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セブンス  作者: 三嶋 与夢
ネタがないよ 十四代目
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正統な後継者

 ミレイアさんから伝えられたのは、かつてアグリッサ――傾国の美女――を倒したのは、ウォルト家の人間という事実だった。


 ただ、大事なところは砂嵐で見られなくなっている。


 周囲の景色はハッキリとは見えず、とてもなにが起きているのか分からない映像が続き、全てが終わったところで映像が鮮明になってくる。


「大事なところが見られないとか――」


『静かに! 重要なところですよ』


 ミレイアさんは、唇に伸ばした人差し指をつけて俺を黙らせようとする。確かに重要な場面だろう。


 俺と同じ名前を持ち、そしてアグリッサと戦ったと思われる英雄はフラフラとしていた。そこは玉座の間――謁見の間は、天井が吹き飛んで壁も柱も酷い状態だった。


 周囲は夜で頼りない明かりの下、英雄である青年は自分の剣を杖のように使って立っていた。


 どうやってアグリッサを倒したのかを、知ることはできない。


 周囲では青年以外が倒れていた。


『ちくしょうぉ、あの婆……俺の仲間を……』


 酷い状態の青年は、フラフラと歩くと生きている仲間を探しに向かう。すると、手に明かりを持った集団が部屋の中に流れ込んできた。


 味方である事を知った青年は、笑顔になると手を振った。


『よう、遅かったじゃないか。悪い、生き残りを探してくれ。俺も立っているのが――』


 相手が誰であるのかを知っている様子だった。相手が持っていた目立つ紋章は、俺にも見覚えがあるものだ。


 バンセイム王家の紋章だった。


 ただ、味方と思っていたバンセイム家の人間たちは、黙ったまま青年に矢を放つ。避けることも出来ない青年は、次々に矢が刺さってその場に倒れ込んだ。


 仰向けに倒れた青年に近付いたのは、バンセイム家の当主のような男だ。


『な、なんで……』


 青年の言葉に、バンセイム家の当主は答える。


『身分の低い騎士爵家風情が出しゃばるからこうなる。心配するな。大陸はバンセイム家が支配してやろう』


 金色の鎧が、悪趣味に見えるのはバンセイム家の当主がとても醜く太っていたからだろう。太い指には大きな宝石がついた指輪をはめ込んでいた。


『おい、やれ』


 バンセイム家の家臣たちが周囲に横たわっていた青年の仲間を槍で突き殺し始め、中には生きていたのか叫び声を上げる者もいた。


『や、やめ――』


『ちっ、しぶといな。こいつも殺せ』


 家臣たちによって槍で突き殺された青年は、そのまま口から血を吐いていた。動かなくなると、周囲から家臣たちが戻ってきて。


『駄目です。アグリッサの姿が見当たりません。倒したのは確実なのですが……』


 バンセイム家の当主は報告を受けると、偽装工作に入ろうとしていた。


『ちっ、アグリッサの死体は今後も必要だというのに……もうよい! 急いで偽装工作をせよ。我々が駆けつけたときには、アグリッサがこいつらを殺していた。止めを刺したのは我々だ』


