たわいもない
――ルフェンス王城にて、一室を与えられたラウノ。
いや、【ラウノ・バンデルフィア】は、ソファーに座って上着を脱ぐとソファーに投げつけてシャツの襟元を緩めた。正式に騎士として認められたのだが、納得がいかなかったのも事実だ。
「くそっ!」
腹立たしいことに、ルフェンス王城内で不審な動きをしていた者たちを捕らえる手伝いをさせられた。手伝ったこと自体は良いのだ。しかし、それが自分のために利用されていたと知ると話も違ってくる。部屋の中にいたイニスは、部屋の壁際で俯いていた。
両手で顔を隠し、ソファーに座るラウノはイニスに声をかけた。
「……なんで勝手に動いた。確かに騎士に未練はあった。だが、お前のスキルが知られれば、必ずどこかで……」
未来予測をしてしまうスキル【インフォメーション】を持つイニスは、ハッキリ言って権力者たち以外からも求められるスキルだ。情報次第では本当に未来予知すら可能であるため、ラウノはイニスのスキルを隠してきた。
イニスは俯きながら。
「わ、分かっています。でも、ラウノさんが騎士になるのは、私の夢でもありましたから」
そんな事を言われれば、ラウノも反論がし辛い。何しろ、自分が愚痴をこぼして騎士に未練があることをイニスに伝えていたのだ。何しろ、イニスには言わなくとも蓄積された情報から自身が騎士に未練があると知られてしまうから。
ラウノはイニスを心配しながら。
「……王宮や城、そういったところは権力争いが激しくなれば形振り構わなくなる。お前は今のあいつらが、十年後も今のままだと思っているのか? 確実に動くぞ。ミランダだってそうだ。依頼主としては金払いもいい奴だ。仕事の難易度は高いが、それだけ腕を買われていた。個人としては良い奴だよ。だけどな……必ず後ろ暗い事にも手を出す。知っている人間だけでもソレだ。今後を考えれば――」
ラウノの予想は当たっていた。ライエルがバンセイムを打倒すれば、そこからは統治の時代がやってくる。そうなると世継ぎの問題を始め、女性陣の権力争いが待っていた。
イニスがノウェムに助けを求めたのならば、ラウノもノウェム派だ。誰が見ても、ラウノはノウェムの後ろ盾を持っている事になる。
それは、権力争いや派閥争いに巻き込まれる事を意味していた。イニスは申し訳なさそうにしながらも。
「それでも、約束は守ってくれる人です。それに、率先して争う人でも――」
「そんな簡単な話じゃない! 何もしなければ争いに巻き込まれない、なんて甘い世界じゃないんだぞ!」
表には出ないが、そうした権力争いを見て来たラウノは最悪の気分だった。そして、ノウェムはやる時はやる女だと知っている。
だからこそ、その時に仕事を依頼されるのは誰になるのか? ラウノには簡単な計算問題でしかない。
「確かに自分からは動かないだろうさ。だけどな、今回の件を知っているだろ? 伯爵が仲間集めに動いた段階ですぐに処分しやがった。利用するよりも、今後を考え切り捨てた。それも、ライエルに相談なしで、だ。それだけの事をやれる奴なんだよ。周りが勝手に動けば、どんな手段を使っても」
そこまで言って、ラウノは言葉を切った。そして、イニスに向かって。
「……すまない。俺のために頑張ってくれたのに。だけど、もうこんな事は止めろ。お前のスキルは危険すぎる。ライエルだって既にスキルを使わせただろ?」
すると、イニスが微妙な顔をしながら頷いた。
「は、はい。二回だけ」
「……二回か。どんな未来を予想した?」
ラウノの言葉に、イニスは最初にまともな方を告げた。そして、その後に――。
「バンセイムがいつ頃に攻め込んでくるのか、と……後は、どうやれば修羅場が回避できるのか、というのを」
ラウノは顔を上げると、これまた微妙な表情をしながら。
