人にも魔にも等しく恩恵を
冒険者たちが消息を絶った場所に到着した俺たちは、荷馬車から降りると周囲を見渡した。
ダリオンで人里離れた場所となると、森が発生しているところになる。
かつては開拓村を興そうとした事もあったようだが、魔物の襲撃を受けるために失敗に終わったようだ。
魔物が住み着いた森は、不思議なことに焼き払えない。
切り倒しても、すぐに木々が生えてくるのだ。
そのため、森が広がるスピードもとんでもなかった。
その原因が魔物にあるのではないか? という学者も多い。
魔物が住み着き、魔力を森が吸収して急成長する――。
管理するものからしたら、実に厄介な森だろう。
だが、ここで初代や二代目の意見は違っていた。
初代曰く――。
『ここで村でも作ったら木材を大量に売りさばけるな!』
二代目も――。
『林業で儲ける事ができるな。勿体ない……俺の時は、誰かさんが魔物が住み着いたような森を切り開いた後だったからできなかったが』
実にパワフルな世代の意見だ。
広がって困るような森を一代で解決したとも言える。まぁ、二代目はそのせいで収入源が減ってしまったと嘆いているが。
荷物を下ろした俺たちは、周辺の調査に向かうことになった。
御者の一人に荷物の管理を任せ、残りは俺たち四人組と、ロンドさんたち三人組に別れて荷物の護衛と周辺の調査を行なうのである。
ゼルフィーさんが、俺たちに指示を出す。
「どこに魔物がいるか分からないんだ。何かあったら逃げ出して、前に教えた場所に向かうように。それから、生きている連中もいるんだから、手当の用意と食事はすぐに出せるようにしといてくれよ」
御者の人は慣れているのか頷いていた。
こういったパーティーをサポートする人材は、あまり人気はないがかなり重要なポジションである。
通常、六人パーティーには少なくとも一人。
できれば二人のサポートを受けるのが望ましいと言われている。
それが傭兵になると、サポート……後方支援の人員はもっと増える。
前線で戦う傭兵よりも、後方支援の方が多いのが当たり前とされていた。
「俺たちもサポートを入れるかな」
ロンドさんがそういうと、ラーフさんは首を横に振った。
「三人組でサポートを雇うのか? 実入りが減るぜ。せめて四人か五人になったら、一人入れる感じだろ」
ゼルフィーさんが二人に注意する。
「気を抜くんじゃないよ。まずは周辺の状況を確認する。見張りもこまめに交代。不測の自体があれば自分たちが考えて行動するんだ。いいね?」
自分の命を守れないのに、誰かの命を救うことはできない。
ゼルフィーさんが最初に言っていたような気がする。
俺はノウェムとアリアに視線を送った。
「疲れてないか?」
ノウェムは首を横に振るが、アリアが青い顔をしている。
荷馬車の揺れで疲れたのかも知れない。
二代目が俺にアドバイスをしてくる。
『アリアには休んで貰え。本人は嫌がるだろうが、一度休んでから見張りをして貰うように説得だ。適当に、誰かが休まないと次に休めないとでも言えば納得するだろう』
張り切りすぎて空回りしているのが、今のアリアである。
俺は宝玉を一回握りしめると、アリアを説得する事にした。
だが、その前に三代目が意見を言う。
『おっと、最初にリーダーの指示を仰ぐんだよ、ライエル。今はゼルフィーさんがこのパーティーのリーダーだからね』
確かにそうだ。
そう思った俺は、ゼルフィーさんを見る。アリアを見て心配そうにしていた。
(そんなに心配なら、自分で預かれば良かったのに)
俺はゼルフィーさんに提案する。
「ゼルフィーさん、アリアには休んで貰いませんか? このままだと、休憩に入るのが遅くなります」
「ちょ、ちょっと!」
納得いかないと声を出すアリアが、俺に詰め寄ろうとした。だが、ノウェムが杖でアリアを止める。
「決めるのはゼルフィーさんです」
「で、でも」
悔しそうにしているアリアに、ゼルフィーさんは言う。
「確かに今休んでないと、見張りの交代がきついか……アリアには休んで貰う。楽させていると思うんじゃないよ。時間が来れば見張りをして貰うんだ。それまで仕事ができるように休んでおきな」
ゼルフィーさんの視線は、反論は許さないと言っているようだった。
