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セブンス  作者: 三嶋 与夢
章タイトルのセンスが欲しいぞ 十七代目
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可愛いセレス、愛しいライエル

 獣となった人間に襲撃された俺は、街道脇に死体を並べていた。


 放置も出来ず、焼却処分を決定したのだ。ここで詳しく調べる事も出来ない。寄り道をしている暇もなかった。


 穴を掘っている兵士たちの横で、俺はシャノンやメイを呼んで死体の確認をさせた。どれも首や胴体が切断され、一撃で絶命していた。


 ノウェムが杖を大鎌に変えての一撃で、この獣と人との中間のような連中は屠られてしまった。


 メイは、死体を見ながら。


「……嫌な感じがあるんだけど、違和感があるね。僕もなんだか気配を感じなかったんだけど、動いていたし」


 腕を組んで考え込むメイも、気配に気付かなかった様子だ。ただ、シャノンは死体を見た後に手の平で目を隠しながら。


「元から生きてなかったわ。それに、なんか内側から膨れあがって別の何かになったみたい。凄く嫌な感じ」


 メイもシャノンも嫌な感じがすると言う。そして、シャノンは元から生きてはいなかった、などと言うのだ。


 俺は元に戻らなくなった獣になった死体を見ながら。


「わざと襲撃させたな」


 セレスのメッセージかも知れない。侵攻を開始した俺にではない。きっと、これは……ノウェムに向けてのメッセージだと、俺は漠然とそう感じていた。


 戦闘で見せたノウェムの慌て振り、そして普段の冷静さなどどこにもなかった。ノウェムにとって、意味のある――宣戦布告のような意味合いかも知れない。


 実際。


「ノウェム、お前はどう思う?」


 傍で死体を見下ろしていたノウェムは、ハッとして俺の方を向いた。メイやシャノンの言葉を聞いていたようには見えない。


「……はい、ライエル様の言う通りかと。私たちをこれだけの数で討ち取れるとは思っていないはずです。ならば、わざと襲撃させたと考えるべきです」


 俺はアゴに手を当てて考えを巡らせた。


「セレスのやることだから、どこまで意味があるか分からないな。ただの挑発や、思いつきの行動かも知れないし」


 なんの意味もないが、楽しいからやってみようというのがセレスだ。


 俺たちへの当て付けで、このような行動に出たことも考えられた。


 すると、エヴァがローブを着たダークエルフたちと森から戻ってくる。


「ライエル、周辺にはおかしなところはなかったわよ。なさ過ぎだけど。これだけの数がいて、待機していた形跡がないのもおかしいくらいね。タイミング良くここに来たのかも知れないけど」


 森に待機していたのなら、少なくともそれだけの形跡が残る。休憩していた場所。季節を考えれば、暖を取る必要もある。それに、食事だって必要だ。そして、排泄も必要になる。