 そう言ってバンセイム家の当主は、目の前の玉座を見た。周囲がボロボロの中で玉座だけはしっかりと残っていたのだ。


 瓦礫を避けるように歩き、玉座に向かうバンセイム家の当主。だが、暗くてよく見えなかったのか、何かに足を滑らせて転んだ。


「……あれは」


 ミレイアさんが教えてくれた。


『そう。全てはもう始まっていたのですよ』


 青い宝玉がバンセイム家の当主を転ばせ、そのまま宝玉は青年のところへと落ちた。青年の作った血の池に落ちると、淡く光っていた。


『な、なんだ!』


 鼻をぶつけて血を流すバンセイム家の当主。周囲は大慌てで駆け寄ると、青い玉を手に取った。


『これは……宝石には見えません。作り物かと』


 家臣の言葉に、バンセイム家の当主は憤慨する。


『ガラス玉風情がこのわしを転ばせただと……捨てておけ!』


 そう言われたが、周囲には似たような赤、青、黄の玉が転がっていた。沢山転がっており、周囲は困惑する。


『お待ちください。すぐに集めさせます』


 家臣が宝玉を投げると、同じようなものがある玉の中に紛れ込んでしまった。


 そして、映像は酷く不安定になると違う場面を映し出した。


 セントラルの広場で行なわれていたのは、パレードだった。バンセイム家がアグリッサを倒したとするパレード……それは、新しい王国の誕生を意味していた。


 そんなパレードに鋭い視線を向けて見ていたのは、青年ノウェムだった。彼はフードをかぶっており、裏路地に入るとそこから通りに抜けてある家に向かっていた。


 辿り着いた場所を見ると、俺は驚くことになった。


 そこは、初代が生まれた家である。ウォルト家の家があり、どこか初代が見せてくれた名残があったのだ。


 そんな宮廷貴族である騎士爵の家の前にノウェムが立つと、中から女性が一人だけ出て来た。素朴な感じの女性だった。髪を後ろでしばり、大きなお腹を大事そうに抱えていた。


『聞いてくれ、ライエルの仇を討つ。あいつが殺された時の状況はおかしいんだ。アグリッサは槍なんか使わない。傷口もバンセイム家の持っていた装備のものでつけたに決まっている。不審に思っている領主たちは、バンセイム家の大陸支配を絶対に認め――』


 そこまで言うノウェムを前にして、女性は首を横に振った。


『もう関わらないで。私はここの嫁になれたの。息子が生まれれば跡取りにしてくれると約束してくれたのよ。次男さんとも結婚するし、これ以上は私たちに関わらないで』


 ノウェムが目を見開いた。玄関前で話をしていい内容ではなく、玄関を越えようとすると女性が叫ぶ。


『来ないで!』


『……どうして』


 ノウェムが信じられない、といった様子だった。だが、女性は涙を流しながら、ノウェムを睨み付けていた。


『……もうライエルは死んだの。それでいいじゃない。私はこの家で静かに暮らせるわ。ウォルト家の人たちも、騎士爵家として家が残るのは私のおかげだから、って大事にしてくれるの。だから、もう関わらないで』


 女性はご先祖様の奥さんだった人のようだ。そして、もう争うのが嫌なのかノウェムに背を向けて家の中に入ってしまう。


 ノウェムは呟いた。


『ライエルの子供が必要なんだ。そうしないと……大陸はまとまらない。バンセイムに大陸をまとめる力なんかないんだよ。どうしてそれが分からないんだ』


 絶望したような表情。


 そして、宝玉内はそれからの出来事を断片的に流し始めた。


 大陸をまとめようとするバンセイム家だが、元からそんな力があるわけもない。バンセイム家の台頭を許さない領主貴族たちは、次々に独立を宣言。バンセイム家は王家になったが広がった土地を管理出来るだけの人手がなく、独立した領主たちに攻め込む余裕がなかった。


 そして、そんなバンセイム王家から去るように青年ノウェムは、爵位を捨てて開拓団と一緒に辺境へと移動していった。魔法使いとして有能なノウェムを引き留めるバンセイム王家だったが、ノウェムは笑顔で全てを断った。


