第三章プロローグ
バンセイム王国の首都であるセントラル。
王国の首都だけあり、人で賑わう大都市だ。
国中の人や物が集まると言われるが、他の都市とも違う規模を見ては納得するしかなかった。
綺麗な表通りと、薄暗く年期のある路地裏が混在するセントラル。
そんな場所で、俺『馬鹿息子のライエル』とダリオンで呼ばれる【ライエル・ウォルト】は、元婚約者の【ノウェム・フォクスズ】、そして新米冒険者に優しいダリオンで仲間になった【アリア・ロックウォード】の三人で訪れていた。
貴族の息子から一転し、冒険者になった今の俺はセントラルで次のホームとなる街へ向かう準備をしていた。
セントラルは国の中枢ではあるのだが、冒険者に優しくない都市でもある。
それは、仕事など冒険者にならずとも得られるためだ。
安全も騎士や兵士たちが維持しており、冒険者の出番が極端に少ない。
あったとしても、名を上げた冒険者が貴族や商人の依頼を受ける、というのが多い場所でもあった。
他は、本当にその日暮らしのならず者といった感じである。
そんなセントラルを、冒険者として活動するホームにも出来ない。
ただ、セントラルからは人の出入りが多く、道も整っている。
他へ移動する際に立ち寄るには、便利な場所でもあったのだ。
明るい茶髪の長い髪をサイドポニーテイルにしたノウェムは、昼食を取ろうと入った軽食屋で食後の紅茶を飲んでいた。
白い肌に紫色の瞳は吸い込まれそうである。
俺が自慢できるとしたら、この良く出来た元婚約者のノウェムだろう。
ただ、少々出来すぎたところがあり、俺が嘘で口にしたハーレム計画を真に受けて実行しようとしている。
完璧だが、実はどこか抜けているのではないか?
そう思うノウェムともう一人……。
毛先に癖のある赤い髪を、背中辺りまで伸ばしているアリア。
盗賊団を討伐する際に出会い、そしてそこから一緒に行動しているダリオンで得た仲間だ。
彼女たちと俺の三人で、今は軽食屋で丸いテーブルを囲んでいた。
食事を終えたところで、それぞれが集めた情報を話し始める。
まずは俺からだ。
「ここ数日で武器や防具を見て回ったけど、やっぱり自由都市ベイムに行くのは少し早いかも知れないな。店主たちも、あそこに行く前にどこかで力を付けておくべきだ、って口を揃えていたよ」
ベイムは商人が支配する街で、冒険者にとっては仕事が沢山ある住みやすい都市だ。
だが、同時に商人が住んでいるエリア以外は、どうしても治安が悪い傾向にあった。
実力もなくベイムに向かえば、俺たちのような若い冒険者は獲物として付け狙われる可能性があると言うのだ。
返り討ちにできる自信もあるが、問題を起こすのは得策ではない。
ノウェムも同意する。
「私も同じです。アリアさんと一緒に買い物をしていたんですけど、やはりベイムは厳しいと。人数が少ないのも問題だと言われましたね」
冒険者として、三人組は少ない部類である。
数は力であり、それだけで相手も手を出すのをためらう。
しかし、数が少なく俺たちのような十代半ばの冒険者は標的にされやすい傾向にあった。
アリアも同じだった。
「流石に若い娘が冒険者として向かうのは駄目だ、って言われたわ。傭兵団も数多く滞在しているし、近づきたくない連中も大勢いる、って」
冒険者にとって住みやすいのは確かだが、治安が良くないのも事実である。
しかし、冒険者にとってベイムは成り上がるためには欠かせない場所でもあった。多くの名のある冒険者たちが、そこで名を上げる機会を得ているのだ。
もっとも、俺の最終目的は冒険者で成功する事ではない。
――というか、目標がない。
生きるために冒険者をしているのであって、稼ぎなど程々でも良かった。
だが、そうする訳にはいかない事情もある。
「そうなるとベイムは中止だな。行くにしても人数も揃ってからの方がいい。どこかに適度な人数がいるパーティーがいればいいんだけど」
