それぞれの平和
「ノウェム、怒っていましたね」
『正直、あんな怒り方をされると『ヒッ!』ってなっちゃうよね。というか、ノウェムちゃんのあの態度……ふむ、先代ノウェムさんと色々あるのか、それとも歴代ノウェムさんの記憶が原因かな? まぁ、こっちからしたら分からないけどさ』
女神や邪神の関係は、未だに曖昧なままで理解しているとは言い難い。ただ、セプテムやセレスがノウェムを恐れているのは事実だ。
そんなノウェムが、俺が平和を目指すと言うと取り乱した。
「……平和が嫌いな人もいるんですね。でも、まさかノウェムがあそこまで嫌うなんて」
自室のベッドで横になり、天井を見上げていた。屋根付きのベッドの天井には、複雑な細工がされており、その線を視線でなぞっていた。
『武器商人とか平和とか嫌いだもんね。適度に消耗して貰い、商品を買って貰わないといけないし。でも、ノウェムちゃんは商人ではない。それに、緩やかな死、っていうのが気になるね』
ノウェムが言ったのは、平和の先に待っているのは緩やかな死ということだった。
「緩やかな死、ですか。悪いんですかね? 戦死とか、巻き込まれて死ぬよりも、よっぽど健全ですよね?」
『その意見には賛成だね。僕だって普通に年老いてベッドの上で息を引き取りかったもの。何が悲しくて戦死なんかしないといけないんだか』
三代目と真剣に話していると、そこにドタバタと足音が聞こえてきた。騒ぐような声は、一人分しか聞こえてこない。
「ま、待ってください。私は――」
ドアの向こうで足音が止まると、スキルを使用して相手を確認した。どうやら、ヴァルキリーズが三体がかりでクラーラを担いで来たようだ。ドアの前にいる護衛のヴァルキリーズが、俺の部屋のドアを開ける。
「さぁ、今がチャンスです。この時のために、護衛も買収したのですから」
「クラーラさん、貴方には期待しています」
「ヒヨコ様さえ身ごもって貰えれば、後は私たちが面倒を見るのでご安心ください」
そう言ってドアを閉めると、外から鍵がかけられる音が聞こえてきた。
クラーラが、寝間着姿で大きな本を抱きしめ床に座っていた。眼鏡がズレて、髪も乱れていた。
三代目が少し興奮気味に。
『ほう、ついにライエルも女を知るときが来たんだね。それがクラーラちゃんというと、僕としては大歓迎だ』
俺にハーレムを持たせ、最近になって修羅場しか待っていないと知ると後悔しはじめた三代目。腹が立ったが、それをクラーラに当たっても仕方がない。
ベッドから出て、クラーラに近付く。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。というか、ここまでしますか。私の気持ちとか準備とか、その他をまったく考慮しないオートマトンたちですね」
クラーラが立ち上がると、紺色の髪を手櫛で整えていた。眼鏡のズレを直し、溜息を吐く。
「……まぁ、座る? お茶とか用意できるし」
部屋に置いてある道具を使い、お茶を用意するために動くとクラーラがお礼を言ってきた。
「ありがとうございます」
そうして、互いにローテーブルを挟んで座って向かい合うと、クラーラは本を開いて読書をし始めた。
俺はそんなクラーラに。
「なぁ……クラーラの思う平和ってなにかな?」
クラーラは、ページをめくる手を止め、顔を上げて俺を見てきた。
「私の平和ですか? 読書を邪魔されず、食べることに困らない生活が出来ることです」
言い切ったクラーラに、三代目が激しく同意していた。
『そう! それだよ! 僕もそんな生活が送りたかった!』
俺は三代目の声を無視して、クラーラにたずねた。
「……今日、ノウェムが平和の件で取り乱した。平和って悪いものかな?」
クラーラはページに視線を戻し、めくりながら俺の問いに答えるのだった。
「私は新しい知識を本で得られるととても幸せな気持ちになります。ただ、そうは思わない人もいると知っています。読書の嫌いなアリアさん。それに、シャノンちゃんは本を読みたくても読めません。結果、私のいう平和は今上げた二人には退屈なものになりますね。ノウェムさんの言う平和が何を指して平和なのか分からないので、なにを言ったらいいのか分かりません」
一言に平和と言っても、とても難しい。平和な状態を戦う事がない状態を指すのならば、最悪の場合――誰かの支配下で養われている、もしくは奴隷状態でも同じ平和ということになる。
クラーラは俺に対して。
「商人たちの商売は、ほとんど戦争と同じだと聞いたことがあります。命のやり取りはしていないと言う人もいますが……お金で命を絶つ人は多いのも事実です」
どんな状態を平和と言うのか。
細かく定義すれば良いのか?