アリアも渋々納得している。
(自分が弱いから外されたと思っているんだろうな)
二代目はアリアに冷たい。
『こういう時に慰めても意味がない。自分の中で勝手に理由を見つけて抱え込むんだよ。本当に厄介だよな』
その意見に、いつもより弱腰の初代が言い返した。
『まだ若いんだから仕方ないだろうが! 長い目で見てやれよ!』
初代は露骨にアリアを贔屓するのだが、俺から言わせると――。
(……俺はアリアよりも年齢が一つ下なんだけどな)
納得できない部分もあった。
冒険者が魔物を討伐する際に、効率を上げようと思うとやはり森に入るのが一般的だった。
入ると言っても、入口付近で待ち構えるのである。
俺のように囮役を用意し、引き付けて集団で叩くのだ。
自分たちは広いところで戦え、おびき寄せた魔物を待ち構えるという効率の良い戦闘が可能となる。
ただ、囮役が優秀でないと、犠牲者を出してしまうことになる。
森へと向かった俺たちは、行方不明の冒険者たちの足取りを探した。
森の近くには荷馬車を使用した訪れた形跡がある。
たき火の跡も残っており、馬のいない荷馬車だけが放置されていた。
俺はスキルで周辺の状況を確認する。
(……魔物もいないが、ここには誰もいないな)
遠くから荷馬車の中を確認すると、荒らされた形跡があった。
「魔物はいないようです」
俺がそう言うと、ゼルフィーさんが俺の顔をマジマジと見てきた。
「なんですか?」
「いや、もしかしたらと思っていたけど、ライエルはスキルを持っているのかい? それも支援系だね」
盗賊団の討伐では、俺はゼルフィーさんと別行動をしていた。
スキルを使用したところを見せたのは今回が始めてだ。それも、使用すると宣言などしていないのに、だ。
二代目が言うには。
『あからさまだったな。まぁ、判明しても痛くも痒くもない。ここは肯定しておけ。おっと、ちゃんとどうとでも取れる言い方で、な』
そう言われて俺はゼルフィーさんに頷いておいた。
「確かに支援系のスキルです。便利ですよ」
ノウェムは俺を見てどう思うかと視線を向けたが、本人は周辺の警戒をしている。
ゼルフィーさんは「そうかい」と呟くだけだった。
「それなら荷馬車の調査だ。というか、地面に血の跡があるね」
三人で歩いて近づくと、そこには血痕が残されていた。
ノウェムが。
「賊でしょうか? ここで襲撃を受けたとか」
ゼルフィーさんが近づいて座り込むと、首を横に振る。
「いや。この辺は本当に何もないからね。特に魔物が近くにいて住み着くのは難しいよ。血の量は時間も経っているようだし何とも言えないが……どうやら馬を襲ったみたいだね」
近くには骨などが転がっていた。
ギルドでは死亡したのは指導員の男性だけと報告を受けている。
俺たちが到着するまでに死亡していたら分からないが、逃げ出したのかも知れない。
ただ、ゼルフィーさんは周囲を見て。
「争った形跡がないね。しかも荷馬車の中は……酷い荒らされ方だね」
中にあった樽や木箱が破壊されていた。中身を持ち出したようだ。
鍵などついていないこれらを破壊して中身を取り出すというのは、賊の可能性は低くなる。
しかも、魔物の素材は放置している。
賊ならそれらを奪ってどこかで売り払う事も考えるだろう。
馬も殺すよりも自分たちの物にする方がいいし、何よりも荷馬車ごと持って行く。
「仲間割れでもないなら、魔物というのが一番考えられるね」
周囲を探し回る俺たちは、何か残っていないか探していた。
だが、何か見つかる訳でもない。
「この辺で寝泊まりをしながら、森に近づいて戦闘を繰り返していた、と。だけどこうなると、ここで戦闘があったというより、後から荷馬車だけ襲撃された感じだね」
経験を元に、ゼルフィーさんは状況を確認していく。
ただ、全ては予想に過ぎなかった。
馬鹿な盗賊がこんな事をした可能性も否定できないのである。
ノウェムがゼルフィーさんに今後の確認をする。
「これからどうされます? 戻りますか、それとも森の方へ足を伸ばしてみますか?」
ゼルフィーさんは考え込むと、日の高さを確認した。
「これから森の近くに行ってみようか。だが、入るのは明日以降だ」
