ネットワーク
――サウスベイムにあるライエルの屋敷。
そこの一室で、モニカを三体のヴァルキリーズが囲んで配置していた。特別な装置をモニカが作成し、それを積み込んだ三体は初期に起動した一号、二号、三号だった。部屋は特に物が置かれているわけではなく、広いだけの部屋だ。
そんな部屋で四体が集まり、モニカを囲んで立っているのは理由があった。一号から順番に口を開く。
「ザイン方面、南部にある領地を吸収。そのまま兵を進め駐屯しています」
「ロルフィス方面、南部にある領地を吸収。管理する人員が不足しています。支援要請を求めております」
「各地の略奪に動いた部隊が再結集を開始しました。ただし、一部の領主貴族と傭兵団が略奪を続行しております」
ベイムに配置したヴァルキリーズが入手した情報は、ライエルを通してモニカが情報をまとめていた。その役割を三体にも任せているのだ。
特別な三体――ヴァルキリーたちは、ダミアンとラタータの働きによりその性能を向上させていた。
そのため、上位オートマトンとして役割を与えたのだ。
モニカはそれらの情報を集め、そして最終的な情報をライエルに送る。そうしなければ、いくらライエルでも処理出来ないからだ。情報量が多すぎたために、モニカにヴァルキリーズの管理を任せることになった。
「やはり、単独では戦いませんか。予想通りとは言え、厄介ですね。それと、ロルフィス方面には耐えて貰います。現状、人員を回している余裕がありません。アレット隊を解体し、部下たちを指揮官として配置するようにいいなさい。少数精鋭などと言っている暇はありませんよ」
ロルフィスはこれまで不遇だったため、戦力は少数精鋭を心がけてきた。しかし、それが今になって問題になりつつあったのだ。一号が、レダント要塞の動きを伝えてきた。
「レダント要塞に動きあり。ベイムへ侵攻を開始する準備に入りました」
二号がベイム方面の状況を伝えてくる。
「ベイム、避難民の受け入れにより都市部の人口が急激に増加中。出撃する気配はないそうです」
三号が締めくくる。
「サウスベイムよりアリア隊、ミランダ隊、バルドア隊、それぞれ五百人規模で出撃。サウスベイム周辺の村に進軍します」
モニカはそれらの情報をまとめると、ライエルのために情報をまとめて送る。
「チキン野郎の出撃準備も整いつつありますね。予定地点の最終確認を急がせましょうか」
モニカたちは動かないだけで、この戦いの重要な役割を担っていた――。
――ベイムの南部に侵攻してきたのは、六千を超える規模を持つ伯爵家だった。
ただし、伯爵家の兵士はその半分である三千だ。残りの半数は寄子や傭兵団などの数であり、そうした寄子や傭兵団が村を襲撃していた。
ギリギリまで略奪を行なうつもりなのか、戻る気配がない。南部を占領して略奪を行なっており、他のバンセイムの領主たちとぶつからないためやりたい放題だった。
その部隊の一つ。
数十名の兵力を持つ騎士爵家が集まった部隊が、小さな村を襲撃していた。村人たちを一箇所に集めて村を荒らし回り、抵抗した者たちは容赦なく殺して他の村人たちの戦意を削いでいた。
騎士爵の一人が言う。
「手応えがまるでない。俺の村でこんな事が起きれば、女子供でも武器を持って襲いかかってくると言うのに」
笑って話を聞いていたもう一人の騎士爵が言う。
「妻に槍を持って追い回された男が良く言う。だが、確かにこれでは歯応えがない。その上、成果は上々だ。笑いが止まらんよ」
総勢で二百名にも届かない数だったが、それでも同じ数しかいない村にとっては彼らは脅威でしかなかった。
すると、集まっていた騎士爵たちの下に、兵士が走ってきた。
「で、伝令! こちらに向かってくる軍勢がいます! 規模は五百を超えています!」
騎士爵たちが伝令を見て、なにを言っているのかと一瞬呆れていた。理由は簡単だ。ベイムがまともな兵士を持っていないからだ。そして、それだけの規模の冒険者たちも、ベイムに来てから見かけていない。
今頃になって出てくるのが理解出来なかった。
「味方の見間違いではないのか? 伯爵様の部隊がこちらに来たのでは?」
伝令は必死の形相で。
