かぞくのかたち
――南部方面軍が主力となっている軍勢の前には、二つの軍勢がいた。
ジャンペアの王であるジュールは、兜を脱いで髪を後ろに流しながら。
「――まったく、夢でも見ているようだ。これではまるで神話の戦いだ」
横でジュールの副官を務めている男が、不安そうにジュールを見ていた。
「陛下」
「心配するな。目の前の連中は味方だ。うん、味方である事を祈ろう。それと、これはチャンスだと思わないか。我々は今――伝説、いや……神話の戦いに身を投じているのかも知れないぞ。末代までの誉れとなるはずだ」
そう言って、ジュールは兜をかぶった。腰に下げた剣を抜き、天に向かって掲げると叫んだ。
「ジャンペアの勇敢なる者たちよ、恐れずに進め!」
ジャンペアが動き出すと、周辺の国々も前に出るように動き出す――。
――五代目が、銀色の蛇腹剣を振ると蛇腹剣が銀色の蛇になり周囲の骸骨の兵を次々に粉砕していく。
その隣では、六代目が銀色のハルバードで骸骨の兵をなぎ払っていた。二人が周辺の掃除を終えると、周りを見た。
五代目が軽く息を吐く。振り返れば、整列した軍勢が突撃の体勢を整えていた。
「さて、準備は整ったみたいだな」
六代目は、ハルバードを地面に突き刺すと。
「ですね。しかし、これからどうします。セントラルに向けて突撃をするなら、戦力はまとめた方が――」
五代目は首を横に振った。
「お前の軍勢は、俺の息子たちが中心だ。連携が取れるかよ。お前が主軸、俺はサポートに回る」
六代目が腕を組むと。
「そうですが……だが、それは聞けませんね」
五代目が六代目を見て、蛇腹剣を肩に担いだ。
「忙しいんだ。話なら後で――」
すると、五代目の周りに二つの軍勢が集まった。同じ戦い方、同じ規律によって動く鍛えられた軍勢は、一糸乱れぬ動きで五代目を中心に集まる。
そして、数十騎の騎士たちが馬に乗って五代目を囲んだ。全員が武器を持ち、セントラル方面を向いている。
五代目が。
「……お前ら」
六代目は、自分の馬が来たので跨がると声を上げた。
「親父……あんたが鍛えた軍勢だ。それと、これは俺たちの総意だ!」
周りに集まった騎士たちが、兜のマスク部分を外し、持ち上げ、顔を見せると五代目を見ていた。
「お袋たちが見ているんだ。早くしてくれよ」
「まぁ、死んだ後に色々と聞かされたからね」
「もっとマシな対応はして欲しかったけどな。まぁ、子供を持ったら色々と思うところもあった訳だ」
照れながら、そして呆れながら、それでも全員が五代目の周りに集まり、指示を待っていた。二つの軍勢が一つにまとまると、五代目が左手で顔を隠す。
「お前ら、俺の息子なのに優秀過ぎるんだよ。母親似だな」
息子だけではなく、その孫も参加していた。血によって強固な軍勢を作り上げた五代目の軍勢が、集結して完成された姿を見せる。
「……まったく、駄目な親父だと子が優秀になるのは本当みたいだ」
そう言うと、五代目の近くに青い光が出現した。馬を始め、五代目が可愛がっていた動物たちだ。
そして、五人の女性が出現する。周りの騎士たちが姿勢を正し、六代目も背筋を伸ばしていた。
「旦那様、私たちもお手伝いをします」
「非力ながら、ウォルト家の一大事に助力いたします」
「こんなおもし――重要な場面。女だからと隠れているわけにはいきません」
「我らの苦境を放置したバンセイムに、裁きの鉄槌を!」
「娘たちも控えております。ミレイアだけは、外していますが」
五代目の正妻と側室たちだ。ドレスを着ており、スカートを指先でつまんで軽く持ち上げ、綺麗にお辞儀をする。
五代目が、少し照れながら。
「お、おう」