俺がそう言うと、ノウェムが難色を示す。
二、三人のパーティー同士が組むことは珍しくない。仕事の時には協力し、他は関わらないという冒険者も多い。
だが、ノウェムは反対のようだ。
「私は反対です。このパーティーのリーダーはライエル様です。ですが、年齢から言えば私もライエル様も十五歳。他の方と組めば、確実に年下として扱われます」
すると、アリアが関係ないことを呟く。
「……私、十六歳なんだけど」
「そうですか。これからも仲良くしましょうね、アリアさん」
ノウェムは俺がリーダーである事を譲らないようだ。
ダリオンの街では、冒険者として経験を積んだ指導員に色々と教わっている。
三ヶ月間、基礎となる知識や経験を身につけてきた。
だが、基礎的な事ばかりだ。
「他のパーティーと組むのが無理となると……あとは本当にパーティーに人を入れるしかないぞ。俺たちのパーティーに入りたい、参加したいって冒険者がそうそういるかな?」
俺たちは基本的に若い。
働き盛りというよりも、育ち盛りだ。
将来性を買って貰えれば仲間も増えるだろうが、そういう場合は人数を抱えるパーティーが、次世代の戦力として仲間に加えるパターンが多かった。
若手だけで立ち上げたパーティーは、そうそう上手く行かない。
「それを考えると、やはり学術都市はいかがです? 【アラムサース】は、大きな図書館もありますし、私塾や道場も多いと聞きます。学ぶための学園もあり、広く若者を受け入れているようですよ」
そう聞くと、まるで学園に通えと行っているように聞こえる。
しかし、俺もそうだが、ノウェムも貴族の家に生まれている。
読み書きをはじめ、教育は受けているのだ。
アリアも、読み書きや計算に問題はない。礼儀作法なども一応は心得ている。
「専門的なことを学ぶのか? そんな時間も金も確保するのは難しいぞ。学園に何年も通うつもりもないんだが?」
そう言うと、ノウェムは首を横に振る。
「私たちが学園に入学する必要はありません。学園を卒業した人、もしくは学術都市で冒険者を目指す方々に声をかけるのです」
アリアが納得したのか、何度も頷いている。
「そう言えば、セントラルの法衣貴族の子弟も学園に入学するわね。家を継げない次男や三男とか、次女に三女が技術を身に付けて仕官する話しは良く聞くわ。もっとも、すぐに駄目になって冒険者や傭兵になる話も聞くけど」
ノウェムはアリアの説明を引き継ぐ。
「ある程度の知識や経験、技術を持っている若い方たちがいるのなら、アラムサースで募集しませんか? 何も急ぎではないので、ギルドの仕事をしながら私たちも学ぶ事もできますから」
それを聞き、アリアが追加で思い出したように喋り始める。
「アラムサースは学術都市だから、変な依頼が多いって昔聞いたわ。それに、私たちみたいな冒険者も多いみたいよ。仲間を探すとか、パーティーを見つけるために滞在している人も多いはずよ」
そして、俺は二人の意見を聞き、アラムサースへ向かうべきか思案する。
すると、首に下げた青い宝玉から声が聞こえてきた。
宝玉――人が、一つだけ発現するスキルを記憶し、それを伝える玉が八つのスキルを記録したもの。
玉では伝えきれないスキルの段階や、使用方法を伝える術を持った道具である。
俺の持つ青い宝玉は、支援系のスキルを発生させる特色があった。
アリアが首に下げる赤い玉は、前衛系のスキルを。
そして、黄色い玉は後衛系のスキルを記録していく。
そんな玉だが、宝玉になるとある大きな変化があるのだった。
『図書館か……僕の時代には学術都市はなかったんだよね。それこそ【賢者の街】だったかな? 偏屈な爺さんたちの集まりだ、って言われていたのに』
聞こえてきたのは三代目――。
俺の実家である地方貴族ウォルト家の三代目当主【スレイ・ウォルト】の声が聞こえてきた。
