丸投げ
セレスの凶行を知ったその日の夜。
宝玉内の円卓の間に顔を出した俺は、円卓に腰を下ろす三代目と話をしていた。
『さぁ、これまでの情報をまとめようか。ノウェムちゃんは邪神であり、そんな邪神に見守られていた僕たち――ウォルト家にはセプテムの血が入った。こちらは女神と言われているけど、実質的にはアグリッサという傾国の美女と呼ばれた怪物の血だ。そして、ノウェムちゃんはセレスではなく、ライエルに従っている。しかも、ノウェムちゃんはノウェムの血を引いており、オクトーさんも気にかけている。いや~、大変だね』
三代目は、あまり宝玉から入手した情報を鵜呑みにはしてはいない様子だった。
『そして今回は、かつて人類が滅亡して月にそれらしい施設がある事が分かった。兎がいないのは少し残念だけど、この際だから諦めよう』
そこは気にする必要があるのだろうか?
浪漫派だとか言っていたが、三代目が言うと嘘くさい。
『まぁ、平和については色々とノウェムちゃんに考えがあるんだろうね。かつての人間? 人類の過ちを犯して欲しくない。だから、平和を目指しちゃ駄目……大変結構!』
「いいんですか!?」
俺が驚いて椅子から立ち上がると、三代目はヘラヘラと笑いながら。
『いや、だって別にそれが悪い意見ではないんだよ。過去に古代人が失敗した。だから、同じ過ちを繰り返さないのは大事だし。あ、別にライエルが平和を目指すのを悪いとも言わないよ』
「なら、いったいどうすればいいんですか? 俺はノウェムと話し合わないと……」
すると、三代目が優しい笑顔で俺を見ながら。
『そういう時は……次代に丸投げだ! ライエルの子、そして孫に課題として残しておこう。大丈夫! きっと誰かが解決する。問題ないって』
俺は三代目を見ながら、口をパクパクさせていた。
そして、呼吸を整え、そして叫んだ。
「あんた最低だよ! というか、解決しないと駄目じゃないか!」
すると、三代目が首を傾げた。
『は? なんで?』
俺は、三代目に問われ、そして返答に困った。
「いや、だから……解決しておかないと、次の世代で困る事になるかと」
三代目は俺を見ながら腕を組んで。
『ライエル……お馬鹿』
三代目にお馬鹿と言われ、俺は少し驚いた。次代に丸投げなど、最低なことではないのだろうか?
しかし、三代目の答えはこうだ。
『僕は二代目の用意してくれた開発計画を実行するだけで、後はあまり領地の事に関わってこなかった。でもね、全部がそうじゃない。二代目の時代は当然だったことがある。だけど、僕の時代では状況が大きく変っていた。戦争が毎年のように続いていたから、木材の値段が跳ね上がった。食糧も外から買うのは難しいこともあった。逆に食糧を高値で売れたこともある』
三代目が言うには、その時代の状況が二代目の用意した計画に合わなかったという。そういった時、三代目が方針の変更を行なったようだ。
『ライエルが現役なら問題ない。でも、その次の世代には次の世代の意見もあるんだよ。今のライエルの考えが、その時代に合わないことだって……いや、絶対にある。そうした時に、なんでもかんでもライエルが気にする必要はない。ライエルが気にするべきは、そういった状況でも安心して任せられる跡継ぎを用意する事にある』
三代目は真剣な顔だった。そして、ノウェムの問題について語り出す。
『正直、ライエルの望む平和もそうだよ。その時代で望む平和は変わるかも知れない。ガチガチに決めつけるのも駄目なんだ。そして、ノウェムちゃんの問題も僕たちの手に余る。今のライエルに取って、大事なのは大陸を手に入れることだ。いや、セレスを倒す事だね。そして、自身の安全確保と責任を取ることにある。皇帝になってもいい。どんな統治を目指してもいい。けどね、今のライエルには出来ることと出来ない事がある』
大陸を統一したとしたら、俺は皇帝になると宣言しているので実行に移すだろう。
そうした時、俺には自由となる時間が余りにも少ない。もう、冒険者時代のように好きに動くことは不可能だ。
三代目は俺が大陸を統一すれば、統治方法を確立するなり次代に託す事で手一杯になるだろうと予想していた。実際、そうなのだろう。
『僕には想像できないよ。古代人が月までいけただけの文明を持ちながら、滅んでしまったんだから。ライエルにも手が余るだろうね。だから、ライエルは自分の出来る事に専念しよう。託して良いんだよ』
