容赦なき刃
――ベイムの周囲を取り囲む壁の上には、兵士たちがいて矢を放っていた。
ただし、港以外の全周囲を囲むように配置されたバンセイムの軍勢を前に、弓や銃を持っていてもまとまった攻撃が出来ないでいた。
魔法による攻撃は、ベイムが押しているように感じられた。冒険者の中でも優秀な魔法使いたちが、自慢の魔法を次々に撃ち込むのである。そして、バンセイムは耐えるだけで魔法に関しては時折反撃するだけに徹していた。
このままいけば、いずれ魔法によってバンセイムを吹き飛ばせるのではないか? ベイムの士気は若干ではあるが持ち直していた。
現場で指揮を執っていた大所帯の冒険者パーティーのリーダーは、バンセイムの攻勢が激しい場所で果敢に戦っていた。
「バンセイムの奴らに見せてやれ! 俺たちが普段相手にしている魔物は、奴らよりも恐ろしいんだとな!」
間違ってはいない。ただし、もっとも怖いのが誰なのかを忘れた発言だった。
パーティーのメンバーが次々に魔法や矢を放つ中で、バンセイム側は耐えていた。マジックシールドを展開し、攻撃を耐えるだけで精一杯――そのように見えていた――。
――バンセイムのベイム攻略軍本陣。
そこでは、将軍たちが集まって魔法による爆発音や振動を感じながら会議をしていた。
誰もがベイムの猛攻を前に恐れてはいない。むしろ、余裕すら見えていた。
総大将が口を開く。
「さて、ベイムの連中がやる気を見せているが、我々はいつも通りで良いだろう。こちらは待っているだけで、相手が疲弊してくれるのだからな」
将軍の一人が発言する。
「海の方から攻め込むため、船を用意しました。海岸にある村から略奪した物ですが、慣れるまでに時間がかかりますな」
総大将は頷きながら。
「しっかり訓練をさせておいてくれ。急いで失敗するよりはマシだ。それに、こちらは大軍勢で相手に圧力をかけるだけで良い。いつまでも崩れない我々を見てベイムの連中は心が折れるのはいつになるか……」
騎士団長が、周辺の状況を報告してきた。
「ベイムには周辺の村や街からも相当な数の避難民が集まっているはずです。食糧は確保しているでしょうが、それだけの数を食べさせていけるだけ持っているか……そして、これだけの戦の経験は今までにない。意外と脆いかも知れませんね」
傭兵を使用して戦争に介入して繁栄してきたベイムだが、自分たちが戦争を経験する立場になった事はなかった。これだけの戦争を経験した指導者がいるわけもなく、ベイムが未だに有効な手立てが思いつかないのを、バンセイム側は知っていたのだ。
いや、実感していた。
「引退した将軍クラスに、金を積んで教えを請うなりすれば良かったのだ。どうしてベイムはそのような手段を取らないのか理解出来ないな」
総大将の言葉に答えたのは、若い将軍だった。
「甘く見ていたのでは? 周辺で戦争に介入したと言っても、小規模なものがほとんどですからね。略奪された村の対応を聞く限りでは、冒険者の実力を過信しているそうです。一騎当千とでも思っているのでしょうね」
魔物を相手に戦う冒険者たち――その実力を、ベイムの民も大きく勘違いしていた。それは、ベイムを取り仕切る商人たちも同じだった。
将軍の一人が笑っていた。
「一騎当千ですか。子供の頃は憧れましたな。しかし、現実は甘くないものです。それだけの実力を持つ者にだけ負担を強いる戦いをする無能はこの場にはいませんよ、総大将」
一人の強者に頼る戦いは、逆を言えばその一人を失ってしまえば容易く崩壊することを意味していた。
ベイムにとって冒険者たちが強者にあたるのなら、冒険者たちの心が折れるのを待てば良かったのだ。総大将は少し笑いながら。
「そうだな。では、先にベイムの心が折れるか、こちらの準備した作戦が上手く行くか賭けようではないか、諸君」
バンセイムの将軍たちが笑い声を上げた――。
深夜。
少し後ろに下がり、横になる俺は宝玉を握りしめた。食事を取って体を軽く拭き、そして寝床に入ると目を閉じる。前もって準備もしている。メイの方も準備は出来ているはずだ。宝玉に意識が移る感覚を実感しながら、次に目を開けると俺は宝玉内の円卓の間にいた。
待っていたのは、円卓に腰を下ろしていた五代目だ。真剣な表情をしていた。