 大陸が領主たちの独立と戦争で更に疲弊し始めた時、ノウェムは辺境でその様子を眺めていた。


 数名の知り合いと共に辺境に移り住み、そして婿を取ると子供が生まれた。


「……この人、女性だったんですか?」


 男装を止めて女性に戻ったノウェムは、辺境の土地から大陸の様子を見続けていた。男性であった時から美形だったが、女性となってからは更に美しくなっていた。


『昔からね、女神の記憶を強く引き継ぐのは女なの。どうしてなのかは知らないけれど』


 アグリッサの時に大量に血を流していながら、大陸が落ち着くまでそこから十数年の月日が必要になっていた。


 そして、動かずにいたバンセイム王国が周辺に侵略を仕掛け、そしてある程度の規模になる頃には、ノウェムは孫を持っていた。


 疲弊し、そして血を流し続ける人々。


 あげく、どこかの国は迷宮を暴走させて滅び、大陸中に魔物を放った。混迷する大陸がアグリッサを倒してもまとまらず、酷い有様だった。


 老婆となったノウェムの瞳はどこかボンヤリとしていた。そんな老婆の呟きは――。


『共通の敵を用意したとしても、人はおろかなままなのか……』


 ――女神の記憶を引き継ぎ、自分が誰かもあやふやになっているように見えた。


 そんな年老いたノウェムの下に、急いで戻ってきたのはひ孫だった。


 ミレイアさんが言う。


『自分の息子が亡くなっても、ノウェムは記憶を引き継ぎ女神の力の一部を持っていた。それだけ強い力を引き継いでしまい、周囲よりも長生きだったみたい』


 どうしてこんな映像が残っているのか? そう思っていると、ひ孫が連れて来た青年を見て、ノウェムは驚いた。


 茶髪でボサボサの髪を、手でセットしたような大男が部屋に入ってきたのだ。


『隣で開拓をする事になったバジル・ウォルトだ。一応、挨拶に来たんだが……あ、肉は土産だ。酒もあるぜ』


 ひ孫である男性は、首を横に振っていた。


『バジル、曾お婆さまは食事をあまり――』


 ノウェムはベッドから上半身を起こし、そして初代の前に姿勢を正して座った。


『久しぶりに頂こうかしら。それとバジル・ウォルトと言ったわね。生まれはセントラルで、実家は宮廷貴族の騎士爵家かしら?』


 ノウェムの言葉に、初代――バジルは笑いながら。


『俺を見て宮廷貴族出身、なんて言ったのは婆さんがはじめてだな。そうだ。ウォルト家の三男坊だ』


 親指で自分を指し示す初代の胸元には、青い宝玉がヒモに巻かれて下がっていた。ノウェムは、ソレを見て少しだけ真剣な表情をした後に、笑顔になる。


『酒盛りの準備をしなさい。大事なお隣さんですから、粗相がないように』


『ひ、曾お婆さま?』


 ひ孫が困惑していた。とても嬉しそうにしているノウェムを見て、なんと言ってよいのか分からないのだろう。


『悪いな。というか、開拓なんてはじめてで何をしたらいいのか分からないんだ。色々と話も聞かせてくれよ、婆さん』


 ノウェムは笑っていた。


『いいわよ』


 図々しい初代を見て、ノウェムは嬉しそうにしていた。


『本当か! よしっ! 今度は熊とか猪とか、大物を土産に来るからな。いや~、本当にお隣が良い人で助かったぜ。セントラルだと殺し合いも多い、って聞いていたから不安だったんだ』


 ノウェムは笑顔で初代に説明した。


『水の奪い合い、それに食糧……隣同士で争うことは多いのよ。バジル殿はそういう時、周りを黙らせるタイプかしら?』


 言われた初代は腕を組んで考えていた。似合わない。そして、考えるのを止めると、ニヤリと笑って。


『近くになんか森があった。魔物が沢山出る森だ。きっと迷宮がわくんだぜ。だから、あそこを切り開いて土地を確保する。水場もあるはずだ。これで問題解決だ。誰もいない土地なら、切り開いた奴のものなんだろ?』


 ノウェムは少し困りながら。


『いえ、今のは例え話で、現状の確認ではないのよ。まったく……』


 そう言いながら、ノウェムは嬉しそうにしていた。まるで、かつての青年とのやり取りを思い出しているようだった。


『なんだよ。周りには魔物が多いし、人間同士で仲良くしないでどうするよ。ま、これでも力はあるんだ。魔物が出たら呼んでくれ。ぶっ飛ばしてやるぜ』


 笑う初代を見て、ノウェムは本当に嬉しそうにしていた。


 そして、ミレイアさんが言う。


『……ライエル、ノウェムにとって。いえ、ノウェムの記憶を引き継ぐ者たちにとって、ウォルト家とは意味がある家だった。それは、ノウェムが望んだ強い人であるからよ。前に進むのを止めないノウェムが望んだ人間の姿だった。更に言えば、大陸を正統なる者の手に渡したいと思っている。これが、ウォルト家を支え続けたフォクスズ家の真実』


