初代の武器
二代目のスキルは、単純に言えば他者に己のスキルを使用できるようにするものだ。
正確に言うと複雑なので、簡単に言えば周辺にいる味方が一定距離にいればスキルを使用できる。
初代のフルオーバーも。
四代目のスピードも。
いつでも他者に使用できる状態を作り出す……それが、二代目のスキル【オール】だ。
ただ、このスキルは使用する魔力も極端に少ない。
何しろ、スキルを他者に使用できるようにする、というだけで、実際にスキルを誰かに使用しない限り微々たる量しか魔力を消費しない。
だが、このスキルの最大の特徴は、一定範囲内にいる敵味方を識別する事にあった。
木々が整列するように生え揃い、部屋を作り出している空間。
人が通れる程度の入口を吹き飛ばし、木片を散らかして登場した【最奥の間】にいるはずだったボス。
オークであるのに赤い肌をし、腕は毛深く、髪は背中を覆い隠している。
まるでオーガのようなオークは、自分が殺した冒険者の武器である大剣を所持していた。
巨大なオークが持っていると、大剣が普通の剣に見えてくる。
サーベルを向けた俺に、威嚇されたと思ったのか雄叫びを上げた。
周囲では、迷宮に挑んだ仲間であるノウェム、アリア、ゼルフィーさん、ロンドさん、レイチェルさん……五人が雄叫びに一瞬怯んだ。
何しろ声が大きい。
巨大なオークが入った事で、ある程度の広さがあった部屋は狭く感じる。
だが、俺はオークの状態をある程度は知ることができた。
(二代目が使わせるのをためらった理由が分かるな。確かに、これはある意味で強力すぎる)
ハッキリ言えば、本来の目的である他者にスキルを使用するためのスキル……というよりも、副産物的な方が重要なスキルだった。
雄叫びを上げた赤いオークに呼ばれたかのように、迷宮をうろついていた魔物たちが俺たちのいる部屋に集まってきた。
ゼルフィーさんは、俺の前に出ようとする。
いや、盾を持っているので、パーティー全体の壁役になるのだろう。
ただ、今の赤いオークを相手にするには、ゼルフィーさんの力では対抗できそうになかった。
「赤いオークは俺が相手をします。部屋に入ってくる他の魔物の相手をお願いできますか」
全員に言うと、ロンドさんが声を張り上げる。
「何を言っているんだ! あの敵はまずい。全員で一気に仕留める方が良い!」
確かに正しい意見ではあるのだが、目の前の敵に手間取っている時間はない。
「そうしたいんですけど、時間もあまりないんで……ほら、来ましたよ!」
俺が言うと、部屋にゴブリンが入ってきた。
赤いオークの後ろから飛び出してくると、ノウェムが魔法を使用する。
「ウインドバレット」
ゴブリンが吹き飛ばされ、壁に激突した。
同時に、俺も予備のサーベルを引き抜いて赤いオークに向かって走り出す。
赤いオークは、手に持った剣を振り上げると俺に振り下ろしてきた。
「確かにこれはとんでもないスキルですね」
俺はそのままの勢いで屈んで飛び込むと、振り下ろされた大剣が地面に突き刺さり俺を斬り割くことはなかった。
剣とオークとの間に潜り込んだ形になる。
両手に持ったサーベルで、目の前にあった赤いオークの両膝を斬る。
「浅い? 思ったよりも……いや」
皮膚が思ったよりも硬かった、そう思おうとしたが目の前でオークの膝が治っていく。
すぐに左側に跳ぶと、赤いオークの左拳が地面に叩き付けられ土が抉れ、小さなクレーターができた。
横に跳んで、そのまま受け身を取って立ち上がった俺に声がかかる。
「ライエル君!」
ロンドさんの声だった。
俺の後ろから飛びかかるゴブリンを見て、慌てて声をかけたのだろう。
だが、俺は振り返ることなくサーベルを後ろに振るうと、そのまま立ち上がる。
