敵の敵もやはり敵で味方ではない
――セントラルへと攻め込んだ連合軍では、倒しても、倒しても前進してくる敵を前に士気が下がり始めていた。
連日、何万という犠牲者を出しながら、一向に衰える気配のないバンセイム側を相手に戦っているのだ。兵士たちは体力よりも先に精神的な不安が押し寄せていた。
当初、二十万と予想されていた――各軍勢が勝手に予想していた数字は、簡単に超えた。それこそ、数日で二十万近くの敵兵士がセントラルから打って出てきた。それを倒した連合軍。
しかし、喜んでなどいられない。
機動要塞に集まり会議が開かれる少し前。意見のすり合わせを行うために、各国の代表たちはそれぞれで話し合いをしていた。
北部をまとめるカルタフス。
西部をまとめるファンバイユ。
南部をまとめるジャンペア。
それぞれが、いかにして自分たちの被害を減らせるかという事を前提に話し合いをしていた。
東部中心のライエルの軍勢ですら、意見が割れ始めていた。
会議の熱を冷ますため、外に出たルドミラは護衛として周囲に紹介しているヴァルキリーも後ろについてきているのを確認し、夜空を見上げた。
「さて、どいつもこいつもたったの数日で逃げ腰だ。盟主様はどう考えている?」
ヴァルキリーに少し笑いながらたずねたルドミラ。ヴァルキリーは、淡々とした口調で。
「予定していた通りかと。ここで逃げ出せば連合は崩れるだろうと予想しております」
すると、ルドミラは腕を組んだ。毛皮のコートを羽織っており、その立ち姿は実に様になっている。赤紫色の髪は、片目を隠していた。
「ほう、予想はしている、か。だが、対応は?」
ヴァルキリーは少し考え込むと言うよりも、一度俯き、そして顔を上げた。
「……連合が崩壊した場合、我々はそのままセントラルに突撃をかけます」
ルドミラはヴァルキリーのその意見を聞いて。
「私に話して良かったのか?」
「知られるとまずいですね。ですが、戦場での勝利など既に条件が整っています。ご主人様の目的は、連合が崩れても達成できるでしょう」
ルドミラが小さく呟く。
「目的、か。まぁ、そうだろうな」
ルドミラもある程度の情報はライエルから得ている。しかし、カルタフスという大国を背負っているのだ。ライエルが提示する情報は制限されていたし、それを当然だと思っていた。
ただ、予想は出来る。
(いつでも勝負を挑める状態にまで持ち込んだ。後は、我らに現実を見せつける、もしくはすり潰して力を削いでおくつもりだろうな。まぁ、それくらいしてくれる方が、私の夫には相応しいが)
ルドミラは、微笑みながら。
「盟主殿――ライエルは、死ねば確実に地獄だろうな。ま、そんなものが存在すれば、の話だが」
ヴェルキリーはお辞儀をしながら。
「本人は覚悟が出来ております。ご心配には及びません」
ルドミラは笑う。
「そう言うな。人の上に立つのだ。地獄くらいで弱腰になられては困る。まぁ、邪悪でもなければ必要悪だ。私は尊敬するよ。もっとも、すり減らされる立場としては文句もあるけどな」
ルドミラはそう言うと、また空を見上げるのだった。熱を持った肌が、外気で冷やされて気持ちが良かった――。
機動要塞の中から、戦場を見るのが七日を過ぎた頃。
俺のところに次々に報告が来るようになった。モニカを通して、各軍勢からの被害報告、そして救援要請だ。
「チキン野郎、ファンバイユが一部の部隊を下がらせました。被害が想像を超えているようです。増援要請が来ています」
宝玉を握りしめ、戦場の全てを把握すると確かに西部方面の軍勢が部隊の交代を行っていた。その隙を突かれるように、崩されるファンバイユの軍勢。
「……増援の部隊はミランダに任せる。グレイシアとエリザを連れていくように言え」
モニカが俺に意見する。
「アリアさんの準備も出来ています」
しかし、俺は左手を挙げて。
「アリアは真面目すぎる。押し返したとしても、本気で助けてこちらの被害を大きくする可能性が高い。ミランダが適役だ」
モニカは俺の言葉に食い下がることはなく、すぐに指示を出していた。魔法の撃ち合いにより、周囲では爆発音が聞こえておりかなり五月蝿い。
こちらを見ていたヴェラが、俺に言う。
「いいの? こっちを助けてくれる味方よ」
俺は首を横に振った。
「この連合はそんなものじゃない。バンセイムという敵がいるからまとまったような集団だからな。しっかりとした基盤を持たないのを、どの連中もここに来るまでに把握している。俺の被害だけ大きければ、漁夫の利を狙う勢力が必ず出てくる。それに、ファンバイユはこの戦いで勝っても過去に失った領地を取り戻すだけだ。下手な野心が出る可能性が高い」
