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セブンス  作者: 三嶋 与夢
ネタがないよ 十四代目
255/345

兄弟

 ――記憶の部屋。


 灰色の円卓の間は、闘技場のようになっていた。


 激しくぶつかり合う銀色の大剣は、互いの心を反映したかのような形になっていた。


 らいえるが持つ大剣は形が整っていた。だが、ライエルがもつ大剣はまるでドラゴンの頭部のように刺々しく、何かを飲み込もうとしているように口を開けているように見えた。


 らいえるは、大剣を振りかぶって銀の大剣同士をぶつける。初代の武器である銀の大剣の特徴は――まさに暴力的なまでの破壊力にあった。


 そして、魔力をあるだけ吸い込もうとするために、使用者にとって負担が大きいものだった。そんな武器を、ライエルはまだ扱えていなかった。


(ないから求める。だから、心から欲して――満たされない空腹の化け物か)


 らいえるは、今のライエルを危険と感じていた。自分が空っぽだったと知り、そしてらいえるという記憶を目の前になんとしても取り返そうとしていたのだ。


(もう、僕とライエルは別人なんだけどね)


 ただ、らいえるはライエルに記憶を返したくなかった。それは、ライエルが記憶を取り戻し、今までの自分ではいられなくなるのと同意義だったからだ。


 ライエルが記憶を取り戻せば、どちらも消えて新しい【ライエル】が誕生する。それは、二人の記憶を引き継いだ完全なライエルだ。


(それが宝玉の求めた答え。でも……それじゃ駄目なんだ。今のライエルでないと、セレスに勝っても意味がない。大陸がセレスという怪物から、ライエルという怪物に支配されるだけになる)


 全てを取り戻すというのは、新しい怪物を野に放つのと同意義だった。


 だから、らいえるは単純な答えを出した。


 ―― ライエルに記憶を渡さず消え去ろう ――


 それが、らいえるの求めた結果だった。


 必死の形相で大剣を振るうライエルを見て、らいえるは大剣を構えて攻撃を弾き返した。先程の一撃よりも重い攻撃に、口元が嬉しくて歪む。


『ほら、そんなものだといつまで経っても記憶は取り戻せないよ!』


「そうやって高い位置から見下ろすような態度で!」


 何もかも失ったライエルにとって、家族の記憶を取り戻したいと思うのは必然だった。しかし、それをすればライエルは家族の優しさを全て思い出す。そうなると、両親やセレスを殺した時――ライエルは耐えられるだろうか?


 互いの銀の大剣がぶつかり合い、火花と青い光を散らして灰色の円卓の間は明るくなっていた。


 スキルによる身体強化に様々な効果――。


 今、ライエルはらいえるによって全力を出していた。いや、出されていた。限界を超えた力を引き出し、それを使用する場所もらいえるは用意していた。


(そうだ、それでいい。僕に出来るのはここまでだ……ライエル!)


 互いに地面に着地すると、大剣を構えていた。衝撃波やその余波で互いに服がボロボロになっていた。


 らいえるは、ライエルの魔力の流れが体に馴染んできているのを確認すると、大剣に魔力を流し込む。


 ハッタリで――。


『ほら、これで消し飛ばして上げるよ。そうすれば、僕は宝玉内から解放される。ついに表に出られるんだぁぁぁ!!』


 狂気に染まったような笑い声を上げ、ライエルを煽った。らいえるの思惑に乗り、ライエルも同じような行動を取る。


 少し、素直すぎると思うらいえる。


『また真似をする。お前は少しも独自性がない』


「五月蝿い!」


 両者の大剣はそれぞれ整った直線が多いシルエットのらいえるの大剣と、魔物の頭部のような禍々しい大剣に変っていた。踏み込むと互いに大剣を相手に向かって突き刺すように突撃した。