三代目が、俺の考えている事を察したようだ。
『ライエル、もっと細かく定義しようと思ってる? なら、止めておいた方がいいよ。世の中は移り変わるからね。細かく定義した法では対応できない事もある。そもそも、平和なんてノウェムちゃんが言っているように幻に近いからね』
戦争を繰り返していた時代の当主である三代目からすれば、平和など叶わぬ夢だったのだろう。
すると、クラーラが俺に視線を向けて。
「……別にライエルさんの夢を否定はしません。私は争うよりも、日常を平凡でも生きていければ満足ですから。どうせなら、いろんな人に聞いてみてはいかがですか?」
首を傾げながら、俺はクラーラを見ていた。視線を逸らし、俺に何か隠している。
「クラーラ、何か隠してない?」
「……いや、そのですね。こうして私がライエルさんと二人でいると知られると、微妙なバランスが崩れるわけで。更に言うと、調整をしてくれるノウェムさんが今は機能していないとなると、恐ろしいことになります」
宝玉内から、手を叩いた音が聞こえた。三代目が嬉しそうに。
『修羅場だね!』
嬉しそうな三代目とは対照的に、俺は少しも笑えなかった。
翌日。
ルフェンス王城をたずねていたヴェラとフィデルさんを見つけ、俺はお茶に誘って二人に平和についてたずねた。
フィデルさんは、優雅にお茶を飲みながら言うのだ。
「ふむ。私にとっての平和、か。そうだな。まずはヴェラとジーナに子供が生まれる。男の子と女の子、二人から三人ずつだ。そして、その旦那が死んで、二人の娘や孫たちが私を頼る。素晴らしい未来だ!」
それは遠回しに、俺に死ねと言っていないだろうか? ヴェラが、フィデルさんの足をヒールで踏みつけ黙らせた。
「ヴェ、ヴェラ……お父さんは別にこの小僧に死ねとは言っていない」
呆れた様子のヴェラは、首を横に振りながら。
「言っているようなものじゃない。というか、冗談でもそんな事を言わないで。次に言ったら、孫には絶対に会わせないわよ」
悔しそうな表情をしながら、フィデルさんは俺を睨んで。
「……娘の旦那はみんな失踪すればいいんだ」
死ねとは言われなかったが、消えて欲しいのは変わらないらしい。三代目が、笑いながらフィデルさんを見ていた。
『いいね。フィデル君は相変わらず癒されるよ。さて、ついでにヴェラちゃんの平和についても聞いておこうか』
ヴェラはお茶を一口飲むと、俺の方を見ながら。
「私の平和ねぇ……海賊が出なくて、荷が無事に届けられるとか? 正直、ライエルみたいに大陸全体とか言われても分からないわね。経済的な面で平和、ってちょっと違うし。ベイムとか典型的だったわね」
ベイムの平和が、他国の戦場で流れた血の上に成り立っている事を思い出した。確かに、ソレも違う気がする。
普段冗談ばかりのフィデルさんが、俺の方を見ながら。
「世迷い言の好きな小僧だ。世の中には、戦争しかできない連中だっているんだぞ。真っ当な仕事なんか出来ない連中……小僧、お前だって領主の家に生まれたなら分かるだろうに」
三代目が、俺に教えてくれた。
『いるね。どうしても、人が用意した枠にはまらない人間、ってのが。それが良いことばかりじゃない。人を殺して奪い、それがどうして悪いのか分からない人間というのも確かにいたね』
ヴェラは黒髪を指先で触りながら、少し頬を赤く染めていた。
「まぁ、旦那がいて、子供がいて……少し五月蝿いお爺さんがいて、それで穏やかな日が続けばいいとは思うけど」
フィデルさんがヴェラを見ながら。
「……ヴェラ、私はそんなに五月蝿いだろうか?」
「平和? ……正直、色々とネタは仕入れたから、数十年とか何もなくても大丈夫だけど?」
王城内の庭では、ステージが用意されていた。そこでは、エルフたちが演奏や劇の練習をしており、それを兵士たちがたまに見に来ていた。
そんな場所でエヴァが、ピンクブロンドの髪をポニーテールにして上着を脱いで露出の多い恰好をしていた。
見慣れてはいるが、それでも汗ばんでいるので普段よりもいやらしく見えた。
「いや、なんか戦争を望んでいるように感じるんだが?」
俺がそう言うと、エヴァは鼻で笑ってきた。
「はっ! こっちは一族で旅をしているときから、賊に襲撃される事だってあったのよ。それに、大きな戦いとか刺激がないと実入りが減るのよ!」
なんとも現実的なご意見だ。エヴァにとっては、戦いも飯の種、というところだろう。俺が困っていると、エヴァは髪をかきながら。
「正直に言えば、色々と旅をして分かるのよね。昔の英雄歌とか確かに人気はあるわ。お年寄りとか、自分の時代の話とか聞くと喜ぶし。でも、子供とか若い世代は、今起きている戦争の話が聞きたいのよ。そうして、自分もいつか、って思うの。新しい英雄の誕生に喜ぶのよ」
俺は肩を落としつつ。
「なら、俺のやることは余計な事か?」