森を遠くから確認することにして、俺たちはその場を後にする。
だが、結局遠くから見ても森に変化はなかった。
ゼルフィーさんもよく来た事があるようだが、前とあまり変わっていないという。
ただ、少し前よりも広がっていた気がする、と。
俺はスキルで森の中を確認すると、異変に気が付いた。
二代目も――。
『ライエル、伝えてあげようか……迷宮が誕生している、って』
夜。
野営の場所に戻った俺は食事を終えると見張りの交代時間まで休んでいた。
周囲では、ロンドさんとレイチェルさんが横になって眠っている。
基本的に、冒険者に男女別というのは余り聞かない。
というか、男女別にするために野営場所にテントを二つ用意できるパーティーは、そこまで多くないのだ。
金を持っているならそういう事もするだろうが、駆け出しや貧乏な冒険者たちは男女関係なく同じテントで眠る。
(野営の経験ははじめてだな)
遠くまで出て、魔物を倒すという事を今までしてこなかった。
もっとも、まだ実力不足と思われていたからだろうが。
すると、初代の声が聞こえた。
『ライエル、そのままの状態で聞け。隣で寝ているのは冒険者だ。声を出せば起きるかもしれないからな』
三代目は今回の件を俺に伝えてきた。
『森の中に迷宮が発生するのは珍しいことじゃない。むしろ、それが一般的だ。森や洞窟、それに誰も住まない屋敷や砦なんかも魔力が溜まって迷宮になるからね』
今回の一件は、森の入口が迷宮化してしまった事が原因だと俺たちは考えた。
スキルで森の中を覗くと、そこには通路らしきものが確認できたからだ。
発生して間もないのか、迷宮は深くもない。
割と近い場所に『最奥の間』と呼ばれる財宝を収めている場所があった。
一番大きな部屋があったので、そこで間違いないだろうというのがご先祖様たちの意見である。
ゼルフィーさんも同意見のようで、迷宮に迷い込んだかトラブルがあったと考えているようだった。
六代目は――。
『俺のスキルは近づかなければ意味がない。今のライエルでは、迷宮の外からでは敵味方も判明しないだろうな』
外から確認したが、中は薄らと分かる程度だ。
靄がかかったような感じで、ハッキリと感じ取れなかった。
五代目も――。
『俺のスキルも同じだな。外からでは限界だ。もっとも、今のライエルには、だが。それで、俺たちの意見だが』
最後はいつも通り四代目だ。
『初代が言うには間違いなくヤバいのがいるらしいよ。それも、ベテランの冒険者を倒すくらいの……中に入るのは認めるけど、最奥の間には行かない方が良いね』
それを聞き、俺は宝玉を握りしめた。
朝。
迷宮が怪しいと考えた俺たちは、御者の護衛をラーフさんに頼んだ。
俺、ゼルフィーさん、ノウェム、アリア、ロンドさん、レイチェルさんのメンバーで、迷宮の中に入る事になったのだ。
俺たちを護衛にしたら、中で動けなくなった冒険者たちを救出できない。
しかも、治療魔法を得意とするノウェムを連れて行かないといけない。
動けない怪我人もいた場合には、ノウェムが頼りになる。
結果、実力もあるラーフさんが留守番役に選ばれた。
本人は悔しそうにしていたが、他に方法もないので時間内に戻ってこない場合はすぐに戻れとゼルフィーさんが念を押していた。
迷宮の中に踏み込むと、普通の森とは違っていた。
木々でできた通路に加え、本当に迷路になっている。
不自然に並んだ木々と、幅のある通路――。
何よりも、重く感じる空気は息が苦しいと思ってしまった。呼吸は問題なくできているのに、苦しいのだ。
俺を見たロンドさんが、肩を叩いてくる。
「呼吸を整えて。そんなに呼吸をしていると疲れるよ。俺も二回目だけど、すぐに慣れるから大丈夫」
俺は頷くと呼吸を整える。
そして、スキルを使用した。
フルオーバー。
マップ。
サーチ。
初代、そして五代目と六代目のスキルを同時に使用する。
底上げされた俺の力で、無理矢理五代目と六代目のスキルを使用するのだ。
そうすると、外で見た時よりもハッキリと感じ取れる。
迷宮の詳しい地図が頭に浮かんでくると、俺はどこに魔物がいて、どこに冒険者たちがいるのかを感知した。
(つくづく思うけど、五代目と六代目のスキルの合わせ技は卑怯なくらいだな)