 今日、俺はフォクスズ家の真実を知った。






 ――メイがノウェムたちに合流するために別れたライエル一行。


 レズノー辺境伯の領地から、カルタフスを目指して移動をしていた。


 ライエルは横になって眠っており、起きそうにない。


 アリアは、冬物の準備を鼻歌交じりに行なっているモニカに話しかけた。


「カルタフスまで辿り着いて、そこからサウスベイムに戻るのよね? 間に合うかしら」


 モニカはライエルをからかうため、子供用の服を毛糸で編んでいた。


「間に合うので大丈夫だと思いますよ。既に仕込みも進んでいますので、後はベイムに頑張って貰うだけですね。かつての隣国を統治している将軍が、意外とやり手なのが気になるところですけど。おぉ、我ながら完璧な仕上がりです」


 赤ん坊用の服を編むと、モニカは満足そうにしていた。大事に保管すると、次を編み始めていた。


 アリアは、溜息を吐く。


「子供ネタは止めなさいよ。ライエルの周りには冗談が通じない連中も多いんだから。あのトレース家のフィデルさんなんか、本当に赤ん坊用のグッズを作らせようとしていたらしいじゃない」


 モニカはアリアに。


「情報が正確ではありませんね。実は作らせています。私も協力しており、いつチキン野郎のヒヨコ様たちが誕生しても完璧にお世話をして見せますよ。まったく、忙しくなりますね」


 忙しいと言いながら、嬉しそうにしているモニカ。


 シャノンは必死に読み書きの勉強をしていた。ポーターの荷台の中で、クラーラの用意した紙を見ながら、その内容を書き出している。


「これがこうで……なんで似たような書き方をするのよ! 分かりにくいじゃないの!」


「はぁ、前後の文や単語から推測すれば良いじゃないですか。それ、まだ綺麗に書いている方ですからね」


 そんなシャノンの面倒を見ていたのは、以外にもリアーヌだった。ドレス姿から動きやすい服装に着替えると、シャノンの教育に協力していた。


 アリアは、数日前に発狂してライエルに飛びかかったお姫様と、今のリアーヌが同一人物には見えなかった。


「あの、私がこういう事を聞くのは間違っているかも知れないんですけど、リアーヌ様は――」


「リアーヌで結構よ、アリアさん。先輩には気を使わないとね」


 アリアは戸惑いながらも、リアーヌに質問をした。


「ファンバイユから連れ出しましたけど、本当にライエルとその……」


 結婚する気があるのか? という質問をするアリアに、リアーヌは鼻で笑った。


「貴方も元は子爵家の娘だと聞いていたのですが? ハッキリ言って、私に相手を選ぶ自由はありません。それに、これは悪くない話ですからね。ここまで準備をした貴方たちは流石ですよ。本当に凄い」


 リアーヌは、アリアに向かって言う。


「本当に大陸を支配出来そうですね。ただ……まだ甘い。いくらでもつけいる隙があります。私が嫁ぐのです。失敗などされては困りますから協力は惜しみませんよ」


 アリアは、リアーヌの微笑みを前に少し戸惑った。本人にたいした力がないのは分かっているが、敵に回してはいけない相手だと本能が囁いていた。


「まぁ、愛などこれから育むとして、今は勝利のために行動しましょう。勝たねばなにも始まりませんし、協力しなければ先輩たちを追い抜けませんからね」


 リアーヌの言葉を無視して、アリアは言う。


「それより、復讐はもう諦めたの? ライエルはセレスに復讐つもりなんてないわよ」


 それを聞いて、リアーヌは少し俯いた。


「……そう簡単に人は変われませんよ。悔しくて憎くて……でも、前に進まないのはもっと嫌ですからね。それに、今出来ることをしないのは嫌いなんです」


 パルセレーナの言葉を受け、リアーヌも前に進む事を決めたようだった――。


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