真実
「お、重い。重すぎます」
『いや~、想像以上だったね。これには僕もビックリだ』
自室でまたしてもベッドで膝を抱えている俺は、ノウェムから聞かされた真実に頭を抱えていた。正直、想像以上でなんと言ったらいいのか分からない。
「セレスを放置した理由が、自分にとって都合が良かったとかどういう事ですかね。正直、セプテムの記憶やら力を奪われた俺が欲しかったとしか……」
『いや、そうでしょ。かなりオブラートに包んだ言い方をしていたけど、ハッキリ言ってノウェムちゃんはセレスやアグリッサに気付いていた。しかも裏取引までして、ライエルを殺させなかったんだから。でも、ライエルの記憶や力を奪うのは黙認した。これはどう考えても重いね。というか、先代ノウェムちゃんも重かったけど、女神とか邪神、って愛が重いよね』
笑っている三代目に俺は怒鳴った。
「こっちは真剣なんですよ!」
しかし、三代目はまだ楽しんでいる様子だ。この人、メンタルだけで言えば歴代最強ではないだろうか?
『……ねぇ、ライエル。ノウェムちゃんが語った事実は確かに許せない。だけど、それを聞いてライエルはノウェムちゃんを嫌いになったのかな?』
「わ、分かりません。なんというか、ノウェムの価値観が俺とは違いすぎていて」
『それは分かる』
三代目も納得する程に、俺とノウェムの間にはズレがあった。ノウェムにとって、俺という存在は保護対象だ。恋愛対象ではない。
しかし、俺を心から愛しているのも事実。三代目曰く――。
『恋人ではなく、家族。まさに母の愛だったからね。まぁ、今にして思えばそんな感じはあったよ。ライエルには甘いし、それに妾を認めて自分は正妻にも興味がなかったし』
裏切られたという気持ちも当然あった。
「もしかして、あの……らいえるが俺に記憶を渡さなかったのは」
『ノウェムちゃんを警戒した可能性も否定できないね。まぁ、らいえる君は実に優秀だった。さり気なくマイゼル君の剣筋もライエルに教えていたし。他にも理由があっただろうに、言わないで消えてしまったね』
ノウェムは、俺に過去の記憶。十歳以前の記憶が蘇るのを警戒していた。それは、セプテムの影響を排除した俺を得たかったから。
色々と思い、そして悩む俺に三代目が言う。
『ライエル、ノウェムちゃんは好きかい?』
「……セレスと繋がりがあっても、俺を守っていたのは事実です。だから、今は複雑としか言いようがありません」
かつて、俺という存在からセレスは記憶や能力を奪った。それを知ったノウェムは、阻止するのではなく俺という存在を殺さないなら手を出さないと約束したようだ。
セレスやアグリッサが警戒するノウェム――確かに、今までもノウェムは規格外な部分が多かった。
「俺にハーレムを勧めたのも、俺の事を恋人とは思っていなかったからですよね? もう、本当にそれが悲しいです」
三代目は笑っていた。
『ここに来て一番身近にいた存在が、ライエルにおちていないとか笑えるね。らいえるサン的にはどんな事を言ってくれるのか気になるけど』
「……あんた、なんでそこまで俺の成長後が気に入っているんだよ」
『面白いからね。普段のギャップもある。僕的にはエヴァちゃんに言った【今惚れろ、すぐ惚れろ】が最高だった。いや~、楽しかったよね』
なんだか三代目が楽しんでいるが、どこか寂しい気持ちがわき起こってきた。今まで黙っていても誰かが三代目の意見に反論していた。だが、今は誰もいない。そして、三代目の言い方もどこか寂しいものだった。
三代目も色々と考えているのか、俺に対して。
『色々とあるだろうけど、ライエル的にはどうしたいの? 放り出したい? それとも手元に置いておく?』
俺はしばらく考えた。すると、三代目が。
『色々と考えるのは大事だよ。けど、物事はもっと簡単に考えるべき時もある。実際問題、ライエルがノウェムちゃんを重荷に感じるなら……僕は放り出してもいいと思うけどね』
そんな三代目の言葉に、俺は少し笑った。
「今まであんなにノウェムを大事にしろと言ってきて、今更ですか」