杖を掲げたレイチェルさんが、呪文を唱える。
すると、周囲が明るくなった。
「悪いけど私一人だと二時間で休憩が必要なの。ノウェムちゃん、途中で交代して貰える? 十分程度でいいから」
「はい」
杖を持つ魔法使い同士で、互いに誰が周辺を照らすのか確認を取っていた。
ノウェムは治療を行なう必要があるが、レイチェルさんも休憩を挟まないと魔力が続かないのだろう。
俺はゼルフィーさんに言う。
「このまま真っ直ぐで、行き止まりで左に曲がりましょう」
それを聞いて、ゼルフィーさんがアゴに手を当てた。
「それもスキルの力かい?」
「はい」
俺が自信を持って答えると、ゼルフィーさんは頷いて前に出た。
「ロンドは私と前衛を。ライエルは一番後ろで指示をだしな。それから、魔法使いの二人はライエルが守るんだよ」
俺は前衛で戦わないようだ。
「分かりました」
そう言うと、二代目も納得する。
『スキルの使用は魔力を使うからな。温存させるつもりだろ。というか、ここは慣れている人間の指示通りで問題ない。ライエル、こまめにスキルを使用して周辺の状況は常に確認だ。俺たちも発言は極力しない』
そうなると、ご先祖様たちが声を出した場合はとんでもない状況という事だろう。
俺はそのまま指示を出すと、魔物がうろついている場所ではやり過ごす選択をし、退却時に邪魔になりそうな集団だけを倒す方針で迷宮の中を進んだ。
相手の位置が確認できると言うことは、こちらはかなり有利である。
そうして奥へと進み、冒険者たちがいる部屋を目指した。
(反応があると言うことは、まだ生きているよな)
後ろから攻撃されることを避け、少しでも有利な条件で戦う。
そうして気付いたのが、ゼルフィーさんとロンドさんの実力だった。
魔法を使用しつつ戦うゼルフィーさんは、盾で殴る。剣で突く。魔法で吹き飛ばす、といった多彩な戦い方をする。
「吹き飛びな! 【ファイヤーショット】」
盾を横に振り払うと、そこから小さな炎の弾が一斉に撃ち出される。
一発一発の攻撃力は少ないが、点ではなく面で攻撃する魔法のようだ。
(ファイヤーバレットの強化版か? 独自の魔法ならスキルかも知れないけど)
後衛系のスキルには、魔法をスキルとするものがある。
魔力の消費量や威力が違うと聞いているが、それをゼルフィーさんが使用できるとは思っていなかった。
ノウェムが言う。
「凄いですね、ゼルフィーさん。独自の魔法ですか?」
そう言うと、照れたようにゼルフィーさんが答えた。
「頭に浮かんだのが今の魔法なんだよ。ただのファイヤーバレットが形を変えただけのスキルさ。酷いだろ。けど、使い勝手は良くてね」
どうやら、スキルになるまで昇華したようだ。
「魔法を使えたんですね。前は使えないみたいな事を言っていましたけど」
俺がそう言うと、ゼルフィーさんが剣をしまう。
「使えるのが今のスキルとファイヤーバレットだけなんだよ。それしか使えないのに、魔法を使えますとか、恥ずかしくて言えないよ」
一つや二つの魔法しか使えないのに、魔法使いは名乗れないと言うことだろう。
アリアは驚いていた。
「屋敷にいた時から使えたの? なら、仕官先だって――」
そう言うと、ゼルフィーさんは苦笑いをした。
「冒険者になってから、さ。それより、あんまりこの場所でお喋りは感心しないね。個人の過去を話すのも」
ロンドさんが頷いていた。
同じようにロンドさんも凄い。
剣しか持っていないのだが、その剣術が凄いのだ。
アリアは、ロンドさんの剣を見ていた。
「それは魔具ですか?」
そう言われ、ロンドさんは頷いていた。戦闘後、周囲の警戒をしつつ呼吸を整える短い休憩中。
こうした会話をする事もある。
代わりに俺やノウェムが周辺の警戒をする訳だが。ノウェムに至っては、レイチェルさんの代わりに魔法で周囲を照らしていた。
「家宝であり、俺の相棒だよ。スキルは三つあるから、俺が持ってもこれだけの結果を出せるのさ。ただし、あまり余所では言わないでくれよ」
ロンドさんがアリアにウインクをしてそう言うと、レイチェルさんが杖でロンドさんの脛を叩いた。
「痛っ!」