ゴブリンの血液が俺に頭から降り注いだ。
「目が見えない」
そう呟くと、慌てて俺に駆け寄る反応があった。
ノウェム、アリア、ゼルフィーさんだ。
その他には、好機と見たのか周囲にいた魔物が俺に目がけて襲いかかってくる。
両手に持ったサーベルを振るい、その場をターンしながら移動した。
サーベルを振るうと血が地面に飛び散る。
服の袖で目をぬぐうと、周囲の状況が見えた。
「見えなくてもここまでできるのか」
剣を振るい、襲いかかる魔物の攻撃を避けて全てを斬り伏せる。
誰がどこにいるのか、そしてどんな状態か……それを全周囲で感知できる二代目のスキルは、五代目と六代目のスキルとは決定的に違う点があった。
五代目が懐かしそうに言う。
『俺もこのスキルには随分と世話になったが、やっぱり副産物的な方が凄いスキルだよな。俺のスキルはもっと大きな視点で見るから、こういった乱戦には向かないが』
六代目も同意していた。
『ですな。地味ですがかなり有用です。初代と二代目のスキルがあったおかげで、生き残れた戦も多かった』
シミジミとしている六代目には悪いが、今はそれよりも目の前の敵に対してアドバイスが欲しかった。
「攻撃が効かないと聞いていたが、治療しているのか。攻撃し続ければその内に魔力を失って倒れるだろうけど……こっちの体力が先になくなりそうだな」
俺だけならどうにでもなるが、ここには他の仲間もいる。
先に倒れるのは部屋を照らしているレイチェルさんか、治療魔法を使用し、攻撃魔法で俺を支援しているノウェムだ。
その後にアリアが倒れ、ゼルフィーさんが続くだろう。
最後にロンドさんでも、目の前の赤いオークは倒しきれない。
(ベテランの冒険者を倒して成長したせいか、更に厄介になったな。魔物も成長して、スキルまで持つのか……神が人間に与えた恩恵というのは、嘘なのかな?)
両手に持ったサーベルに視線を下ろすと、俺はそのまま後ろに下がる。目の前には赤いオークの剣が振り下ろされていた。
剣の扱いを知らないようだ。
これなら、まだ棍棒などを持っている方が厄介だった。
「サーベルの刃こぼれも酷い。先に武器が駄目になる。一撃で仕留めるには、スキルを使用した魔法で仕留める方が良いか?」
自分の中で結論を出そうとするが、僅かに足りなかった。
他の仲間は部屋に入り込んだ魔物の相手をしているため、助けを求めるにしても時間が必要だ。
俺が相手をしているので、赤いオークは他の仲間を攻撃しない。誰かを助けようとすれば、赤いオークは標的を変えるかも知れなかった。
「賭け事は嫌いなんだよな……さて、どうやって仕留めるべきか」
最大の攻撃で、一撃にて目の前の魔物を倒さなくてはいけない。
相手の持つスキルも判明し、大体の事は二代目のスキルで把握できた。体力に魔力……それらを感覚的に知ることができると、戦い方も変わってくる。
初代は――。
『お前のスキル、少し卑怯すぎないか?』
二代目は怒鳴りつけた。
『卑怯とはなんだ! 便利なスキルだろうが! 便利すぎて頼り切るから、ライエルにはまだ使わせなかったんだぞ!』
新しい感覚を得たような気持ちだが、確かに多用するには時間がかかりそうだ。
魔力的にではなく精神的に疲れが出そうだった。
目の前の赤い攻撃を避けつつ、俺は思案する。
すると、赤いオークは俺が不気味なのか一歩下がった。声を張り上げると、部屋の壁――木々の間から緑色の皮膚をした通常のオークが姿を現す。
「こいつら、仲間を呼んだの!?」
アリアが驚いた声を上げると、ロンドさんはレイチェルさんを守るために近寄った。
ゼルフィーさんもノウェムとアリアの前に出る。
「ライエル、あとどれだけ耐えられる!」
ゼルフィーさんの声に、俺は上を向いてしばらく考え――。