そう言われ、俺は少しだけ気が楽になった。
「託していいんですか?」
『そう。出来ることをやって、それでも駄目なら託さないと。解決も出来ない。そして放置も駄目。なら、託さないと』
俺は三代目を見て、頷いた。すると、三代目は急に笑い出す。
『まぁ、僕は面倒な事全てをマークス――四代目に丸投げしたけどね。戦死しちゃったし。それに、時代遅れの意見、って若い子からすれば五月蝿いものだよ。僕だって、頑固な二代目のことを老害だと思っていたし』
「……なんで、ここまで来てそうやって落とすんだよ。さっきまで凄くいい話をしていたじゃないか!」
三代目が笑い出す。
『本当だもの。歳を取ると頑固になるからね。いや、分かるんだよ。二代目の時代はそれで良かったし、実際にそれが正しかった。でも、僕の時代では時代遅れでとてもじゃないけど通らない意見を言うんだもの。もう、無視して勝手に進めちゃった』
俺が苦労した二代目を思い出す。確かに、世話を焼きすぎるところがあったのは事実であり、そういった面で三代目は苦労していたのかも知れない。
『だから、任せたら口を出さない。まぁ、出さないといけない時もあるかも知れないね。そういう時はケースバイケースだ。それにさぁ』
三代目はアゴに手を当てながら、少し俯いて。
『正直、古代人が全滅しました、って聞いても僕から言わせると『それで?』って感じ? だって、古代人に追いつくまでダミアン教授やモニカちゃんがいて数十年? あの二人、自分の欲求に正直だし、モニカちゃんなんかライエルが自重しろと言えば喜んで自重するよ。ダミアン教授なんか、理想の女性が作れれば技術を伝えると絶対に興味がないだろうし。良かったね、これで技術革新は片付いた』
俺がそれでいいのかと思っていると、三代目が面白そうに。
『それに、人間なんて黙っていても殺し合いをするんだ。駄目だと言ってもするし、平和なんか簡単に実現なんかしないよ。まずは、セレスに勝つことを優先しよう。そして統治だ。忙しいよ。もしかしたら、ライエルの時代では終わらないかも知れない。やる事は多いんだ。そんな手に余りそうな事は……次代に丸投げだ』
なんだろう……確かに三代目の言うとおりなのだが、納得できない自分がいた。言っている事は正しいのに、身も蓋もない言い方をする。
そして、三代目は少し微笑みながら。
『ただ、今回は収穫があったね。ノウェムちゃんがあれだけ取り乱して、自分の意見を言ったんだ。ライエルは、ノウェムちゃんと話をしたらいいんじゃないかな?』
ノウェムの部屋。
俺はドアの前にいるヴァルキリーズに下がらせ、そしてノックをした。
しばらくして、ノウェムの返事が聞こえたので部屋の中に入った。
ノウェムは部屋着に着替えており、部屋の中で座っていた。何かをしていた、という感じではない。
俺が部屋に入ると、お茶の用意をするために立ち上がる。
「ノウェム、俺は――」
「ライエル様、少しだけ昔話をしてもよろしいでしょうか?」
ノウェムは俺の問いかけを遮り、そしてお茶の用意をしてソファーに座った。ローテーブルを挟み、反対側に座る俺はノウェムを見た。
「昔――遠い昔のことです。私とセプテムが意見を違え、私――ノウェムはオクトーと」
「ノウェム、ストップだ」
「ライエル様?」
俺はそんなノウェムに、言うべき事を言う事にした。
「正直、邪神だ、女神だと最近はスケールの大きな話が多くて困るんだ。俺はセレスを倒して大陸を統一する。もしかしたら、統一までいけるか分からない。次代に託すかも知れない。だから、平和のことは一旦置いておく」
宝玉内から、三代目の声が聞こえてきた。
『そう。だけど、目指さないとは言っていない!』
ノウェムは驚いたような様子だが、少し俯いて。
「……ライエル様、私は」
「ただ」
俺はノウェムの発言を遮り、ノウェムの問うのだった。大事な事だった。
「俺は、お前の本当の気持ちが知りたい。聞かせてくれ。もう、隠し事はなしだ」
ノウェムは俺の表情を見て、覚悟を決めたのか口を開いた。
それは、俺の想像をはるかに超えた事実だった。
――バルドアは、ルフェンス王城からサウスベイムに来ていた。
仕事の一環で訪れていたのだが、サウスベイムに入ってライエルとノウェムが揉めたことを聞いて頭を痛めていた。