「……バンセイムも問題だが、修羅場の方も大問題じゃないか。派閥争いや権力争いが待っている、って言っているようなものだろうが!」
ラウノは頭を抱え込むのだった――。
――サウスベイム。
迷宮の入口近くにあるギルドは、少し前よりも形が整いつつあった。
新人冒険者も顔を出すようになり、一流のパーティーがノースベイムにホームを移してからは、エアハルト率いるパーティーがサウスベイムで一番実力のある冒険者パーティーになっていた。
人数も以前の倍は抱えており、新人も加わって十五名近くまで膨れあがっていた。ギルドのカウンターに顔を出したエアハルトは、職員であるリューエがいる場所に向かう。もっとも、受付がそこしかないので向かうしかなかった。
「あ、エアハルトさん!」
手を振るリューエに向かい、エアハルトもぎこちなく手を振っていた。周囲を見れば、新人の冒険者たちがエアハルトを睨み付けていた。リューエは可愛らしいタイプの職員であり、当然だが冒険者の評判も良かった。
ベイム東支部で教育も受けており、仕事の方も今では慣れたものだ。冒険者相手にも対応が良く、新米冒険者からすれば憧れの人である。
「お、おう。悪いけど、色々と確認させてくれないか? 迷宮に入るのも良いんだけど、そろそろ外に出る依頼もしたくてさ」
迷宮に入って魔石や素材を回収する事を専門にしている訳ではないエアハルトは、サウスベイム周辺や、近くの村から出される依頼にも目を向ける必要があった。
それは、経験が少ないながらも、エアハルトたちがサウスベイムで一番の冒険者であるからだ。
サウスベイムのギルドや商人、そして上の方からも積極的に協力するように言い渡されているためでもある。つまり、ライエルからそういった指示が来ていたのだ。エアハルトを名指しではないが、周囲が新人ばかりなので結果的にエアハルトたちが依頼をこなす形になっていた。
髪をかきながら、周囲の視線を無視してリューエと話をするエアハルト。だが、周囲の声は聞こえてくる。ベイムに比べれば小さなギルドだ。声など聞こえて当然だった。
「なんだよ、あのタンクトップ野郎」
「サウスベイム一番の冒険者、って言っても上がいないからだろ?」
「あんな奴、すぐに追い抜いて俺がリューエちゃんと」
そんな声を聞き、何故か恥ずかしくなってくるエアハルトだった。
(……ライエルの野郎、俺が騒いでいるのを生暖かい目で見てやがった。こういう事かよ。あいつ、絶対に性格悪いよ)
少し落ち着いて周りが見えるようになり、過去の自分を思い出して恥ずかしくなるエアハルトだった。
「周辺の依頼だと、サウスベイムの街道整備前の掃除がありますね。作業中は兵士の護衛がつくんですけど、その前に魔物などの掃討はギルドに依頼したいと話が出ていますよ。ただ、他のパーティーですと不安ですね」
依頼内容から、新人ばかりのサウスベイムではエアハルトたちくらいしか依頼をこなせそうになかった。エアハルトも頷きながら。
「こっちも新人を数人抱えて鍛えてはいるけど、形になるのはまだ先なんだよな。雑用系の依頼とかやらせても、見張りがいないと手を抜くから一人前になるのも当分先だし。というか、俺も新人に毛が生えた程度なんだけどな」
すると、リューエは慌ててエアハルトを褒め始めた。
「なにを言っているんですか! 前に迷宮関係では一流のパーティーさんたちがいたときは、雑用を買って出て色々と教えて貰っていたじゃないですか。そういう事が出来る人はその……す、凄いと思います」
顔を赤くするリューエを見ながら、エアハルトは「お、おう」としか言えなかった。
(……どうしてだ。なんで今になって周りに女が寄ってくるんだ? 前はこっちが追いかけても逃げられたのに)
複雑な気分だったエアハルトは、溜息を吐きつつ書類を受け取り内容の確認をしていた。どれだけの人数で挑み、そして誰を連れて行き誰を休ませるのか。色々と考え込んでいると、後ろから声がかかった。
