泣いていい
手に持ったカタナを振るうと、ノウェムが両手で回転させた大鎌に弾かれた。
クルクルと回る大鎌が、そのまま俺に刃を向けて襲いかかってくる。その鋭さを前に、容易には踏み込めなかった。
ノウェムが俺に近付く。刀で受け止めると、黄金のドラゴンが空へと舞い上がった。歴代当主たちがいるその場所に向かう。
ノウェムがわざと競り合いに持ち込むと、俺に顔を近づけた。
「さぁ、早く私を倒してください。ライエルの手で――」
様を付けないで名を呼ばれたのが、とても新鮮に感じる。だが、今はそんな事を言っていられない。
後ろではアリアが叫ぶ。
「ノウェム、いい加減に――」
ノウェムの目が狭まると、アリアの足下から魔物が出現した。ランドドラゴンが出現したのだが、鱗が金属のように見えた。
アリアの視界が、ノイズ混じりに見える。ランドドラゴンに似た何かが、地中から出てアリアの前に立った。
「今度は何を呼び出した!」
無理やり離れると、ノウェムはわざとらしく後ろに飛び退く。遊ばれているようにしか感じなかった。
「ランドドラゴンの亜種ですよ。階層主がいる場所に普段通りの魔物がいても、面白味がありませんからね。出番がないようなので引っ張って来ました。強いですよ。アリアも負けて殺されるかも知れません」
アリアがやりを構えてランドドラゴンと相対する。エヴァ、クラーラ、モニカ、ヴァルキリーズもそちらの援護に入った。
モニカは、全体を見渡して俺の援護にも手を出す。光の線がノウェムに襲いかかると、ノウェムはそれらを受けながら平気な顔をしていた。受けた部分に赤い光が発生している。
部分的に魔力でシールドを発生させているのだ。
「ちっ! 女狐が!」
ノウェムは空を飛んでいるモニカを見ながら。
「……こちらに構っている暇がありますかね? アリアたちだけで、その子に勝てるとは思いませんが」
ノウェムの言うとおりだった。基本的に魔法主体ではないアリアには、金属の皮膚を持つようなランドドラゴンの亜種には分が悪かった。
槍を振るってはいるが、刃が届かない。エヴァも援護をするが、不利に見える。それに、クラーラは補助をするのは得意だが、攻撃魔法は苦手である。
モニカが目を細めると、そのままアリアたちのところへと向かう。
ノウェムが微笑んだ。
「さぁ、これで邪魔者がいなくなりました。二人っきりですよ」
「そういうのは、もっとムードがある場所で言おうよ」
俺にとって、それが最大限の返答だ。斬りかかると、ノウェムが紙一重で避ける。左手に魔法を準備して、すれ違い様に近距離で放つとノウェムは素手で魔法を弾き飛ばした。
大鎌が迫ってきたのでカタナで受け止めると、変な違和感を覚えた。加えて軋み。
「ちっ!」
ノウェムが残念そうに呟く。
「ライエルにはもっと強い武器を用意してあげるべきだったわね。まぁ、今後は注意をしなさい」
ノウェムが俺のカタナを大鎌で器用に跳ね上げた。刀が手から離れると、俺は両手に魔法を準備する。
「ファイヤーバレット!」
両手から下級である火の魔法を放つと、それをノウェムは大鎌で切り裂いた。その瞬間を狙い、接近してノウェムの体に抱きつく。関節技に持ち込み、もしくは絞め落とす事を考えていたのだ。
だが、ノウェムは俺が体重をかけてもビクともしない。
「武器がないなら魔法で、それでも駄目なら素手で。素晴らしいですよ」
ノウェムが左手で俺を持ち上げると、そのまま投げ飛ばした。受け身を取ってそのまま立ち上がると、目の前にノウェムの姿がない。
すると後ろから。
「容易く折れないその意志――流石ですね」