そう。
スキルに記憶された記憶、心……それらが、スキルの使用方法を教えてくれるのだ。
もっとも、それが良いことばかりではない。
肩までかからない程度の金髪は、サラサラヘアーだ。
伯爵家になったウォルト家だが、三代目の時は準男爵家――。
一番下の騎士爵家よりも一つ上の爵位だった。
大規模な戦で、王の撤退を守護したために歴史に名を残した人でもあるのだが……この人、まったくそんな義将に思えない。
スマートでいつもニコニコしており、金髪碧眼の気の良いお兄さん。
そんな感じの人だった。
三代目の声に続き、四代目の声が聞こえてくる。
『本当に本が好きですね。生きている時に、それくらい熱意を持って内政をすれば良かったのに』
嫌味を交えつつ発言する四代目に、三代目は笑って答えた。
『何事も程々が一番だよ。それに、僕がやらなくても当時は部下もいたし、二代目の計画で仕事をすれば良かったからね』
バンセイム王国の歴史に、地方貴族ウォルト家としてはじめて名を刻んだ三代目は、本当はノンビリした性格で何事にもあまり興味がないようだった。
特に、内政やら戦争に興味が薄い。
(本当にどうしてこの人が義将なんだろう……)
そう思っていると、ノウェムが俺を心配する。表情が暗かったようだ。
「どうしました、ライエル様? 気分が優れませんか?」
心配してくれるノウェムに対し、アリアは冷たく言う。
「よ、夜更かしなんかするからよ! あ、あんな事を言うから……」
顔を赤くしたアリアに、俺は言い返す。
「あんな事? それより、昨日は早く寝たよ。夜更かししたのはセントラルに来た初日だ。しかも、眠そうだったのはアリアだろうに」
言い返したが、それにアリアは異様に反発する。
「だ、誰のせいよ! 誰の!」
因みに――。
この宝玉の声は周囲に聞こえていない。
ついでに言えば、スキルの数だけ使用者である歴代当主が宝玉から俺に話しかけてくる。
その数は七人――いや、七人“だった”だ。
今では六人のご先祖様が、こうして俺に話しかけてくる。だが、それが周囲には聞こえないので色々と困ることが多かった。
狩人スタイルの二代目が言う。
ついでに言えば、二代目から四代目までは、ノウェムをかなり贔屓していた。
だが、アリアは違う。
『五月蝿い女だな』
六代目が、それに同意した。
『まったくですな』
そして最後……俺の祖父である七代目が、その場をしめる。
『どのみち、ベイムは無理ならアラムサースで良いのでは? 三代目も本を読みたいでしょうし、そこでパーティーの人員を揃えてからベイムに向かっても良いでしょう。何より、学術都市は知識や技術で言えばバンセイムはおろか、周辺でも名の知れた都市ですから』
時に五月蝿く。
時に騒いで俺の魔力を奪い倒れさせ。
時にアドバイスをしてくるご先祖様たち。
俺がご先祖様たちの意見も取り入れ、結論を出す。
「いいな。ベイムに行くよりも安全で、ためになりそうだ」
いや、正確に言えば記録されたスキルに歴代当主の人格が宿っているだけだ。
だけ、なのだが……宝玉は心までも記録してしまった。
本当に厄介で、そしてありがたい存在が六人……。
「とにかく、準備ができ次第すぐにアラムサースへ行く準備をしましょう。ライエル様、連結馬車のチケットを用意しませんと」
ノウェムがアリアを押さえ、チケットの購入を勧めてくる。
連結馬車とは、連結した馬車である。そのままだが、それによって大量の人員や物資を運べるのだ。
魔具を使用し、馬の疲れを軽減させつつ力を増させる事で可能になっている。
大都市や街などを結ぶ、交通手段の一つだった。
「分かったよ。今からだと……買えるなら明日の出発でいいか?」
俺が二人に確認を取ると、ノウェムもアリアも頷いた。
ノウェムは笑顔で。
アリアは顔を赤くし、視線を逸らしつつ、だ。
(本当に何かやったかな?)
