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セブンス  作者: 三嶋 与夢
そろそろ駄目な奴が出て来てもおかしくないぞ十三代目
232/345

前門の虎後門の狼

 ――気が付いた時には遅かった。


 後方にいた部隊の壊滅。


 加えて、前方の砦には予定にはない人物たちが参加しており、砦の中にいた敵は優に一千を超えていたのだ。


「マリーナはどうしている!」


 団長が怒鳴り声を上げ、周囲に確認を求めると誰も状況を把握していなかった。上手くいきすぎて、油断していた。


 団長自身も油断していたと気付いたときには、遅かったのだ。


 砦の壁を見上げた。そこには、中央の門の上が少し高くなっている。そこを挟んで、左側には水色の髪をした冷徹そうな白い服を着た女性が立っていた。


 周囲にハシゴをかけ、そして登ろうとした部下たちが氷漬けにされている。


 反対側では、同じように冒険者パーティーの冒険者たちが、白銀の髪をした女性によって燃やされていた。


 数日。


 こちらの砦に時間をかけすぎていた。ライエルたちが出発してから三日で現地に到着した。そこから二日後には攻め込み、二日で二つの砦を落とした。


「森の奥に入って、流石に二人では追いかけられないと報告を――」


「いつだ! いつ、俺に報告した!」


 団長が部下の胸倉を掴み上げていた。自分でも理不尽だと思っているようだが、現在の状況を前にして冷静ではいられなかった。


「み、三日前です! その時は、マリーナさんの好きにさせておけと――」


 部下を放り投げ、団長は考え込んでいた。


(マリーナが負けていれば、今頃は俺たちのところに麒麟が来ている。挟み撃ちにできたはずだ。それをしなかった? どういう事だ)


 麒麟一体が自分たちに攻め込んで来ても、被害を出しながらでも勝てるには勝てる。傭兵団では無理だが、迷宮で個々の力が高まっている冒険者たちがいるのだ。


 このまま押し切り、その後にマリーナが倒されてボロボロの麒麟を相手にするのも悪くないと団長は考えていた。


 だが、ボロボロになった後方にいるはずの仲間が、後方の陣が壊滅したのを知らせてきたのだ。


 そして、弱ってきた砦に攻勢を仕掛ければ、出て来たのは――。


「ふざけるな! なんであいつらがここにいる。あいつら、あれでも一国の代表だろうがぁ!!」


 団長は壁の上を見た。そこには、自分たちを見下ろしているエリザとグレイシアの姿があった。周囲には、両国の旗が掲げられ、騎士や兵士たちまで参加している。


 正確な数は分からないが、それでも対応を見るに数が少ないという事はない。魔法を放てば全て防がれ、こちらの方が手数が少なく押され始めていた――。






 ――ノウェムは、壁の上から相手を見下ろしていた。


「そろそろ時間的にも頃合いですね。ヴァルキリーズは良い仕事をしてくれました」


 戦力の分散。


 悪手だが、ノウェムがそれを実行したのは、時間を稼ぐためだった。メイも数日前に帰還しており、今は疲れているのか大量の食事を胃に詰め込むと眠ってしまっていた。


 マリーナという東支部の切り札のような人材を倒し、そして生かして連れ帰った功績は大きかった。


 そのため、周囲もこれ以上はメイになにも求めない。もっとも、メイの仕事は終わっており、後はマリーナを見張るだけ出よかった。


 ヴァルキリーズには時間稼ぎ、そして相手陣営の装備の消耗を行なわせ、砦二つで二日も時間を稼ぎ、相手側に油断させることも出来た。


 あとは本命である本拠地で、耐えれば良いだけだ。魔法による攻撃を防ぎつつ、疲れているように見せるだけで更に数日の時間を稼いだ。


 ノウェムの近くに立っていたモニカが、やる気のない表情で言う。


「……私、ここしばらくは迷宮の中で騎士や兵士の世話しかしていません。チキン野郎のお世話をしないで、いったい何をしているんでしょう……」


 迷宮内に潜んで貰い、その世話をモニカや残ったヴァルキリーズに頼んだのだ。偵察の出来る冒険者がいたようで、砦内部の動きを相手側が良く理解していた。


 しかし、迷宮内までは確認していないらしい。


 ノウェムは思う。


(まぁ、どんな手段で偵察を行なうか心配でしたが、相手が気付かなくて良かったですね)


