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セブンス  作者: 三嶋 与夢
ネタがないよ 十四代目
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辺境伯

 ――レズノー辺境伯。


 ファンバイユとの国境を預かる領主で、ファンバイユとの関係悪化に伴って忙しくなった領主の一人だ。


 国境を預かってはいるが、何も一人で守っているわけではない。周辺領主と協力して国境を守っているのだが、現在は孤立していた。


 セントラルからの人質要求である。


 現当主の【バリウス・レズノー】は、グレーの長い髪を後ろでしばっていた。普段は縛ることはないのだが、周辺領主からの手紙とセントラルに送っている息子【バルフェルト・レズノー】からの手紙を読んで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ウォルト家の小娘め。息子をたぶらかしたか」


 当初、辺境伯ほどの地位にあれば、セントラルで屋敷を構えているのは珍しくない。そこに代理をおく事になるのだが、当然だが跡取りであるバルフェルトをバリウスは送っていた。


 ウォルト家のセレスが王太子と婚約し、そこから歯車がおかしくなった。いや、その前からおかしいことになっていた。


 バルフェルトは、バリウスが領地から抜けるのは得策ではないと言って、自らがセントラルの屋敷に入ったのだ。


 人質の件でも、バルフェルトが志願して人質になった。


 ここまでは、バリウスも仕方がないと思っていた部分もある。だが、そんなバルフェルトから、セレス様のために妻と息子――バリウスにとっては孫を送って欲しいと手紙が来た。


 周辺領主たちからも、送るようにと手紙が来ていた。


「ファンバイユとの国境を預かってきたレズノーが、そんなに信用出来ないか!」


 手紙を握りつぶすと、控えていたレズノー家に仕える騎士が口を開いた。


「バリウス様、このままではファンバイユと周辺領主によって囲まれてしまいます。心苦しいとは思いますが、何か手を打たねば」


 バリウスも、セントラルで異変が起きているのは知っていた。しかし、辺境伯ほどの力を持っていない男爵家や子爵家の多くは、セントラルに人質を送って安全を確保する事にしていた。


 セントラルの軍勢もそうだが、ウォルト家の軍勢を恐れての行動である。


 セントラルがおかしな状況になり、領主たちも行動は起こした。諫めるためにセントラルに出向き、セレスに魅了された領主も多い。


 バリウスは現状、いくつかの選択肢があった。


「……義娘と孫をセントラルに送れば、あの小娘の玩具にされかねない。かといってファンバイユに寝返ったところで――」


 騎士はバリウスの言葉を引き継ぐ。


「バンセイムとファンバイユの戦場にされてしまいますな。もっとも無難な対処法は、人質を送り、親戚から養子を迎えることです。それで周辺領主と歩調を合わせ、ファンバイユとも立ち向かえます」


 バリウスが机に拳を振り下ろした。握っていた手紙はクシャクシャになり、衝撃で破けてしまった。


「親戚? まともな奴がいればいいがな! どいつもこいつも、辺境伯の地位を狙う連中だぞ。それ以外は金を借りに来る連中だ。まともならこんなに悩んだりせんわ! わしは孫以外にこの地位を譲るつもりはない!」


 騎士が視線を細めた。


「……お孫様が可愛いのは分かります。ですが、今はそんな事を言っていられません。直系ではありませんが、レズノーの血は残ります」


 バリウスは自分の孫が可愛く、地位を譲るのは孫だけと決めていた。だが、周囲を見ても辺境伯に相応しい親類がいないのも事実だった。騎士の方は、数年鍛えれば繋ぎ程度には役に立つと思っている様子だ。


「……しばらく考えさせろ。大事な息子まで奪われたのだ。この件は保留とする」


 バリウスは椅子に深く座り直すと両手で顔を覆うのだった――。






「へぇ、辺境伯の息子さんたちは、長男以外は婿に出たのか」


 ファンバイユを目指す途中、立ち寄った街で情報を集めていた俺は五人で市場を訪れていた。周辺の村や街の住人たちが市場で物を売っており、食べ物を購入しながらお喋りなおばちゃんと話をする。


 購入した食糧のお釣りの受け取りを拒否すると、随分と舌の滑りが良くなった。


 恰幅のいいおばちゃんは、店番を旦那さんだろうか? 男性に任せると、俺たちに色々と教えてくれた。


「ここの領主様ともお付き合いがあるんだけどね。ほら、辺境伯様のところは国境だろ? 少し前にお姫様を追い返したんで忙しくなったところなんだけど、息子さんたちは優秀でね。忙しくなる前は友好的だったから、婿に出しちまったのさ」