 それらの痕跡がないと聞いて、俺はシャノンやメイの方を見た。


「生きていなかった、っていうのが現実的なのかな。どうやら、セレスは人間を辞めたらしい」


 嫌な予感ばかり的中しており、このままいけばセレスがアグリッサに乗っ取られるのも時間の問題かも知れない。


 アグリッサの目的が、現代での復活にあるのなら相当厄介だ。少なくとも、セレスより弱いという事はないだろう。


 それに、どうやら人を魔物にする薬にも手を出し、完成させたようだ。まるで、完成させたのを見せびらかしているように感じられた。


「……燃やしたら埋めるぞ。先を急ぐ必要がなければ、もっと詳しく調べたかったが」


 俺は、チラリとノウェムを見た。


 焼却と埋葬を求めたのはノウェムだ。何かしら知っているノウェムがそれを選択したのなら、間違いのない処理だろう。






――バンセイムの首都、セントラル。


「はぁ、なんだか退屈よね。お父様のお墓も作らせて、生け贄に数万人を生き埋めにした時は楽しかったけど」


 謁見の間にある玉座に座り、セレスは肘掛けに肘を置いて手の上にあごを乗せていた。だらけた態度をしているが、その姿に並んだ者たちはウットリとしていた。


 取りあえず暇なので謁見の間に朝から重鎮たちを並べ、これから式典でも始まろうというような雰囲気を演出はしている。


 しかし、そこまでしてセレスは飽きてしまった。


「適当に思いついた事を命令しようと思ったのに、つまらないわ。騎士同士の殺し合いも飽きたし、拷問も逆らうだけの気概のない奴は喜ぶから楽しくないわ」


 自身の――セプテムの能力に近い、人を魅了する何か。


 これにより、セレスに殺されてもいいという人間は多かった。実際、拷問を開始すると、最後には苦痛を喜ぶようになってしまう。


 セレスの力が日増しに強くなると、その傾向は更に強くなった。意識しなくても、周りはセレスを頼ってくる。セレスを崇める。


 だが、セレスはその能力を押え込もうとは少しも考えなかった。


 手に持っていた杖の宝玉から、アグリッサの声が聞こえてくる。


『もうそこまでセプテムの力を身に付けたか。やはりセレスは素晴らしいよ。私でもお前の年齢でそこまで到達は出来なかった』


 セレスは、周囲に人がいるのも気にせずにアグリッサに答える。周りからすれば、独り言を言っているようなものだが、それを誰も不思議がらない。


 セレスがやっているのなら、それは正しい事なのだ。理不尽に命を奪おうが、セレスがやればそれは彼らにとって正義であった。


「力が強くなるとつまらないわね。だから、あんたも色々と思いついたの?」


 残虐と知られるアグリッサは、クツクツと笑っていた。セレスにあんた、などと呼ばれても怒りはしない。他の者なら、この世の地獄を見せることだろう。


『退屈は私にも毒だからな。それに、私は堪えるというのが嫌いだ。人が増えるのを待つ時間も惜しい。ただ、チマチマやるのも嫌いでね。……そう言えば』


 宝玉内のアグリッサは、その綺麗な口を歪めた。綺麗であるのに、不気味に口を三日月に広げ、笑いながら言うのだ。


『あの時は楽しかった。可愛いセレス、お前の祖先が私に立ち向かってきたんだ。当時のノウェムが裏でサポートか、それとも黒幕だったのかは知らないが、私に楯突いて戦いを挑んできた。退屈な私にとって、最高の時間だったよ』


 しかし、アグリッサとは反対にセレスは不機嫌になった。眉間に皺が寄り、奥歯を噛みしめる。


「あの虫が。あの糞野郎が……ノウェムに好かれているだけの屑が、私に楯突いているだけで腹が立つわ。この世のありとあらゆる苦痛を与えてもまだ足りない。殺して、何度も殺して、ずっと殺しても足りない。あいつが生きているだけで、私の吸う空気が不味くなる。あいつがいるだけで、イライラする。ねぇ、いつになったら殺していいの?」


 最後は無表情で淡々とした口調になるセレスに、アグリッサは笑っていた。


『お前にそれだけ感情を出させる相手がいる。ただ殺しては面白くないぞ。私も最初はあいつに腹が立った。だが、私にそこまで意識させたのは……可愛いセレス、お前の祖先であるライエルが始めてだったよ』


 それを聞いて、セレスが杖を振り上げて振り下ろした。玉座の右肘掛けが吹き飛び、床の石まで砕けた。


「……私があいつを意識している? えぇ、しているわ。でも、あんたみたいに愛だとか恋だとか言わない。アレには嫌悪感しか湧かない。アレがいるというのが、私にとってどれだけ苦痛だったか」


 アグリッサは、セレスの反応を見て楽しんでいた。


『お前は最初から変わらないな。だが、そこが愛おしいよ。さて、せっかくだ……その現代のライエルがお前に戦いを挑んだ。出迎えの準備をしたらどうだ』


 すると、セレスの顔に少し焦りのようなものが見えた。


「……あんた、ノウェムを挑発して大丈夫なの? 今まで、絶対に手を出すな、って私に言ってきたのに」


 アグリッサも宝玉内で真顔になる。


『あぁ、いいんだ。因縁みたいなものだ。それに、今のセレスならノウェムに十分対抗できるからな。かつて、取引したように下手に出る必要はない。お前も嫌だったのだろう? あいつが屋敷に来る度に、怯えて逃げ回るのが。私が手を出すなと言っていたのに、ライエルに手を出していたからな。それがノウェムに知られるのが怖かったものな』


 セレスはアグリッサに煽られ、左手で肘掛けを握りつぶした。


 周りからすれば、急にセレスが不機嫌になっているようにしか見えないだろう。


「私が怖がった? ふざけるな。あんたが言うから、そうしただけよ! 私が怖がる? いい加減にしなさいよ。あんた、自分の立場が分かっているの? 口しか出せない癖に」


 アグリッサが、宝玉内でニヤリと笑う。


『怒るな、可愛いセレス。それに、今なら勝てると言ったじゃないか。今なら、ノウェムにだって勝てるぞ』


 セレスは、立ち上がると声を張り上げた。


「これより、賊軍をセントラルで迎え撃つ準備をしなさい! いい事、奴らを一匹残らず殺しなさい。私はもう寝るわ」


 朝から寝ると言って謁見の間から出て行くセレス。その後ろを王太子であるルーファスが追いかけた。癖のある赤い短い髪を持つルーファスは、セレスと一緒に謁見の間から出ると護衛に囲まれながら。


