荷物があるので部屋に道具を置きに行きたかった。
そうして自分の部屋に荷物を置きに行く。
部屋は別々なので、俺は借りている自分の部屋に向かう。隣がノウェムの部屋で、その隣がアリアの部屋だ。
しかし――。
『ギャァァァ!!』
アリアの叫び声がして、俺たちは急いでアリアの部屋へと向かう。
「どうしたアリア……ブフッッッ!!」
部屋のドアから中を見て、俺は噴き出してしまった。
そこには、壺に頭を突っ込んだアリアが、倒れている姿があった。
一瞬、何事かと思ったが生きているようなので俺は笑い出す。
「凄いぞ、アリア! まさかドアを開けた瞬間に棚に置いてあった壺が落ちてきたのか。奇跡じゃないか! しかもさっきの悲鳴は女の子、って感じじゃなかったぞ!」
左手で額を押さえ、アリアを指さした俺は大声で笑う。
それを見て、壺から顔を出したアリアが睨んできた。
「あ、あんたねぇ……」
ノウェムは、今度は俺に注意する。
「ライエル様も笑いすぎですよ」
「悪かったよ。でも、面白かったから」
「ライエル!!」
アリアが俺に壺を投げてきたので、俺は受け止めると「危ないだろうが!」と言い返した。
ミランダさんが何事かと部屋に来ると、アリアの部屋にあった棚を見て言う。今回も困惑していた。
「おかしいわ。この壺は普段は棚の中段に置いてあったはずなのに。私の覚え違いかしら」
アリアが移動させたのかと思ったが、本人は否定する。
(急に人の家に住むようになったから、こういう出来事が増えたのか? それにしても、この家でこの手のトラブルは多いな)
今回のような出来事は、ミランダさんの屋敷に住むようになって何回も経験していた。俺は少し不思議に思う。
ミランダさんが故意でやっている、とも考えたが彼女の反応は敵意無しの青のままだ。
(目の見えないシャノンが? それも考えられないし……)
俺が本気で屋敷に幽霊でもいるのかと考えていると、五代目が言う。
『やれやれ、これはお仕置きが必要だろうな』
誰に対してなのか?
(俺に、じゃあないよな?)
少し嫌な予感を覚えつつ、俺は宝玉に触れてみる。
だが、反応はない。
五代目はこの場では言おうとしなかった。