「彼女が目の前にいるのにナンパしないの。ほら、休憩も終りよ。ノウェム、交代するわ。ありがとう」
「いえ」
レイチェルさんは、ロンドさんを睨み付けた後にノウェムに笑顔で休憩できたことにお礼を言っていた。
ノウェムも苦笑いをしている。
ゼルフィーさんが俺にたずねてきた。
「さて、あとどれくらいだい?」
俺はスキルを使用して部屋の位置を確認した。
邪魔な魔物たちは倒し、逃げる時は戦闘をせずにすみそうだ。
最奥の間では、大きな反応が動かずにいる。
そして、その部屋にある宝を守っている様子だった。
「あそこを曲がればもう目的の部屋です」
通路から見える入口を指さした俺は、五つの反応がある部屋に辿り着いたことを確認した。
「よし、急ぐよ」
ゼルフィーさんが足早に部屋へと向かう。
部屋に張った俺たちは、奥で倒れている五人を確認した。
いずれも血だらけだが、まだ息はある。
ただし、かなり衰弱しているようだった。
「生きてます! まだ生きてますよ!」
嬉しそうに声を張り上げるレイチェルさんは、すぐに五人に近づくと明かりで照らす。
五人の内、一人が俺たちに気が付いたのか目を開けた。
「おい、何があった」
ロンドさんは駆け寄ると水筒を手渡してゆっくりと、目を開けた男に呑ませてやっている。
俺も五人に近づくと、怪我を確認した。
「打撲が多い。骨が折れていますね」
そう言うと、ノウェムが魔法で治療を開始する。
怪我などは治るのだが、衰弱した五人は起き上がれない様子だった。
水を飲んで安心したのか、ボロボロの冒険者が口を開く。
「お、俺たちのせいで指導員の人が……」
それを聞いて、ゼルフィーさんが近づく。聞き逃さないようにしているようだった。
「この辺の魔物は相手ができたから、それで……奥に行きたい、って言ったら反対されて。俺たち、早く一人前になりたくて」
泣き出す冒険者に、ゼルフィーさんは舌打ちをした。
「あの馬鹿野郎が……おい、どんな敵だった」
悔しそうにするゼルフィーさんは、魔物の詳細を聞こうとしていた。
「オークです。緑色でしたけど……大きな棍棒を持っていました」
駆け出しには厳しい相手だが、数がいれば倒せないこともない。
小さな迷宮で最奥の間にいるボスとしてみれば、割と普通だった。
だが、ゼルフィーさんは納得できない様子だった。
「ただのオークにあの野郎がやられたっていうのかい! お前ら、宝が欲しくなってあの野郎を――」
「ち、違います。ただのオークだったんですけど、俺たちは手も足も出なくて……助けに来て貰った時には、もうボロボロで……それで、先に逃げろ、って」
涙ながらに語る冒険者だが、その涙も少なかった。
意識をなんとか保っている様子だった。
ノウェムがゼルフィーさんに治療が終わったことを告げる。
「全員の治療が終わりました。ただ、体力まではどうにも」
ゼルフィーさんは立ち上がると、全員を担いで撤退を行なおうとした。だが、そんな俺たちは周囲の様子が辺だと気が付いた。
アリアが言う。
「何か音が聞こえない? 振動もするわ」
すると、ロンドさんは剣を抜いた。
「……近づいてきているね」
すると、宝玉から初代の大声が俺に聞こえた。
『ライエル! すぐに周辺の状況を確認しろ! それから……大物が来るぜ』
急いでスキルを発動すると、俺は目を見開く。
ノウェムがそんな俺に気付いて、声をかけてきた。同時に、何かを感じ取ったのか杖を構えている。
「ライエル様?」
俺は息を呑むとサーベルを引き抜いた。
「……来る。最奥のボスがここまで来ている」
マップには最奥の間にいるはずの魔物の反応がなかった。そして、ボスの反応はどんどんこちらに近づいている。
しかも――。
「速い」
俺がそう呟くと、ゼルフィーさんも剣を抜いて構えた。
「ボスが部屋を出るなんて聞いたことがないよ! ちっ、全員構えな! ボスと言ってもただのオークなら」
ゼルフィーさんの声を遮るように、ボロボロの冒険者が叫んだ。
「あいつは普通じゃない! 俺たちの攻撃がまったく通じなかったんだ! そのせいであの人も……あいつは、絶対に普通のオークじゃない!」
ボロボロの冒険者の叫びに、全員が驚いた。
攻撃が通じなかった。
そう言うのだ。
「いったいどういう事よ!」
