仲間
普段通りの朝。
違うのは、俺とアリアが戦ってからはじめて外に出て魔物退治をするという事だ。
使用しているサーベルをまたも新調し、武器屋の店主には呆れられつつも同じものを用意して貰った。
本気でセントラルの武器屋を回り、自分に合った質の良いサーベルを買うか、それとも使用する得物を変えた方が良いとまで言われてしまったが。
こだわりというよりも、扱い慣れているのがサーベルなのでしばらくはこれでいこうと思っている。
そんな俺たちがゼルフィーさんと合流し、ギルドへと向かうと何やら騒がしかった。
二階の受付では、カウンター近くに緊急依頼と書かれた掲示板が追加されている。
冒険者の多くが視線をそこへ向けるが、渋い表情になると普段から使用している掲示板へと向かう。
「何かあったのでしょうか?」
ノウェムがそう言うと、俺たちも気になって確認しにいく事にした。
アリアも興味があるようだが、ゼルフィーさんの表情はどうにも優れない。
掲示板へと歩いて向かう俺たちが見たのは、期日までに帰還しなかったパーティーの捜索と、その地域の調査である。
「期日までに戻らないと捜索隊が出るんでしたね」
俺がゼルフィーさんに教えられた事を思い出すと、本人は頷いていた。しかし、書類に書かれている名前を見て、首を横に振る。
「半分正解だよ。建前しか教えてなかったけど、実際は消息を絶ったパーティーが、どんな理由で消えたのか調査するのさ。賊に魔物、果ては迷宮なんていくらでも理由がある。次に向かう連中まで餌食にならないように、ね」
半分は正解。
救助が目的ではなく、どうして消息を絶ったのか調査する。
言い換えれば、消えてしまったパーティーの救助は二の次という事だ。
ノウェムが依頼書を見ると、パーティーメンバーの年齢を見て何かに気が付いたようだ。
「この方たち、もしかしてギルドから指導員を雇われていたんですか?」
静かに頷くゼルフィーさんは、憎まれ口を叩く。
「だから言ったんだ。さっさと引退するべきだ、って……ここまで来て、死んだら意味なんてないじゃないか」
依頼書に書かれている名前の一つは、赤で横線が引かれていた。
それは、ギルドカードに刻まれた名前に死亡を意味する横一線の傷が入った事を意味する。
――つまり、死亡したのだ。
幸いなのか、それともこれからなのか……若い冒険者たち五人は、生きているようであった。
「ね、ねぇ……これって、誰かが救助に行くのよね?」
アリアがそう言って周囲を見渡すが、冒険者たちは緊急の掲示板には目を向けるが受けようとはしていなかった。
「……死んだベテラン冒険者が、ダリオンでも上位の実力者なのよ。初心者の集う街だろうが、中堅でも実力のある男でした。その男が死んだとなると」
――一言で言えば、難しい。
ダリオンは雑用系の仕事が多いのだが、領主が率先して魔物の討伐や迷宮討伐を行なっている。
冒険者に成り立ての新人には都合が良いのだが、これが新人を抜け出した冒険者たちには不満であった。
地元志向とでも言えばいいのか、ダリオンに残って冒険者を続ける者たちももちろんいるが、ほとんどがダリオンを去ると自分たちにあった街や都市へと向かうのである。
「まずいね。この前に発生した迷宮討伐でギルドは冒険者を募集していた。領主様の兵隊もまだ帰ってきてないよ」
迷宮が発生し、ギルドでは討伐のために冒険者を募っていた。
そのため、戦闘に自信のあるパーティーの多くがダリオンを離れていたのだ。
(そう言えば、前にそんな事を言っていたな)
冒険者たちが噂話をしていたのを思いだした俺は、ギルドを見渡した。
実力のある冒険者がまったくいない、という訳でもないだろう。だが、こうして募集をしているという事は、依頼を受ける冒険者がいない事を示していた。
「……緊急依頼を受けると、ギルドからも報酬が出ると聞いていましたけど」
ノウェムが、他の冒険者たちが参加しないのを不思議がる。
すると、ゼルフィーは言う。
「報酬よりも命だよ。中には名を上げたいから挑む奴もいるが……まいったね。向かった場所が危険な場所だ。下手なパーティーは全滅するよ」
ダリオンの全てが安全とは言えない。
人が住んでいない場所は、どうしても兵士が向かって討伐する機会が少ない。
カウンターの近くで依頼書を見ていると、ホーキンスさんが声をかけてきた。
「ゼルフィーさん、少し宜しいでしょうか」
「……旦那」
普段よりも厳しい雰囲気を出しているホーキンスさんが、ゼルフィーさんを呼ぶとそのまま話をする。
