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セブンス  作者: 三嶋 与夢
誰に似ているのかな? 十五代目
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名将

 ――サウスベイムに用意された小さな建物。


 サウスベイム内にある迷宮の近くに用意された冒険者ギルドは、ベイムの支部よりも小さく働いている職員の数はとても少なかった。


 ギルドから派遣されたのは、マリアーヌを始めリューエや数名の職員。そして、足りない人手は現地で募集をして対応していた。


 サウスベイムをホームにしている冒険者は少ない。


 しかし、だからと言って暇という訳でもなかった。


 今日も、サウスベイムの住人が、ギルドに依頼を持ち込んでくる。そんな住人に、マリアーヌは言うのだ。


「申し訳ありません。サウスベイムではまだ依頼を受ける準備が整っていません。ですので、依頼に関してはお引き受け出来ない状況です」


 相手は、中年女性だった。


「それじゃあ困るのよ! こっちは引っ越しに加えて育児なんかで忙しいの! 簡単な依頼なんだから、すぐに人を出してよ!」


 ベイムから移住してきた職人に妻。あるいは、近隣の村から来たらしい女性を前に、マリアーヌは何度も説明してギルドから立ち去って貰った。冒険者の数など、迷宮に関して一流であるパーティーがいるとはいえ、他はエアハルトや近隣から集まってきた夢見る若者たちだけだ。


 冒険者の基本も知らず、とても依頼を達成出来るとは思えない。加えて、立ち上げたばかりで色々と問題も多かった。


「マリアーヌさん、商人さんたちが素材が足りないと苦情が……」


 職員の一人が申し訳なさそうに報告してくると、マリアーヌは疲れていたが笑顔で対応していた。


「そちらは我慢して貰います。欲しいなら冒険者に直接依頼して貰うか、買い取り価格を上げるように――」


 今度は、ギルドに入ってきたリューエが。


「マリアーヌさん、保管している魔石なんですけど、このままだと足りなくなる可能性が――」


 冬に入ると魔石の消費量も増えた。ついでに言えば、職人たちが物作りで大量に魔石を消費している。ギルドで管理している魔石が足りなくなるのはしょうがない事だったのだ。


 支部長などと言えば聞こえはいいが、マリアーヌは立ち上げたばかりの冒険者ギルドで人一倍働く事を求められていた。


 すると、今度はギルドにダミアンが入ってきた。オートマトンのメイドを三体連れて、大きな杖を肩に担ぎ、そして眼鏡を指先で押し上げていた。


「随分と慌ただしいね。というか、いったいどうなっているのかな? 頼んでおいた魔石が届けられていないんだけど? このままだと僕の研究に遅れが――」


 その後ろからは、ドワーフであるラタータが入ってきた。


「おい、希少金属とか入ってないか? 金ならフィデルの小僧が、ライエルの小僧に高く貸し付けるからいくらでも出す、って言っているからあるだけ欲しいんだが?」


 次々に面倒事を持ってくるのは、いつもライエルの関係者だった。


(もう、駄目……私、ここでやっていけるかどうか……)


 マリアーヌは、次から次に舞い込んでくる面倒事を対処する度に疲れを感じるのだった――。






 サウスベイムの冒険者ギルドからの苦情。


 書類に書かれた悲痛な叫びを読みながら、俺は報告を受けていた。報告をしてくるのは、各地にヴァルキリーズを配置して、戦争の様子を確認しているモニカだった。


「チキン野郎。レダント要塞の壁にバンセイムの軍勢が接近しました。地味に嫌がらせをしつつ、要塞側の疲労を蓄積させていますね。ジワジワと近付き、そして相手の矢を回収している動きも見えます」


 俺は執務室で、背伸びをする。


「レダント要塞は効果的な動きをしていない、だったか? 要塞内部の様子は?」


 モニカは即答する。


「増援を要請しているようです。ただ、ベイムの方では動きが鈍いそうです」


 その報告を聞いて、俺はヴァルキリーズを撤退させることにした。


「……ベイムに潜ませているヴァルキリーズは撤退させてくれ。レダント要塞の方はそのまま監視を続けてくれればいい」


 ベイムの動きが鈍いという事は、商人同士で意見が割れているのかも知れない。明確なトップがない場合、意見が割れると面倒になると聞いていた。領主、あるいは国王がいても家臣たちで意見が割れると面倒になる。