レイチェルさんが叫ぶと、部屋の入口が吹き飛んで一体の魔物が姿を現す。
俺はその魔物を見て呟いた。
「オークは初めて見ましたけど……思っていたより大きいし赤くないですか?」
俺がそう言ったのもしょうがないと思う。
緑色の皮膚に太い手足。腰布だけを装備したオークのイメージがあったのだが、目の前のオークは赤い肌をしていた。
腰布だけではない。剛毛が腕に生え毛皮を巻いているように見える。
髪の毛が背中を隠すほどに伸びていた。
アゴの下から伸びた牙は鋭く、鼻息も荒い。
「おいおい、全然普通のオークには見えないんだけど」
ロンドさんが軽い口調で言うが、声は明らかに緊張していた。
アリアは声が出ないようだ。
すぐにゼルフィーさんが前に出る。
そして、赤いオークが持っていた武器を見た。
オークがただの剣を持っているよう見えるが、人間が持てば間違いなく大剣と呼ばれる部類だろう。
ゼルフィーさんが相手を睨み付ける。
「あの野郎の得物を奪ったのか? 良い度胸じゃないか……あいつには借りもあれば奢る理由もあったんだ。お前を倒して手向けにしてやるよ」
俺は宝玉を一回だけ握りしめた。
相手の力量は見た目だけなら倒せないこともない。と感じる。
だが、不気味な何かを感じた。
セレスほどではないが、それこそ何かを持っている異様な感覚――。
その答えを、二代目が俺に告げる。
『冒険者を倒して『成長』しやがった。しかも『スキル持ち』だ。まったく……初代の勘は嫌になるくらいに当たりやがる』
七代目が、俺に忠告してきた。
『ライエル、撤退も考えろ。走れない五人はいざとなったら切り捨て、他の生きているメンバーを最優先に行動しろ』
正しい。
とても正しい意見だ。
俺は後ろで倒れている五人の冒険者に視線を向けた。
(置いていけば、確実にこの五人は殺される。それに、逃げ切れるのか?)
スキルを使用すれば、逃げ切れると俺は確信する。
分かる。分かってしまうが、それを選ぶという選択肢を選びたくなかった。
七代目が言う。
『ライエル、時には非情になれ。でなければ、もっと多くのものを失うことになる』
悩んでいるのを悟られた。
俺が俯くと、初代が笑い出す。
『ガハハハ、お前らライエルを甘く見すぎだ』
(初代?)
俺が不思議に思っていると、初代が俺に指示を出してきた。
『お前ののスキルの出番じゃないか』
初代が二代目に言うと、舌打ちをする声が聞こえた。
二代目のスキルは他があってはじめて意味をなす、と聞いている。
『……早すぎるだろ。もう少しライエルの成長を待ちたかったんだがな』
俺が困惑していると、五代目が割り込んできた。
『それもいいが、周囲を確認しろ。こんなイレギュラーが存在しているんだ。周りがどう動くかな』
言われてマップを確認すると、こちらに赤い光点が向かってきていた。
「ゼルフィーさん、魔物がどんどん集まってきています」
そう言うと、全員が反応する。
俺のスキルが支援系で、周囲の情報を正確に集めていると思ったのだろう。
「嫌なことばかり言うね。少しは嬉しい情報を言わないか」
呆れたようなゼルフィーさんの声にどう反応して良いのか分からない。
二代目もマイペースだ。
『さて、俺のスキルを教えるか』
俺からしたら、ぶっつけ本番でスキルを使用しろと言われると思っていなかった。
まったく練習せずに使用せよ、などと言われると思わなかった。
初代が七代目に言う。
『もう逃げられないな』
『くっ、ライエル、なんとしても生き残れ。二代目のスキルならそれが可能だ』
(いや、そんなことを言われても――)
そう思っていると、スキルの情報が宝玉から流れ込んできた。
(このスキルは――)
俺が俯いてボンヤリしていると、ゼルフィーさんが声をかけてきた。
「しっかりしな、ライエル! ここでやる気を見せないでどうするんだい! 自分で参加するって言ったんだろうが!」
すると、目の前のオークも雄叫びを上げる。
俯いていた俺は、顔を上げる。
変化に気が付いたのはノウェムだった。
「ライエル様?」
「……確かに一つだけでは意味がない訳だよ。でも、もっと早く知りたかったな」
俺はゆっくりとオークにサーベルを向けた。