「依頼書は見て頂けましたか?」
「見たよ。しかし、内容からするともっと前に依頼が出ていても良かった気がするけどね。何があったんだい」
戻ってこなければおかしい期日は、とうに過ぎていた。
なのに、緊急依頼が発生したのは今日である。
「……こちらの手違いでした。申し訳ありません」
「申し訳ない、ではすまないんだけどね。旦那のミスではないんだろうけど、こっちは命がかかっているんだよ。他にも依頼の場所に向かった連中は?」
緊急依頼が発生した場所には、向かう許可が降りない。
だが、今回は初動から遅れているので、同じように危険な場所に向かった冒険者がいるかも知れないのだ。
「運が良かったんでしょう。普段からそこを狩り場にしているパーティーは、迷宮の方へ向かっています。ただ、そうなると向かって貰える冒険者が見つからず」
「旦那が行けば良いんじゃないかい?」
ゼルフィーさんの冗談に、ホーキンスさんは特に何も言い返さなかった。
(二人とも少し怒っているな)
話を聞いている限りでは、知り合いだったのかも知れない。
「あの、ホーキンスさん。ゼルフィーさんを呼ばれた理由は?」
ノウェムが確認すると、ホーキンスさんはこちらにも謝罪してくる。
「ギルドからの緊急依頼です。ゼルフィーさんを一時的に借り受けます。その間の費用や日数に関しては、ギルドの方で保証させて頂きます」
俺たちは戦力として数えられないらしい。
(当然だろうな)
そう思っていると、二代目の声が聞こえてくる。
『こういった時のギルドの対応は街によって違うのかね? 俺が知っているところだと、無理矢理向かえとか聞いた気がするけどな』
質問に答えたのは六代目だった。
『時代も違いますし、ギルドの対応も変わっているでしょうが……ダリオンの冒険者は、基本的に質が低そうですから、こういった事が多いのでは?』
ご先祖様たちは落ち着いたものだ。
別に慌てる必要もないが、少々ドライに感じてしまう。
ゼルフィーさんは嫌そうな表情をするが、溜息を吐くと頷いていた。
「旦那の頼みなら断れないね。ただ、こっちとしてはギルドがどう動くのか知りたいところだね」
ホーキンスさんは一度目をつむると、しばらくして目を開けてから答えた。
「上の方の意見は……職員のミスですが、誰にでも起こりえると判断しています。これといった処分は下されないでしょう」
「……旦那、それだと私たちが納得できないよ。あの男は口が悪くて嫌いだったけど、あいつに助けられた冒険者も大勢いるんだよ。嫌いだけど、私だって二度や三度も世話になっているんだ。それで納得しろとでも?」
話がどうにも違う方向へと進んでいる。
俺たち三人はおいて行かれていた。
「ゼルフィーさんは緊急依頼で抜ける、と。そうなると、今日はどうしたものかな」
俺の方は今日の予定を考える。
雑用でも良いのだが、三人いるなら外に出て魔物退治をしたい。
早く成長を実感したいし、何よりもこのままでは雑用系の依頼ばかり上手くなっていく。
(この前なんか、うちに来ないか、って誘われたんだよな)
現場監督に冒険者を辞めてうちに来い、とまで言われたが苦笑いをして断ったのを思い出す。
嫌ではないが、稼ぎとして二人を養えないので無理だろう。
アリアはゼルフィーを見ながら言う。
「ゼルフィーの方は大丈夫なのかしら? だって、ダリオンでも実力のある冒険者が死んだのよね」
ノウェムはアリアを落ち着かせる。
「魔物や賊ではないかも知れません。事故なども考えられますから。ただ、ゼルフィーさんお一人という訳ではないと思います」
六人のパーティーがいて、一人死亡で残りは未帰還である。
事故という可能性も確かに高い。
そう思っていると、初代が俺に声をかけてきた。
『ライエル、お前も参加しろ』
急にどうしてそんな事を? などと思ったが、初代にも考えがあるらしい。
三代目も初代に同意した。
『それが良いかもね。というか、この手の依頼もそうだけど、基本的にライエルがいれば効率が上がるよ』
六代目も同意する。
『俺と六代目のスキルなら、探し出すのも簡単でしょうし、危険を避ける事もできますからな』
(そうか、ご先祖様たちのスキルを利用すれば、効率が他とは段違いだよな)
特に五代目と六代目のスキルは、同時使用をする事でとんでもないスキルになる。
周辺の地図が頭の中に浮かび上がり、敵味方……魔物の位置や罠、それらの情報をある程度距離まで近づけば知る事ができる。
だが、俺が参加したいと言って、それでホーキンスさんが納得するだろうか?