と、返事をした。動物たちも五代目を見ている。すると、六代目の周りに青い光が出現した。六代目が冷や汗を流していた。
「……どうして俺は親父みたいに」
そうこぼす六代目に、どこからともなく弟の一人が「残当」と言うのだった。光の中から出現したのは、金髪碧眼の美女だった。ただし、目付きが怖い。
その後ろからも機嫌の悪い女性が二人も出て来た。二人とも、髪を弄るなどしているため態度が悪く見える。
金髪碧眼の女性が、六代目を見て。
「……そんなに私たちが出てくるのが嫌なのかしら?」
六代目が無理やり笑顔を作り、妻たちに向かって。
「なにを言う! お前たちの助力があれば百人力だ! この戦い、勝ったようなものではないか! ですよね、親父!」
五代目は視線を逸らしながら。
「うん、そうだね」
そして周りも六代目に呆れたような視線を向けるのだった。家族関係で大きな問題を抱えていた五代目と六代目。そんな二人だが、夫婦の関係は五代目の方が平穏だった。
五代目がボソリと。
「だから複数は大変だと言ったんだ。はぁ、ライエルの奴は大丈夫だろうな?」
心配する五代目が見るのは、セントラル宮殿跡――アグリッサと戦うライエルたちだった。
「まぁ、派手に行こうか。死兵共が溢れてきているからな。その付近まで突撃して、防御を固めて出てくる傍から叩きつぶす。簡単だろ? 逃げる賊よりやりやすい」
五代目がそう言うと、全員が武器を構えて突撃体勢に入るのだった。
すると、女性陣が。
「では、突撃の前に道を切り開きましょう」
そう言って、出現した女性陣たち――五代目の娘たちだ。孫娘たちもいた。五代目の正妻が手を上げる。
「旦那様の援護をします。派手に行きなさい。ウォルト家の大事な戦ですよ」
五代目が馬に乗ると。
「――突撃!」
その言葉に即座に反応し、数万の軍勢が死兵に向かって突撃していく。後ろからは女性陣の援護が――。
「あいつ逃げやがった! 最後くらい誰が一番かハッキリしろや! 全部燃えちまえ!」
「アハハハ、力がみなぎってくるわ!」
「私、地味な魔法しか使えないのよね。地面に引きずり込む奴――はぁ、私って地味」
突撃する男性陣は、六代目に視線を向けていた。
六代目の弟たちが。
「おい、アレは誰の嫁だよ、兄貴」
「いつもぶっ飛んでるよね」
「最後くらいハッキリしろよ。戦場に逃げるなよ。生きてるときからそうだっただろうが!」
弟たちの批判を受けた六代目は、無理やり笑うと手に持ったハルバードを両手に握る。すると、二つに分かれたハルバード。
「来い、死兵共! 全員、このファインズ・ウォルトが相手になってやる!」
ハルバードを馬上で二本も振り回し、先陣を切っていく六代目。体格や威厳もあって、無駄に頼り甲斐がある。
「くそっ! 野郎、また逃げやがった!」
「追いかけろ!」
「生きている時にどれだけ迷惑がかかったか教えてやらぁ!」
生前、六代目の嫁たちが起こす騒動に苦しめられたのか、六代目の弟たちも突撃していく。
五代目は溜息を吐きながら、軍勢に的確に指示を出していくのだった。軍勢が五代目の意志に従い、まるで一つの生物として生きているかのような動きを見せる。死兵の軍勢を切り裂き進むと、後ろからは数多くの魔法が放たれ援護が尽きることはない。
特大の魔法が降り注ぐ戦場を恐れ知らずで突き進む軍勢のように、周りに見えているのだった。
ただ、五代目は。
「あぶねっ! 誰だ、俺たちに魔法を落とそうとした奴は!」
五代目の息子である一人が言う。
「義姉に決まっているだろうが! くそっ! 兄貴の近くにいたら巻き込まれるぞ! ――まずい」