周りはバンセイム――セレスという敵がいるので協力しているのであって、味方などではない。
味方ならどれだけ助かっただろう。わざとセレスを利用してすり潰すような戦いをしないでもいいのだ。
「戦後に野心を出さないよう、ここで実力を見せつけるだけじゃ駄目なの?」
ヴェラの言葉はもっともだ。目の前で味方が死んでいくのを見て、消耗させろと言う俺を疑うような目で見ている。頭では分かっていても、目の前で人が死ねば揺らぐのが人間だと思う。
そう、思いたい。
「実力を見せつけた場合、余計に警戒して軍備を整える可能性もある。まぁ、みんな仲良く消耗しよう、ってのが俺の作戦だ。ただ、逆の立場なら俺も攻め込むけどな。まぁ、戦後に群雄割拠の戦国時代に突入するよりいいだろ」
セレスを倒したら、周辺国が攻め込んで来た、では話にならない。
それに、敵だろうが味方だろうが叩ける内に叩く、というのは大事だ。何しろ、この戦いで大陸の未来が決まる。いや、ほぼ確定しているが、それが決定されると困る勢力がいるのだ。野心を持つ連中からすれば、俺など邪魔でしかない。
モニカが、俺に声をかけてきた。
「チキン野郎、ミランダ隊が出撃しました。増援は送ったと、ファンバイユ側に知らせておきますか?」
少し考えてから。
「あまり連絡が早いと、後から遅れてきたと言われかねない。少し連絡を遅らせろ」
「了解です」
俺とモニカの会話を聞いて、ヴェラが悩んでいた。その姿を見ると、俺はやはり安心する。将来のためを思っての行動だが、嬉々としてやられても心に引っかかりを覚えるからだ。
――ミランダは、グレイシアとエリザの部隊を率いてファンバイユの救援に向かっていた。
ファンバイユ王国というよりも、西部方面のどこかの国が率いている部隊だろう。両脇をヴァルキリーが配置しているミランダは、救援に駆けつけると周囲の状況を確認した。
撤退中の軍勢は、一万に満たない数だった。
「小勢力が結構な被害を出したわね。まぁ、あまり露骨に遅れると後で面倒だし、そろそろ行きましょうか」
急げばもっと早くに駆けつけられたが、それをあえてしなかった。アリアが救援に出ようとしていたが、自分が指名されたことでミランダはライエルの考えをしっかり把握していた。
(こういうの、アリアには向かないのよね)
単純なところが目立つアリアだが、ミランダにしてみればそれもアリアの魅力だと思っている。
(まぁ、私みたいなのは少ない方がやりやすいし)
すると、グレイシアがミランダに近づいて来た。
「ファンバイユ側は陣形が崩れて、そこから切り崩されている。我々は先に突撃して敵を押し返そうと思うが?」
グレイシアやエリザの突破力は、軍勢規模で考えると破格だった。だが、ミランダはその意見を却下する。
「二人には指揮に専念して貰うわ。大事な仕事も控えているし、怪我をされても困るから」
すると、状況を確認するために近づいて来たエリザが表情を歪めた。
「この程度ならば問題ないが?」
ミランダは、笑顔をエリザに向ける。そして、無言で威圧し始めた。エリザが目をそらすと、グレイシアもなにも言わなかった。
二人が自分の部隊に戻っていくと、ミランダは戦場を見た。
「……悪いけれど、ライエルのためにもっと被害は出して貰うわ」
ミランダは、呟くように死んでいく兵士たちに謝罪をした――。
――王宮の寝室。
そこでは、寝間着姿でセレスが横になっていた。母であるクレアに膝枕をして貰いながら、報告が来るのを待っているのだ。
ドアがノックされると、ドアの前にいたマイゼルが返事をする。
「入れ」
「失礼いたします」
伝令の騎士が部屋に入ると、背筋を伸ばした。
「我が軍、ファンバイユ王国主体の軍勢に被害を与えるも、増援部隊の到着により突撃した部隊は全滅。本日も、大きな戦果は上げられませんでした!」
苦々しい表情をするマイゼルだが、眠そうなセレスは母の膝から顔を上げると伝令の騎士を見て。
「そう。ご苦労様、下がっていいわよ。明日はカルタフスか、ジャンペアを狙ってね」
「はっ!」
騎士が部屋を出て行くと、マイゼルが口を開いた。
「不甲斐ない連中だ。ろくな成果も出せないとは」
しかし、セレスは再び母の膝に頭を乗せると微笑んでいた。
「いくらでも用意できるから大丈夫よ、お父様。それに、勝ち続けても終わりの見えない敵の方が大変じゃないかしら? もう、セントラルの兵力はないと思っているかも知れないわね。でも、次から次に出て来て……ウフフ」