「すぐに終わらせますから、しばらく持ちこたえてください」
そう言った。
それを聞いて、初代が大笑いする。
『言うじゃねーか、ライエル! そうだ。男はこういう時に恰好を付けないとな! よしっ! 俺から特別に教えてやる――』
初代の発言に、五代目が少し動揺した。
『おい、何を考えてやがる。まだ早いってもんじゃねーぞ』
俺は赤いオークの両脇から出てきた二体のオークに、一時的にリミットバーストを使用して両手に持ったサーベルを投げつけた。
回転しながらオークの頭部に突き刺さるサーベル。
二体のオークは、突き刺さった衝撃にアゴを上げてそのまま地面に倒れ込む。
武器を失った俺を見て、赤いオークが雄叫びを上げた。
「魔法で仕留めきれるかな……ギリギリかも」
倒せるとは思うが、ギリギリだった。倒しきれない可能性もあるので、一撃に全てをかける。
(倒しきれないなら、素手で殴れば良いか)
一瞬、初代と似通った思考になってきた自分が酷くおかしかった。
(なんだろう……悪くないかな)
そう思ったところで初代が言う。
『おい、宝玉を握りしめろ』
「何を言っているんですか」
周囲は他の魔物と戦っているので、俺と初代の会話は聞こえてこなかった。
『面白い事を教えてやるよ。今のお前には朗報だろうぜ……何せ、七代目がわざわざ用意していた仕掛けが利用できるんだからな』
「七代目……祖父が?」
俺が魔法の使用を中断し、言われた通りに宝玉を握りしめた。
七代目が、初代にどうして教えたのかと怒鳴りだした。
『何故教えた! まだ早い! ライエルの魔力では本当に数秒しか利用できない!』
すると、初代が言い放つ。
『数秒? それだけあれば十分だろうが! お前ら、俺にこいつが……ライエルが凄いって言ったのは誰だ! 俺が許可したんだ! 誰にも邪魔なんかさせねーよ! ほら、行くぞ、ライエル!』
すると、宝玉が青い光を放ち首に巻かれた鎖が勝手に解かれた。
銀色の宝玉を包み込むような細工が、俺の手の中で姿を変える。
「これは――」
周囲も俺の様子が気になっているようだった。ノウェムが使用した魔法の爆風を受け、煙に包まれる。
宝玉に今までにない重みを感じた俺は、両手で宝玉だったもの……いや、宝玉の飾りと思い込んでいた銀色の細工を握りしめた。
柄を両手で持ち、銀色の刃は薄らと青く光る。青い宝玉が埋め込まれた鍔……宝玉は輝いていた。
『俺は剣技なんて立派なものなんか知らねー。だから、こういった叩っ斬る得物が一番よかったんだ』
俺の手に握られていたのは、銀色の大剣だった。
初代が叫ぶ。
『時間がないだろうが! とっとと仕留めやがれ!!』
その声に後押しされるように、俺は駆け出すと大きく飛び上がる。途中、赤いオークが振り回した大剣を空中で体をひねり避けると、そのまま握りしめた大剣の重さを利用して空中で回転をする。
遠心力を味方に付け、スキルで一気に最大限の攻撃力を生み出そうとした時だ。
『これが俺の最後のスキル――【フルバースト】だ!』
初代がサポートしたのか、スキルを発動するといつも以上に力が体の奥底からわき上がってくる。
回転を調整し、そのまま最大限の力で大剣を赤いオークに振り下ろした。
「これで――」
初代の声と重なる。
「終りだぁぁぁ!!」
『終りだぁぁぁ!!』
赤いオークは、左腕を犠牲にして生き残ろうとしたが、その左腕ごと赤いオークを俺は縦に両断する。
地面に銀色の大剣が深々と突き刺さり、地面がめり込みその衝撃の強さを物語っていた。
「はぁ、はぁ……なんて凶悪な」
俺が両断された赤いオークの体がゆっくりと倒れるのを確認すると、銀色の大剣は宝玉を飾る細工に戻ってしまった。
(七代目が特別に作らせたとか言っていたけど……そう言えば、ゼルが希少な金属だって言っていたな)