 聞けば、ファンバイユと友好的な関係だった時に、次男や三男を婿に出してしまったようだ。


 だが、状況が変ると、跡取りである息子はセントラルへと入ったらしい。


「うちの領主様は、すぐに妻子を送りつけたけどね。まぁ、すぐに愛人を囲ったからその程度なんだろうが、辺境伯様は追加で人質を送るのを拒否したらしいんだ。おかげで国内でもピリピリした雰囲気だよ。厄介だよね」


 先に息子さんを人質として送り出し、追加で息子さんの妻子を要求――。


「大変だね。それで、この辺の領主だと辺境伯以外は人質を送り出したのかな?」


 おばちゃんは少し上を見上げ。


「そうだね。数ヶ月前には送ったね。送らない理由もないだろうしさ。辺境伯様も、少しは周りの気持ちを考えて欲しいよ。セントラルに目をつけられたら、ウォルト家まで来ちまう。しびれを切らしたセントラルが、迎えの部隊を出す前に自分たちでセントラルまで送って欲しいものだね」


 ウォルト家――今ではバンセイムの名門ではなく、恐怖の対象だった。宝玉内からは、ミレイアさんの声が聞こえてきた。


『まぁ、領民にとっては、領主の気持ちなど関係ありませんからね。私としては、人質を送るのをためらっている姿に好感が持てますよ』


 三代目が笑っていた。


『好感が持てるのは僕たちがバンセイムの敵で、そっちの方が都合はいいからだよ。ただ、もっと規模が小さくて、領主と顔を合わせる機会が多い領地なら領民も同情的になるかもね』


 五代目が気怠そうに。


『それは領民にとっていい領主、であればだろ? 同情しても、結局は送れと言い出すぞ。誰だって我が身が可愛いからな』


 七代目は五代目の意見を聞いて。


『冷めた意見ですな。ま、事実でしょうけどね。さて、個人的な感想はここまでにしましょうか……ライエル、ファンバイユに入る前に一仕事だ』


 宝玉を握りしめ、俺は肯定を示すと笑顔でおばちゃんにお礼を言った。ついでに、持っていた小銭を手渡す。


「ありがとう、面白い話が聞けたよ。これはお礼ね」


 すると、おばちゃんは言う。


「またうちで買い物をしておくれよ。サービスするからね」


 立ち去る俺たちを笑って見送ってくれた。






 街にあった宿に入ると、俺たちは風呂に入って旅の疲れを落とした。


 俺の部屋に集まると、モニカは全員分のハーブティーとお菓子を用意して準備を整える。


 お菓子に手を伸ばしたシャノンに、モニカは。


「それを食べたらまた歯磨きをして貰います」


 シャノンは頬を膨らませ。


「お風呂に入った後にしたからいいのよ!」


 モニカは鼻で笑いながら。


「駄目に決まっているではありませんか。虫歯になって大好きなお姉さんにお説教をされてもいいならどうぞ?」


 クラーラはお菓子に手を伸ばした。


「別に問題ありません。また歯磨きをすればいいじゃないですか」


 アリアの方は。


「どうせ寝る前に歯を磨くから、私は問題なしね。あ、これ美味しい」


 モニカは金髪のツインテールの片方をかきあげ、反対側の手は腰に当てていた。


「このモニカが用意したお菓子です。不味いわけがありませんよ。チキン野郎の好みに合わせた究極の――」


 説明が長いので、俺も一つ手にとって口に運んだ。サクサクした生地と酸味のあるクリームにジャム。一口サイズで美味しかった。ハーブティーとの相性もいい。


 ただ――。


「俺は前のお菓子が良かったな」


 そう言うと、モニカが部屋から出て行こうとしていた。急いで声をかけて止める。


「おい、今から話し合いなんだが?」


「止めないでください! チキン野郎が望んだお菓子を用意するのがこのモニカの役目! 前に食べたお菓子がいいというなら、このモニカは宿屋の台所を借りて調理するまで!」