 相手側が動揺をしたのか、攻めてくる気配が見られない。突撃してきた数十名が、氷漬け、そして燃やされてはやる気もなくなるだろう。


 突撃してきたのは、彼らのいうところの精鋭だ。だが、そんな精鋭もエリザやグレイシアの前には敗れ去った。


「クラーラさん、明かりをお願いします」


 ノウェムがそう言うと、壁の下にいたクラーラが杖に明かりを点す。そのまま杖を大きく振って光を上空へと投げ飛ばした。


 その光は上空へと舞い上がり、分裂して周囲を照らす。森の中にある砦は、そうやって光りを確保していた。


 周囲の光景がよく見える。逃げ出していく傭兵団や冒険者たち。ノウェムは森を見ながら言うのだ。


「その判断は間違ってはいませんが……貴方たちの間違いは、ギルドの指示に従ってライエル様に敵対した事です。私たちが逃がすと本気で思っているのですかね? いえ、いるのでしょうね」


 ベイムという世界中心とも思えるような場所で、巨大な組織に所属すれば見えないものがある。自分たちが巨大な権力を持つが故に、彼らは盲目的にギルドを信用していた。


 ノウェムが移動を開始しようとすると、エリザとグレイシアがノウェムの方へと歩み寄ってきた。


「……すまないが、例の件は」


 グレイシアが少し照れたように髪を指先で小さくかき上げ、ノウェムに確認を求めて来た。ノウェムは笑顔で返事をする。


「えぇ、大丈夫ですよ。今回の救援と港の件では助かっていますので、ライエル様には私の方から言っておきますね」


 エルザも安心するグレイシアを見て、焦りつつ。


「私の方は!」


「分かっています。ライエル様もしばらくすれば余裕ができますので、その時は四ヶ国連合に行って貰います。ガレリア、ルソワースでの滞在期間は長めにしておきますね。ロルフィスはその分短くしますが」


 ロルフィスだけは扱いの悪いノウェムだが、これにも事情がある。王女殿下がライエルを諦めていないのと、周囲が四ヶ国連合の状況を見て外堀を埋めようと動いているからだ。


 ノウェムにとって、ウォルト家の家訓に合格しない王女殿下とライエルとの結婚は絶対に認められない。


「そ、そうか! ならば、例の件も言われた通りに進めるが……本当のいいのか? そちらにとってあまり良い結果になると思えないが?」


 エリザがそう言うと、ノウェムは頷いて言うのだ。モニカの方は、溜息を吐きつつ移動のために壁から降りていく。ブツブツと「チキン野郎に会いたい。最近こんな扱いしか受けていない」などと文句を言いながら。


「問題ありません。何しろ、大事なのはフィデル殿のいるトレース家ですからね」


 そう言って、ノウェムは歩き出すのだった――。






 ――森の中。


 逃げ出した傭兵や冒険者を、ミランダが粘つく糸で拘束していた。


 エヴァとアリアも一緒に行動しており、エヴァの方にはエルフが数十名付き従っていた。


 なんとか逃げようとする傭兵団の男たちを前に、ミランダは右手から伸びた糸が引くの感じていた。


「また引っかかった。来た道を安全だと思うのかしらね」


 彼らが侵攻する際に利用した道にトラップを仕掛け、そして待機していたのだ。逃げ出すのを考え、それ以外にも仕掛けはしている。


 だが、多くが来た道を戻るのでそれ以外はあまり使用されなかった。


 エヴァは髪をかきながら。


「エルフ以外だと厳しいと思うけど? この暗さだとどうしてもねぇ」


 エルフに協力して貰った理由は、同じエルフに対抗するためだ。彼らは森に住むエルフで、エヴァに交渉させて味方に引き入れていた。更に言えば、彼らは全員が褐色の肌をしている。


