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セブンス  作者: 三嶋 与夢
ネタがないなら開き直ればいいじゃない! 十六代目
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演説

 ――ウォルト家の陣営では、マイゼルが演説を行なっていた。


「我々は五万。対して相手は七万という規模だ。純粋な戦力を考えれば、相手は二倍近い兵力を持っているだろう。だが……それがどうした!」


 右腕を掲げ、マイゼルは仮設された台の上で声を張り上げていた。


「たかが賊軍。しかも兵力はたったの二倍でしかない。我々が積み上げてきた鍛錬、そして経験は、大陸一である! 弱兵の集まりでしかない集団など蹴散らし、野戦に打って出た愚か共を血祭りに上げよ!」


 騎士や兵士たちが、マイゼルの演説に歓声を上げていた。マイゼルにそれだけのカリスマ性があるのもそうだが、一番は実績だった。


 マイゼルはウォルト家の歴代当主たちのように、数々の勝利をあげていた。初陣を経験してからこれまで、負けたことなど一度も無い。戦争で負けると言う事は、一度でも経験すると大変な損失を出してしまう。


 そこから立ち直るのは難しく、勝ち続けなければ滅んでしまう。そういった環境の中で、勝ち続けてきたマイゼルと、ウォルト家の名前――そして鍛えられてきたウォルト家の軍勢は、士気が高かった。


「この戦いに勝利し、セントラルに凱旋だ! 手柄を立てよ! その手に名誉を! 金を! そして地位を手に入れろ! 戦場で勝ち続けたウォルト家が、貴様らに勝利をくれてやる!」


 同じウォルト家出身、そして歴代当主たちによって育てられたライエルが相手なのだが、そんな事はマイゼルたちには関係なかった。


 大事なのは士気を上げることだ。士気の低い軍隊など脆い。


 そして、数や地の利は相手側が勝っているのは、マイゼルは理解していた。だからこそ、演説で士気を高めているのだ。


「さぁ、勇者たちよ――戦場を楽しめ!」


 両手を広げ、声を張り上げたマイゼルに数万の軍勢が歓声で答えた――。






 ウォルト家の軍勢が近い。


 待ち構えた形になっている俺は、仮設された台の上に立っていた。朝も早く、太陽がまだ登りきっていない事もあり、見れば眩しい。


 そんな中で、後ろを見ればエヴァが軽く右手を挙げて手を振ってきた。準備は出来ていると知らせてくれているのだろう。もしくは、応援してくれているのかも知れない。


 宝玉を握ると、三代目の声がした。


『……さて、ここから先は助言も出来ないね。マイゼル君に混乱させられてもつまらないし、スキルの使用はここまでだ。ライエル……次も声が聞こえる事を願っているよ。まぁ、戦場に絶対はないけど、それは相手も同じだし。本来なら、もっと準備を整えたかったけどさ。……いや、これ以上は愚痴だね。さぁ、士気を高めておこうか。演説は大事だよ』


 俺は宝玉を手放し、そして両手を広げた。まるで大きな皿を持つように広げ、そして後ろでエヴァがスキル【オールマインド ランゲージ】でサポートをしてくれている。


 声を相手に届けるスキル。歌い手であるエヴァには相応しいが、本人はスキルに頼りたくないとあまり使いたがらないスキルだ。しかし、今の俺には助かっている。


 拙い演説でも、声が味方に届くのだから。


「……バンセイム最強の軍勢が迫ってきている。敵は五万。数々の戦いをくぐり抜けてきた精鋭だ」


 最初は不安を煽るような話から入った俺は、今度は右手を握って拳を作った。そして、左手を横に内側から外側に向けて払った。


「だが、それは俺たちも同じだ。俺たちも勝ち続けてきた。合流した者たちも多いだろう。ベイムの兵士諸君も不安だろう。だが、心配ない。四ヶ国連合の仲間に聞いてみるといいい。俺がどれだけ勝ってきたかを! 時に十倍を超える戦力差を覆した!」