実家を追い出される時にゼルが言っていた事を思い出した俺は、もっと早くに言って欲しかったと思うのだった。
だが、急激に魔力を使用したことで体に力が入らなくなる。
膝を地面につけると、俺の体を支える人物……ノウェムがそこにいた。
「ライエル様!」
抱きついたノウェムは、本当に心配したのか締め付ける力が強かった。
「アハハハ、ごめん……少し、無理をしすぎたかな」
ゼルフィーさんも駆け寄ると、俺に確認を取ってくる。
「いったい何をしたんだい。あの光や武器だって……って、ちょっと! こんなところで倒れるんじゃないよ!」
騒がしいゼルフィーさんが、いつも通りで俺は少し安心した。周囲では怪我をしているロンドさんがいたが、レイチェルさんに治療を受けていた。
アリアも息を切らしている様子だが、スキルを使用して魔物を倒していた。
「静かにしてください! ライエル様、すぐにここから離れましょう。それまで意識は持ちますか?」
ここでしばらく休憩していくか、すぐに俺を連れ出そうというのだろう。
だが、最後までいつも通りなら俺がまったく成長していないみたいだ。
それは嫌だった。
少しくらい、意地を見せておきたい。
「大丈夫だ。少しだけ休めばすぐに立てるから……ノウェムもありがとう」
「いえ」
ノウェムは安心したようだが、俺の体を支え続けている。近づいてきたアリアに、俺は言う。
「魔物と戦って勝てたね。これで少しは自信がついた?」
からかうように言うと、アリアは驚いた様子だった。
「あなた……見ていたの?」
褒められたと思ったのか、以外にも嬉しそうにしている。
(アリア、以外と騙されやすいのかも知れないな。気をつけるように言っておこう……それよりも)
俺はロンドさんたちを見る。
「勝手なことをして申し訳ありませんでした」
すると、溜息を吐くレイチェルさんだったが、ロンドさんは怪我したところに包帯を巻いていたが笑顔だった。
「凄かったよ。まさかここまでできるとは思わなかったかな。馬鹿息子のライエル、って呼び名は相応しくないね」
笑顔を絶やさないロンドさんを見て、俺は懐の深い人なのだと思った。勝手に行動した年下の冒険者を相手に笑顔を向けている。
ただ、レイチェルさんは違う。
「勝手な行動しすぎよ。今回は良かったけど、ボロボロじゃないの。死んだら泣く人がいるのをもっと自覚しなさいよね。って、言いたいけど活躍できなかったし、ここは素直にお礼を言うわ。ありがとう」
素直にお礼を言われた気もしないが、彼女なりの気遣いなのだろう。
俺は苦笑いをする。
ゼルフィーさんも、恰好がつかないと言いながら俺に注意をしてきた。
「ライエルのおかげで助かったけど、もう少し周りを信用しな。何ができて何ができないのか、それを言っておけばもっと効率よく動けたんだ。スキルを隠しておきたい気持ちも分かるが、それとなく伝えておく事も考えなよ」
本当にそうだと思いつつも、ご先祖様たちのことを言うべきか思案する。
(まずはノウェムに伝えないと。話さないといけない事が一杯あるな。特に初代の事とか……)
蛮族スタイルで、細かい事を気にせず、感情で動き場をかき乱す。
だが、頼りがいのあるウォルト家の初代だ。
(俺は認められたのかな)
そう思いながら宝玉を握っていると、ノウェムが目を見開く。
「玉が光って……これは」
ノウェムが言うと、周囲も驚いたような反応になる。
以前のアリアと同じだ。
青い宝玉が光り、スキルの誕生を知らせてくる。
俺の頭に浮かんだのは、スキルの名称だった。
「……【エクスペリエンス】」
浮かんだのは言葉だけではない。
俺のスキルが、いったいどんな事ができるのか? どうやって使用するのか?