 若い姿のエルフが、まるで老齢な声でエヴァに言う。


「ニヒルの娘。約束通りうちの若いのがエルフを捕えた。東支部だったか? どれも違ったので処分したぞ」


 ミランダは、そんなエルフ――ダークエルフに、たずねた。


「同族同士、もっと仲良くやっていると思ったんだけど? エルフは同族意識が強いんじゃないの?」


 エヴァは鼻で笑う。


「人間には負けるわよ」


 ダークエルフの長老も同じようだ。


「協力が必要ならする。だが、敵なら殺す。シンプルだろ? 人間のように複雑なやり取りは苦手だが、エルフもドワーフも必要があれば争うのさ。人間に比べれば極端に少ないのは事実だけどね」


 アリアは長老の話を聞くと、溜息を吐いた。


「イメージが崩れるわね。もっと仲が良いと思っていたんだけど? 歌い手のエルフとか仲が良さそうに見えるし」


 長老が笑う。


「人間社会でいがみ合っていては生きていけないだろ? 必要があるからそうしているだけさ」


 ミランダは納得しつつ、再度確認をした。


「東支部の人間は出来るだけ殺さないでよ。それと、その他もわざと逃がす人間を用意して。それから――」


 ミランダの言葉を、ダークエルフの長老は遮った。


「――東支部の人間だけが許されているところを見せてから逃がす、だろ? 分かっているよ。自分たちの森を手にするためだ。約束は守る。だが、そちらも約束を破れば……」


 ミランダではなく、エヴァが長老に約束をする。


「ニヒルの一族の名にかけて、約束はライエルに守らせるわ。森の一部をダークエルフの里として提供するわよ。でも、今の拠点は広げるから奥の方になるわよ」


 長老は頷いていた。


「それでいい。我々も、人間とは距離を取った付き合いの方がいいからね。互いのルールは尊重しよう」


 森で生活するエルフ。だが、自分たちの森は管理していても、迷宮の暴走で森を失う一族などもいる。そうした一族が流れてきており、違う生き方を探そうとしているところでエヴァは彼らと知り合ったのだ。


 隣国で迷宮の暴走が起きた一件で、彼らは自分たちの住む森を失ったのである。そして、ライエルは彼らを引き入れるために空手形を切ったのだ。


 自分たちの土地でもない場所を、エルフに提供すると申し出たのである。


 ミランダは、その事を知っているが口には出さなかった。


「なら、このまま他を探しましょうか。あ、その人たちは――」


 ミランダが指示を出す前に、ダークエルフたちは傭兵たちの息の根を止めていた。住む場所を失い、必死な彼らを見てミランダは思うのだ。


(ライエル、本当に大丈夫なんでしょうね? 無理ならどこか他の土地を用意しないと……でも、ほとんどの場合、良いところはエルフが住み着いているのよね)


 エルフがいるから良い場所になっている、とも言える。エルフは森の管理もする一族だからだ。


 ミランダは少し不安を覚えつつ、先を急ぐのだった――。






 迷宮討伐の拠点近くには、港に適した場所があった。


 だから、ベイムではなく、そちらに船を移動させたのだが……。


「なんだ、この艦隊」


 振り返ると、ヴェラ・トレース号の後ろには何隻もの船が続いており、まるで艦隊に見えた。実際、大砲を持つ軍艦もあって間違いではないのだ。ヴェラ・トレース号も大砲は積んでいるし、最新鋭の軍艦と言えなくもない。


 甲板の上で次々に小舟を使って上陸を目指す一団に視線を戻すと、白い上着を羽織ったルドミラさんが俺と肩を組んできた。


「随分と多才だな。支援系だけとはいえ、効果を見れば喉から手が出るほどに欲しい人材だ。なぁ、仕事が終わればカルタフスに来い。すぐに式を挙げてお前に王座をくれてやる」