『来たな。すぐに来い。俺のスキルを教えて、お前に必要なこの場に適した武器を渡す。俺の蛇腹剣を持っていけ。こんな嫌な戦いはすぐに終わらせろ』
五代目のスキルはマップ――周辺の地理を把握するスキルだ。どうしてそんなスキルを得たのかを、俺なりに考えた事もあった。
初代の強化系。二代目の他者へスキルを使用するスキル。三代目は精神系。四代目は移動系。――そして、五代目は周囲の地形把握を得た。
五代目にとってそれが必要だった理由は、当時の状況があると思った。賊が入り込み暴れ回る当時のウォルト家の領地。六代目の敵の反応を探すスキルよりも、五代目は地形の把握によって防衛や敵の侵入路を予想する必要があったはずだ。
円卓から降りて自分の部屋に行こうとする五代目を、三代目と七代目が椅子に座って見送っていた。五代目が視線を向けると、二人とも頷いていた。
ただ、五代目の椅子に座ったミレイアさんは納得出来ない表情をしていた。いや、理解はしているだろう。盛大に見送れないというのも、今の状況では気にしていない様子だ。そして、立ち上がった。
五代目がミレイアさんを見ながら。
『ミレイア……もう止めるな』
『止めはしませんよ。ただ、一人では寂しくないですか?』
すると、五代目が肩をすくめる。
『一人じゃないさ。先に俺の部屋で待っている奴もいるからな』
ミレイアさんは首を横に振って「本当にしょうがない人ですね」などと言った。俺とミレイアさんが二人で五代目の部屋に向かうと、七代目の声が聞こえてきた。
『……叔母上』
心配している七代目の視線に、ミレイアさんは微笑みながら振り返ると。
『心配せずとも、もう邪魔などしませんよ。それとブロード君……そういうところは変わらないのね。昔を思い出すわね』
何を思いだしたのか? それは、ミレイアさんと七代目にしか分からなかった。そして、俺たちは五代目の記憶のドアをくぐって部屋へと入った。
灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな戦場。
いや、もう戦いは終わっていた。周囲には死体が転び、ウォルト家の兵士と思われる遺体は丁寧に扱われていた。逆に、敵と思われる装備の整った自称賊たちは倒れていると、死んだフリをしている可能性もあるので、ウォルト家の兵士たちが槍を突き刺して回っている。
ただ、周囲にはズタズタになった死体も多く、どうやって殺されたのか気になるものもあった。五代目が、戦場で椅子に座って賊たちを眺めていたフレドリクスを見ていた。
生きている賊たちは、装備をはぎ取られ縄で縛り上げられていた。フレドリクスの前に連れ出され、そして俯いていた。
「……五代目、この人たちは賊なんですか?」
五代目は少し笑っていた。
『自称、な。実際はウォルト家の寄子の一つと、隣の領地から入り込んだ連中だ。繋がって俺の領地を荒らしやがった。荒らす時だけ賊と名乗っているわけだ。ま、これが領主なんて賊と変わらない、って理由だな。戦場でバンセイムの連中が略奪をしていただろ? あんなのどこでもやっている。珍しくもない』
俺が嫌そうな表情をすると、五代目とミレイアさんが笑っていた。馬鹿にしている様子ではなく、嬉しそうだった。五代目が頷きながら。
『それでいい。そういう気持ちは大事だ。俺は忘れたけどな』
『父上』
周囲の映像が動き始めた。突き出された賊の一人は、かつてフレドリクスを馬鹿にしていた貴族の取り巻きの少年だった。成長して青年になっていたが、今は賊としてフレドリクスの目の前に連れ出され、周囲の兵士に蹴り飛ばされていた。
『き、貴様ら! 私にこんなことをしてただで済むと思うなよ。この場は負けたが、実家に戻れば――』
俺は首を傾げた。
「実家? 戻る気だったんですか?」
俺が信じられないと思っていると、ミレイアさんが説明してくれた。
『当時は周辺領主との間で馴れ合いがあったのですよ。私たちが成長した頃には、それもなくなっていましたけどね。場合によってはセントラルに連れて行き、王家に仲裁を申し込む際の証人にもなります。いえ、証拠、ですね』
「なくなった? それが続かなかった理由は――」
五代目が感情のない声で。
