リアーヌさん
――ライエルたちがプリンで揉めている頃。
揉める原因となったプリンを三つも食べたリアーヌは、ピンク色の髪を後ろでしばって口にペンを咥えていた。ペン先が上下に動いており、リアーヌの視線の先には書類がある。大量に積み上がった書類を次々に処理していた。
そして、書類は速読で読んでいるために、一瞬で内容を確認すると一言。
「こいつは駄目ね」
書類を書いた文官の名前を確認した。毎日のように大量の書類を見ているが、何度か見た事のある名前だ。分からないと思っているのか、物資の購入費を水増ししていた。
大体の価格はリアーヌも把握しており、ある程度は見逃していた部分もある。文官全員が価格を把握しているとも限らず、購入の際に値がつり上がる場合もあった。急いで物資をかき集めており、多少は値が張っても良かった。
ただし、明らかに不正をしている場合は別だ。
「不正をするにしても、この程度なら能力も知れているわね。下っ端で使い潰すにしても迷惑でしょうから……よろしいかしら?」
執務室。
お茶の用意をしていたオートマトンのヴァルキリーを呼ぶと、リアーヌはペンを口から取ると言う。
「引き締めのために文官にも見せしめが必要です。この方を適当な場所に配置するように手配して貰えますか」
ヴァルキリーに書類を渡すリアーヌは笑っていた。受け取ったヴァルキリーは、大体の内容を書類から察すると。
「……適当、ですか。こちらで手配しておきます」
そうしてリアーヌが次の書類を手に取ると、一瞬で内容を確認して許可をするサインをしていた。
次々に処理をしていくが、時折処理を止めて考え込む姿をする。
「……クラーラさんでしたか。ベイムで予算が通らないからと、こちらに依頼をしてきましたね。まったく、輸送部隊の効率化は必須でしょうに」
手に取った書類は、クラーラからのものだった。アデーレが却下した事も書かれており、ポーター部隊――つまり、物資の輸送に関する部隊のための書類だった。リアーヌはすぐに頭の中で計算をすると、必要な予算を確保することが難しいとしか言えなかった。
「基本的に、税収なんかないのよね。ベイムから吸い上げた財や資金提供でやりくりしている状況だし」
ヴァルキリーが、お茶の入ったカップを机の上に置く。
「提供ですか? 商人たちは貸しているつもりのようですが?」
「関係ありませんよ。理由を付けて色々と相殺するつもりですから。元からライエルが甘いんです。無償でサウスベイムの開発に、港の利権を渡して……こちらの協力が全て当然と思われても困りますから。ヴェラさんでしたか? 商家出身の女性も囲っているので、甘くなるのも分かるんですよ。でもね、商人の要望など際限がない。引き締めないといけませんね」
ライエルは、フィデルが代表を務めているサウスベイムの商人たちにかなり優遇している。ただ、それがリアーヌには甘いとしか感じられない。
「引け目があるにしても、限度がありますからね。妙にえげつないところがあるのに、所々が甘いんですよ。今までどうやって来たんだか」
予算の確保が可能と判断したリアーヌは、急いで書類を作成する。関係各所に命令を出す必要もあるが、ベイムのアデーレに向けても書類を作成し始めた。
わざわざ手を止めてここまでするのは、輸送部隊の効率化はこれから必須になるとリアーヌが考えていたからだ。
馬を使用する頻度を抑えられるという事は、他に馬を使用できる事を意味している。騎兵のための馬。農耕馬、その他色々と余力が出来るのだ。
「アデーレさんも、もう少し視野を広く持って欲しいところです。一領主規模ならいいのでしょうが、流石に一国は厳しいかも知れませんね。まぁ、慣れて貰うしかないのですけど」
ライエル以上に仕事が早く、そして的確に処理をしていくリアーヌ。
ファンバイユを味方にする以上に、今のライエルたちにとっては必要な人材だった。
ただ。
「……それより、ライエルたちの様子はどうですか? プリンが人数分しか残っていませんでしたが」
仕事の手を止めないで、そんな事を口走ったリアーヌに部屋にいたヴァルキリーが口を開いて答えた。淡々と答えたが。
「プリンを奪い合って喧嘩をしたあげく、そのプリンをアリアさんの顔面にぶつけたようです。今は廊下で騒いでいますね。姉妹から報告が数件入っていますよ。というか、最低ですね」
城内に配置しているヴァルキリーズからの報告を告げると、リアーヌがクスクスと笑い出した。
「あら酷い。私は確かに多めに食べましたけど、ちゃんと人数分は残しましたよ。モニカさんも余計に作っているので食べて良いと仰いましたからね。騒いでいるのは、ライエルたちの問題です。まぁ、シャノンさんあたりですかね? 私が部屋を出るときには、二個目のプリンを食べていましたし」
ヴァルキリーが、そんなリアーヌにたずねた。