耳元近くで声がした。ゾクゾクと背筋に寒気が走り、俺はその場から飛び退く。ノウェムは、俺を見てクスクスと笑っていた。まるで、悪戯が成功したときのように。
「打つ手がなくてもう既に心が折れそうなんだが?」
冷や汗を流しながらそう言うと、ノウェムは笑顔で。
「諦めたら、みんな死んでしまいますよ。さぁ、私を殺しなさい、ライエル」
ノウェムが急接近してくると、俺は後ろ腰のホルスターから拳銃を取り出した。発砲するとノウェムは残像が残る速度で避け、そして俺に接近した。
大鎌の一撃を拳銃で受け止める。流石はヴェラから貰った拳銃だ。ノウェムの一撃を受け止められた。
しかし。
「その程度では殺されてあげませんよ。それに――急所を外しましたね?」
笑っていたノウェムが無表情になった。無意識に急所を外していたが、それが気に入らないらしい。
「――俺にどうしろ、って言うんだよ」
俺にノウェムを助けることなど出来るのだろうか? 助ける――女神や邪神としてのノウェムから解放する――という手段は選びたくなかった。
――歴代当主たちが言い争いを止め、空を見上げていた。
「嘘だろ」
二代目の呟きが聞こえるほどに、騒がしかったウォルト家の面々は黙っていたのだ。空には黄金の鱗――そして、巨大な赤い角を持つドラゴンが歴代当主たちを見下ろしていた。
全員が押し黙っていたが、ライエルたちの会話はノイズ交じりだが聞こえていた。
五代目が蛇腹剣の柄を握りしめ。
「人類が到達できない地下迷宮の主、か。こいつは――」
初代がプルプルと震えていた。そのドラゴンの貫禄は、まさに空にあるが地上の支配者というものだった。神々しさまで併せ持つそのドラゴン。
人類が名付けた名前ではないが、ノウェムはレジェンドドラゴンと呼んでいた。まさしく、伝説級の魔物なのだろう。
六代目は黙ってハルバードを構えた。
三代目も黙って空にいる伝説を見つめている。
そんな場所に。
「そのドラゴンはわしの獲物だぁぁぁ!!」
馬に乗った七代目が駆けつけると、銀色の拳銃を抜いてドラゴンに発砲した。しかし、反対側からはそれより先に何かが攻撃していた。
「残念。一番乗りは俺ですね」
眼鏡を押し上げ、次々に短剣をドラゴンの弱いと思われる部分に突き刺していくのは四代目だった。
初代が叫ぶ。
「お前ら! 最初に見つけたのは俺だぞ! そいつは俺がやるんだよ! おい、野郎共!」
初代の兵士たちが雄叫びを上げ、二代目の兵士たちも二代目を急かす。
二代目は呆れながらも、眼光鋭くドラゴンを見ながら。
「こいつを倒せば……伝説になるな。つまり、歴代で最強」
その言葉に、六代目が豪快に笑うと跳び上がってドラゴンを斬りつけた。ハルバードの豪快な一撃が、ドラゴンの鱗に傷を付ける。
「最強は俺だぁぁぁ!!」
すると、七代目が六代目を怒鳴りつける。
「父上、剥製にするのですから表面に傷をなるべく付けないでください! この爆弾で中から吹き飛ばして、立派な剥製にしてやる」
嬉々として準備をする七代目に、爆弾を渡しているのはゼルだった。すると、蛇腹剣を伸ばしてドラゴンの首に巻き付けた五代目が、そのままドラゴンに飛び移る。
「てめぇ、卑怯だぞ!」
初代が五代目に降りてこいと叫ぶと、五代目はドラゴンの背中に乗って蛇腹剣を元の剣に戻した。
「早い者勝ちだろうが。毒とか効くかな?」
傷口から毒を流し込もうとする五代目に、六代目が叫んだ。
「親父! あんたいつもそうだよ! サクッと終わらせすぎなんだよ!」