『俺が徹底的にそんなルールを破壊したからだ。地方特有のルールだな。他でもあるが、ようは馴れ合いだ。貴族同士の、という言葉がつくけどな。こいつら、一種の遊び感覚だったんだぜ』
俺は五代目の記憶に出てくる、縛られた青年を見て嫌悪感を抱いた。ミレイアさんは、俺の感情を読み取ったのか、頷いている。
『……賊はウォルト家のルールで全員処刑だ。首を斬れ。死体は吊して見せしめにする』
大きな斧を持った兵士たちが、賊たちの前に出て来た。すると、青年が訳の分からない事を言い出す。
『や、止めろ! そんな脅しには屈しないぞ! それをやれば、ウォルト家との間で戦争が起きる!』
青年と共に略奪をやった寄子の貴族も同じだった。その表情は太々しいものから、焦ったものに変わっていた。
『おやめください! それをやれば、本当に取り返しのつかない事が……こ、今後は絶対にこのような事はしないと誓います!』
なんとも醜い光景だ。笑い話にもならない。だが、五代目は少し笑っていた。
『酷いだろ? これが当時の状況だ。地方ルールが絶対だと思い込んで、なんのリスクも背負わずこんな事をしていた。色々と要因はあるんだが、当時は外敵がいなかったからな。いても小競り合い程度だ。三代目が、戦争好きの馬鹿を脅しすぎて、極端に方向転換した時期だった。ようは、こいつらは暇だったんだよ。黙って領地の開発でもしてればいいのにさ』
椅子に座っていたフレドリクスは立ち上がると、腰に下げた剣を抜いた。柄の部分にトリガーのような物があった。刃には線が入っており、独特の剣――蛇腹剣が姿を現す。
『聞こえないな。ここにいるのは賊だ。俺にはそれ以外に何も見えない。貴様らの首はここで晒してやる。それと、だ。寄子のお前の家は取り潰す。文句があれば、お前の息子がセントラルに泣きつくだろうさ。賊紛いの行動をした父親を寄親に殺されました、ってな!』
フレドリクスが蛇腹剣を使用した。横に振るうと刃が生き物のように動き、そして寄子の騎士とその兵士たちの首を狩っていく。次々に吹き飛ぶ首――血を吸って赤くなった蛇腹剣が、鞭のようにしなって五代目の方に戻ると剣の姿になった。
周囲の縛られた賊たちの体は、血を噴き出しながら倒れていく。その光景を見た青年は騒ぎ出した。
『や、やめろぉぉぉ!! 身代金が手に入らないぞ! 私には最低でも金貨で数百枚の身代金が――』
青年は泣き叫び、そして縛られているのに逃げようと必死にもがいていた。その姿を、自分の兵士たちに見られていた。フレドリクスは、血で赤くなった蛇腹剣を持ちながら相手の背中を踏みつけ地面に押さえつけた。蛇腹剣を青年の首筋に当てる。
『そんなものは必要ない。村一つを用意するのにいったいどれだけの金が必要だと思っている?』
『な、なら、この村を再建する! 元通りにしてやる! 小さな村だ。たいしたものはなかったが、私の実家が金を出して再建させるから! こんな小さな村一つで怒るな! そ、それとも昔のことを怒っているのか? なら謝る。正式に謝罪もしよう! だから、その剣をどけろ!』
小さな村一つ――毎年の税収で金貨数百枚など届くわけもない。黙っていても人は増え、独立するために開拓する。青年にとって、村とはそういうものだったそうだ。ウォルト家とは考え方が違った。
フレドリクスは、言う。
『そうか。お前がこの村を元通りにするのか』
『わ、分かってくれたか? ならば……』
『そうだな。寸分違わず元通りにしろ。焼き払った建物から道具、そして殺した村人全員を生き返らせろ。そうすれば、身代金などいらないよ。昔のことなど興味もない。すぐに大好きな実家に送り届けてやるさ。さぁ、やってみろよ!』
青年は口をパクパクさせていた。
『ふ、ふざけるな! そんな事が出来るわけが――』
青年の首が宙を舞った。若く、復讐を誓ったフレドリクスの顔は、酷く険しいものだった。フレドリクスは、青年から離れると刃についた血を拭き取っていた。そして、興味もなさそうに。
『全員殺せ。死体は見せしめだ。串刺しにしてこいつらの実家が気付くようにしろ。それで攻め込むなら皆殺しだ』
淡々としていた。自分の武器の調子を確認しているのは、殺される者たちよりも壊れたところがないかと、蛇腹剣の方が気になっているからだろう。斧を持った兵士たちが賊という騎士や兵士たちに向かうと、悲鳴が聞こえてきた。
