お見合い
「……なんて事をしてくれたんですか」
溜息を吐くバルドアを前に、俺はオズオズと。
「ま、まずかったか?」
バルドアの仕事部屋は、俺の執務室より狭い。周囲に物が多いのもあるだろうが、元から俺の執務室が特別だったのだろう。アレットさんにお見合いの話をして、バルドアにも声をかけると呆れられた。
「いえ、失礼しました。ライエル様から提案された縁談となると、拒否など出来ませんね。それで、お相手の方はロルフィスの副団長でしたか? 格的に言えば現状ではランドバーグ家はウォルト家の陪臣騎士。釣り合うとは思えませんが?」
「え? 断らないの?」
俺が驚いていると、宝玉内から笑い声が聞こえてきた。三代目は俺に言う。
『僕の時代もだけど、主君から出された縁談を断るとか相当だよ。ウォルト家みたいに代々家訓が、っていうなら寄親とかも配慮してくれるけどね。僕の場合は二代目が探してきてくれたから助かったけど』
七代目も同じような事を言う。
『断るにはそれなりの理由がいるな。しかし、この年齢で好きな相手がいないのも不思議だな。ライエル、聞いておきなさい』
俺は七代目の指示に従い、バルドアに聞いてみた。
「他に相手はいないのか? 好きな相手とか?」
バルドアは少し視線が動いたが、俺を見ると諦めたように口を開く。
「ライエル様は軟禁状態でしたね。知識では知っていても、というところでしょうか? 私にも好いた人はいます。ただ、相手は賊の討伐で立ち寄った村の娘です。流石に結婚という訳にはいきませんからね」
バルドアに言われ、貴族の結婚に自由恋愛など家同士の繋がりの前では無意味だというのを思い出した。俺の場合はノウェムが婚約者だったが、バルドアの方はどうやら身分違いの相手がいるようだ。
「どうするつもりだ?」
「お受けするつもりです。確かに、現状ではロルフィスの問題を軽視できません。例えば連合をロルフィスが離脱した場合、制裁が必要になります。加減を間違えてやりすぎれば他の国も不安に。手加減しすぎれば不満がたまる。国によっても反応も違うでしょうし、放置できない問題ですから」
そう。ロルフィスに離脱された場合、制裁をする可能性も出てくる。他の国が納得しなければ、放置も出来ない。
最悪、バンセイムと結託する前に連合内部で滅ぼすことも考えないといけない。だが、それを他の国がどう思うか? 負けはしない。それだけの力が今の俺にはある。しかし、勝ってもその場だけの勝利に過ぎない。
バンセイムと戦う事を控えて、変な爆弾を抱えたくなかった。
「……悪いな。そうだった。冒険者時代の方が濃い時間だったから、貴族時代のことを忘れかけているな」
「仕方がないかと。知識で知っているのと体験するのとでは別ですからね。ただ、私の条件としては賊の討伐後に手を出しているので、侍女として受け入れて貰う事を考えて欲しいくらいです。最低でも、関係を認めて貰う必要がありますね」
七代目が少し低い声で。
『えらく大事にしているな。というか、やることはやっているのだな。ライエルもこれくらいの余裕があればいいのだが』
すると、七代目に三代目が言う。
『七代目は規模が大きすぎるから、賊討伐とか直接あまりしないでしょ? しても周りを家臣団が固めている感じかな? 賊討伐をして貰った村が、村一番の娘を接待に出すのはよくあるからね。バルドアくらいの領地持ちならこういう話はそれなりにあるはずだけど……聞いていると個人かな?』
三代目の疑問をたずねてみた。
「個人か? それとも、今まで関係を持った女性全員か?」
バルドアは俺をジト目で見てきた。
「……ライエル様、皆がライエル様のように女性を沢山囲っていると思わないでくださいね。個人ですよ。個人。数年前に賊討伐をしたときにお世話になりました。その時は私も知識だけでして、後から大慌てでしたけどね。ただ、以降は出来るだけ村などで泊まらないようにしています」
三代目が真剣な声で。
『そういうのも相手側にしたら迷惑なんだけどね。賊を倒して貰ってお礼をしたら、拒否されたように感じるし。まぁ、バルドア君なりに筋を通したいんだろうけど』
最初の女性だからこだわりがあるのだろうか? 俺には良く理解できなかった。バルドアは、溜息を吐きつつ。
「まぁ、情があり、その後も付き合いがありますので。面倒くらいは見たいわけです。それで、申し訳ありませんが……私が死んだ場合は、その娘にもいくらかの報酬を用意して頂ければ」