四代目が、空に浮ぶ短剣を足場にドラゴンに近付いた。五代目が背に乗っているために暴れ出したドラゴンが、口に魔力を集めて周辺を吹き飛ばそうとしている。
「そのタイミングを待っていた!」
短剣に魔力を流し込み、次々に投げる四代目。集まった魔力に干渉し、ドラゴンの口元が爆発を起こした。
五代目も一緒に吹き飛ぶ。
「親父ごらぁぁぁ!!」
吹き飛ぶ五代目に近付いたのは、綺麗な女性だった。角を持ち、そして右腕を失った手足に鱗のある女性。
メイが、五代目を抱きかかえ、地面に着地をする。以前とは違い、成長した姿。そんなメイを見た五代目は。
「メ、メイィ! お前、腕がそんな――」
泣きそうになっていた。涙目である。そんな五代目を、六代目が見て。
「あの麒麟ですか? 前はもっと幼かったような」
五代目が六代目を睨んだ。背の高い女性にお姫様抱っこをされている五代目が睨んでも、まったく威厳がない。
「はぁ? 色々と特徴があるだろうが! それに、メイ以外に有り得ないだろう! お前、ちゃんと目がついているのか!」
メイは、五代目を地面に下ろすと。
「腕は持って行かれちゃった。でも、数年で生えてくるし」
「数年もそのままなのか! ライエルの奴、いったい何をしてやがった!」
激怒する五代目を見て、五代目の妻たちがボソボソと。
「息子とか、娘を間違えたことはあるのに」
「どうして動物関係は」
「……これさえなければ」
五代目に強く言えない妻たちを見て、六代目の妻が笑っていた。
「はっ! そうやって強く言わないから駄目になったんでしょうに! おかげで私まで苦労したんですよ!」
告白されて結婚したら、妾を普通に連れて来た。そんな六代目の態度に激怒した六代目の妻。結果、妾が二人も出来て、それを咎めない姑たちに腹が立っている様子だ。
六代目は、黙ってドラゴンに斬りかかった。その姿は、勇ましいが――勇ましかったが――逃げたようにしか見えない。
五代目や六代目の兵士たち。そして、六代目の弟や妹たちがドラゴンを見て興奮していた。
「俺もやるぞ!」
「ドラゴン狩りだあぁぁぁ!!」
「私も参加しようかしら」
兵士たちが縄を用意し、その辺の瓦礫を巻き付けてドラゴンを捕らえようと投げつける。ドラゴンが空へと逃げようとすると。
「逃がさねーぞ!」
二代目が光の矢を放ち、ドラゴンに光の雨を降らせた。チマチマとした矢が命中すると、爆発を起こしてドラゴンが空に逃げるのを防いでいた。
七代目も、銃口をドラゴンに向けて翼に穴を開けていく。
「ふむ。翼は後で修復させてもいいか。このドラゴンを倒して剥製にする。そうしてライエルの帝国の象徴にすれば……わしが伝説になる!」
ゼルが、部隊を率いて。
「ブロード様を援護せよ! 竜殺しの称号を得たい者は、命を惜しむな!」
次々に襲いかかる兵士たち。
そこに、ルドミラを連れた四代目の妻も合流した。
「ちょっと! 剥製なんかにしないでよ! 大事に保管して、今後お金を借りる時に担保にすればいいじゃない! こいつの素材や魔石はきっと立派な担保になるわよ!」
四代目も妻に賛成のようだ。だから、二代目や七代目に向かって。
「綺麗にバラすんです! 後で修復などすればいいと思わないでくださいよ! 出来る限り一撃で仕留める方向で!」
五代目が四代目を怒鳴りつける。
「てめぇはさっき自分がした事を思い出せ! それに、こいつはそんなに柔じゃない。ボコボコにしたって――」
「フレドリクスゥー!!」
五代目に、四代目の妻が飛びついた。頬ずりされる五代目が、皆の前というのもあって恥ずかしがる。
「ママ止めて!」
すると、七代目に遅れながらもファンバイユの先代の王が到着した。そして、六代目を発見すると。