そんなバルドアを誘い、酒を飲んでいたのはマクシムとダミアンだ。酒場ではなく、ダミアンのオートマトン三体が部屋に酒や料理を運んできていた。
頭を抱えたバルドアに、マクシムは酒を飲みながら。
「ライエル殿がノウェム殿と喧嘩? 大変だな」
他人事と言えばそうだが、興味なさそうにしていた。その態度に、バルドアが憤慨する。
「大変だな、ではありませんよ! 分かっているんですか! 今がどれだけ大事な時か! もう、ライエル様のハーレムを誰が維持するのかという以前に、誰かが動き出して骨肉の争いをしないか心配なんですよ! なのに、頼んでいた銃関係の物資が完成していないとか……戻れないじゃないですか」
ダミアンは、おつまみに出された料理を食べながら。
「ラタータ爺さんも忙しいからね。他の職人も仕事が追いつかないんだって。それにしても、バルドアも大変だね。というか、ライエルに売れ残りを押しつけられたのに随分と健気だよね。僕なら発狂しちゃうよ」
「……一応、私の嫁なので売れ残り扱いは止めていただけません? 性格は少し問題がありますけど、良い人ですよ」
マクシムもダミアンと同じような感じで。
「俺だったら、結婚を押しつけられた時点で暴れるな。バルドアは良くやっているよ」
「だから、外れみたいに言わないでくださいよ。割と可愛い人なんですから」
二人がそんなバルドアを見ながら。
「ないね。僕の頭の中で完成している女性が最高だよ」
「アデーレ様以外はどうでもいい」
そう言って笑い出す酔っ払いたち。バルドアは二人を見ながら。
(なんで変人と有名なこの人たちが私に優しいんだ? というか、どう考えても重要人物だろうに。もっとしっかりして貰わないと)
バルドアは、仲良くしてくれる二人に納得できない思いを抱えつつも、ライエルの事を相談に来たのだ。
「マクシム殿もダミアン教授もなにを言っているんですか。もっとしっかりしてくださいよ。本来なら、結婚の一つや二つくらい――」
「断る! 俺はアデーレ様にこの命を捧げたのだ。それ以外なら譲歩もするが、絶対に譲れないものもある!」
顔を赤くしたマクシムが、椅子から立ち上がって断固とした態度で拒否してきた。バルドアは顔を手で隠しながら。
「それならアデーレ殿と結婚でもなんでもしてください。私の方に婚約の話をしてくれと依頼が来ているんですよ」
すると、急に椅子に座ったマクシムが、顔を真っ赤にして。
「それは……その、俺はいいが、アデーレ様がどう思っているか、という問題もあってだな。それに、俺は元陪臣で、アデーレお嬢様は手の届かない存在だ。それが逆に良いと思えているわけだが」
(面倒臭いな、こいつ。どうしてライエル様の周りにはこんな奴らが多いんだ?)
バルドアが心の中で悪態をつくと、ダミアンはオートマトンが薄めた酒を飲みながら。
「まぁ、ライエルが恋人の一人と喧嘩をしてもどうでもいいんだよね。あれだけ数がいるなら、スペアくらいいるでしょ」
そんなダミアンの言葉に、近くにいたオートマトンが身をよじりながら。
「あぁ、なんとドライな物言い。でも、そこがご主人様の魅力ですね」
バルドアはオートマトンを見ながら。
(……モニカ殿もそうだが、オートマトンは絶対にどこかおかしい。くそっ、どうして誰もこの危機に気が付かないんだ)
そうして酒を飲むバルドアに、マクシムが思い出したように。
「むっ! そう言えば、誰が最初に身ごもるかで賭けをしていた。最有力候補がルドミラ殿かリアーヌ殿だったから、俺はノウェム殿に賭けていたんだった!」
ダミアンも思い出したように。
「そうだ! 僕も稼いだ小金を賭けていたんだ! ノ……ノム? が鉄板だと思ったから、そこに全額投資だよ! 喧嘩されたら困るね」
バルドアが両手で机を叩き、椅子から立ち上がりながら。
「なにを賭けているんですか! 取り締まれとは言いませんが、率先して賭けないでくださいよ! 今は誰がどこの派閥とか、面倒な事になっているんですから! 変な動きをしただけで、どこの派閥と決めつけられる状況なんですよ!」
マクシムはバルドアの肩を掴み、椅子に座らせる。バルドアが渋々座ると、マクシムは言うのだ。
「安心しろ。俺はアデーレ様が従う方につくから」
「まったく安心できないだろうが!」
バルドアが叫ぶと、オートマトンたちがおかわりを持ってきた――。




