義務
――ベイムとザインとの国境付近では、ザイン側から部隊が派遣されていた。
千名を超える部隊の指揮を任されたのはクレート・ベニーニだ。きっちりセットした髪型で、馬に乗って国境付近で待機していた。それは、バンセイムが動き出し略奪行為を行なうと予想しての物だ。
ただ、ベイムの村を守るために配備されたのではなく、ザインの領土を守るために――ザインの民を守るために配置されていた。
クレートの部下が馬に乗って近づいて来た。
「クレート隊長!」
「どうした?」
「またベイムから民が流れ込んできました。保護して欲しいそうです」
そして、ベイムから流れ込んでくる民を防ぐためでもある。受け入れを拒否している訳ではない。ただ、ベイムとザインでは民に対する扱いが違うのだ。それを、ベイム側が理解していなかった。
「追い返せ! 我々はこれ以上先へ進む事はできない」
悔しそうなクレートの顔を見て、部下が馬を走らせていた。当初、ベイムから流れてきた民をザインも救助した。しかし、ベイムは特殊な土地柄だ。商人たちが支配し、軍備は冒険者……価値観が違いすぎたのだ。
彼らの言う保護とは、村を守って欲しいという依頼だった。そして、報酬を支払えば助けてくれると考えていた。
「……我々は、もうザインの騎士なのだ。どうしてそれが理解出来ない」
騎士に憧れていたクレートとは違い、ベイムの民は王や騎士、そして他の国のことをあまり理解していなかった――。
――ザインの神殿。
そこでは、アウラ・ザインが聖女として豪華な椅子に座っていた。両脇には先代聖女であるセルマ・ザインが。反対側には大神官のガストーネ・ボニーニが座っている。テーブルのある会議室の様な場所で、三人の前にいるのはベイムで大きな街で店を構えていた商人だった。
村長などのような役割も担っているのか、北部で割と大きな街で商売をしている男だ。そして、ベイムの都市部よりもザインが近い事もあって助けを求めに来ていた。
ザインでも聖女などを相手にする商人たちより格が落ち、ベイムでしか商売をしていないこともあって相手の態度は問題があった。
「何故ですか! 報酬はお支払いします。周辺の村は既に襲われ、皆殺しになった村もあるのですよ! 数千とはいいません。五百でもいいのです。兵を出して頂きたい!」
自分たちの命や財産を守るために必死なのだろうが、アウラはそんな商人を前にして肘掛けに肘を置いて手に頬を乗せた。姿勢を崩し、その態度をガストーネが視線で責めていたが無視をする。
アウラは、礼儀のなっていない相手には同じような態度でいいと、そのように考えていた。
「大変な状況であるのは理解しました。私たちも国境に兵を出して備えております。そんな状況ですので、そちらに兵を出す訳にはいきません。それと……ベイムの領地に勝手に兵士を出せる訳がねーんだよ! それとな、お前……なんで私がお前たちのために兵士を出す必要があるんだ?」
すると、隣にいたセルマがアウラを止めに入った。
「アウラ! ……失礼しました。ですが、こちらの立場もご理解ください。勝手に国境を越えては、ザインの不利益になります。行き場を失った民もザインに流れてきておりますし、その方たちは受け入れを進めている状況です。ですが、それが精一杯なのです」
セルマの説明に納得出来ない商人は、机を叩いて現状を説明した。
「どうして理解して頂けないのですか! ベイムが滅べば、次はザインが狙われるかも知れないのですぞ! ここでバンセイムの蛮行を見逃すのが、女神の意志なのですか!」
商人の言葉も一理あった。
バンセイムをこのまま放置すれば、ザインも危険にさらされるだろう。だが、だからと言ってベイムの一つの街、そしていくつかの村を救って状況が変るだろうか? 変らないのだ。
ガストーネが口を開く。
「お気持ちお察しします。そして、今の話は確かに無視出来ませんね。できませんが……バンセイムの怒りを買ったのはベイムだ。我々を巻き込みどうされたいのか? 我々が三十万を超える軍勢に兵を出して勝てるとでも? 下手にバンセイムを刺激したくないのです。ご理解頂きたい」
商人が顔を真っ赤にした。
「ならばどうすればいいのですか! このまま殺されろとでも言うのか! 女神を崇めながら、貴方たちは我々に死ねというのか!」