 嘘ではない。ザインでの戦いでは、百人で決起。その後は逃げ回ったが最終的に勝利してザインを奪還した。


「俺は負けたことなどない! 勝利し続けてきた! それを証明してくれる者たちもいる。そして、バンセイム諸君は俺と戦って理解しているはずだ。俺は強い。俺たちは強い! 倍する敵と戦い、勝利し続けてきた!」


 不利な状況での戦いを避けてきたが、最終的に勝ったのだから問題ない。寡兵で敵を撃ち破ったと言えるだろう。一度として、相手がこちらより兵力の多い相手とは戦わなかったが。


「今回、こちらの数は敵よりも多い。加えて地の利は俺たちにある。確かに敵は精強だろう……しかし! バンセイム最強のウォルト家が相手だろうが、勝つのは俺たちだ! 全員がやるべき事をやれば勝利できる! この戦い、そう難しいものではない!」


 とにかく、だ――勝てるけど、気を抜くな、程度の演説にしておいた。油断しすぎても駄目。だが、負けると思わせても駄目。だから、勝利は出来るがその差は少ししかないと危機感を持たせるのだ。


 これは七代目が教えてくれた。


「お前たちの働きで、勝利の女神を振り向かせて見せろ! そうすれば、大陸最強の名は俺たちのものだ! 勝って全てを手に入れろ!」


 歓声が聞こえた。そして、俺は七代目の言葉を思い出す。






 ――宝玉内。


 それは七代目の記憶を巡る旅をしていた時の事だ。


 ブロードの一生を、そしてライエルに取っては父であるマイゼルを知る事が出来る旅だった。


 若く、そして才能に溢れたマイゼルは、ブロードから見ても眩しい存在だったのだろう。ブロード自身、才能がないとは言えない。しかし、それでもマイゼルと比べるとどうしても劣っていた。


 ブロード……七代目だからこそ、悩んだのかも知れない。


 初代であればなんとも思わず。

 二代目ならば素直に受け入れ。

 三代目ならば喜び。

 四代目も受け入れただろう。

 五代目はそうそうに代替わりをしたかも知れない。

 六代目ならば……きっと、自慢したことだろう。


 だが、マイゼルの父親はブロードだった。小さな亀裂が二人の間にあった。才能があり、そして深く考えなかったマイゼルには、その溝が理解できなかった。


 屋敷の庭で、ブロードがマイゼルと話をしていた。


『マイゼル、銃を揃えたのだがこれがなかなか難しい。部隊として運用するにしても、信用できる者に任せないといけない。威力もあるが、運用するには今までにない知識が必要で――』


 積み上げてきたブロードの経験。それをマイゼルに伝えようとしているところだった。よく見れば、まだ若いゼルの姿もある。


 ライエルはゼルの姿を見て。


「……ゼル爺さん」


 そう呟いていた。七代目は、そんなライエルを見ながら。


『ゼルは銃を装備させた部隊の一つを任せていた。わしと同じように銃を扱っていたからな。狩りをする時は、よくゼルを供にしたものだ』


 懐かしそうにしている七代目の視線の先には、腰にサーベルを下げたマイゼルの姿があった。ただ、その表情は本当に不思議そうにしていた。


 首を傾げながら。


『何故、父上は銃にこだわるのですか? 当家の規模でも銃を持つ部隊はそこまで揃えられません。金がかかる上に、優秀な者を配置する必要もある。それならば、装備の整った騎馬隊を揃える方が効率的です』


 本当に不思議そうに言うのだ。ブロードは、そんなマイゼルに向かって咳払いをしながら。


『確かに問題も多い部隊だ。だが、正しく運用した時には、その力を多いに発揮してくれる。わしは、この部隊が将来的に主要なものになると考えている。特に、だ。射線が交差するように――って、マイゼル!』