アリアに何かまずい事でもしたのか考えていると、女性の扱いに細心の注意を払う四代目が溜息を吐く。
『本当に気付かないとか……ライエルはもう少し色々と勉強した方が良いね』
俺は思う。
(だから学術都市に行くんだけど……)
セントラルから連結馬車に乗り、アラムサースを目指す俺たち。
旅は街道が整備されているので通過する街などで宿泊し、五日しない程度で到着することが出来た。
これが普通の馬車や徒歩ならもっと時間がかかっただろう。
都市を囲んだ壁を越え、中に入った俺たちは今まで見た街や都市と違う造りに驚いた。
「凄いな」
俺がそう呟くと、連結馬車から降りてきたノウェムも同意する。
「色んな研究施設があると聞きますし、やはり他の都市とは違いますね」
アリアも同意する。
話を聞いていただけで、やはりはじめて来たので驚いているのだろう。
「あの中央の建物なんか、セントラルの王宮より高いんじゃない? それにしてもなんというか……」
アリアが言う前に、俺が口にする。
「滅茶苦茶だな」
景観というものを無視したその都市は、高い建物が乱立していた。同時に、変な造りをした建物まで存在する。
煙がモクモクと上がる煙突が並んでいるかと思えば、その近くには大きな植物をくりぬいたような形をした建物まであった。
セントラルよりも雑多な感じがする。
「なんというか、箱に無理矢理詰め込まれたような感じですね」
ノウェムが言うと、アリアも納得する。
「そう言えば、男の子のおもちゃ箱みたいな感じよね。綺麗におかれなくて、そのまま放り込んだような」
おもちゃ箱と言われ、俺もかつての記憶を思い出した。
まだ、俺が両親に見捨てられていなかった頃の出来事だ。
おもちゃを買ってきた父。
それを片付けなかったために怒る母。
とても懐かしい記憶である。
もっとも、そんな暖かい記憶は十歳までで終りを迎える。
原因は妹であるセレスだった。
俺以上に強く、頭が良く、誰にでも愛される妹。
今は俺に全てを教え、そして認めてくれた初代曰く――。
【怪物】
認め、そして宝玉の役目を終えたために今では会うことも出来ない初代。
その初代が俺に警戒するように言ったのが、実の妹であるセレスである。
(俺は、ここで学べばセレスを超えられるのだろうか)
妹にボコボコにされ、負けて家を追い出された俺にとって、妹は恐怖の対象でしかなかった。
(……今は考えないようにしよう。でも、いつかは)
そう心に決めた俺は、ノウェムとアリアの荷物を持ってその場から移動するのだった。
「さて、宿を探してゆっくりしよう。移動ばかりで疲れただろう」
そう言うと、アリアが言い返してくる。
「疲れたのはライエルでしょ。またいつもみたいに倒れないでよね」
……宝玉に魔力を奪われ、何度も倒れたことがあるので言い返せない。
すると、ノウェムがフォローしてくれる。くれたのだが……。
「ライエル様も“成長”を迎えられたので大丈夫ですよ。ですよね、ライエル様?」
成長……この世界で、壁を越えたような、それでいて生まれ変わったような感覚を得られるときがある。
それは間違いなく、今までの自分を超える出来事だ。
だが、同時に気が大きくなる時でもあった。
俺を見ていたアリアが、口元を押さえて笑いを堪えている。
ノウェムは、暖かく包み込むような笑顔で俺を見ていた。
「……止めろ。止めてください」
思い出すだけでも顔が赤くなる思いだ。
普通はもっと早い時期に成長を感じるのに、俺は十五歳ではじめてそれを経験した。
経験し、生まれ変わった感覚にはしゃいでしまったのだ。
今では思い出したくもない記憶である。
アリアが言う。
「ライエル……あの時は面白かったわよ」
俺も言い返す。
「止めろ、って言っただろうが! それに、アリアもあの時に『私はこんな感じじゃなかった!』とか言っていたよね? それって、何かあったんじゃないの! あったんだよね!」
「そ、そそんな事はないわよ!」
すると、宝玉から声が聞こえてくる。
四代目だ。
『女の子にそんな態度とか……あとでお説教だね』
宝玉内に意識だけを吸い込まれる事がある。
そうして、俺はご先祖様たちと会うことが出来るのだ。
後で説教という事は、きっと呼び出されるのだろう。
すると、一番ドライな五代目が言う。
『そこの女の尻に敷かれた奴は放置していいから、さっさと宿を探せ。いつまでも騒いで目立つんじゃない』
歴代当主の中で、一番妾を抱えていた五代目は、ウォルト家では一番の女好きと語られていた。
だが、実際は違う。
あまり色恋にも興味がない。
代わりに、妙に可愛い動物に対して甘いところがある。
「……くっ、ここで騒いでも始まらない。行くぞ」
「……分かったわ」
睨んでくるアリアから視線を逸らし、俺は周囲に宿屋がないか探す。
看板でもあれば、入って空きがあるか聞こうと思っていた。
すると、ノウェムが俺とアリアを見てクスクスと笑っていた。
「どうしたんだ?」
聞くと、ノウェムは笑顔で答えてくる。
「いえ、お二人が前よりも仲良くなったので、私も嬉しかっただけです。さぁ、行きましょうか」
ノウェムに言われると俺はどう答えて良いのか分からなくなった。
本当に好きなのはノウェムであり、告白もしている。
だが、ノウェムの回答は「ハーレムを作るまで妥協は駄目!」である。
どこで間違ったのかと考えつつ、俺は肩を落として学術都市アラムサースの通りを歩くのだった。