「ご主人様の事がお嫌いですか? まぁ、確かに婚約の流れなどを察するに、好きになれというのが無理な気はしますが」
すると、リアーヌは少し不思議そうな顔をした。出されたお茶を一口飲むと。
「……嫌いではないですよ。愛しているとは言えませんね。これでも、以前は婚約していた身ですから、そこまで器用に男を乗り換えられませんよ。まぁ、皇妃の椅子は魅力的ですし、そのために実家も支援してくれるでしょうから目指しますけどね」
皇妃の椅子と聞いて、ヴァルキリーは首を傾げながら。
「そこまで魅力的なものなのでしょうか? 女性にしてみれば、好きな男性と結婚できるのが幸せなのでは?」
ヴァルキリーは、元は古代人が作り出したオートマトンのコアをベースにしており、完成なども古代基準だった。そんなヴァルキリーの意見を聞いて、リアーヌは笑う。
「確かにそうですね。でも、誰しも希望通りにはいかないものです。でも、本当に私が最初からライエルを愛していたら……他の女性陣を意地でも排除するために動きますよ」
そう言って笑うリアーヌを、ヴァルキリーは無表情で見ていた。ただ、リアーヌも誤解されてはいけないと思ったのか、弁解をする。
「最初から他の女性がいる状態。しかも私個人にはあまり興味がない様子ですからね。愛するために努力もしますが、一方通行ですよ。なら、せめて皇妃の椅子くらい狙ってもいいんじゃありませんか?」
すると、ヴァルキリーは言うのだ。
「……そういうものですか? ふむ、ならばこのヴァルキリー三十四号がお二人の仲を取り持ちましょう。お任せください。正直、誰が皇妃になってもどうでもいいので。ご主人様が幸せであれば他はあまり興味がありませんでした。しかし、こうして貴方の傍に仕えているのも何かの縁! 出来うる限りの協力をお約束します。まずは他の女性から一歩リードするために……肉体関係を持ってはいかがでしょうか? ご主人様の寝室の鍵は開けて見せますよ」
やる気を出したヴァルキリー……三十四号だったようだ。黒髪のロングを毛先近くでリボンを使い結んでいる三十四号は、無表情で右拳を天に向かって突き上げた。
「……え?」
リアーヌはそんなヴァルキリーを見て、困惑するのだった――。
――ウォルト家の屋敷。
手紙を書くマイゼルは、妻であるクレアと娘のセレスに宛てて手紙を書いていた。内容は、セントラルに行くのが遅れて申し訳ないという内容だった。
だが、手紙にはそれぞれ、「必ず喜ぶ手土産を持って行く」と書いていた。それが、ライエルの首であると手紙の内容を見れば大体察しがつく内容だ。
書き終えてインクが乾くのを待っている間に、封筒を用意していた。妻であるクレアと、娘であるセレスと分けて違う封筒を用意する。
すると、部屋にノック音がした。
「入れ」
部屋に入ってきたのは、ベイルだ。マイゼルの優秀な副官という立場の騎士であり、戦場でも頼りになる男だった。
「マイゼル様、準備が整いました。いつでも出発できます。……手紙ですか?」
マイゼルの机の上を見て、ベイルがそう言うとマイゼルは頷いた。
「セレスから早く来るようにと手紙が来た。クレアも先にセントラルに来るように言ってくる。女性を怒らせては大変だからな。手紙と贈り物を用意させた」
何度もセレスとクレアから、セントラルに来て欲しいという手紙が来ていた。通常、セレスがこんな事をするのは両親だけだ。他の者がセレスを待たせた場合、周囲の者に処分されるからセレス直々に処刑や拷問が待っている。
それだけ、マイゼルはセレスにとって大事な存在だった。他の人間など等しく価値がないと思っているセレスだが、両親だけは別だったのだ。
「ご婦人のご機嫌取りですか。マイゼル様ですらそうなのですから、男とは肩身が狭いものですな」
ベイルの冗談に、マイゼルは笑った。
「反応を示さなくなる方が怖いと思うんだな。さて、それでは行こうか。それと、ランドバーグ家の参戦はどうなった?」
マイゼルが立ち上がると、ベイルは表情が引き締まった。
「……兵は出せぬと。賊討伐での被害を理由にしておりますが、話が実家ながら情けない話です。兄も老いたものです。甥のバルドアも賊程度に負傷するなど」
申し訳なさそうなベイルを見て、マイゼルは言う。
「場合によってはお前にランドバーグ家を継いで貰おうか。まぁ、戻ってきてから決めればいい事だ」
二人が部屋から出て行く。
ついに、ウォルト家がルフェンスに向けて進軍を開始するのだった――。
ルフェンス王城内。
会議室には、主だった面子を集めていた。もっとも、すぐに集められたのは、ブロア将軍、バルドア、リアーヌ、モニカだけだった。他の面子は外で動いており、数日は戻ってこられない。
俺は会議室で揃った面子に向かって言う。