……急に嫌な話になってきた。だが、真剣な表情のバルドアを前にして、冗談も言えない雰囲気なので、俺は相手がどこにいるのかだけを確認する事にした。
――アレットは、待合室で項垂れていた。
「……騎士服以外も持ってくれば良かった。どうしてドレスを用意しなかったんだ、私の馬鹿!」
そんなアレットを見ているのは、城の中を案内した騎士だ。呆れているというか、アレットを見ながら慰める。
「バルドア殿もそんなに衣服がある訳でもありませんよ。こっちは乗り込んでそのままですからね。最低限、身なりが整っていれば問題ないです。それに、急に決まった話じゃないですか」
すると、そんな騎士に新米騎士たちが不安そうにたずねた。
「あの、よろしいのですか? 我々の本来の役目は――」
騎士は首を横に振る。
「分かっているんだよ。だけど、お前ら……このチャンスを逃したとして、誰か副団長様と結婚できるか? 男手なんか貴重だぞ。格が釣り合う相手を探しても、ほとんどが結婚済みだ。このチャンスを逃せば、今ですら危険水準なのに」
本来、アレットたちの目的は、建前上はロルフィスの地位向上だ。だが、実際はアンネリーネ王女殿下と、ライエルの婚約を取り付けるために送り込まれたのだ。
そうでもしなければ、四ヶ国連合で発言力が低くなるからだ。他の三国はライエルと関係があるというのに、ロルフィスだけ……しかも、今更連合を抜けるなどロルフィスも出来ない。
抜けた瞬間に周囲は敵国だらけとなるからだ。
騎士は天井を見上げ、それからアレットの方を見る。
「副団長、結婚の書類は持っていますか?」
アレットは顔を上げると、頷きながら。
「え? あぁ、持っているが?」
周囲の新米騎士たちが唖然としていた。騎士は、そんな新米騎士たちに視線を巡らせながら。
「分かったか。こういう人なんだ。もうチャンスがないんだ。王女殿下はまだ若い。だが、副団長は……良い人なんだけど、こういうところがあるから……ロルフィスの騎士としてはこの話よりもライエル殿と王女殿下の結婚の話を進めたい。だが、個人としては副団長を応援したい。それに――」
「それに?」
アレットの方はブツブツとシミュレーションをしていた。見合いでたずねられたら時の答えをあらかじめ用意しておこうとしている様子だった。
「休日は何をしているのか聞かれたら、体を鍛えて夜は酒を飲んで眠る、は駄目だったな。後で怒られた。なら、ここは可愛く編み物をしているとか家庭的な話を――だ、駄目だ! 編み物なんか習っていらい、一度もやっていない! こうなれば、花を愛でるとか適当に誤魔化して――」
必死すぎて、周囲の男性騎士たちがドン引きしていた。
「――それに、だ。この話も悪くはない。今から競争率が激しくなる重鎮候補だぞ? 今は陪臣騎士だが、ライエル殿が勝利すれば大領を与えられて伯爵。あるいは宮廷貴族として側近は間違いないんだ。ロルフィス――国としても悪くないだろ?」
表向きの仕事だけなら成功できる、そう騎士は新米騎士たちに説明するのだった――。
数時間後。
それぞれ準備を整え、王城内の中庭に用意された丸いテーブルを俺とルドミラさんが向かい合い、本命のバルドアとアレットさんが向かい合うという形で見合いが始まった。
周囲には護衛もいるが、必要最低限。
しかも女性騎士たちだけ、という状況だ。モニカがお茶などの準備をしてくれているが、アレットさんが緊張しておりまったく手を付けていない。
誰も口を開かないまま数分が過ぎると、ルドミラさんがカップを置いた。カチャリと陶器のカップが音を立てる。そんな音が綺麗に聞こえるくらいに静かだった。
だが、その均衡を崩したのはアレットさんだ。
「あ、あの! ご趣味は!」
すると、バルドアは冷静な様子で。
「乗馬を少し。他は絵や楽器にも手を出していますが、得意といえる程ではありません。それと、一つ聞いてよろしいですか?」
「は、はい!」
年齢的にも近い二人だが、どうにもアレットさんの緊張が酷い。今にも口を滑らせそうな感じだ。三代目がワクワクしながら。
『ここで結婚関係の書類を出してこないかな。もう自分の名前を記入済みとかだったら、流石のバルドア君も驚くでしょ』
七代目はバルドアが冷静なのを評価していた。
『内心ではどう思っているのか分かりませんな。しかし……この余裕、やはり女を知っているからでしょう。ライエル、お前も真剣に考えておきなさい。大きな戦いも近い。女を知っておくのもいい事だぞ』