「旗が違います! それに、奴らが向かってきたのは、さらに南の方からです!」
騎士爵の一人が、アゴに手を当てながら。
「サウスベイムか。最近になってできた、というのを傭兵たちが言っていたな」
思い出したように、一人の騎士爵が。
「ウォルト家の息子がいると聞いたぞ。なんでも、冒険者ギルドからも追い出されたらしい。レダント要塞で活躍したらしいが、しょせんは冒険者の集まり。我々の敵ではないが……どうする?」
周囲を見れば、略奪した物資を積み込んではいなかった。騎士爵たちは、少し考えると。
「……撤退だ。数は向こうが上だ。負けるとは言わないが、ここで被害を出してもなんの得にもならない。すぐに村に火を放て」
そう言って指示を出すが、伝令が言う。
「無理です! 敵はすぐそこまで――」
瞬間、伝令の頭部が兜ごと弓矢で貫かれていた。何故もっと早くそれを言わないのか! そう言おうにも、既に伝令は事切れていた。騎士爵たちが腰に下げた剣を抜くと、見た事もない旗を掲げた兵士たちが馬に乗ってこちらに向かってきていた。
「馬だと!?」
基本、ベイムには冒険者上がりの傭兵が多い。そのため、馬を使う者たちが少ない。冒険者が馬を使うのは荷運びなどが多く、ここに来て騎士爵たちは相手の騎馬隊というのを初めて見た。
だが、一人の騎士爵が言う。
「馬鹿な! あの旗印はカルタフスではないか!!」
味方の兵士たちを斬り裂くように突き進んでくる赤い鎧を着た騎士――その後ろで旗がなびいており、その中には見た事のない旗があった。青い丸に銀色の模様。そして、カルタフスのものまで混ざっていたのだ。
カルタフス――バンセイムと長年争っており、戦争を知っている国の軍勢だ。騎士爵たちは一気に青ざめた。馬に乗った騎士たちが、馬上で槍を振るっている姿を見れば精鋭だとすぐに分かる。
「撤退だ! すぐに撤退だぁぁぁ!!」
味方が散発的に戦っている中で、騎士爵たちは自分たちの馬がいる場所に走った。しかし、先陣を切っていた赤い鎧を着た騎士が騎士爵たちの前に出た。
「こいつ、女か!」
剣を抜いた騎士爵たちが、赤い鎧を着た女性騎士に斬りかかる。しかし、女性騎士は槍を持って騎士爵たちを突き殺し、そして斬り裂いた。鎧を着た騎士たちを一瞬で斬り伏せると、彼女の近くに馬に乗った騎士たちが集まる。
その中には、黒髪に赤い瞳をした青い鎧を着た騎士が二名。
「アリア様、一部の兵士が逃亡しました」
「そのまま放置せよ、との命令です」
周囲ではカルタフスの騎士や兵士たちが、バンセイムの兵士たちと戦っていたが既に勝負は決まっていた。バンセイム側は一人で三人を相手にしなければいけない状況から、四人、五人と囲まれ出して最後には抵抗することを放棄していた。
周囲の安全を確認すると、アリアは兜を脱いだ。
「……あんまり気分が良くないわね」
倒れた騎士爵たちを見ながら、アリアはそう呟くのだった――。
――ミランダは、サウスベイムの兵士を率いて三つ目の村に乗り込んでいた。
村の中央にある広場。そこには戦った準男爵家の荷馬車や馬、そして物資が積み上げられていた。木箱の上に座り、近くにはヴァルキリーズを二体配置している。
そんなミランダの周囲では、ベイムの兵士たちがバラバラになったバンセイムの兵士たちの遺体を片付けていた。
ミランダは、目の前の村長に視線を向ける。村長であると同時に、村を拠点にしている商人でもある男はミランダに文句を言っていた。
「どうしてもっと早くに助けに来ないんだ! おかげで村には損害が出たぞ! 弁償だ! 弁償しろ!」
ミランダは無表情でその男を見ながら、足を組んで座っていた。
「な、なんだその態度は! お前たち、私がベイムの有力な商人と知り合いであるのを知らないのか!」
周囲では村人たちがミランダたちを責めるような視線を向けてきた。だが、ミランダは動じない。木箱から立ち上がると。
「ここは外れね。撤退するわよ。ここにある荷物は持っていくわ」
すると、村長がミランダの緑色の鎧――その青いマントを掴む。
「ま、待て! それはあいつらの荷物だ。村の復興には必要なんだぞ! 被害を受けたのは私たちだ! それに、お前たちは我々を守れ!」
ミランダは村長が握るマントを掴んで引っ張り、村長の手から逃れた。