 それが自身の利益を最優先にする商人たちならどうなるか? 最初から予想は出来ていたのだが、流石に酷すぎた。


「ベイムの兵士たちが憐れだな」


 モニカは俺に対して肩をすくめて見せた。


「そのベイムを地獄に落ちるのを見ているだけのチキン野郎も同罪ですけどね。良かったですね、死後は地獄決定ですよ」


 俺は笑いながら。


「悪いな。もう地獄に行くのは決まっているから、今更怖くもない」


 セレスと戦うと決めてから、自身の名声のために多くの人間を殺してきた。今更、地獄に行きたくない、などとは通じないだろう。もっとも、地獄があれば、の話だ。


 モニカは、スカートを指先でつまんでお辞儀をしてくる。その仕草は口の悪さに反して完璧だった。


「それではこのモニカ、地獄までお供しましょう。良かったですね、寂しがり屋のチキン野郎もこれで安心です。……ここ、喜ぶところですよ?」


 まったく嬉しくない……訳でもないが、俺としてはオートマトンに死後の世界が関係あるのかと、微妙な気分だった。


「さて、冗談はここまでにしようか。ギルドから苦情が来ている。冒険者の数が少ない上に、ギルドに要望が多すぎる、だとさ。誰か送り込めるかな?」


 モニカはすぐに姿勢を正し、そして俺を見る。


「エヴァ、メイ、マリーナの三名はいかがでしょうか? メイに関しては、今のところ急ぎの用事がありません。エヴァが同族に声をかければ、人手が集まり迷宮に挑んでくれると考えられます」


 エヴァは、エルフたちの中で有名な一族【ニヒル】の出身とあって、割と信頼されていた。歌い手であるエルフたち以外にも、森に住み着き管理をするダークエルフの一族からも好意的な態度を取られている。


「人手を集めて挑んで貰うか。手が余っている連中も集めて、迷宮内で仕事をさせよう。他には――」


 俺が誰を送り込むか考えていると、珍しくミレイアさんが俺に頼み事をしてきた。


『ライエル、少し良いですか?』






 ――ベイムの商人会議。


 そこでは、バンセイムと戦争が本格的に始まると主だった面子が集まっていた。要塞で戦争を見て来た兵士長が呼び出され、商人たちの前で増援を求めているところだ。


「バンセイムの軍勢は、ゆっくりとではありますが罠を解除しつつ進んできます。攻撃は加えているのですが、対策を取られており一向に進軍が止まる気配がありません。このままでは第一の壁に取り付かれてしまいます。どうか増援を!」


 兵士長の必死の訴えに関して、一人の商人が質問をした。慌てている兵士に対して、商人たちは未だに慌てた様子がない。それは、自分たちを守る兵士たちが大勢いて、ベイムという都市を囲む壁を信じているからだ。


「先程の話の中で出ていないが、要塞側の被害はどれ程のものなのだ?」


 兵士長は、少し言い難そうにしていた。


「要塞側の被害は、怪我をした者たちがいるくらいで未だに死傷者はでておりません。ですが、このままでは!」


 すると、商人の一人が溜息を吐いた。


「あの要塞は手を加えたとは言え、現在の数でも許容量を超えているのではないか? 今更増援を送っても、狭くなるだけでは?」


 そこからは、次々に増援に対して否定的な意見が出てくる。


「被害が出てもいない内から増援とは」

「前はもっと酷い状況で、何倍もの敵を打ち破ったのでは? 少し臆病だと思いますけどね」

「物資などは大量に送り込んでいる。加えてこちらに有利な条件で戦っているはずだったのでは?」


 責めるような商人たちの視線を受けて、兵士長はそれでも増援が必要だと訴えた。被害が出る前から増援を望めば、こうなると分かっていた。だから、被害を報告しなかったのだ。


 だが、配置した罠をまるで最初から設置しているのが分かっているかのように解除し、ジワジワと近付くバンセイムの軍勢は危険だと思わせるのに十分だった。


 そんな兵士長の叫びは、商人たちに聞き届けられない。ただ、そんな会議室に慌てて伝令の兵士が駆け込んできた。


「何事か? 今は重要な会議が――」


 商人の一人が伝令を責めると、兵士長は伝令に駆け寄った。馬を急いで走らせてきたのか、伝令は酷く疲れていた。


「どうした。何があった!」


 伝令は、息を切らしながら告げる。


「だ、第一の壁が突破されました! 壁にいた二万人近い兵が要塞へ……戻ってこられたのは、半数以下です!」


 わずか開戦して数日で、第一の壁は突破されたのだった――。






 ――レダント要塞。


 制圧した第一の壁の上で、ブロアは自分の仕事は終わったと背伸びをしていた。副官の騎士は兜を脱いで右脇に抱えていた。


「情報が正確だと分かると、他の将軍たちもやる気を見せましたね。騎士団長など、敵の撤退時に攻勢を仕掛けて要塞の目の前まで攻め込んでしまいましたし」


 ブロアは第一の壁を制圧するまで最前線におり、制圧したことで他の将軍たちが情報に間違いがないと最前線を次々に希望して手柄を奪い合っていた。


 既に情報は入手しており、後は散発的な抵抗しか出来ないベイム側を攻略すればいいだけなのだ。そうなると、バンセイムの敵ではなかった。


「騎士団が攻城戦で活躍できる場面は少ないからね。乗り込むときか、馬に乗って追撃するか突撃くらいかな? そう思うと結構あるね。ただ、ベイム側は外に出て野戦をしないだろうし、手柄を焦る気持ちは分かるよ」