 ブロードが慌てて手を伸ばすと、マイゼルは背中を向けて歩き去っていくところだった。


『私には必要ありません。それに、銃が実用化されるまで何年かかるのですか?』


 ブロードは慌てながら。


『い、いや……時間はかかるだろうが、魔具にして少しずつでも数を揃えてだな』


『魔具にすれば更に金がかかります。維持費もとんでもない金額ですよ。私の代では残すにしても小規模でしょうね。確かに光る部分もありますが、あまりにも他への影響が大きすぎます』


 七代目が溜息を吐く。そして、ライエルに説明するのだ。


『……わしは自分の強さを銃で補った事に引け目があった。確かに、少し名のある騎士には、数発の弾丸を撃ち込んでも効果がない。わしのスキルであるボックスやワープは、その欠点を補うために必要だった。スキルが発現した時は嬉しかったものだよ』


 ライエルは、父であるマイゼルを見ながら。


「……俺も、気付かなければこんな感じだったんですかね。アリアと最初に戦った時は、みなに怒られましたね」


『ハハハ、そうだったな。うむ、あの頃よりお前は付き合いやすくなった。まぁ、マイゼルが間違っているわけでもない。実際、わしが死んでライエルが生きている間でも、実用化されたとは言い難いからな。それに――』


 ライエルと七代目の視線がマイゼルに向かった。マイゼルは、呆れるように言い返すのだ。


『父上、私のスキルはアンチスキルです。つまり、魔具は意味がありません。銃などにこだわる必要がないのですよ』


 歩き去るマイゼルを見ながら、ブロードは複雑な表情をしていた――。






 本陣にて。


 俺は見張り台に上って遠くを見ていた。待ち構えている俺たちのところに、バンセイムの――ウォルト家の旗を中心とした軍勢が来るのが見えた。


 発見できる距離に来る頃には、陣形を整えておりゆっくりと近づいて来ていた。


 俺の隣では、モニカが相手を見ながら。


「攻撃力を重視したような陣形ですね。こちらに囲まれる前に突破するつもりのようです。いえ、本陣を狙って一直線、というところでしょうか」


 数ではこちらが勝っている。セオリーなら囲んで叩けばそれでいい。だが、ウォルト家の突破力の前にソレは愚策だろう。


 移動式の見張り台は、丁寧に作られ頑丈だった。俺はモニカに言う。


「俺とのラインは切れたな」


 軍勢が見えた段階で、薄らと靄がかかるような――そんな気がした。魔力の流れに異変を感じ、そしてモニカとのラインが切断された。無理やり魔具を使用した時の感覚に似ている。


 モニカがわざとらしく指先で涙を拭う仕草をしていた。


「私とチキン野郎の繋がりを断つなんて……でも、心では繋がっていますから大丈夫ですよね!」


 チラチラと、俺に何かを求めてくるような視線を向けてくるので、無言でいるとモニカが何度も「心は繋がっているので大丈夫ですよね! ね!」何度も聞いてくる。しかも、次第に涙目になってくる。


「そうだね。繋がっているね。だから、しっかり見張りをしろよ。今回、お前はあんまり動けないんだから」


 嬉しそうにするモニカは、ツインテールがポヨポヨと跳ねていた。


「まったく! 仕方がないチキン野郎ですね! いいでしょう。このモニカは見張りでも役に立つことをお教えしますよ。誰よりもチキン野郎に尽くしているのが、このモニカだという事を証明してご覧に入れましょう!」


 張り切っているので、俺は「頑張れ」などとやる気のない返事をして見張り台から飛び降りた。すると、周囲に指示を出しながら天幕へと向かう。


「バルドアは待機しているな? 準備が整うまで表に出させるなよ。最初は派手に魔法の撃ち合いだ。こちらが崩れていないところを見せて警戒させる。魔法使いの準備、急がせろ」