 地面を蹴ると抉れ、そして土煙が上がる。


『それでいい』


 らいえるはそう言うと、少しだけ大剣の剣先を右にズラした――。






 互いにぶつかり、それぞれ大剣が深々と突き刺さっていた。


 俺の左腕は吹き飛び、らいえるはその小さな体に大剣が深々と突き刺さって血を吐いていた。らいえるの大剣が消え、そしてらいえるの体が崩れて再生をしない。


「お前、なんで最後に――」


 大剣を消そうとするが、らいえるは大剣の刃を両手で掴んで離さなかった。


『……消えるなら僕だろ? 僕はセレスを止められなかった。両親も救えなかった。そんな僕が、今更蘇ってどうする? 辛い時期を耐えたのはライエルだよ。よく耐えたね。そして、よく頑張ったよ。ライエルは……僕よりもずっと強い』


 大剣を手放してしまうと、らいえるは前のめりに倒れる。受け止めると、銀の大剣は消えずに突き刺さったままらいえるの体を破壊している様子だった。


「おい、まだ聞きたいことがあるんだぞ! 記憶はどうするんだよ!」


 らいえるは笑っていた。


『そんなもの、必要かな? まぁ、消えていく僕に餞別としてくれてもいいだろうさ。このまま消えて、それで本当に僕という存在は消える。君は君のままでいい』


 何を言っているのか分からなかった。なんとか銀の大剣を消そうとするが、言うことを聞かない。らいえるが握りしめ、自分を破壊させているように見えた。


「お前は何がしたかったんだよ! あれだけ俺の事を煽っておいて!」


『……言っただろ? 救って欲しいのさ。ライエルが家族を救うと言って、その意味も理解してくれた。だから、もうそれで満足したのさ。宝玉の考えには納得出来なかった。だから、こんな方法を選んだんだ。だいたい、記憶を取り戻せば……グフッ!』


 吐血するらいえる。喋らないように言うが、右手で制すと、そのまま右手から青い玉を出現させた。


『ほら、これで二個目だ』


 前回はセプテムさんから貰った。そして、今は二個目をらいえるから貰おうとしていた。


 受け取ると、またしても俺の体の中に吸い込まれて消えていく。


「これは?」


『三つだ。三つ揃えろ。そうすれば、ライエルのスキルは三つ目が目覚める。とても特殊で、反則だけど必ず必要になるから……アハッ、もう駄目だ』


 すると、らいえるは無理やり立ち上がって両足で立つと俺に対して手を振ってきた。口から血が流れているのに笑顔だった。


「なんでお前は記憶を――」


『バイバイ、弟よ。楽しかったよ。きっと、弟がいたらこんな感じだったのかな……うん、セレスも可愛かったけど、弟もいいね。それと、答えは簡単だ』


 記憶の部屋から追い出されそうになり、俺の体が部屋から強制的に追い出されそうになった。


『僕は君にとってお兄さんだよ。そうは思ってくれなくてもいいけど、これから頑張る弟には色々と見栄を張りたいのさ。それと、ライエルにも家族は――』


 消える瞬間、らいえるは確かに言ったのだ。


『――ライエルにも家族はいるじゃないか』


 ――と。






 ――灰色の円卓の間。


 そこに現われたのは手に銃を握りしめたミレイアだった。


 今にも消えそうならいえるを前に、銃口を向けた。


『……宝玉の意志は、ライエルに記憶を取り戻して貰う事でした。それに逆らってまで貴方は……』


 らいえるは崩れていく体を見ながら、笑っていた。


『最終的に勝てばいい。そんな考えだから失敗するのさ。女神様もいい加減に学ぶべきだよ。完璧なものなんてないんだよ。ライエルは確かに一人では駄目だよ。きっと一人ではセレスに勝てない。だけどそれがなに? だからこそ、ライエルはセレスに勝てるんだ。一人では出来ないからこそ、ね』