アウラは鼻で商人を笑った。何しろ、目の前の商人が言っている事は正しい。そして、正しいからこそ笑うしかなかった。
「……随分と威勢がいいですね。長年、ザインを戦場にして稼いでいたベイムの方は言うことが違う。私たちに、自分たちのために勝ち目のない戦に出て戦えと言う。そこまで傲慢だとむしろ清々しいですよ」
商人がアウラから視線を逸らした。今まで自分たちがしてきた事が頭をよぎったのかも知れない。
すると、セルマが助け船を出した。
「……しかし、バンセイムの蛮行をこのまま放置も出来ませんね。ならば、条件を出しましょう」
「条件ですか? なんですか! お金ならすぐにでも用意出来る分を――」
セルマは微笑みつつ言うのだ。
「ザインの統治を受け入れなさい。それならば、ザインの兵士を動かす理由が出来ます。自国を守るためですからね」
商人は、セルマの言葉を聞いて声が出なかった――。
――略奪部隊が次の目的地にしていた街を前に、進軍を止めて話し合いをしていた。
天幕を用意して、話し合いをしているのは男爵とその寄子たちだった。傭兵団の団長を呼びつけ、事情の確認をしている。
「あそこはベイムの領地ではなかったのか? ザインの旗が見えるが?」
傭兵団長は首を横に振り。
「少し前まで間違いなくベイムの領地でした! それに、川を越えた位置にある。ここまでザインが食い込んでいるなんて不自然です!」
男爵はその話を聞き、寄子たちの意見を聞く。
「さて、そういう状況らしいが……相手が本当にザインだった場合、厄介な事になるな」
寄子の騎士爵が好戦的な意見を述べた。
「攻め込んでしまえばいいのです。こちらは三十万の大軍勢。ザインなどと言う小国は気にする必要がありません」
ただし、違う寄子は――老齢な騎士が、反対を進言した。
「退くべきでしょう。兵士たちがいるのも確認しております。戦えば被害が出る上に、ザインは四ヶ国連合という同盟を結んでいる国もあるそうです。それに、ここには三十万の大軍勢ではなく、我々だけですからね」
傭兵団長が、そんな騎士たちに言う。
「ハッタリです。襲ってしまえばいいんですよ。それに、あの街はザインとの国境に近く、随分と貯め込んでいますぜ」
しかし、男爵の出した答えは無難なものだった。
「……合流する日付も近い。間に合わないなど論外だ。時間がかかるなら合流を優先するぞ」
「な!」
傭兵団長は、期待していた街での略奪が出来ずに不満そうにしていた――。
サウスベイムに戻った俺は、バンセイムが略奪を行なうためにベイムに散ったという情報を聞いて作戦を次の段階へと移行していた。
会議室では、ミランダとアリアを呼び、アデーレさんやマクシムさんにも同席して貰っている。
「周辺の村からの救援要請は?」
アデーレさんが首を横に振った。
「ライエルさんはベイムの上層部を敵に回しましたからね。周囲の村々は救援を求めないと思います」
アリアが、少し悔しそうにしていた。
「なんでよ。もう、噂は広まっているのに」
助けられないことが悔しいのだろうが、俺たちとしてみればベイムの民には血を流して貰う必要性があった。ただ、個人的な感情はまた別問題だ。助けることは可能だ。避難させて受け入れればいい。
だが、それをベイムの民が受け入れていない。そして、動きが驚くほどに鈍いのだ。ミランダは呆れつつも。
「平和すぎるというのも考えものね。まだ信じられないのか、侮っているのか動きが鈍いわ」
マクシムさんは腕を組みながら。
「……毎年のようにどこかで小競り合いがあるバンセイムとは状況が違いますね。それにしても、十五万近い兵士は略奪に参加せず、ですか。本隊への強襲は駄目ですね」
元からやるつもりもないが、確かに厄介だった。ただ、本隊に人が残っているという事は、動いている残りの十五万近くは領主貴族の軍勢という事になる。各個撃破を行なうには丁度いい。七代目が、机の上に広がっている地図と駒の配置などを見て。
『略奪に動いた部隊を潰して回れば本隊が先にこちらに動くか、それとも対処出来ない数を向けてくるか……出来れば精鋭部隊をしっかり叩きたいところだな。そろそろ動きがあっても――』