「ファインズのクソ爺ぃ!! 今日こそ引導を渡してやる!」
槍を持って突撃してくるファンバイユの先代に、六代目は笑顔で手を上げた。
「あの時の小僧か! 懐かしいな」
相手からすれば、忘れたくとも忘れられない存在が六代目だろう。馬上から飛び降り、槍を振り下ろしてきた。
「ここで俺たちの因縁に決着を――」
しかし、競り合う六代目は笑いながら。
「もうお互いに死んでいるだろうが。それにな……お前の孫娘、俺のひ孫の側室候補だぞ。互いに水に流そうじゃないか」
ファンバイユの先代が、一度だけポカーンと口を開け……それから、顔を真っ赤にして。
「認められるかぁぁぁ!!」
激怒した。
六代目が困りながら。
「待て! 今は待て! 他の歴代当主たちにアレを討ち取られてしまうだろうが! 少し待て!」
ファンバイユの先代に困る六代目。
ルドミラはその光景を見て立ち尽くしていた。明らかに威厳のあるドラゴンを前に、嬉々として立ち向かうウォルト家の面子を見てドン引きしていたのだ。何しろ、相手がどんな攻撃手段を持っているのかも分からない。
それなのに、俺が、俺が、と我先に斬りかかっていた。唯一、冷静に見ているのは三代目だけだった。
三代目の妻が、三代目に言う。
「参加なさらないので?」
三代目は笑顔で。
「僕? 止めを刺す時に参加しようかな。やっぱり、こういう時は後から奪い取る方が効率が良いよね」
デューイがそんな三代目を見上げながら。
「スレイ、それってどうかと思う」
三代目が兄であるデューイにそう言われ、アタフタとしていた。
そして。
「あら、面白そうではないですか。金色のドラゴン――実に良いですわね」
嬉々としてレジェンドドラゴンに銃口を向けて発砲していた七代目が、その声に反応した。
「ゼノア!」
走り寄ってくる七代目を、ゼノアは赤い扇子でパシリと叩く。
「迎えに来るのが遅い! 自力でここまで来てしまいましたよ。ですが、あのドラゴンは良いですね。ライエルへの良い手土産になります」
「そ、そうだな」
「――あなた、他の連中より先にアレを倒してくださいよ。可愛い孫のために、それくらい出来ますよね?」
七代目が何か言おうとしたが、ゼノアに睨まれると肩を落として。
「わ、分かった。努力しよう。ゼル! なんとしてもアレはわしらが討ち取るぞ!」
「はい、ブロード様!」
ゼノアが黄金のドラゴンを。レジェンドドラゴンを見て胸を張る。高笑いを始めた。
「オホホホ、いいわよ。実にいい! 素晴らしい贈り物になるわね!」
そんな背中を見ているのは、無理やり連れてこられたグレイシアとエリザだ。二人は、セレスの性格は実はこの人譲りなのではないか? そう思った顔をしている。
「エリザ、私は思うんだが――」
「言わないでも分かるわよ。というか、私たちが手を出す場所がない」
周囲から斬りかかられ、魔法を絶え間なく浴びせられるレジェンドドラゴン。黒い魔法の蛇がドラゴンに巻き付くと、そのまま黒い炎を爆発させる。
上下から出現した魔法に捕らえられ、そこに鉄球が襲いかかり吹き飛ぶレジェンドドラゴン。
初代が再生し続けるレジェンドドラゴンを見ながら。
「お前ら駄目だ! 俺に代われ!」
大剣を振り回し斬り込んでいく。すると、駄目と言われたのが腹立たしいのか。
「失せろ、蛮族! こっちは退けぬ理由がある! わしの獲物を横取りするな!」
七代目が倒れたレジェンドドラゴンに銃弾を浴びせ続けていた。
ルドミラが、そんな光景を見ながら一言。
「逆に憐れだ――ドラゴンが」
そう呟いた――。