 ミレイアはらいえるに銃口を向けたまま。


『他者の協力を得て勝利を掴む。確かに、セレスに追いつく力を得たライエルでは難しいかも知れませんね。でも、これでライエルがセレスに勝つ見込みは――』


 らいえるは銃口に額を押し当てた。まるで、ここをしっかり狙えという体勢だった。


『だからこそいいんじゃないか。人として勝てばいい。女神だ、怪物だと五月蝿いんだよ。人として勝たない限り、いつまでも終わらないじゃないか』


 両足がガラスのように割れて崩れ落ちるらいえるは、そのまま前のめりに倒れて両腕も破壊され胴体と頭部だけが残った。


 銀色の大剣は消え去り、ミレイアは銃をしまう。


 そして、らいえるを優しく抱き起こした。らいえるは、最後まで笑っていた。


『何か伝えたいことはありますか? 誰でもいいですよ』


 ミレイアの言葉に、らいえるは口を開きかけてから首を横に振った。


『家族には今更過ぎるからいいよ。ライエルには迷惑をかけるね、って言ってくれればいいし、歴代当主にはお願いします、でいいかな?』


 ミレイアは頷いた。そして、らいえるは最後に面白そうに笑うと。


『それと、ライエルが困っていたお姫様だけど、僕に提案があります。ミレイアさん、乗りませんか? 面白いですよ』


 ミレイアは少し呆れつつも、最後のらいえるの提案に耳を傾けた。


『なんですか? どんな解決策が?』


『簡単ですよ。僕なら――』


 らいえるの提案を聞き終わり、ミレイアが笑うとらいえるは崩れ去って消え去ったのだった――。






 翌日。


 俺は再び謁見の間を使用したいと申し出た。


 迷惑そうな陛下や王妃様。そして、重鎮たちが朝早くから俺の顔を見てブツブツと文句を言っていた。


 酷い嫌われようである。


 陛下が嫌そうに口を開いた。


「二日目も謁見の間を希望されて迷惑なのだが? 今日の予定も大幅に変更して、城の内部では大慌てで調整をしているよ。まったく、ウォルト家の人間は――」


 すると、三代目がいつもより低い声で言うのだった。


『さぁ、ライエル……僕のスキルを使おうか。大丈夫、一段階で十分だ。心の古傷を抉って塩を練り込んでやろうか』


 五代目も乗り気だった。


『こいつももう少し気持ちを抑えられれば、こうはならなかったのに大変だな』


 七代目は昨日よりも静かだった。


『……さぁ、ウォルト家の恐怖を思い出せ』


 かつて七代目に捕虜として囚われた重鎮たち。そして、醜態を晒したかつての王太子たちにするのは簡単だ。簡単な事だ。


「今日は私の要望に応えて頂き大変ありがとうございます」


 笑顔で礼をする俺に対して、周囲は好意的ではない視線を向けていた。だが、俺のスキルは――三代目の【マインド】は周囲にある光景を見せていた。


 俺の斜め後ろ――そこに七代目が見える光景だ。かつて陛下や重鎮たちを追い回し、トラウマを刻んだ張本人が彼らには見えているはずだ。七代目に刻まれたトラウマが、良い具合に心に隙を作ってくれていた。


 そして、ただの幻である七代目が口を開く。


『わしの孫を前にして玉座でふんぞり返るとは、あの泣き虫の小僧が偉くなったものだな。また追い回されたいようだ』


 そして、陛下を始めトラウマを持つ重鎮たちが目を見開いて急にビクリと体を動かすと呼吸が乱れ始めた。


「どうしました、陛下? あ、そうでした。昨日は伝えられなかった件を今日は伝えようと思いまして」


 斜め後ろの七代目には、宝玉内の七代目が考えた台詞を言わせる。


『そうだな……身代金を安くしてやった恩を返して貰うか、とでも言わせてくれ。泣いて嬉しがったのはやはり見せかけだったのか、でもいいな』


 七代目に言われ、俺が実行する。斜め後ろの七代目の幻が言う。


『身代金を安くしてやった時に泣いて嬉しがっていたが、どうやらあの時に言ったこの恩は忘れない、という台詞は嘘だったようだ。父とわしで切り取ったファンバイユの領地だが……ふむ、今度は孫に全てを切り取って貰おうか。むろん、お前たちの首もな』