……宝玉内の二人に筒抜け状態で、女性に手を出すなど考えられない。というか、バルドアが俺たち側の人間ではないと知って少しショックだ。ダミアンやマクシムさんと楽しく話せると思っていたのに……。
バルドアは机に肘をつき、手を組んで真剣な表情でアレットさんを見ていた。
「この結婚はとても重要だと理解しています。ただ、私の実家は街を持っているとは言っても小さな領地。準男爵家規模。しかも陪臣です。領主貴族の跡取りであるため、結婚すれば私の実家に嫁いで貰う事になります。それに、私は領主貴族の嫡男。貴方だけを愛したとしても、他の女性に手を出すこともあります」
助けた村の接待を受け、という話だ。同じようにベイムで村を助けた俺だが、そういう艶っぽい話は一度も出てこなかった。これが風習の違いか。
「わ、私はバンセイムで言う宮廷貴族の出身です。話程度には色々と……」
「それでは困ります」
バルドアの声が少し強くなった。表情は真剣そのものだった。
「私の実家であるランドバーグ家は、陪臣騎士となってからウォルト家に忠誠を誓ってきました。もう六代にわたって仕えてきた家。私もその役目を果たす事を望んでいます」
アレットさんも必死な様子で。
「そ、それは理解している。私とて実戦経験はある! か、覚悟だって……」
バルドは頷くと。
「なる程。女性でありながら副団長という地位にいるだけはある、と。では、私が言っている意味は理解できますね? 他に女性が出来る事もあります。それに、私はロルフィスを最優先には出来ない。それに、すでに関係のある女性もいます。身分が低く結婚は出来ませんけどね。屋敷には侍女として迎え入れるつもりです。それでも良いならば、私は貴方を正妻として迎え入れましょう」
アレットさんは考えるまでもなく――。
「わ、分かった! 侍女の方は想定外だが、そういう話も色々と聞いている。このチャンスを逃せば、私に次は……」
――同意してしまった。
「え? いいの!」
絶対に渋ると思ったのに、侍女――愛人の受け入れすら認めやがった。
「侍女の一人や二人、手を出したからと怒っていてはもう結婚が出来ないんだよ! こっちは真剣なんだ、黙っていてくれ! もっと酷い条件がくる事だって考えていたんだ……実際、何度か言われて……」
なんか凄く切ない気分になった。ルドミラさんの方は。
「領主貴族ならそれくらいは、な。戦場に出れば死ぬこともある。世継ぎを残す意味でも数人の女を囲うのは良く聞く話だ。まぁ、失敗談も多いけどな」
俺がアレットさんを見ると、アレットさんは懐から書類を取り出そうとしていた。俺はその書類を取り上げる。なんでこの人は、焦って失敗しようとするのだろう?
「か、返してくれ! だ、だがまだ予備もあるから」
「ドン引きするから止めてください。後日、ちゃんと用意させますから。ほら、予備の書類もこっちに渡してください。早くしろ!」
「いや、だって……早く記入して貰わないと不安じゃないか!」
「いつも持ち歩いている方がおかしい、って気付けよ! あんたのその行動が不安だよ!」
ルドミラさんが俺の持っている書類に目を向け。そして表情を少し歪めた。
「お前、こんなものを持ち歩いているのか? 流石に男は引くぞ」
ルドミラさんも普通の男なら結構引くと思う。そんな事を思っていると、バルドアが俺から書類を取り上げた。
「失礼します。なる程……バンセイムの書面とは少し違いますね。ロルフィスの方も書き込んでおきましょうか」
そう言ってペンを取り出すと、バルドアはアレットさんの名前が書いてある書類に自分の名前を書き込んだ。
七代目が言う。
『意外と動じないタイプですな』
三代目は少しつまらなそうだ。
『はぁ、なんかアレだね。上手く行くと嬉しいけど、もう一波乱欲しいよね』
俺はバルドアを見ながら。
「おい、もう少し悩んだ方が良くないか? アレだよ。アレットさん……成長後に凄くテンションが上がって手が付けられないんだよ」
アレットさんが立ち上がって俺の肩を掴んだ。
「私の幸せの邪魔をしないでくれないか! お願いだから!」
必死に懇願してくるアレットさんを見て、俺は椅子に座ったまま少しアレットさんから離れるのだった。ルドミラさんは少し残念そうに。
「バルドア殿は、カルタフスでも狙っていたんだが……まぁ、これでロルフィスも少しは大人しくなるだろうさ」
バルドアはペンを止めると、俺の顔を見ながら――。
「……ライエル様、鏡を見て来てください」
――そう言うのだった。