まずいと言う息子の言葉通り、後ろから禍々しい黒い炎を体に纏わせた巨大な蛇が出て来た。地を這いながら死兵たちをのみ込み、燃やしてこちらに向かってくる。
五代目が叫ぶ。
「ぜ、前進! とにかく前進しろ! ファインズ、お前は下がって嫁の相手をしろ! おい、聞こえているんだろうが!」
叫ぶ五代目だが、六代目はわざとらしく大笑いして先陣を切っていた。いや――逃げていた――。
「アハハハ、どいつもこいつも雑魚ばかりだな!」
――派手に暴れ回るセントラルの周辺とは違い、セントラルの中央部分では死兵の数が少なかった。
まるでドーナツのような状況で、アグリッサに近い場所はポッカリと死兵が少ない場所になっていたのだ。
そんな場所を進むのは、三代目と数百の兵士たちである。ランドバーグ家の祖である騎士が、三代目に向かって叫んだ。
「スレイ様、見つけました! バンセイムの王族たちです!」
三代目は肩に無刃剣を担いでおり、瓦礫の山を軽やかに歩いていた。
「へぇ、生きているとは思ったけど無傷か。流石は王族。色々と持っているみたいだね」
魔具か特殊な道具か。
王族たちはセントラルが吹き飛ばされた中で、生き残っていた。もっとも、三代目はそれを予見していた。王族なのだ。何かしらの特殊な道具くらい持っているはずだ、と。
そこには王と王妃、そして王太子の姿があった。
王が右手にはめていた腕輪を、三代目に向ける。
「き、貴様らも死兵か! 寄るなぁ!!」
腕輪からは召喚されたらしいゴーレムが出現していた。いや、ゴーレムかも怪しい。数メートルの石で出来た人型の何かは、三代目たちへと向かってきた。
「これで死兵たちを倒したのかな? まぁ、生きていてくれて嬉しいよ。だって……行方不明が一番困るから」
全員が武器を構えるが、三代目の後ろに青い光が登場した。そこから人の頭部ほどの大きさはある鉄球が飛び出すと、人形の腹部に当たって鉄球が貫いた。ガラガラと崩れていく人型の何か。
鉄球は鎖に繋がれており、ジャラジャラと音を立てて青い光に吸い込まれていく。青い光が落ち着くと、そこには一人の女性がいた。
「まったく、いつもそんな余裕を見せて。見ている方からすれば危なっかしいですよ」
鎖のついた鉄球を持っている女性は、三代目の妻である。
「ごめんね。まぁ、剣だと苦戦したかな? おっと、それより王族を拘束しようか。逃げられて反抗勢力の旗印になるのは困るからね」
三代目が王族を探していた、あるいは死亡を確認しようとしていたのはこのためだ。ライエルの統治に邪魔だからである。
こんな状況では逃げられる可能性もあり、素早く押さえておきたかったのだ。
「しかも生きているみたいだし、これは責任を取って貰わないと」
ニコニコしている三代目に、王太子であるルーファスが腰の剣を抜いた。セレスの影響下から解放されているようだ。
「こ、この痴れ者が! 名を名乗れ!」
三代目は笑顔で。
「声までソックリだと、本当に子孫だ、って気がするね。まぁ、せっかくだから名乗っておこうか。領主貴族ウォルト家の三代目――スレイ・ウォルトだ。地獄からきちゃった」
笑顔で「きちゃった」という三代目を前に、王族たちも困惑していた。普通なら有り得ないが、すでにあり得ない事が立て続けに起こっている。
死兵や骸骨の兵士。それにセレスが死んで、化け物が空に浮いている。
だが、王が呟く。
「また、ウォルト家か。どこまで、どこまでもバンセイムを付け狙う」
酷く悔しそうな表情をする王とは対照的に、ルーファスは怒鳴りつけてきた。
「ふざけるな! スレイ・ウォルト殿はバンセイムの義将! その名を騙ることなどあってはならない!」
だが、次の瞬間、三代目は真顔になった。三代目の兵士たちは、王族を静かに取り囲んでいた。