二代目も俺と同じだ。
『ライエルが参加したいと言って、向こうが納得するか?』
五代目など――。
『参加するメリットは? ライエルとは関係ない連中だ。それに、下手に目立てばせっかくダリオンで下げた評価も意味がないと思うがね』
それらの意見を聞いて、初代が言う。
『メリット? そんなものは知らねーよ。ただ、このまま行かせて、ゼルフィーっていう冒険者が死ねば寝覚めが悪いだろうが』
七代目は呆れた感じで言い返した。
『まさか、それもアリアのため、ですかな? そこまでする必要もないと思いますがね。ここで死ぬなら、その程度という事ですから』
四代目が、まとまらない意見を終了させ、俺に問いかけてきた。
『さて、こういう感じで意見が分かれた訳だけど……ライエルの意見は?』
俺の意見を聞かれ、咄嗟に首飾りになっている宝玉を手で触る。
確かにメリットなどあまりないだろうが、ここまで初代が言うなら危険なのかも知れない。
初代の勘の良さは、俺も認めている。
(俺にこの問題が解決できるのか?)
スキルを使用すれば、確実に成功確率は上がると思っていた。
それだけ優秀なスキルを俺は所持している。
ただ、参加するにも、説得する必要がある。ホーキンスさんやゼルフィーさん。そして、ノウェムやアリアには残って貰わないといけない。
色々と考え、俺は結論を出すのだった。
「ノウェム、アリアと一緒にダリオンで待っていて貰えるか? 俺はゼルフィーさんと緊急依頼を受けようと思う」
『もうちょっとしっかりしようぜ……』
『ないわー。あれだけ恰好を付けておいてこの状況とか』
『説得までノウェムちゃんに任せたよね、ライエル』
『もう少し言い方があるだろ。あそこで引くとかどういう事?』
『交渉関係は地道に磨いていくしかないな』
『まぁ、これまでの事情もありますし、こんなものでは?』
『お前ら……わしの孫に言いたい事はそれだけか! ライエルだって頑張っただろうが! 最後までノウェムたちの参加に抵抗し、結局は緊急依頼に参加したじゃないか!』
(止めて! これ以上庇わないでお爺さま!!)
荷馬車の上、両手で顔を隠す俺は耳まで赤くしながら、初代から順番に発言する宝玉からの声に耳を傾けていた。
何気に気が付いたが、耳を押さえても声だけはしっかり聞こえてくる。
周囲に聞こえていない事から、音を発してはいないと思っていたが……すごく、迷惑である。
耳を塞いでも聞こえてくるご先祖様たちの声――。
ご先祖様たちが愚痴をこぼす理由は、現在の状況にある。
ギルドから荷馬車を二台出し、必要な物資をギルドの金で用意した俺たちは臨時のパーティーを組んで調査に乗り出したのだ。
ゼルフィーさんをはじめ、いつものメンバーである俺とノウェム、そしてアリアだ。
加えて、ロンドさんたち三人組が、今回のメンバーに入っている。
ギルドからは、一人だけ御者も借り受けている。
「お、おい、大丈夫か、ライエル君?」
ロンドさんが心配そうに俺に聞いてくると、隣に座るノウェムも心配していた。
「ライエル様、もしかして風邪ですか? 先程までは大丈夫だったのに」
オロオロとするノウェムに対し、アリアは緊張した様子だった。胸元の赤い玉を握りしめている。
そんなアリアに、レイチェルさんが話しかけていた。
「それってスキルを封じた玉よね? 今時珍しいわよ。スキルは幾つ入っているの?」
「え、え~と、私のも入れると五つだと」
アリアが緊張しながら答えていると、それを聞いてレイチェルさんが目を輝かせる。
「凄いじゃない! 魔具なら金貨で百枚から二百枚の価値になるわよ。赤いから前衛系のスキルよね? 組み合わせは大丈夫なの?」
スキルの組み合わせは重要だ。
俺の持つスキルで言えば、五代目と六代目のスキルのように同時使用でとんでもない効果を発揮するスキルもある。
だが、玉はこの手の組み合わせを設定できない。
受け継いだ者たちの発現したスキルを、選ぶ事なく記憶していくのだ。
「すみません。よく分からなくて……」
アリアが申し訳なさそうにしていると、レイチェルさんが慌てて慰めていた。
「き、気にしないで! 玉を持っている人たちは選べないから気にしないのが普通だ、って聞いた事があるから。それにしても、五つもスキルを持っているなら即戦力ね」
そう言われ、更にアリアは俯いてしまう。