ミレイアさんが少し呆れていた。
『この当時の父上は、本当に冷酷ですね』
五代目は小さく。
『……それ以外の方法を考えられなかった。いや、考えたくなかったのかもな』
映像の中では、フレドリクスに近付く集団がいた。村人たちだ。
『……フレドリクス様』
その手には、全員が賊たちの持っていた武器を手にしていた。老人、女性、子供――憎しみがこもった瞳でフレドリクスに願うように。
『我々に殺させてください』
その言葉を聞いて、フレドリクスは斧を持って首を斬り落としている兵士に声をかけた。
『その辺でいい。残りはこいつらに残しておけ。それと、死体は全て吊し上げる。殺す際は後の事も考えろ』
村人たちは、頷くと武器を手に兵士たちに近付いていった。兵士たちの声が響く。それは、聞いていて目をしかめたくなる程だった。
五代目がこんな光景を見せた理由が、俺には分からなかった。五代目も、腕を組みながら。
『……本当なら、こんな事をさせるべきじゃなかった。反省している。でもな、復讐すると誓っていた当時の俺は、それが絶対に正しいと思っていたよ』
俺は五代目に。
「間違っていたと?」
『さぁ? 確かめる方法が分からない。お礼も言われた。後悔している村人も見た。どっちが正しかったのか分からないな。だが、これだけは言えるな。ライエル、お前は俺みたいになるな。復讐心を持ってもいい。だが、俺のような復讐をするな。俺は、後悔の方が強く残った。晴れやかな気持ちになったのは少しだけだからな』
すると、映像が切り替わる。そこはウォルト家の屋敷だった。
周囲に急かされるように、フレドリクスがある部屋に向かっていた。
『フレドリクス様、お早く!』
『元気な男の子ですよ!』
『さぁ、お早く!』
『もう、グズグズしないでください!』
『わ、分かった。分かったから』
お腹の大きな女性もいた。五代目の妾の人たちで、周囲にはお腹の大きな女性を気遣う家臣たちもいた。
『走らないでください! お願いですから走らないで! フレドリクス様からも皆様に言ってください! 倒れて怪我でもされては困ります! 奥様と若様は逃げませんから!』
まるでバルドアのような家臣がいると思ってみていると、フレドリクスは自分の妾に背中を押されて部屋に入った。
そこには、生まれたばかりの赤ん坊がいた。元気に泣いており、正妻である女性が笑顔で抱きしめていた。
『あなた、元気な男の子ですよ』
女性は赤ん坊が無事に生まれたことで嬉しかったのか、涙ぐんでいた。フレドリクスも、赤ん坊を見て顔がほころんでいた。
『そ、そうか。頑張ったな。よ、よくやった――ッ!』
手を伸ばし、そして赤ん坊に触れようとした時だ。フレドリクスは、手を引いて自分の手の平を見ていた。五代目が、俺にこの時の気持ちを語った。
『……血で汚れた手で、こいつに触れたくなかった。ファインズまで汚れると思った。俺は、この時に凄く後悔したよ。俺が殺した相手にも当然だが家族がいた。殺した連中の家族にしてみれば、俺は復讐の対象だ。なんでかな……そう思うと、俺は気持ちが折れそうだった。当たり前の事なんだけどな。そうするだけの理由もあったのに、なんでだろうな』
フレドリクスは、涙を流していた。
『あなた?』
『……よくやった。今はゆっくり休め。お前の実家にも知らせておく。礼も言っておこう。俺は……もう、行く』
涙を拭いて、フレドリクスは部屋を出て行くのだった。
宝玉内。五代目の記憶の部屋。
そこで見たのは、五代目が子供に対して素直になれなかった理由が見られた。記憶の部屋は、五代目のもっとも強い想いがこもっている景色――動物たちの飼育小屋を映像として見せていた。
五代目が俺に振り返った。
『さて、俺が教えられるのはこれくらいだ。今更だが、見せなくて良かった気もするけどな。お前は大丈夫そうだし』
「五代目」
すると、小屋の一番奥の麒麟の部屋から大きく成人した麒麟が出て来た。早歩きで五代目に近付くと、顔をすりつける。
「フレドリクス!」
『メイか。お前にも迷惑をかけたな』
「そんな事ないよ。僕も楽しかった。またフレドリクスに出会えたからね」