「義将? ふざけないでくれるかな。お前らの祖先のせいで僕は突撃するしかなくなったんだよ。その後で功績まで奪っておいて、バンセイムの義将? そんなものに祭り上げられても少しも嬉しくないね。バンセイム王国の成り立ちからウォルト家の功績を横取りしてきたツケを払いなよ」
すると、ルーファスが。
「偽物風情が。そのような事は――」
言い返そうとするが、王は知っていたのか青い顔をして。
「――いや、本物だ。間違いない。歴代の王の記録に、当時の事はそう書かれていた。ウォルト家には注意しろ、と。まさか、三百年の恨みをわしの代で……」
バンセイム王家への恨みでこんな事を、そう解釈していた王にスレイは説明しようとするが、先に口を開いたのは三代目の妻だった。
「お黙りなさい! そのような過去の事など、我々は知りもしませんでした! ですが、ここまで国を腐敗させ、統治できぬようにした責任を取るのは当然。たまたま次がウォルト家だった、とういうだけです。自らの失敗を、ウォルト家の恨みなどと――恥を知りなさい!」
鉄球を地面に叩き付け、地響きが周囲に起きた。スレイも気持ち、姿勢を正してわざとらしい咳払いをした。
「え~、オッホン! まぁ、そういう事だよね。実は、子孫のライエルが皇帝になりたい、って言うから協力する事にしたんだ。三百年前の事とか正直どうでもいいし、僕に関係ないの」
王族たちが口を開けて唖然とする。ルーファスが。
「た、たったそれだけの理由で――三百年続いたバンセイム王家を! ――ブッ!!」
ルーファスの顔面に三代目の拳がめり込むと、ルーファスは吹き飛んだ。そして、スッキリした三代目が笑顔で。
「でもさぁ、無駄死にさせられた僕は、君たちを殴っても良いと思うんだ。あの野郎、僕の死を利用しやがったし。……さて、散々僕たちを利用してきて甘い汁を吸ってきたんだ。もう十分だよね? ――ライエルのために最後の仕事をして貰おうか」
三代目の騎士や兵士たちが、王族三名を拘束した。
「は、離せ! 離さぬか!」
「わしを誰だと――」
三代目の兵士たちは、バンセイム王家の生き残りを捕らえた。三代目に妻が心配そうに。
「さて、人の失敗を責めたわけですが……子孫であるライエルは大丈夫なのでしょうね? バンセイム王家より酷いという事はないのですよね?」
下手をすればブーメランで酷く締まらない結果になる。
三代目は、クスクスと笑いながら。
「さぁ? 統治なんて後世の人間が評価するよ。でも、最高でもないだろうけど、無難に治めてくれるんじゃない? それくらいの器はあるよ」
三代目が、王宮の方へ視線を向けた。そして、妻へと視線を戻すと。
「それと、これは生前に言えなかった言葉だ。記録である僕たちには意味がないかも知れないけど、言っておくよ。迷惑をかけたね。それと、ありがとう。君のおかげでウォルト家はここまでたどり着けた」
三代目が妻にそう言って微笑むと、妻は顔を少し赤くして。
「そうやっていつも貴方は……さぁ、行きますよ。まだやることが残っているんですからね!」
「そうだね。行こうか。それと、君はやっぱり最高の女性だ。僕には勿体なかったよ」
やる気を見せる妻の背中を見て、三代目もそれに続くのだった――。
三代目(´∀`)「みんな大変だよねw アハハハ」
六代目(;・∀・)「三代目! 極意を! 夫婦関係の極意を!」
三代目(・∀・ )「……一人の女性を真剣に愛すること、かな。まぁ、君はもう手遅れだから安心するといいwww」
六代目(|| ゜Д゜)「ちくしょぉぉぉ!!」
ライエルΣ(・∀・|||)「え、俺も!?」