 気の抜けたブロアを見て、副官は咳払いをした。周囲にはバンセイムの兵士たちがおり、将軍の方を見ていたからだ。


 ブロアも咳払いをした。


「まぁ、要塞内部にも味方がいるし、手筈通りに内側から攻撃を仕掛けてくれるはずさ。しかし、ベイムは豪勢だよね。物資が山のようだ。これなら、物資に不安のあった僕たちも安心して戦える」


 元からブロアは、敵であるベイムの物資を奪って進軍するつもりだった。足りない矢はベイムの物を回収し、食糧や武具なども同じように奪いながら進軍するつもりだった。そうしなければ、ベイムに入ったら領主たちはそのまま周辺の村や街を襲撃してしまうからだ。


「十分な量の物資が手に入った。これで、少しは略奪が減るといいけどね」


 副官は首を傾げた。


「すでに十分な量を配布出来たはずでは? 領主たちも、流石にこれ以上は無駄な行動を――」


 ブロアは副官の意見を不気味に笑って止めた。


「そんな考えだったの? 君もまだ甘いね。彼らはそれぞれ事情は違うけど、領主にとって戦時中の略奪は貴重な収入源だよ。それに、ベイムは豊かだと聞いているだろうし、きっと酷いことになるだろうね。それに、ベイムにいた傭兵団たちは、村の配置や細かい事を知り尽くしている。しばらく稼げていなかったと言うし、いったいどうなる事やら」


 ブロアは、要塞を突破して放たれるバンセイムの軍勢がどれだけの悪行を働くのか考えると、溜息を吐くのだった。そして、止められない自身にも不甲斐なさを感じていた。


「……ここで待機を命じられるだろうけど、それが良かったのか悪かったのか」


 悩むブロアを見て、副官はそのまま傍で見ているしか出来なかった――。






 サウスベイム。


 俺は、エヴァ、メイ、マリーナさんの三人を引き連れ、迷宮内に潜っていた。


 地下へと進む迷宮だが、既に最下層へは他の冒険者パーティーが到着している。十階以上はあるのだが、割と攻略しやすい迷宮で魔物も多く種類も豊富だ。


 そのため、管理する迷宮としてはやりやすい。


 だからこそ、俺たちはこの迷宮を残したのだ。


 いずれ、サウスベイムの大事な収入源になるからだ。


 エヴァが、心配そうに俺を見てきた。


「ライエル、忙しいとか言ってなかった? なんだか、迷宮に行くとか言ったら、モニカが暴れたらしいじゃない」


 モニカには仕事があり、抜けて貰っては困るので置いてきた。すると、自分もついてくと主張しただけだ。


「暴れたんじゃない。いかに自分が有能かをアピールしてきてウザかったから、放置して来ただけだ。それに、俺だって数日もここで稼ぐつもりはないから」


 俺は冒険者ではないし、今回は報酬を受け取らない。ただ、ついてきてくれたエヴァやメイ、そしてマリーナさんには報酬を支払うつもりだった。


「というか、マリーナさんは良かったんですか? ベイムで引き留められましたよね?」


 いつものように革製のコートを着て、腕や足にのみ金属製の装備をつけているマリーナさんは、肩をすくめた。


「強い奴と戦いたい。メイには負けたけど、今度は坊やとも戦いたいのさ」


 メイの呼び方がお嬢ちゃんから、呼び捨てになっていた。どうやら、脳筋だったようで、負けたから従っているらしい。


 益々もって、初代のような女性だった。きっと、話をすれば馬が合ったかも知れない。


 メイが俺の方を見て。


「それにしても、今更こんな迷宮で何がしたいの? ライエルからすれば楽すぎるでしょ」


 俺が何をしたいのか分からないというメイに、ギルドの現状を簡単に説明した。


「ギルドが泣きついてきたんだよ。マリアーヌさんも限界みたいだし、ここで助けておかないと……あの人に倒れられると困るんだ」


 ギルドの管理ノウハウを持っているまともな人材は、マリアーヌさんだけだ。リューエさんも来てはいるが、一人前とはいっても職員止まり。今後に期待する人材であって、今は人を動かせる段階にいなかった。


 メイは首を横に振った。ただ、何故か少し悲しそうにしていた。


「そういう意味じゃないんだけどね。ライエルが来なくても、他の人で良かった、って事だよ。ライエルが抜けた方が困る事が多いのに」


 俺は黙って前を歩く。


 宝玉――ミレイアさんから頼まれて、今はメイと一緒に迷宮内で過ごしていた。実は、ギルドの件は表向きの理由だ。ミレイアさんに頼まれ、メイの傍にいる。薄々だが、俺だって理解していた。


「……そろそろ、さ。お別れの時間が近い人がいるわけだ。その前に、少し時間を作りたかった」


 メイは理解していた様子で、短く返事をした。


「……そうなんだ」


 そして、独り言を呟く。


「そっか……またお別れなんだ。次は……流石に会えないよね」


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