ミレイアさんは、そんな五代目を少し複雑そうな表情で見ていた。五代目が、俺の方を見て微笑む。
『俺の最後のスキル【マップモデル】だ。こいつは簡単に言えば、地図を自分中心から好きな位置に視点を変更出来るスキルだな。範囲に制限もあるが、かなり便利だ。隠れている連中を見つけ出せるからな。それに、隠れられそうな場所も見つけられる』
賊や傭兵と戦い、そして周辺から攻め込まれる中で、五代目はこのスキルを求めたのだろう。ただ、五代目は少し溜息を吐いた。
『まぁ、今回の本命はこっちなんだけどな。ほれ』
そう言って俺に渡してきたのは、銀色の蛇腹剣だった。ただし、他のと違うのは蛇腹剣がまるで生きているような……飢えているような気がした。
『俺のせいなのかね。こいつ、相当危険だぞ。初代の大剣とも違うな。ファインズのハルバードは結構素直だ。二代目の弓も仕事をキッチリこなす。親父の短剣は……まぁ、親父らしいな。でも、こいつは単純に殺す事に特化している。初代のような強さじゃない。集団戦において効果的だろうさ』
少し、五代目は蛇腹剣を見る目が複雑だった。銀色の蛇腹剣にはギミックがない。刃には線が入っており、握ると青く光った。血管のように蛇腹剣に青い光りの線が入り、俺に飢えを知らせてくる。
禍々しい姿をした蛇腹剣は、何故か物語の中に登場する魔剣の類いに見えた。
『……ライエル、お前はこいつを使いこなせ。この先、色々と役立つだろうよ。ただ、殺す事に取り付かれるなよ』
メイが、五代目に言う。
「大丈夫だよ。ライエルには僕もみんなもいるからね」
ミレイアさんも微笑んでいた。
『そうね。今のライエルは一人ではありませんからね。父上は、人を寄せ付けませんでしたから』
五代目が頭をかき、そして俯きながら。
『……悪いと分かっていても、引き返せなかったんだ。どうしていいのか分からない内に、こんな小屋を作っていたよ。きっと、疲れていたのかも知れないな。一杯、迷惑かけたな。ミレイア、お前にも』
ミレイアさんは、スカートを指先で掴み、少し持ち上げると綺麗にお辞儀をした。
『父上からの謝罪を聞けただけでも、案内役になった意味がありましたよ。それと、ライエル』
俺に振り返ったミレイアさんは、微笑みながら手を出してきた。俺も手を伸ばすと、ミレイアさんは青い宝玉を持っていた。
セプテムさん。
らいえる。
そしてミレイアさん――。
「これは、三つ目の――」
顔を上げると、ミレイアさんが微笑みながら抱きついてきた。俺の背中に手を回すと、耳元で囁く。
『色々と予定も崩されました。らいえる君にもひっかき回されましたね。でも、これで良かったのかも知れません。宝玉の案内人として、私はライエルを認めましょう。最後のあなたのスキルを受け取りなさい』
宝玉が俺の体に吸い込まれると、頭に言葉が浮んできた。ただ、靄がかかって良く理解出来ない。分かったのは、俺の三つ目のスキルがとてもユニークという事だ。一度きり――使用すれば、宝玉が力を失うという代償を持つスキルだった。
「ミレイアさん、もしかして」
ミレイアさんが、俺のおでこにキスをした。顔を近づけ、正面で見ると涙ぐんでいる。
『ライエル、ミランダとシャノンをお願いね。ミランダは貴方が思っているよりも弱いところがあるわ。逆にシャノンは強いところもある。二人が間違わないように……私みたいにならないように、しっかり手綱を握りなさい。時々は、甘えさせて上げてね』
五代目も、頬を指でかきながら。メイを見ていた。
『悪いな。俺もここまでだ。もっと言いたい事もあるが……一つだけ頼みがある』
メイは五代目を見ながら。
「なに?」
『ライエルの事を頼む。俺には勿体ない子孫だからな。最初は頼りなかったが、今は俺よりも強い。俺の――俺たちの自慢だから』
俺は蛇腹剣の柄を握りしめた。涙が出て来た。
「もっと、早くに言ってくださいよ。こういう時に言うから、泣くんです。最後は笑顔で見送ろう、って……」
ミレイアさんが、俺の涙を指で拭ってくれた。
『たまには泣きなさい。弱さを見せても良いのよ。周りではなく、ミランダやシャノン――それに、ノウェムたちに、ね。案外、喜ぶわよ。それと、これは私からの贈り物です』