「別に? いいんじゃない? 旅が安全になって、金回りが良くなると私たちも助かるし。ただ、刺激が少ないと領民とか話題に飢えるわよ。ほら、罪人の処刑とかある意味で娯楽じゃない。古代の歌にもあるわよ。古の王は、民に食事と娯楽を与えればいいと言って、毎日のように戦士たちに生きるか死ぬかの戦いをさせて、それを観戦させた、って」
三代目も、俺に言うのだ。
『エヴァちゃんの言うことも正しいよ。領民も娯楽に飢えるからね』
俺がなんとも言えない表情をしていると、エヴァが微笑みかけてきた。
「まぁ、いつかは旅をしないでよくして欲しいわね。私のために、特別に劇場を建ててくれる約束は忘れてないからね」
笑顔で圧力をかけてくるエヴァに、俺は頷いて答えるのだった。
「……平和? ごめん、理解できないね」
「そういうのは頭の良い坊やが考えな。というか、私は反対だけどね」
骨のついた肉を貪っていたのは、王城内の中庭で今日の獲物を丸焼きにしているメイとマリーナさんだった。二人からすれば、俺の言っている事が理解できない様子だった。
マリーナさんは、食事を再開する。
そして、メイは豪快に肉を引き千切って食べると、指先で口の周りの脂を拭っていた。
「というか、野生は基本的に毎日が戦いなの。獲物だって食われたい、って思っている訳じゃないからね。追いかけて、逃げられて、でも食べないとこっちは死んじゃうからね。平和とかお腹一杯食べられる人間の言葉だよ」
「お、おう」
三代目が、メイの言葉に感心していた。
『野生に近い分、飾らない言葉だね』
メイはマリーナが食べた肉を見ながら。
「それは僕のお肉だ!」
「遅い方が悪い! それに、私だって狩りに協力したんだ、諦めな!」
麒麟であるメイと、人であるマリーナさん――どちらも野生児にしか見えない。
「平和? ふっ、馬鹿ね……そんなの、決まっているじゃない。プリンをお腹一杯食べられる世界よ」
俺を見て笑っているシャノンだが、現在は食堂で床に正座をさせられていた。正座をさせているのは、ミランダだ。
「シャノン、自分の現状を考えたらライエルを笑っていられないからね」
食事をしているミランダは、一つだけ空になっている皿を指先で弾いた。シャノンが項垂れながら。
「足痺れた。もう嫌! だって、余っていると思ったから食べたのに! 今日だって、モニカが余る予定だ、って教えてくれたもん!」
なにが、もん! だ。こいつ、また懲りずにプリンに手を出したのか?
「学習しない奴だな。まぁ、俺はついでに食事をしてお前の目の前でプリンを――」
すると、ミランダが俺に言うのだ。
「ライエル、この子が食べたプリンは三つよ。私とライエルの分はないからね」
俺はシャノンの前に屈み、ほっぺたをつねる。
「お、ま、え、は……なにをしているんだ、あぁ?」
「いはぁい! ほめんなふぁい!」
涙目のシャノンから手を離すと、俺はミランダの方へ視線を向けた。ミランダは、俺の視線が向くと何を聞きたいのか理解しており。
「平和ねぇ。私から言わせて貰えれば、悔しいけどノウェムと一緒よ。そんなの幻と同じだもの。ベイムが平和だったけど、その周辺国は金を絞られ、戦場にされ散々だったじゃない? でもベイムは平和だった。それをライエルが目指すなら文句は言わないけど」
ミランダは食事を終えて飲み物に手を伸ばした。そして、椅子を引いて足を組み、俺の方を見ながら。
「ライエル、知っているわよね? 大陸だって生きていける人間の数は決まっている、って」
俺はミランダを見ながら。
「それは、まぁ……」
どんな領地も、抱えていける人数は決まっている。食べ物だって無限にある訳ではなく、時には飢饉で人の数を減らす必要がある。
「シャノンが言うようにお腹一杯食べられる人間ばかりじゃない訳よ。まぁ、農法とか色々と手を出せばなんとかなるかも知れないけど。それでも、増え続ければどこかで減らす必要があるわよね? ライエルの平和、ってみんなが等しく飢えること?」
「それは違う!」
ミランダも分かっているのか頷いていた。
「まぁ、数百年とか千年単位の話だと言っていたし、そういう細かい事はその時代の人間に任せればいいのよ。というか、責任を持つ必要はないわ」
確かにそうなのだ。そうなのだが……。すると、ミランダが少し不思議そうに。
「でも、ノウェムの言葉は気になるわね。平和の先に待っているのは緩やかな死……それ、遠い未来の話よ。なにを考えて、そこまで先の事を考えているのか。今なんか、人が減って大変だって言うのに」
既に、犠牲となった人たちは百万を超えているかも知れない。いや、超えているのだろう。セレスによって狂わされた大陸で、たったの二年でセレスによってそれだけの被害が出た。
しばらくは人を減らすなどと言うことは考えなくてもよさそうな程に。
……そんな事を考えていると、シャノンが。
「足の感覚がなくなってきました。お姉様、もう許してください」
泣きながらミランダに許しを求めていた。