三代目は「そうだね。今更だよね」などと言いながら。
『まぁ、今はライエルの方が大事だからね。別に放り出して欲しいわけじゃない。ただ、物事には優先順位があるだけだ。僕としては、ライエルの裏切られたような気持ちも分かるからさ』
俺の気持ち。
「……ノウェムは、俺を見てくれるでしょうか? ウォルト家の男子ではなくて、俺という存在を」
三代目は優しい声で。
『ライエル次第だね。頑張りなよ』
――サウスベイムの港には、様々な国から船が到着していた。
ファンバイユからは重鎮が参加しており、カルタフスの船に同乗する形で到着している。
カルタフスの代表として、ルドミラが直々にベイムまで来たのには理由があった。
カルタフス以外にも、ジャンペア、そしてガレリア、ルソワースなどの船も港に到着していたのだ。
「最後になってしまったな」
甲板でそう呟くルドミラに、一緒についてきたヴァルキリーが淡々と。
「距離的には仕方がないかと」
ルドミラは微笑みつつ。
「さて、それでお前は本当に私を支援してくれるんだろうな?」
ヴァルキリーは頷き、そしてルドミラに情報を与える。
「こちらとしましても、ルドミラさんがご主人様の子を身ごもられると大きなメリットがあります。お世話はさせていただけますよね?」
ルドミラは笑った。
「好きにしろ。それでお前らの協力を得られるなら安いものだ。ただ、教育に関してはカルタフス式でいく。私の第一子は、積極的に次の帝位を目指させたい。次点でカルタフスの王位だが……第二子が王位を継げてもいいからな」
ルドミラは、協力を申し出たヴァルキリーを見ながら自身の長剣を肩にかけた。いきなり協力を申し出てきた時は流石に驚いたが、ヴァルキリーの性能を見る限りどうしても手元に置いておきたかったのだ。
ライエルに対してのみ、絶対の忠誠を誓っているのも裏を返せばライエルさえ裏切らなければ敵対しない可能性が高い。
ただ、問題もあった。
「それで、いったいどれだけのヴァルキリーが私を支援してくれる?」
ヴァルキリー……【十九号】は、片腕を上げて親指を折り曲げた。
「私を含めて四体がルドミラさんを支持しています」
ヴァルキリーの四本の指を見ながら、ルドミラは左手であごに触れた。
「それは少ないのか? 多いのか? どちらだ?」
「不人気独走状態です。何しろ、残り三体も大穴狙いですから。もっとも、私たちは帝位とか跡継ぎとかあまり関係がないんですよね。要するに……ヒヨコ様のお世話が出来れば誰でもいいんです。ルドミラさんの傍にいれば、競争相手も少ないと思いまして」
ぶっちゃける十九号に、ルドミラの頬は引きつっていた。すると、下船の準備が整ったため、ルドミラが船から降りる。
十九号も同行して荷物を持ちながら降りると、そこには褐色の肌にピンク色の髪を持つ男性が少し厚着をして待ち構えていた。
ジャンペアのジュールだった。
「やぁ、カルタフスの女王陛下。俺はジャンペアの王、ジュール・パスワールだ。挨拶が出来て良かったよ」
ジュールは笑顔で挨拶をしてくるが、ルドミラは見た目からして軽そうな男だと思いながら少しだけ目を細めた。
「はじめまして、ルドミラ・カルタフスだ。それにしても、これだけ暖かいのに随分と厚着をしているな」
言われたジュールは苦笑いをする。
「この時期、母国ではもっと熱くてね。急に寒くなったように感じるよ。それに、人のことは言えないと思うよ」
ジュールは、全身黒で統一され首から下の素肌を晒していないルドミラを見ながら呆れていた。
「戦場での傷が多くて見苦しいからな。周りへの配慮だ。そうでなければ脱ぎ捨てたい」
ジュールは遊び人のような感じで。
「いいね。女性の素肌は大好きだ! ただ、俺だって馬鹿じゃない。盟主殿の女には手を出さないよ」
ルドミラが歩き出すと、ジュールも歩き出す。
「……それで、いったい何の用だ?」
沈黙がしばらく続くと、ルドミラの方からジュールへと切り出した。すると、ジュールは真剣な表情で。
