挟撃
――バンセイムの本陣。
未だにベイム内部での戦闘を行なっていたバンセイムの軍勢は、ここに来て動かない戦況に頭を悩ませていた。
セレスから出された命令はベイムを潰せという曖昧なものであり、皆殺しという言葉もある。だが、どの程度まで実行するのか、そしてセレスがどこまですれば満足するのか、など疑問もあった。
勝利条件の不確定な戦場。しかし、バンセイムにとってベイムは戦場と言うよりも狩り場だった。それが、ここに来てベイムに流れが来ていた。
総大将は机を人差し指で叩きながら、苛立ちを押さえていた。
「都市に魔法を撃ち込んで黙らせられないのか? 数の理を活かせなくなった途端に停滞しているではないか」
将軍の一人が、腕を組みながら俯いていた。
「しかし、都市機能全てを破壊しては、ベイムの管理する迷宮を維持出来ません。最悪、暴走する危険性もあります。地下百階を超える迷宮ですので、どれ程の被害が出るか予想も出来ません」
ベイムを一気に殲滅出来ない理由に、迷宮の存在があった。下手に刺激をして活性化、あるいは暴走をさせては大変だった。ベイムよりも規模の小さな迷宮によって、かつてベイムにあった隣国は滅んでいる。
そのため、バンセイム側には迷宮を確保した後は、その維持を行なう必要性があったのだ。
だが、都市内部はベイムの住人たちに地の利があり、また限定された戦場では冒険者たちにとって戦いやすかった。
それでも数、そして質では負けていないバンセイムの軍勢だったのだが……。
「親衛隊の小僧も戻ってこない。このまま本隊の被害を広げては……」
総大将がそう呟くと、天幕に伝令が駆け込んできた。
「伝令! 都市内部で子爵様率いる部隊が冒険者たちの攻撃に遭い壊滅! 赤い鎧を着た女性騎士の姿が発見されております!」
「またか!」
騎士団長が立ち上がり、その報告を聞いて眉間に皺を寄せていた。
「騎士爵や準男爵規模には固まって動くように言えば、今度は男爵や子爵を狙うか」
続いて天幕には、青い表情をした伝令が駆け込んできた。
「伝令! 都市内部の陣地が奪われました。緑色の鎧を着た女性騎士が数千の兵を率いてなだれ込んで、そのまま部隊は後退しました!」
将軍の一人が怒鳴る。
「増援部隊を送れ! くっ、調子づかせたか」
そして、天幕にはまたも伝令が駆け込んできた。泥だらけ、そして兵士二人に肩を借りている伝令は、酷く憔悴していた。
「今度は何事だ!」
伝令は、息を切らしながら伝令を口にした。
「……ブレッド親衛隊長率いる精鋭部隊が敗走。生き残りは数千規模でした。サウスベイムのライエル・ウォルトが、そのままレダント要塞を占拠……サウスベイムの兵力はおよそ三万前後……軍勢にはカルタフスの旗が……ベイムの民を吸収しつつ、こちらに向かってきております」
総大将は、その報告に驚き立ち上がる。そして、天幕にいる将軍たちに言う。
「それだけの数を用意していたというのか! ……今すぐに都市部に入り込んだ部隊を引き上げさせろ。部隊の再編を行なう! このままでは、我々が挟撃されるぞ!」
未だにベイム内部にどれだけの兵士が残っているのか? そして、ベイム内部でバンセイムも少なくない被害を受けている。
ライエルによって退路は断たれた状況での戦闘に、バンセイムの将軍たちはこれまでの余裕の表情は吹き飛んでいた――。
レダント要塞にこちらからも兵を割いて残し、一応の保険をかけておいた。
「裏切るとは思わないけど、あの手の人は有能すぎて損をしていると思うんだよね」
ポーターに乗る俺は、横になると傍でヴァルキリー一号、二号と睨み合っているモニカではなく、メモを取っていたエヴァが俺に視線を向けてきた。
「ちょっと、人にご先祖様の歌を作るように依頼しておいて、他の事を考えないでよ。それで、そのフレドリクスさんが麒麟と出会ったのよね? というか、子供に対してかなり冷たいのに、動物好きとかどういう事? ねぇ、これってどうやって歌とか物語にすれば良いのよ?」
エヴァに文句を言われた俺は、ソファーで横になっていた。
「ごめんね。でも、色々と考える事も多くてさ。それと、五代目は理由があったんだよ。優しい人だったんだ。優しくて、それで不器用だったの」
エヴァは肩をすくめると、またメモを取っていた。そして、メモの方を見ながら。
「考えすぎじゃない? ザインに入ったんだから簡単には追ってこられないわよ。まぁ、向こうが入り込む可能性もあるけど」