それらも同時に浮かんでくる。
スキルの発現から、しっかりと形になるまで結構な時間がかかった。
「ちょっと、これって……あんた、いくつもスキルを使えるの?」
アリアが驚いていたが、俺はそれ以上にスキルの内容がとても衝撃だった。
何しろ、俺のスキルは支援系で常時発動しているようなものだ。
これまで異様に疲れやすいのは、ご先祖様たちのせいだと思っていたが原因の一端は不完全な俺のスキルにもあった。
(経験を多く得るスキルだと? ……しかも常時発動しているとなると、常に魔力が消費されていることに)
不完全であった時は、俺のスキルは効果を発揮はしないが魔力だけは消費していたようだ。
そして、今回になってやっと効果を発揮するようになったのだと……。
(俺のスキルが微妙すぎるんだが!!)
休憩後。
俺たちは五人の冒険者たちを三回に分けて迷宮の外へと連れ出した。
御者をしてくれていたサポートの人が、用意していたスープで五人が腹を満たしていると、俺たちは最奥の間へと足を運んだ。
最奥の間に財宝が――宝がある限り、迷宮は大きくなり魔物を吐き出し続ける。
危険を取り除くためにも、財宝の回収は必須だったのだ。
最奥の間に入ると、ラーフさんが木々の間で輝くような金属を見つける。
「あれじゃないか!」
走り出し、そして絡んだ木の枝などを短剣で切っていくと財宝を取り出した。
すると、息苦しさが急激になくなっていく。
「これで迷宮討伐は終りだね。一階層しかないから楽だったが、これが階層が三つも四つもあればこの面子じゃ討伐は無理だったよ」
手に入れた金属は鉄のようだ。
だが、迷宮で魔力を浴びた特殊な鉄である。
「おぉぉ! これって、武器にすればスキルを付与できる魔具の材料になりますよね!」
ラーフさんが大喜びでゼルフィーさんに確認を取ると、苦笑いしながら頷いていた。
「ダリオンの職人に持って行けば、半分差し出せばいくつか作ってくれると思うけどね。ただし、ギルドの指定している職人を選びなよ」
闇ルートでこうした希少金属が流れるのは、あまり宜しくないのだという。
「ラーフ、流石に報酬は綺麗に分割しないと。七人なので七等分にしますか?」
すると、ラーフさんがロンドさんに詰め寄る。
「買い取れないか! これだけあれば、俺たちも魔具を持てる。そうしたら、冒険者として迷宮なんかにも挑める!」
興奮しているラーフさんは、手に入れた財宝で魔具を作りたいようだ。だが、金属の量からするとできても三つから四つである。
「そんな大金はないよ。地道に行こう」
ロンドさんは溜息を吐いていた。
これだけの量なら、金貨でどれだけの値段になるだろう?