エアハルトと同じ年齢の集団だ。冒険者に成り立ての新人がパーティーを組んでおり、自信満々な態度をしていた。
「なぁ、リューエちゃん、その依頼って俺たちに回してくれない? 俺たち、もうそれくらいは出来ると思うんだよね。いつまでも掃除とか雑用ばかりだと、流石にストレスたまる、っていうか」
エアハルトに回そうとしている依頼を、自分たちに回せと言ってきた。だが、リューエは真面目に言い返す。
「そういうのは、雑用系の仕事で評価【C】以上を取ってからにしてください。それに、装備が依頼に相応しくありません。最低限の装備は揃えてきてから依頼を受けて貰わないと」
新米冒険者たちが悔しそうにしていると、エアハルトに視線が集まった。
「こ、こいつなんか変な恰好だし、それにこいつのパーティーは――」
エアハルトに対して文句を言い始めているが、周囲はソレを見て新米冒険者たちの評価を下げていた。なんとかリューエに良いところを見せたいのだろうが、空回りしている姿はエアハルトからすると顔から火が出るほど恥ずかしかった。
そんな時だ。いつまでも戻ってこないエアハルトを心配してか、パーティーメンバーがギルドに入ってきた。
……女性冒険者だった。
「エアハルト、まだ確認できないの? なら、先に買い物に付き合ってよ。ほら、通りに新しい店がオープンしたから、行ってみたいんだけど」
かつて、ラルクというカルタフスの冒険者が、スキルで魅了して連れ回していた冒険者だ。有能で、美しい女性冒険者の登場に、リューエがジト目で相手を見ていた。
「エアハルトさんは依頼の確認中です。買い物ならお一人でどうぞ。リーダーの仕事の邪魔をするとか、冒険者としてどうなんですか?」
刺々しいリューエの言葉に、エアハルトがワタワタとしはじめた。新米冒険者たちも困っている。
女性冒険者は言う。
「邪魔なんかしないわよ。確認中なら待つからそれで良いでしょ? それに、これってパーティーの問題だから、職員に色々と言われたくないのよね」
エアハルトは思った。
(くそっ、あいつらなんで引き留めてくれなかったんだ。俺がギルドに行く、って知っていたはずなのに)
あいつら、とは初期から一緒に冒険者として活躍している同じ村の出身の若者たちだ。エアハルトと一緒にベイムまで来て、冒険者となりライエルとの間に問題を起こした連中でもあった。そんな仲間に、他の女性冒険者たちを押さえておくように言っていた。
しかし、結果はこのように、ギルド内で言い争いが始まっていた。
「だいたい、エアハルトさんはサウスベイムで一番の冒険者なんです。そのせいで仕事が集中しているんですから、実力のある貴方たちは新しくパーティーでも作って依頼を引き受けてくれませんか?」
リューエの言葉に、女性冒険者は。
「こっちはカルタフスで問題を起こしたのよ。エアハルトはその監視も仕事だし、パーティーとしても戦力を割くとか考えられないわね。これだから職員は自分の都合しか押しつけない、って言われるのよ。こっちだって色々と大変なのよ。もっと人手が欲しいくらいのに」
そんな騒がしいギルド内。ギルドの奥にある階段からは、マリアーヌが書類の束を持って降りてきていた。
「あら、また喧嘩かしら? リューエ、言い争いはその辺にしておきなさい。受付できないで冒険者の方々が困っているわよ」
マリアーヌがリューエに注意をした。すると、エアハルトがマリアーヌを見て髪をかきながら照れくさそうに挨拶をした。
「ど、どうも」
「……えぇ、久しぶりね。エアハルト君。頑張っている、って聞いているわ。私も嬉しいわよ」
笑顔で受け答えをするが、二人の間には妙な雰囲気があった。それを見たリューエが頬を膨らませると、女性冒険者がエアハルトの背中に胸を当てながら。