そう言って、ミレイアさんは銀色の蛇腹剣に触れた。何かが流れ込んだように感じたが、俺はミレイアさんの笑顔を見ていた。ミランダに似ていると思ったが、やはりシャノンの面影もあった。いや、二人にミレイアさんの面影があったのだろう。
俺はミレイアさんの言葉に笑って見せた。
「覚えておきますよ。貴重な女性の意見ですからね」
『よろしい。皮肉を言えるなら大丈夫そうですね。それと、宝玉が力を増しています。ライエル、貴方は宝玉を使いこなしなさい。きっと、それだけの力がライエルにはあるわ』
ミレイアさんの言葉は、まるで宝玉には注意をしろ、というようにも聞こえてきた。俺は頷いて、ミレイアさんの言葉を心に刻む。
メイは五代目を見ながら。
「……フレドリクス、僕は約束するよ。ライエルを見守る。フレドリクスたちの分までね。それに、僕はライエルの事は嫌いじゃないから」
五代目は微笑んでいた。そして、小屋の奥ではなく入口に向かって歩き出した。ミレイアさんもその横に並んで歩き出した。
『父上、お供しますよ。それで、最後の娘のお願いです』
『な、なんだよ?』
少しミレイアさんを怖がる五代目に、ミレイアさんは手を伸ばした。
『手を握って貰えますか?』
五代目は、首を傾げて手を差し出した。ミレイアさんと手を繋ぎ、五代目が歩き出す。小屋の入口を目指して歩いて行くと、ミレイアさんの姿が少女になっていた。そして、少し幼くなった声で――。
『こうして貰えるのが夢だったんですよ』
五代目は、気まずそうに。そして嬉しそうに。
『生きている時に、叶えてやれれば良かったな。悪かったな……お前たちも』
五代目は、視線を幼いミレイアさんから目の前に移していた。気になって俺も外を見たくなって歩き出す。
メイと二人で入口まで向かうと、その先には女性が五人――そして、周囲に子供たちが幼い姿で待っていた。動物たちも、五代目を待っていた。みんな笑顔だった。
「五代目!」
「フレドリクス!」
五代目は、振り返らずに手だけを振って応えた。
『馬鹿。今は振り返ることが出来ないんだ。俺みたいなのが泣いている姿を見てもつまらないだろが。頑張れよ……お前たち』
円卓の間。
手を伸ばした俺は、円卓――かつて五代目が座っていた場所に浮んだ蛇腹剣を見た。
メイは、この場にいない。きっと、宝玉から自身の体に意識が戻ったのだろう。そして、浮んでいる蛇腹剣は少しだけ五代目から渡された時と姿が違って見えた。少しだけ、禍々しさも残っているが、本当に少しだけ形が違って見えた。
戻ってきた俺を待っていたのは、七代目だった。
椅子に座って天井を見上げながら。
『昔の話だ。最初に憧れていた女性は、叔母上――ミレイアさんだったよ。だからなのかな。銃を手に取ったのかも知れない』
「七代目、俺は――」
七代目が立ち上がると、自分の部屋に戻ろうとしていた。
『ライエル、お前は五代目からも、そして叔母上からも認められたのだ。わしは……最後に認められたかどうか……分からないな』
七代目がいなくなると、円卓の間に俺一人になった。
「……五代目、ミレイアさん、ありがとうございました」
呟くと、俺は涙を袖で拭った。宝玉内の円卓の間に武器が増える度に、歴代当主たちが減っていく。強くなる度に、寂しくなる。
五代目も最初は冷たい印象だったが、どんな人か後から分かった。不器用だった。伝え聞いていたイメージとは全然違った。そして、頑張った人だった。
そして、ミレイアさんは――色々とあったが、母上の記憶の少ない俺にとっては母のような人だった。騒がしく、七代目とじゃれ合い、時には歴代当主たちも驚かせた人だ。
いなくなると、寂しさがこみ上げてきた。
「本当に……なんでだよ。なんで、あんなに五月蝿いとか思っていたのに、涙が止まらないんだろうな……」
最初の頃は酷かった。罵倒された事もある。馬鹿にされたこともある。なのに、みんながいなくなると寂しくなる。俺は、目の前に浮ぶ銀色の武器たちに視線を巡らせ、最後に蛇腹剣を見た。手を伸ばすと俺の手に柄を伸ばしてきた。
握ると、先程よりも飢えが少なかった。ミレイアさんのおかげかも知れない。
「力を貸してくれ。今の俺にはお前の力が必要だ」
蛇腹剣が鼓動したような感覚を受け、俺は宝玉内から現実へと意識を戻した。