 三つ目のお菓子に手を伸ばしたシャノンは、ソファーに腹ばいに横になって足を上げてブラブラさせながら。


「あんた、調理器具とか持ってなかった? ここでやれば?」


 クラーラはシャノンの言葉に反対する。


「止めた方がいいですよ。匂いとかしますから。余計にお腹が空きます」


 同じ部屋で調理をすれば色々と問題もあるので、それを理解しているモニカは宿屋の台所へと向かおうとしたのだろう。


 アリアはお菓子を口の中でもぐもぐさせつつ。


「それより、早く話をしましょうよ。今回は辺境伯に協力を申し出るんでしょ? 人質を渡さないように交渉するの?」


 アリアの意見は正しい。こちら側について貰うためにも、人質をどうにかしたいのは事実だ。だが、相手が何を考えているのかまでは分からない。


 モニカを傍に呼びつけると、嬉しそうに近づいて来た。俺の座っているソファーの斜め後ろに立つと、キリリッ、と凜々しい表情をするモニカ。


「接触はしようと思う。だけど、一歩間違うと拘束されてセントラル送りだ。だから、まずは噂を流す。それから行動開始だ」


 クラーラが、俺の方を見ると「またか」というような表情をした。


「ライエルさん、また相手を騙すつもりですか?」


 宝玉の中では、聞こえていないのに三代目が誤解を解こうとした。お気に入りのクラーラが疑った視線を向けてくるのが嫌なのだろう。


『違う。違うんだよ、クラーラちゃん! ここは送られた人質がどうなっているのかを、広く知らしめるんだ! セレスのところに送られて、無事でいるわけがないじゃない!』


 アリアも同じだった。俺の方を見て。


「あんた、そういう手段ばかりね」


 その言葉に傷ついたのは、五代目だった。少し震える声で。


『……ち、違う。これは基本的な事で、情報を操るのは重要な事なんだ。悪い手段じゃない』


 駄目だこいつら、お気に入りから駄目出しをされると弱い。きっと初代なら、何も考えずに取りあえず乗り込んで交渉する、とアリア好みの作戦を立案したかも知れない。二代目ならどうしただろう? やはり慎重に動いたはずだ。


 四代目なら……そして六代目……。


 ミレイアさんが言う。


『これだから理解していない子は駄目ですね。シャノンを見なさい。状況すら理解せず、ライエルの作戦を否定すらしませんよ』


 それは自慢することなのだろうか? そう思っていると、シャノンが欠伸をしつつ。


「なんかいつもセコイのよね」


 そう言ってきた。宝玉内では、七代目が爆笑していたが、発砲音が何回もが聞こえると静かになる。


「悪いけど方針の変更はない。情報を集めつつ、人柄も考えて細かい作戦を決めよう。出来れば、セントラルから人質を迎えに来て貰えると助かるかな」


 セントラルから人質を迎えに来る部隊が派遣されることがあるそうだ。できれば、そちらの方が相手をする時に都合がいい。


 アリアが、俺の方を見てソファーの肘掛けに肘をおいて手に頬を乗せた。


「今度は何をするつもり? 迎えに来る部隊と戦って勝っても意味ないわよ。それどころか、本格的に部隊を派遣してくるかも知れないじゃない。それとも、また奇策かなにか?」


 普段から色々とやっているせいで、俺は奇策を好むと思われているようだ。だが、正確には違う。まともに戦えば負けるので、奇策に打って出るしかないのだ。


 俺は悪くない。俺たちとバンセイムとの戦力差が開きすぎているのが悪いだけだ。


「いや、今回はそこまで奇策じゃない。むしろ正攻法だ」


 クラーラが興味を示した。


「珍しいですね。それで、その正攻法とは?」


 俺は自信満々に言う。


「あぁ、実は辺境伯の息子さんの妻子を攫おうと思う。それから交渉開始だ!」


 眠そうなシャノン以外。アリア、クラーラは俺の方をジト目で見てきた。モニカは「外道過ぎます、チキン野郎。でも、そんなチキン野郎にもついていく。それが私の美学!」などと後ろで言っていた。


「……え? だ、だって! その方が辺境伯とも交渉しやすいじゃない! 今のままだとまともに会えないし、こっちの話を聞いてくれるか微妙だし……あ、あれ?」


 この反応には三代目もビックリだ。


『あれ? 結構いいと思うんだけど?』


 五代目も同意見だ。


『ライエルが考えた割にはいいと思うんだが?』


 復活した七代目は。


『言い方が悪いのでは? 連れて行かれる辺境伯の血縁者を、セントラルの犬共から救い出す! ほら、これで随分とまともに聞こえますよ』


 ミレイアさんはクスクスと笑いながら。


『まともに聞こえようが、やることは同じなんですけどね。でも、ライエルも成長しましたね。辺境伯の関係者をさら……救出して、恩を利用して交渉など考えて』


 俺が立ち上がって説明するが、二人の視線は更に冷たいものになるのだった。


「何が駄目なんだ!」


 シャノンが俺を見ながら。


「駄目過ぎて何から注意していいのか分からないわ。というか、明らかに辺境伯に対して脅しじゃないの? なんというか……卑怯?」


 卑怯と言われ、頭に思い浮かんだ言葉は「卑怯とは褒め言葉です!」というものだった。


 ……どうやら、俺も歴代当主たちの悪い方に色々と染まってきてしまったようだ。主に三代目とか五代目とか、七代目とか……あぁ、濃い面子で、しかも割と腹黒い人しか残っていない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] > 卑怯と言われ、頭に思い浮かんだ言葉は「卑怯とは褒め言葉です!」というものだった。 作者の作品は「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」を読んで気に入った為に 過去作品のセブンスを読もう…
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