「ほら、早く依頼の確認を済ませてよ」
「お、おう! だ、だから背中から離れろよ」
慌てて書類に視線を向けるエアハルト。新米冒険者たちは、口を開けてその様子を見ているのだった――。
ルフェンス王城内。
俺の近くで飛び跳ねるシャノンは、俺が手に持っている皿に載ったプリンを取ろうとしていた。
「ちょっと、返してよ! それ、私のプリンよ!」
「ふざけるな! どう考えも俺のプリンだろうが。というか、もう二つもプリンを食ったじゃないか! その食べ終わった皿が証拠だろうが!」
執務室を出て、一般食堂とは別の食堂へ向かうと、そこにはシャノンが食事をしており、テーブルに置かれたプリンを食べていたのだ。
残っていたプリンは一つだけ――どう考えても、これは俺のプリンだ。
「男なんだから我慢しなさいよ! それに、余ったら食べていい、って言われてますぅ!」
「俺がいるんだから余るわけがない、って気付けよ! 甘いものだって欲しいんだよ。というか、二つも食べたならお前が我慢しろよ! いや、遠慮しろよ!」
シャノンは、背の高さ的に奪えないと分かると俺の服にしがみついて揺すってきた。
「今日のプリンは特に美味しいの! 私、ここ最近は食べられなかったんだからね!」
「お前が仕事でミスをしたからだろうが! お前のミス! 寝坊したお前が悪いんだよ!」
食堂――とは言っても、俺たちが使用する食堂は限られた人間しか使用できない。俺や俺に関わるメンバーだけだ。そのため、周囲には俺とシャノン以外に誰もいない。そのため、二人で騒ぎまくっていた。
「ケチ! ライエルのケチ!」
「欲張り! シャノンの欲張り!」
仕事のストレスで変なスイッチが入っていたんだと思う。そうして騒いでいると、部屋のドアが開いた。食事の用意がされているのは四人分だった。一人はリアーヌだろうが、もう一人が分からない。
すると、シャノンが俺の意識が逸れた瞬間に腕を掴んだためにプリンが宙を舞った。
そのままプリンはドアから入ってきた赤い髪の女性――アリアの顔面に直撃したのだった。俺とシャノンは、その光景がまるでスローに見えていたと思う。
プリンが形を崩し、アリアの顔面にベタリとついてそのまま床にポタポタと落ちた。アリアはしばらく黙っていたのだが――。
「……私がなにを言いたいのか分かるわよね?」
俺はすぐに。
「ち、ちがっ! これはシャノンが!」
シャノンも手を激しく横に振りながら。
「違うわよ。これはライエルがやったのよ!」
顔についたプリンを舌で舐め取るアリアは、次第に視線が鋭くなり――テーブルを見ると残りのプリンがないことに気が付いたようだ。
「私のプリンはどこだぁぁぁ!!」
「ごめんなさあぁぁぁいぃぃ!」
そう言って駆け出したシャノンが部屋から逃げ出すと、俺も少し遅れて部屋から飛び出した。
「おい、ふざけんなよ! なにを一人だけ逃げてんだ! お前のせいだからな!」
こういう時だけ足が速くなるシャノンに追いつき、廊下を二人で走っていると赤い何かが俺たちの間を通り抜け、そして目の前に出現した。
シャノンが立ち止まると。
「ひ、卑怯よ! スキルを使うとか卑怯!」
アリアはシャノンを見ながら。
「あんたが言うな! 前にスキルでミランダに色々したのは聞いているんだからね。それと、私の楽しみを奪ったのはどいつからしら?」
手の指をボキボキと鳴らすアリアを見ながら、俺はシャノンを指差した。
「わ、私を売る気ね、ライエル!」
「いや、食べたのはお前だし。しかも二個も食ったよね? 絶対にお前が悪い、って。アリアに怒られてしまえ」
俺そう言って笑うと、俺の肩にアリアの手が乗った。
「なら、ライエルは私にプリンをぶつけた反省をして貰いましょうか」
……うん、こうなると思ったんだ。だから逃げたわけだし。