楽しそうなセレスに、マイゼルは笑顔を向けた。
「そうだな、セレス。きっと敵は終わりのない戦いを前にして先に士気が崩れていくだろう。そうなれば、後は崩れた賊軍を追い回すだけでいい」
セレスは笑いながら。
「そしたら、そのまま攻め込んじゃおうか。私の軍団に食事も睡眠も必要ないもの。まぁ、弱点があるとすれば、私の睡眠時間かしらね?」
笑うセレスは、連合軍の慌てふためく顔を想像していた。追撃をかけ、そしてそのまま他国で暴れ回り兵士を量産していく。
大陸中に死を振りまけると、セレスは喜ぶのだった――。
夜。
戻ってきたミランダの部隊を休息させながら、俺はノウェムと話をしていた。
機動要塞の屋上で、俺はノウェムに確認する。
「セレスのスキル――いや、アグリッサの作りだしたスキルは、死者の蘇生か?」
ノウェムは、俺の方を見ずにセントラルの城壁方面を眺めながら。
「いえ、死者の蘇生はスキルでは不可能です。それに、スキルを作り出すにも制限がありますから、アレはそんなものではありません。死者を媒体にかつて生きた者の記憶を再現する類いのものです。……失敗作のようなスキルですよ」
ノウェムと同じ方向を向いた俺は、セレスのスキルについて思案する。
「なら、いくら敵を倒しても無意味、か。セントラルの人口は百万を超えているからな。派兵や何だのと人出が減ってはいるが、最低でもそれくらいはいるはずだ。まったく、やってくれたよな」
すると、ノウェムは俺の方を見た。普段よりも疲れたような表情をしていた。
「セレス様のスキルは一つではありません。アレほどの力を発揮するスキルですから、かなりの負荷があるはずです。それに、本来のセレス様のスキルはほとんど能力の限界で使用はできないはず。いくつスキルを持っているかは、未知数ですよ」
セレスと戦った時。
たぶん、いくつかスキルを既に使用していたのだろう。単純な能力だけというのもあるだろうが、それだけでは片付けられない事もあった。
あれだけ強かったセレスが、シャノンの投げた雪玉を避けられなかった。俺は、それをスキルに頼っており、たまたまそこに穴があったのではないか? そう考えている。
「本来の俺の能力を全て奪い、ついでに記憶を封印した。それで自分のスキルを使い潰した。それだけでも十分だ。これ以上は奪われないわけだからな」
厄介なスキルは、既に一つ潰れている。
そして、単調な攻撃しかしてこないセレス。
意外と限界は近いのかも知れない。
ノウェムは、心配そうに俺を見ていた。
「……待ち構えているでしょうね」
「そうだろうな。あいつにとって、この戦いはお遊びだ。真剣勝負なら、まだ苦戦しているはずだからな」
セレスが打って出てくるのが、もっとも俺の恐れた行動だ。優秀な人材を各個撃破されては、計画が崩れる。
それをしないのは――いや、できないのは、想像以上にセレスにスキルの負荷がかかっているからだと判断した。それも計算して、待ち構えているのかも知れないが。
「ライエル様、連合軍の士気も限界が近いようです。崩れるのも時間の問題かも知れません」
「だな。俺だって勝っているとは言え、こんな戦いは嫌だ。まぁ、戦争自体あまり好きじゃないけどさ。魔物の相手をしている方がまだいいよ」
すると、少しだけ。ほんの少しだけ、ノウェムは嬉しそうにした。
「そうですね。人同士が争うよりも、もっとやるべき事はあるはずなのですが」
俺は夜空を見上げた。
「……あのままセントラルでセレスに会わなかったら、俺は冒険者を続けていたかな?」
ノウェムは俺の問いかけに。
「いずれはセレス様の所業が聞こえてきたはず。遅かれ早かれ、大陸中に攻勢をかけたでしょうから、時間の問題だったかも知れませんね」
遠くに逃げれば、きっと色んな苦労をしなくても良かった。セレスによってゼル爺さんが死んだ後に小屋ごと焼かれ、ロンドさんたち――知り合った冒険者仲間も失った。
俺は小さく笑う。
「どうされました?」
「いや……知らない人間が沢山虐殺されたよりも、知っている人間が数人殺された方が心に響いた。俺は狂っているのかな? まぁ、狂っているんだろうな」
すると、ノウェムは首を横に振った。
「いえ、そんな事は」
深呼吸をした。そして、室内へと戻るために振り返る。
「明日には全員を呼び寄せる。準備が出来たら、作戦を決行だ」
それだけ言うと、ノウェムがお辞儀をして俺の言葉に従った。
「はい。ライエル様のご命令通りに」