「セレス、最近は一緒に寝てくれないじゃないか。夫婦なんだ、俺の事も可愛がってくれ」


 甘えるような青年を見ながら、セレスはイライラしていた。セレスにとって、ルーファスは必要ない存在だ。


 しかし、ある一点だけルーファスには価値があった。王太子という立場ではない。今のセレスに、王家や王位などなんの意味もなかった。


 ただ、アグリッサが不機嫌になるのだ。いつもからかわれ、煽られているセレスは、アグリッサがルーファスを――バンセイム王家を嫌っているから、飼っているのだった。だから、バンセイム王家には手も出していない。彼らは生きている。


「今日はお父様とお母様と川の字になって寝るの。夜に気分が乗ったら相手をしてあげる」


 だが、ルーファスは食い下がった。


「待ってくれ、セレス。お前が誰と寝ても構わない。お前はそれだけ素晴らしい人だ。だが、俺はお前の夫なんだ。少しで良い。少しで良いから……」


 かつて国民から人気のあった王太子の落ちぶれ様を見て、セレスは少しだけ気分が晴れた。


 逆に、アグリッサは不機嫌になる。


「そうね。なら、少しだけ考えてあげる。今日の夜は期待して待っていなさい」


 セレスが歩き出すと、ルーファスは喜んでいた。そのまま今から準備をすると言い出して、寝室へと向かう。


 アグリッサが、セレスに向かって。


『……バンセイムの人間を飼う、か。私は止めろと言ったはずだぞ』


 その声を聞いて、セレスは微笑んだ。


「期待させるだけならこっちはなんの負担もないわ。それに、あんたがそんなに腹が立つなら、ルーファスのことも好きなんじゃないの?」


 セレスの意趣返しに、アグリッサが不機嫌になりながらも笑っていた。


『いいぞ、可愛いセレス。お前も随分と言うようになった。だが、いずれは――』






 本隊と合流した俺は、バルドアから報告を受けていた。


 機動要塞の部屋の一つで、報告書を読みながらバルドアと話をした。


「里帰りは余計な事だったかも知れませんね。私の勝手な判断で、逆に負担を増やしたようで申し訳ありません」


 謝罪をしてくるバルドアに、俺は淡々と。


「ウォルト家の兵が防衛を無視して後ろから攻撃を仕掛けた場合、俺たちの被害は大きかっただろうさ。意味はあった。謝るな」


 ただ、俺はある事も心の中で決めていた。


「ただし、もう俺があそこに戻ることはないかも知れないな。俺がいるだけで重荷になる連中が多すぎる」


 実際問題として、ウォルト家の領地は大陸を統治する際に不向きだった。整備すれば統治も可能だろうが、時間がかかる。


 大陸規模で考えると、立地条件が悪い。


 バルドアも理解しているのか。


「今後はセントラルを拠点にいたしますか?」


 セントラルは確かに色々と揃っている。バンセイムの前に存在した大陸統一国家セントラス王家もそこを首都にしていた。


 報告書を読み終えた俺は、背伸びをしながら。


「それも正直どうかと思っているよ。モニカが面白い事を言っているし、その案を採用してもいいかも知れないな」


「モニカ殿ですか? また突拍子もないことを言い出していませんよね?」


 不安そうなバルドアに、俺は笑顔で。


「俺の国作りなら、新しい都を作ればいいと言われたよ。まぁ、悪くはない。戦後を考えれば復興よりもそっちが早そうだ」


 立ち上がって、部屋の窓を開けた。すると、そこには周囲に多くの天幕が用意された光景が見えた。


 続々と連合の軍勢が集まり、六十万を超える軍勢が集結しつつあったのだ。


 バルドアは、俺の方を見ながら。


「新都ですか。確かに、そちらの方が良さそうですね。報告が本当なら、住み着くには抵抗がありますので」


 ダリオンに入ったラウノの報告では、俺の予想は当たっていた。死者を生き返らせた、もしくは操っているのが今のセレスだ。


 セントラルは、死の都になっていた。


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