バンセイムの動きを心配しているエヴァに、俺は笑顔を向けた。
「心配ないよ。向こうは部隊を再編して待ち構えるみたいだ。挟撃を恐れて部隊を二つに分けてくれたけど、それでもまだこちらより数が多い」
ベイムに入り込んだノウェムたちが頑張ってくれているとはいえ、こちらも急ぐ必要があるだろう。
宝玉内では、三代目が考え込んでいた。
『船はあっても一度にどれだけ送れるか……戦力の逐次投入、って悪手なんだけどね』
七代目は笑っていた。
『どうせ迷宮怖さに派手に魔法を撃ち込めませんよ。向こうにはノウェムがいますので、多少の無茶も跳ね返してくれるでしょう。いや~、流石は元女神。いえ、邪神でしたか? まぁ、どっちでもいいですが』
本当に軽い人たちだ。
ポーターの荷台部分でモニカと向かい合っている一号が、俺に報告をしてくる。
「おや、ザインにいる姉妹からの報告です。ザインは休憩所の設置をしてくれたようですね。そこまで行けば、兵士たちを休ませる事が出来ます」
それを聞いて俺は上半身を起こした。
「助かるな。アウラやセルマさん、それにガストーネさんにお礼を伝えておいてくれ」
バンセイムの軍勢が俺たちをベイムの土地で捜し回っている頃、俺たちは四ヶ国連合に入って港を目指していた。
理由は、毎回奇襲では失礼なので、今度は正面から攻め込もうというものだった。これは、三代目の発案である。流石、焦土作戦を考えるだけあって、かなり汚い。三代目が凄く汚い。
――ミランダは、ヴァルキリーズ三十体とサウスベイムから連れてきた兵士、そしてベイムで合流した冒険者や兵士たちを束ねていた。
数だけで見れば三千人もいないが、装備を揃えて無駄な人員は後方へと回して戦っていた。都市部の地図を見ながら、敵の動きを監視しつつ発見した敵を囲い込むようにして叩いていた。
ミランダは木箱を並べ、その上に地図を置いて印をつけていた。
「それで、避難の方は進んでいるんでしょうね?」
髭を生やしたベテラン風の冒険者にたずねると、相手は頷いた。
「やっている。しかし、護衛をつけて迷宮内に避難なんて聞いたことがないぞ。魔物の巣に避難するようなものなんだが?」
ミランダは冒険者を見ながら。
「仕方ないじゃない。避難させるにも船がないのよ。商人たちが自分たちだけで逃げたのよ? なら、出来る事をするしかないでしょ」
多すぎる人口――それは、魔法によって発展しており、治療なども魔法がある事で人口の増加が原因でもあった。加えて、ベイムは食糧を大量に輸入に頼っている。だが、それだけ輸入しても消費され、他のものを輸出して稼いでこられた。それというのも、ベイムが巨大な迷宮を管理してきたからだ。
そうして増えた人口が、今では足を引っ張っていた。避難させる場所が不足し、ミランダたちは迷宮を利用する事にしたのだ。
「それに、迷宮なんて意外すぎて気付かないわよ。入ってきたら、それこそ冒険者の独壇場でしょ?」
その言葉に、冒険者は頷いた。頭に手を置き、少し笑っていた。
「確かに、あそこで負ける気はしないな。実際、瓦礫の山の中で戦えているわけだしな」
魔法や火、それらによって繁栄していたベイムの街並みは崩壊し、道には瓦礫が転がっていた。倒壊した建物も多く、今では廃墟となっていた。
周囲ではベイムの兵士たちがミランダたちを見ていた。そして、今までまとめ役をやっていた冒険者が一言。
「……あんたらのような奴らが、もっと早くに来ていれば」
ミランダたちを恨んでいるのか、それとも逃げ出した上層部を恨んでいるのか。複雑な感情であるのは間違いなかった。
少し溜息を吐くミランダ。
(上手くベイムの商人やギルドの幹部連中を恨むように誘導しないと駄目ね。それにしても、物資と兵士が次々に送り込まれてきてはいるけど……敵の攻勢が弱くなった今なら、後ろに下がって再編するのもいいわね)
ザインが用意した陣地で、俺たちは兵士たちを休ませていた。
その後は強行軍でガレリアの港を目指し、そこから用意している船でベイム入りをするためだ。
そんな予定の中で、俺の天幕ではポーターの操作で疲れたクラーラが横になっている。モニカは客に出すお菓子や飲み物を用意していた。
ピリピリとした天幕内。外は夕暮れになっており、兵士たちが酒を飲んでいるのか騒ぎ声が聞こえてきた。