「……まだ全部使えなくて」
それを聞いて、槍を持っていたラーフさんが溜息を吐いた。
「空気読めよ、レイチェル。それはそうと、お前のパーティーは俺たちと逆だな。男女が一緒だと色々と面倒だろ。俺もロンドとレイチェルがピンク色の空気出すから、横で寂しい思いをするんだよ。……で、ライエルの彼女はどっちだ。ノウェムちゃんだろうとは思うけど」
ラーフさんが時間のかかる移動なので、俺たちの緊張をほぐそうと話題を振ってきた。
(あ、ありがたい。ここはご先祖様たちにネチネチ小言を聞くよりも、こうした会話で――)
そう思っていると、ノウェムが言う。
「いえ、私たちどちらもライエル様の――」
「ノウェム!!」
急いでノウェムの口を塞ぐが、間に合わなかったようだ。俯いているアリアの顔も赤くなっている。
レイチェルさんが――。
「え、冗談よね、アリアちゃん?」
すると、アリアが――。
「家宝を取り戻して貰って、それに私は売り飛ばされるところも助けて貰って……それで……」
「ハッキリ言って! 誤解を招くから、こういう時はハッキリ言ってよ!」
俺が急いでアリアの方へ向き直ると、解放されたノウェムが言う。
「誤解ではありませんよ。アリアさんをライエル様がお救いし、今は三人同じ屋根の下で生活しています」
笑顔で事実を言うノウェムに、ロンドさんは頬を引きつらせて笑っていた。
「え、それって俗に言うハーレム的な?」
ノウェムは、ハッキリと――。
「俗に言うハーレムではなく、実際にハーレムです。今は二人しかいませんが、これからどんどん増やしていこうと思っています」
笑顔で告げるノウェムを見て、俺は口をパクパクさせるのだった。
空気を読めないとも思えないが、本気で言っているのは間違いない。
ラーフさんが、俺の肩に手を置いた。
口元は笑っているのだが、目は笑っていなかった。
同じように、反対側の肩にはロンドさんの手が乗る。
先程とは違い、低い声でラーフさんが言う。
「詳しく聞こうじゃないか、ライエル」
ロンドさんも同じだった。
「随分と羨ましいじゃないか、ライエル君。是非ともどうやって実現させたのか聞きたいが、その前に君には男として一人の女性を大事にする事について話さないといけないね」
ラーフさんも同じだった。
「そうだな。これで到着までどうやって時間を潰すか考えなくてよくなったな。しっかり教えてやるから覚悟しろよ、ライエル」
笑顔でハーレム拡大を語るノウェムに、顔を赤くして聞いているアリアとレイチェルさん――。
俺を助けてくれる人は、この荷馬車には乗っていないようだ。
――御者を行なっているゼルフィーは、後ろから聞こえてくる若い冒険者たちの声を聞いていた。
緊急依頼に参加すると言い出したライエルたちを怒鳴りつけてやったが、ノウェムに説得されて同行を許可してしまったのだ。
しかも、アリアを特別扱いできないので、同じように参加させてしまった。
実力で言えば個人の能力は高い。
そして、今回はパーティーとして能力も高い三人の冒険者も参加している。
滅多な事では失敗しないだろうが、それでも不安だった。
「まったく、楽しそうに……ピクニックじゃないんだけどね」
後ろから聞こえてくる楽しそうな子を聞きつつ、自分が言った言葉をかつて言われたと思い出した。
それは、死亡した冒険者に言われた言葉だった。
『ゼルフィーちゃん、ピクニックじゃないんだから少し落ち着こうぜ』
緊張していた自分をからかい、ほぐそうとしたのは後から気が付いた。
粗暴で口が悪かったが、面倒見の良い冒険者だった。
ギルドで出会えば憎まれ口をたたき合い、そうして酒場では飲み比べをして勝負した思い出もある。
「そう言えば、賭に負けたから酒を奢る約束をしていたわね」
ゼルフィーは空を見上げると、ダリオンで長年冒険者として一緒に過ごしてきた同僚を惜しむ。
早く引退すれば良いのに、というのは本心だった。
危険な仕事である。抜けられるなら、早い内に抜けた方が良いのだ。
「たく、死んだら意味がない、って言ったのはあんたじゃないか……」
会えば喧嘩腰の態度で接してきたが、ゼルフィーは彼の事を冒険者の仲間だと認めていた。
認めていたからこそ。
「落とし前はつけさせる。必ずね」
ゼルフィーの瞳は、鋭い光を放っていた――。