 そう言うと、伝令たちが周囲に走って行った。


 ノウェムが、ヴァルキリーの小隊を率いて俺のところに歩いてくる。クラーラは、ポーターの天井で立っており、遠くを見ていた。他の面子はこの場にはいない。


「ライエル様、私も前線に出ようと思います。父や兄が来ているはずです。そうなった場合、まともにやり合えるのは――」


 俺はノウェムを見ながら、手を横に振った。


「分かっている。だけどな……そう淡々と家族と戦います、って態度は嫌いだよ」


 すると、ノウェムが少し目を見開き、そしてすぐに笑い出した。クスクスと可愛らしい笑い方だ。


「その言葉はライエル様にも当てはまりますよ。ただ、ライエル様が不快に思われるのなら、多少は悲しそうにしましょうか?」


「嘘っぽいからいいや。まぁ、俺の場合は仕方ないけどな。お前の場合、俺についてきたからこうなっただけだろ? 説得できないか?」


 何度かフォクスズ家をこちらに引き込めないかと聞いたが、ノウェムは首を振るばかりだ。


「父がマイゼル様を裏切ることはありません。それは、私がライエル様を裏切るのと等しい確率でしょうね。ですから、戦場で勝敗を付けることになります。それにしても、ヴァルキリーズをこんなに私に付けてよろしかったのですか?」


 振り返ったノウェムは、ヴァルキリーズの小隊を見てそう言った。俺は、髪をかきながら。


「俺は動けないからな。まぁ、お前が大事だ、って……おっと、始まったか」


 そう言って敵陣の方角を見れば、光が迫ってきていた。


 こちらはマジックシールドを展開し、空が淡い黄色に包まれそこに魔法が直撃する。爆発、そして煙に一部のマジックシールドが破壊された。幸い、こちら側に被害はない。


 重要な部分は厚く防御している。限られた貴重な騎士や魔法使いを、効率よく運用するために配置には気を遣っている。


「では、行って参ります」


「……気を付けろよ」


「私よりも、ライエル様の方が大変でしょうに」


 そう言って、ノウェムは移動を開始するのだった。


 空を見れば、こちらから敵陣に向かって魔法が放たれていた。こちらと同じようにマジックシールドが展開され、魔法が全て防がれる。無駄な行動に見えるが、相手側はそういった行動でこちらが慌てていないか探っているのだ。


 父であるマイゼルが、スキルの使用を邪魔する。多かれ少なかれ、軍という規模になると特殊なスキルを持っている人間がいる。そういった人間に頼っていると、たちまち混乱してしまう事があるそうだ。


「七代目のおかげだな。こちらは崩れることなく対処できる。さぁ、父上……お楽しみはこれからですよ」


 そう言って敵陣を睨み付けていると、敵陣から第二波の魔法が放たれた。






 ――マイゼルの本陣では、敵が崩れていないのを確認すると集まった者たちが意外そうにしていた。


 ベイルが、相手の動きを見ながら。


「落ち着いておりますな。情報では、スキル特化の軍勢という印象を受けましたが、崩れていない様子です」


 マイゼルは、ライエルの陣営から放たれた魔法を、味方が防ぐのを見て笑っていた。


「この程度で崩れられては楽しみがなくなる」


 通常、何かしらスキルに頼っている軍勢が多い。通信手段にしている軍勢や、遠くを見て偵察をするスキルなども結構な人間が持っていた。万の軍勢を動かせば、それなりにスキルを持っている人間がいる。


 そのため、初期の段階でマイゼルがアンチスキルを発動すると、崩れる軍勢が割と多かった。そうではない軍勢は、基礎が出来ていることを示している。


「時間をかけるつもりはない。このまま距離を詰める。前進させろ」


 全軍が距離を詰めるために移動を開始した。


 ライエルの陣営は待ち構える形であり、木などで柵を設置している。そのため、動けないので距離はゆっくりと縮まっていく。


 魔法による派手な撃ち合いをしているが、実際は地味に戦いが始まるのだった――。


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