外の騒いでいる声や、モニカがお茶などを用意する音がよく聞こえてくる。クラーラの寝息まで聞こえてくる天幕――エヴァは一目散に天幕から退散しており、この危機的状況から逃げ出していた。宝玉内の三代目が、ワクワクしている。
『うはっ! これは面白くなってきたね。この面子でお茶会とか、僕だったら拒否するよ。流石はライエルだ』
嬉しくない。全然嬉しくない。
「……あの、ライエル殿? 最近はお忙しそうですが、体調の方はいかがですか?」
俺たちのところに挨拶に来たセルマさん。当然だがザインの兵士たちもおり、士気向上のために出向いてくれたのだ。アウラさんは忙しいのか動けないので、先代の聖女であるセルマさんが来てくれた。
しかし、ザインでは俺とセルマさんの歌が流行し、広まってしまったのでセルマさんが意識をしているようだった。
顔が時々赤くなっている。そんなセルマさんを見ているのは、グレイシアとエリザだ。ザインの歌い手であるエルフたちが、兵士たちに歌を披露しており俺とセルマさんの歌を聴いて天幕に駆け込んできたのである。
しかも、セルマさんがいる時に、だ。
「ライエル、これはどういう事だ? ザインとは特に何もないと……」
グレイシアが、凜々しい表情で俺の方を見てくる。エリザは冷たく感情のないような瞳で――いや、少し涙目だった。心が痛む。
「いや、あれは歌だよ。本当だよ。ザインを救った時には、アウラさんとも噂になったけど、どうにもそっちは下火になったというか……」
すると、エリザが立ち上がって。
「ま、まだいたのか! いったいどれだけの女に手を出した! お、多いとは聞いていたが、流石にこれは……」
宝玉内からは、七代目の渋い声が聞こえてきた。
『さぁ、どうやってこの危機を乗り切るんだ、ライエル。わしらには打開策が見いだせない。この不利な状況をどうやって切り抜ける!』
絶対に楽しんでいる。三代目も真剣な声で。
『もう、ここで押し倒してはどうだろう? 面倒になるだろうし、後で大変だろうけど……僕はそんな状況が見てみたい。いや! ここでクラーラちゃんに行くのもありなんじゃないかな!』
やっぱりこいつら最低だった。俺は戦場とは違う緊張感の中で、なんとか言い訳を考えようとして……急に体に力が入らなくなった。
「あ、あれ?」
すると、セルマさんが俺に近付く。
「大丈夫ですか、ライエル殿!」
すると、エリザが。
「は、離れろ! 年齢差を考えたらどうだ、先代の聖女よ。それに、ライエルもこんな見え透いた手で話を煙に巻こうと……ライエル?」
エリザが俺の顔を覗き込んできた。そして、グレイシアも俺を見て……。
「これは……まさか、こんなタイミングで? 何故だ? いや、確かに起きてもおかしくない状況だったが」
すると、モニカが俺の方を見て震えていた。
「……フィーバータイム。フィーバータイムの時間ですね! ついに、真のチキン野郎の時間が来るんですね!」
グレイシアがモニカを見て首を傾げていた。
「フィーバータイム? いや、言いたい事は分かるが。この状況で成長後に敵とぶつかれば、危険だぞ」
エリザも理解したのか、頷いていた。
「そ、そうだ。ライエルは隔離をする必要がある。ここはルソワースで――」
グレイシアが、エリザの襟元を掴んで持ち上げた。
「お前! そう言ってなにをするつもりだ! 言ってみろ! 私の目を見て言ってみろ!」
グレイシアから視線を逸らすエリザ。セルマさんは、倒れた俺を床で膝枕をするように抱いていた。これは困る。母のような感じが、とても心地よい。
騒がしくなる天幕内で、モニカはグレイシアとエリザに言うのだ。
「お静かに! 騒がずとも大丈夫です。チキン野郎に至っては、成長後だから失敗するという事はないのですよ。むしろ、ここからが本気だと思って貰って結構です!」
俺は徐々に重くなる体。そして、酷い疲れを感じながらもモニカに言う。
「待て。ちょっと待て。成長後の俺が真の姿、みたいな言い方は止めろ! 止めてくれ!」
宝玉内からは、震えるような声で三代目が。
『なんというタイミング。ライエルはやっぱり持っている男だね』
七代目も同意見のようだった。
『素晴らしい。ガレリアに入ってから船旅でベイムと思えば、時間的にもひょっとすると……ベストタイミングという奴ですな』
ない。絶対に、ない。今回は、成長後にベイム到着などと言う事は絶対にない……はずだ。俺は、そう思いたい。