そう思っているとゼルフィーさんの視線が部屋の隅に向いていた。
俺もそちらを見る。
「……知り合いだったんですよね」
ロンドさんがゼルフィーさんに声をかけると、小さく「あぁ」と呟いていた。
「勝手な奴だったよ。あれだけ死んだら終りとか言っておきながら、最後は自分が新人を助けるために命を投げ出すんだから」
複雑な表情をしているゼルフィーさんは、ベテラン冒険者の死体に近づくとそのまま荷物をあさる。
金目のものをかき集めると、最後にギルドカードを回収した。
見ていると追いはぎみたいだ。
「ほら、あんたらも来なよ」
そう言われて俺たち――俺、ノウェム、アリアの三人が死体に近づいた。
棍棒で殴り飛ばされたのか、死体は酷い状態だった。
ノウェムが口元を押さえ、アリアは青い顔をしてその場に座り込み吐いてしまった。
俺も口元を押さえる。
「覚えておくんだね。冒険者が死ぬ、って言うのはこういう事だよ。最後は金目のものをはぎ取られ、死体は捨てられるんだ。ちゃんとギルドカードも回収して、ギルドに届けるのを忘れるんじゃないよ」
金ははぎ取った冒険者のもの。
そう言ってゼルフィーさんは普段使用していない革袋にベテラン冒険者の遺品を丁寧に詰め込む。
「ゼルフィー、何もそこまでしなくても……」
アリアが青い顔で息を切らして止めるが、ゼルフィーさんは聞いていなかった。
「これも私の権利だよ。危険な場所まで来て死体を確認。ここで何があったのか調査もしたんだ。何か悪いのかい?」
アリアを睨み付けるゼルフィーさんは、普段と違って見える。
ロンドさんたちは口出しをしてこなかった。
「さて、回収も終わったんだ。戻ってゆっくり休もうじゃないか。それと、そこのでかいの」
「俺ですか?」
ゼルフィーさんに言われ、ラーフさんは自分を指さした。希少金属は脇に抱えている。
「私の取り分はこいつの物でいいから、後は勝手にライエルたちと交渉でもしなよ。まだ新人だから、簡単に騙されてくれるかもよ」
そう言ってこの場を去るゼルフィーさんを見て、アリアがその背中を悲しそうに見ていた。
「家があんな事になったから、ゼルフィーもあんな風に……」
冒険者の姿を見て、アリアが悲しそうにしている。
俺はノウェムを介抱すると、アリアにも水筒を渡して口をゆすがせた。
死ねばうち捨てられ、生きている冒険者に金目の物を奪われる。
そういった実例を様々と見せつけられた。
「二人とも、そろそろ行こう」
俺がそう言うと、アリアが死体を見る。
「せめて埋めてあげるとか……」
すると、ロンドさんが説明してくれた。
「もうしばらくすれば迷宮は枯れる。そのまま朽ちていくから、埋めても埋めなくても一緒だよ。それとも、死体を担いで外に出るかい?」
アリアは悔しそうに俯いた。
そして、ロンドさんが言う。
「その気持ちは大事にするといいよ。甘いかも知れないけど、冒険者である前に俺たちも人間だからね」
ロンドさんもその場を去って行くと、ラーフさんがその後に続いた。最後に――。
「後で交渉しようぜ。おっと、だまし取るつもりはないからな。ただ、俺たちが出せる物が少ないだけで……わりぃ、こんな時にいう事じゃなかったな。これじゃあ、レイチェルのことを悪く言えないぜ」
場を何とかしようとしたようだが、無理だと悟るとラーフさんも最奥の間から出て行った。
俺はノウェムとアリアに手を貸して立たせると二人を支える感じで歩く。
すると、四代目が――。
『素で両手に花かよ……』
妬みのこもった声を呟き、それを聞いた三代目が笑う。
『ライエルは運があるね。それって重要な事だよ』
そして、六代目が言う。
『ほれ、さっさと戻るぞ。せっかくあのゼルフィーが現実というのを見せてくれたんだ。その気持ちも考えてやれ』
俺はその言葉を聞いて首をかしげたくなった。
(ゼルフィーさんの気持ち?)
二代目が溜息を吐く。
『まったく……本気でライエルに、このお嬢ちゃんを預けるつもりらしいな。あんな演技までして』
先程までの行動が演技だとご先祖様たちが言うが、俺には理解できなかった。
(本気で預ける? どういう意味だろう)
二人を支え、俺は迷宮の出入り口を目指した。