「実は妹がいてね。腹違いで俺の事を恨んでいる。だが、せっかくのチャンスだから俺も盟主殿に女性を送っておきたい。アレも頑固だが、国のためになら働いてくれるからね。年齢的にも問題ないよ」
ルドミラはそんな話を振られ、笑っていた。
「ほう、それを私に話すと言うことは、ただの煽りかそれとも――」
ジュールは笑顔で。
「むろん、協力したい。国境を接しておらず、海でも衝突がないカルタフスだ。盟主殿はベイムに国かそれとも領主を配置して管理させるつもりのようだからね。こちらとしては権利を脅かされたくない。それはルドミラ女王陛下も、だろう? ただ、カルタフスは女王陛下自らを盟主殿に差し出した。ジャンペアは協力したのも随分後でね」
ルドミラはジュールの言いたい事を理解すると。
「妾を押し込む代わりに、その妹が私の派閥に入ると?」
「そうだよ。こちらとしては妹の子に帝位につかれても困るからね。誰かの下について欲しい。家族の間で色々とあったから、恨まれているからね」
ジャンペアとしては、ライエルに妾を用意したい。しかし、その子が帝位につかれても困る。ジュールに恨みを持つ妹が、ジュールに何かしないとも限らないからだ。
「……話は出しておこう」
ルドミラがそう言うと、ジュールは喜ぶのだった。
「良かった。これで盟主殿との酒盛りの時は、妹の売り込みで険悪になる事はなさそうだね。期待しているよ、女王陛下」
ルドミラは、ジュールと笑顔で握手をするのだった――。
――サウスベイムの一室。
「……ちっ!」
リアーヌの部屋で、ヴァルキリー三十四号が舌打ちをした。
部屋の主であるリアーヌは、急に舌打ちをしたヴァルキリーに驚いていた。自分を後押しすると言いだし、色々と動き回っている三十四号にリアーヌもタジタジだったのだ。
「……今度はどうしました?」
三十四号は「失礼いたしました」などと言いながら。
「港にカルタフスの船が到着しました。ジャンペアのピンクヘッド野郎が、ルドミラさんに近付いたようです」
リアーヌは溜息を吐きながら。
「本当に便利ですね。情報の鮮度が有り得ないくらいです」
サウスベイムに集まっている理由は、大規模なバンセイム侵攻の打ち合わせをするためだ。そのため、復興途中のノースベイムではなくサウスベイムに主だった面子が揃っていた。
「問題は、ジャンペアもご主人様に女性を差しだそうとしているところです。ルドミラさんの派閥に組み込むとか。これでは、リアーヌさんが不利になるではありませんか」
「……派閥的に不利に、という事ではありませんよね」
ヴァルキリーズの基準はライエルであり、次点でライエルの子供たちだ。ルドミラの派閥に行けば、お世話を出来る確率が単純に二倍になると騒いでいるヴァルキリーたちがいるらしい。
「こちらから既に裏切り者が出始めています。なんとしても、リアーヌさんには頑張ってヒヨコ様を産んでいただかないと!」
冗談を言っているようだが、ヴァルキリーズは本気だった。本気だから質が悪いのだ。
リアーヌは、呆れながら。
「どう考えても戦力的に戦場に出る女性陣は無理ですね。そうなると、私やシャノンさんが候補になりますが……ジャンペアの姫ですか。ライエル的にはこれ以上は受け入れられませんが、相手から強くお願いされれば困りますね」
三十四号がしれっと。
「いつものように策謀で何とか潰してくださいよ」
リアーヌが三十四号を見ながら。
「……貴方、私をどんな目で見ているんですか? 言っておきますけど、潰しませんよ。なんですかその目は!」
三十四号が肩をすくめ、首を横に振る。
「期待外れです。リアーヌさんなら、他の女性陣を押しのけて正妻の座についてくれるものと思っていたのに」
リアーヌが叫ぶ。
「こんな時に争いませんよ! 馬鹿にしないでください。それに、やるなら全てが終わってからです。そのための下準備くらいはしています」
三十四号は無表情で拍手をした。
「流石はリアーヌさんです。その調子で第一子のヒヨコ様をお早く!」
「……貴方たちオートマトンは、本当に欲望に忠実ですね」
ライエルがウジウジしている頃、周囲も動きだし始めていた――。