七代目が動きを待っていると、会議室にヴァルキリーズが入ってきた。量産型のヴァルキリーズは、青い鎧を着て黒髪なのは一緒だった。しかし、以前よりも鎧や機械仕掛けの部分に変更点が見られた。
ダミアンとラタータ爺さんのおかげで、性能が向上している。そんなヴァルキリーズと一緒にいたのは、会議室にお茶を持ってきたシャノンだった。皆が忙しく、シャノンも手伝いをしている。
「こいつら、オートマトンなのに私をこき使うのよ」
ミランダに涙目を向けるシャノン。しかし、ミランダは笑顔で。
「働きなさい、シャノン」
シャノンはテーブルの上に持ってきたお茶を置きながら。
「働いていますぅ! もう、滅茶苦茶働いているんだから!」
プンプンと怒りながら、お茶を人数分置いて部屋を出て行った。ヴァルキリーズは、皆が笑ってシャノンを見送ったのを確認してから俺に言う。
「ご主人様、要塞からのお手紙です」
「きたか!」
受け取ると、俺は手紙の内容を口に出して読む。
「接触は成功。目標は孤立……本命は焦って手柄を求めている! これだ!」
喜ぶと、俺はアリアとミランダに笑顔を向けた。
「近隣の村を助けるぞ。アリアとミランダ、それに……バルドアも出そう! 手柄を焦っている敵が、こっちに向かう口実を作る。囲んで敵を叩く準備をしよう。罠も配置する」
ヴァルキリーズが俺の方を見ながら。
「要塞内部の味方はどうしますか? 伝えておかねば巻き添えの恐れがあります」
俺は考えるまでもなく。
「罠の配置を知らせて迂回して貰う。そのまま合流すればバンセイムの兵力を大きく削ることが出来る!」
すると、アデーレさんが心配そうにしていた。
「……そんなに上手くいきますかね? 私としては、自分で接触しておいてなんですが、不安な人たちも結構いるんですけど」
心配するアデーレさん。会議室のみんなが、マクシムさんに視線を向けた。すると、マクシムさんがハッと気がついて、アデーレさんを元気づけていた。これから激しい戦闘が待つ中で、少しだけホッとした気分になった。
――レダント要塞。
そこでライエルの手紙の封を切ったブレッドは、準男爵の二人を前にして笑っていた。
「どうやら、ライエルがこの状況を見過ごせないと動くようです。こちらが焦っていると思っているのか、動く兵力は少ないと計算しているようですよ。それに、丁寧に罠の配置まで書かれています」
準男爵の二人はブレッドを褒め称えた。
「これも親衛隊長殿のおかげです。ライエルの策のために動いた騎士爵や、ブロア将軍が他の将軍を追い落とそうとしているという噂を流した甲斐がありましたな」
「噂が発生した事で、ブロアは疑われてしまいましたからね。今はこの程度でいいでしょう。親衛隊長殿が手柄を立て、そこで正式に証拠を用意すれば……」
ブレッドは笑顔で準男爵二人を手で制した。
「それでは私が証拠を偽造するような言い方ですね。勘違いされては困ります。私の山越えはブロアが勧めてきたものなのですから」
ブロアの策によって山越えを選択し、戦場に間に合わなかったのはブロアの責任であると言う筋書きをブレッドは用意していた。
周囲にライエルからの手紙だと言って将軍たちに接触した騎士爵を排除し、そしてブロアを孤立させたブレッド。手紙には五千人規模までなら対処出来ると書かれており、それを見て笑いが止まらなかった。
(ならば、私の軍勢だけでライエルを倒す事が出来る。予定しいている戦力の五倍だ。いくら奇策に強かろうが、これだけの数を前にしては戦えまい)
ブレッドは、罠の配置やライエルたちが隠れている場所が書かれた手紙を見ながら、アゴに手を当てつつ。
「……ライエルたちが動き、領主貴族たちの軍勢に被害が出たら私が討伐部隊に志願しましょう。もちろん、ついてきてくれますよね?」
準男爵の二人は笑顔で頷いていた。
「もちろんです。その際、我々の功績もセントラルへ報告して頂ければ」
ブレッドは、約束は必ず守るといいながら内心では笑っていた。
(ライエル、貴様と私との違いだ。策士策に溺れる、だな。お前は上手くやったつもりだろうが、私の方が数段上なのだよ)
ライエルの作戦を知り、その上で打ち破る自分を想像するブレッドは、興奮していた。出撃の準備に入るために立ち上がると、準男爵二人を連れて移動するのだった――。