「……連絡が入った。ウォルト家が動き出したようだ。寄子の八割近くも動員して、更には周辺領主も動かした。数は五万。純粋な兵力は三万五千程度だそうだ」
ブロア将軍がアゴに手を当てながら。
「少し多いですね。五万なら純粋な兵力は三万に届くかどうかだと思ったのですが。ウォルト家は後方支援もしっかりと力を入れているはずなのですけどね」
受けた報告の内容を、モニカが皆に伝える。
「アラムサースで開発されたポーターを使用しております。人材面でも揃っており、輸送に関して随分と効率化が図れた様子ですね」
リアーヌがその報告を聞きながら。
「こちらも進めてはいますけどね。まぁ、相手が攻め込んでくるとして、戦う場所はこちらの領地になるでしょうし、物資や補給に関しても有利ではありますが……ハッキリお聞きします。準備は整っているのでしょうか?」
リアーヌが聞いているのは、軍部。俺たちの準備が出来ているのか、というところだった。
俺は少し不満だが、事実を述べた。
「国境付近で戦う事になるから、準備は進めている。それでも七割程度だ。地形の把握や出迎えの準備は出来ているが、部隊の編成で少し問題がある」
バルドアが、俺の説明を引き継ぐ。
「武具や馬などが不足しています。兵力は相手側よりも上ですが、圧倒的な差ではありませんね。こちらが動員できるのは純粋な兵士が五万です」
リアーヌが淡々と。
「兵力で勝っているが、二倍には届かない。下手に被害を出せば、勝利しても大問題ですね。こちらは兵力の補充が難しいですから」
そう。俺たちは兵力の確保が難しい。滅んでしまったルフェンスは人がいない。ベイムもかなり疲弊している。負けても、大きく損害を出して勝っても、兵力の確保に問題があった。
ブロア将軍が溜息を吐いた。
「単純に数の差以上に、質の問題もありましてね。ウォルト家……バンセイム最強と言われるには、それなりの理由がありますから。なんと言うんですかね。兵士にしても、下手な騎士より強い者が多いんですよね。なんであそこまで鍛え上げる必要があるのか理解に苦しみますよ」
すると、宝玉内から三代目と七代目の、悪いとも思っていない声が聞こえてきた。
『ごめんね、ブロア君。ほら、二代目がそうしろ、って言うから。僕たちはソレに従ってきただけなんだよね。強くてごめんね』
『……そんなウォルト家にセントラルが頼ってきて、ノウハウが積み重なったというのも理由の一つなのだがね。まぁ、わしたちが育て上げたウォルト家の軍勢だ。弱いわけがない!』
初代から始まり、そして父である八代目のマイゼル・ウォルトが引き継いだ軍勢。
分かってはいたが、厄介だった。
ブレッド率いる死兵の集団もそうだが、今回は死兵に加えて相手はウォルト家の軍勢だった。しかも、スキルが使用不可という状況だ。
リアーヌが、俺たちに対して。
「最低でも、バンセイムとの決戦に持ち込む場合、兵力十万は必要です。戦いに関しては皆さんの方が詳しいでしょうが、問題は盟主であるライエルの兵力が少ないと周辺国が侮りますからね」
ただ勝てば良い、というものでもない。そんな状況下で、俺は父と戦う事になった。
俺は全員を見ながら。
「逆に言えば、ここで勝利を収めればバンセイム打倒は一気に近付く。周囲を敵国に囲まれ、身動きが取れないバンセイムの首都――セントラルまでこちらは容易に攻め込めるようになるからな。バンセイムだって前の戦いで兵力を失った。ここでウォルト家の軍勢を打ち倒せば――」
ブロア将軍が肩をすくめながら。
「――バンセイム国内で反乱が相次ぎますね。協力してくれる領主たちも一気に増えます」
ある意味において、この戦いがバンセイムとの戦いの明暗を握っていた。一度傾けば、バンセイムが立ち直るのは難しい。それが、例えセレスであったとしても、だ。
そして、バルドアが皆に言う。
「ウォルト家も脅威ですが、参加した領主たちも脅威です。元身内としては、フォクスズ家にも十分警戒するべきだと思います」
リアーヌがフォクスズ家の名前を聞き。
「ノウェムさんのご実家でしたね。そんなに脅威なのですか?」
俺はフォクスズ家を思い出した。ノウェム――邪神の一族。中でも強力なノウェムは俺の手元にいるが、その一族は父の手勢にもいるのだ。
バルドアが言う。
「当然です。ウォルト家とはまるで主従関係ですから、侮られていますが……フォクスズ家を何度か見ている私からすれば、十分な脅威ですよ。特に、歴代の当主たちは魔法に関しては一流が揃っています。ノウェム……様の実力を見ればご理解頂けるかと」
スキルの使用できない戦場では、魔法が重要になってくる。そうした時、魔法の扱いに長けているフォクスズ家はかなりの脅威だった。
(ノウェムは、実家と戦いになるのをどう思っているのかな)
俺はそう思いながら、全員に指示を出す事にした。