 腰を浮かせた陛下は、汗が噴き出ていた。ガタガタと震えており、俺の斜め後ろを見ていた。


 周囲では、震える重鎮たちを見て、周りが騒然としていた。何しろ、視線が俺の斜め後ろを見ているのだ。


「陛下、どうされました? 具合が悪いのですか? 誰か、謁見は中止――」


 王妃が陛下を心配して謁見を終了させようとすると、陛下自身が。


「ま、待て! こ、このまま続ける。続けるぞ!」


 明らかに俺の斜め後ろを見て、怯えていた。俺は笑顔で。


「そうですか。それは良かった。大事な話なので聞いて貰いたかったのです」


 斜め後ろの七代目が周囲を睨み付け。


『わしの孫の頼みだ。聞いてくれるよな? 昔のように追い回されたくなければ、心して聞くことだ』


 周囲では何度も首を上下に振っている老人もいた。トラウマのない重鎮たちは、訳が分からないままその場を見ているしか出来ない。


 俺は陛下に向かって。


「ウォルト家とファンバイユが手を取り合い、過去を水に流す大事な日です。どうです、私に姫様を頂けませんか?」


 すると、トラウマのない王妃や重鎮たちが。


「無礼な! それに、誰が水に流すといった! ファンバイユ王家の血は安くはない。お前のようなウォルト家の人間に!」

「陛下、此奴をこの場で殺す許可を!」

「誰がウォルト家への恨みを忘れると言った!」


 興奮する謁見の間。だが、半数は黙っていた。それはそうだ。何しろ、彼らに見えている七代目が言うのだ。


『ほう、戦うのかね? 楽しみだな。どれ、どれだけ強くなったか試してやろう。安心するといい、わしの孫はわしよりも強い。一対一がいいかね? それとも、戦争がいいかね? さぁ、選ぶといい。また泣くまで追い回してやろう』


 好戦的な笑みを向ける七代目に、陛下やトラウマ持ちの重鎮たちが泣きそうになっていた。


 そして、陛下が大声で宣言すると、トラウマ持ちの重鎮たちも便乗した。


「す、素晴らしい! 長年の争いの歴史に終止符が打たれた日! わ、わしはいいと思うぞ。む、娘はだ、誰がいいかすぐに、すぐに……は、話し合いだ!」

「素晴らしい案ですな!」

「実に目出度い! ファンバイユにとって素晴らしい日になるでしょう!」


 目が泳いでいた。汗だくで、明らかに狼狽していた。きっと、トラウマを思い出しているのだろう。体が震えていた。


 王妃がそんな陛下や重鎮たちに視線を向けると。


「な、なにを言って……忘れたのですか! 我々がどれだけウォルト家に辛酸を嘗めさせられてきたことか! お前たち、それでもファンバイユの貴族か! 目の前にいるのはウォルト家の人間ですよ!」


 だが、そんな王妃様も俺の次の言葉で黙ってしまう。


「陛下、そして王妃様」


「な、なんひゃ!」


 陛下が噛んだが、誰も注意をしなかった。そんな余裕がなかったのだろう。


「私の望みを聞いて頂きありがとうございます。それでは、私はリアーヌ姫を希望します」


 そして、謁見の間は静まりかえった。


 全員がリアーヌを押しつける相手を見つけ、色々と考え込んでいるようだった。


 ……そう、これがらいえるが最後に考えた解決策だ。ただ、これから先……リアーヌ対策は、俺にはそれでいいのか分からなかった。


 らいえるの策だが、本当に大丈夫なのか不安になってくる。


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