「今後は自分たちで自分たちの身を守るのね。悪いけど、私は貴方たちに興味がないの。言っておくけど、義務もないわよ。何しろ、私たちはサウスベイムの人間だから。これだけ聞けば、意味が分かるわよね?」
村長は口をパクパクさせていた。ベイムから派遣された冒険者、あるいは傭兵団とでも思ったのだろう。いや、思いたかったのだ。
ミランダは、ヴァルキリーズに言う。
「アリアの様子は?」
「現在、二つ目の村に向かっているところです」
それを聞いて、ミランダは少し呆れた。アリアらしいと思って呆れたのだ。
「少し遅れているわね。どうせ説得とか無駄なことをしたんでしょ? アリアらしいわね。バルドアの方は?」
もう一体のヴァルキリーズが答えた。
「進軍する部隊と交戦。野戦で勝利を収め、目的地である村に向かっています。命令通りに動いていますが、予定よりも早く目標を達成しそうです」
ミランダは嬉しそうに。
「有能ね。ドリスかルーシーを嫁がせて縁が欲しいけど、逆に迷惑になりそうね」
不安そうにしている村人たちを見ながら、ミランダはすぐに次の目的地へと向かうことにした。小さな村一つを助けるためにサウスベイムを出たのではない。もっと大きな獲物が動き出すのを待っていたのだ。もしくは、逃げ出すのを、だろうか。
「それで、本命の伯爵様はどんな感じなのかしら?」
ミランダの言葉に、ヴァルキリーズは言う。
「既に情報は伝わっていると思われます。ですが、逃げる気配はないとの事です」
ミランダは笑うのだった。
「あら、随分と数が減ったのにノンビリしているのね」
ヴァルキリーズは言うのだった。
「正確に被害を把握しているとは思えません。それに、サウスベイムを脅威と思っていないのでしょう。伯爵が別段無能という訳ではありません。ただ、運が悪く有能でなかったものと推測します」
逃げ出せば命は助かったかも知れない。だが、逃げ出して本隊に合流すれば、伯爵は周りから腰抜け呼ばわりをされてしまう。それが分かっていたから、ミランダたちも出撃して伯爵と戦っていた。
「伯爵はいい餌になってくれそうね」
ミランダは兜をかぶり、自身の浮かべている笑みを周囲に見せないようにするのだった――。
サウスベイムを脅威と思わせる。
ただし、三十万もの軍勢に攻め込まれては困る。
だから、敵が俺たちを倒せる、という規模だけ送り込むようにしたかった。
そのためにバンセイム側の内部で工作を行なったのだ。それが上手くいき、俺は六千もの兵を率いて出撃するところだった。
略奪で南部に乗り込んだ伯爵を倒し、バンセイムの軍勢から更に一部を派遣して貰う。本隊はベイム攻略を進めて貰うのが俺たちにとって望ましい状況だった。
ノウェムが俺の側に寄ってきた。
「ライエル様、準備は整いました」
ノウェムも杖を持っているが、鎧姿だった。明らかに魔法使いです、などという恰好をされて狙われても困るのだ。前を見ると、ポーターの横で着慣れない鎧を着たクラーラがいた。
「……俺も馬の方がいいんじゃないか? ほら、指揮官として」
ノウェムに文句を言うが、認めて貰えなかった。
「いけません。それに、ライエル様の馬はアリアさんに貸し出しています。物資が不足していますので、諦めてください」
俺は肩を落とした。宝玉内からは七代目の声が聞こえてきた。
『まぁ、ライエルが手を出さないのが理想ではあるな。大将が剣を握って戦うようでは、この戦は勝てんよ』
もっともな意見だ。そして、俺には前に出なくても兵士がついてくるだけの実績があった。無理をして前に出なくてもいいのだ。
ただし、三代目が言ってくる。
『本命が来るまでゆっくり休むんだ。周りに任せるのも大将の役目だよ』
五代目は呟く。
『いつになったら余裕ができるのか……どう考えても、これから大忙しだよな。はぁ』
ミレイアさんは五代目に申し訳なさそうにしていた。
『……父上、あまり落ち込まないでください。心が痛みます。ライエル、出来れば時間が出来た時に盛大に五代目を送り出す感じでお願いしますよ』
そんな事を口にするから、どんどん難易度が上がるのではないだろうか? 何故か、五代目が可哀想に思えてきた。