 俺は視線を逸らしつつ、ルドミラさんの胸の感触に耐えながら。


「あ、あの……俺、バンセイムのウォルト家の出身で、しかも追い出された身なんですけど」


 ここまで積極的に来られると、対処に困ってしまう。宝玉内からクレームの声が上がってきた。三代目だ。


『なんで引くの!? そこはこちらから攻め込もうよ! もしかしたら強がっているだけかも知れないじゃない!』


 ただ、ミレイアさんがすぐに否定した。


『いえ、この子は押せばそのまま食らいついてきます。猛獣ですよ、猛獣! 大事なライエルのはじめては、私が推すミランダにあげたい。だから、ライエル……このまま有耶無耶にしつつ、戻ってミランダを抱きなさい』


 五代目がドン引きしていた。


『お前……そんな奴だったの? だって、今までと言うか、生前はもっとお淑やかだったじゃない』


 ミレイアさんは笑うのだった。


『はぁ? 兄上がいないのに装う必要なんかありませんよ。まぁ、私も兄上には流石に気が咎めて素を出せませんでしたけどね。なんかこう……頑張って空回りしているところが可愛くて』


 ただ、七代目にしてみれば、俺とルドミラさんの結婚は釣り合いが取れているらしい。


『いいのではないですか? だって、北の大国であるカルタフスの女王ですぞ。王家の血を引くライエルに相応しいではないですか。というか、格で言えば一番なので、正妻筆頭候補ですし――』


 宝玉内。火薬の弾けるような音が聞こえ、静かになってしまった。最近気が付いたのだが、七代目とミレイアさんのやり取りが、まるでスキンシップのような……いや、考えすぎかも知れない。


「バンセイムのウォルト家、だろ? いいじゃないか。カルタフスにとって強敵のバンセイム。その中でもウォルト家と言えば名門。しかも直接戦ったことなどない。追い出されたというのは少し気になるが、そうでなければお前とは出会わないわけだ。これも運命だと思えば悪くあるまい。なんなら、お前が王になってバンセイムを蹂躙してもいいぞ」


 別に復讐目的でバンセイムと戦う訳ではないが、確かにカルタフスの助力は必要だった。


 そうしていると、後ろから声がかかった。


「なぁ、色々とあるのは分かるけど、説明してくれないか?」


 振り返ると、背中に黒い大剣を担いだエアハルトがいた。


 その後ろにはエアハルトの仲間たち。プラス、ラルクの仲間だった女性冒険者たちがいたのだった。


「……いや、説明したじゃない。その大剣は特別報酬。まさか、ラルクがあのタイミングで外に行っているとか分からなかったし、お詫びだよ。それと女性陣は、流石にカルタフスで無罪放免も難しいけど、情状酌量の余地もあるからベイムで引き取る、って」


 エアハルトは、船上で叫ぶのだった。


「なら、なんで俺たちのパーティーなんだよ! 独立させていいじゃないか!」


 俺は首を横に振った。ルドミラさんも、流石に会話の邪魔になると思ったのか、俺から離れる。


「監視の意味もあるし、実力もあるからエアハルトたちでいいじゃない。それに、女性陣もそれでいい、って言うし」


 女性陣がエアハルトを選んだ理由は、ラルクから解放されたためらしい。そして、戦闘を見ていた女性陣が、ラルクとは違うエアハルトの冒険者としてストイック? な部分に魅力を感じたのだとか。


 だから、エアハルトのパーティーに加入しないかと誘うと、割と乗り気で応じてくれた。


 本音で言うと、エアハルトたちの戦力増強を行なうのは今後の布石でもあった。それが成功するかは微妙だが、可能性はあった。だから実行したのだ。


 俺が面倒見るのが嫌だったとか、そういうのはない。断じてない。


「俺……どうしていいのか分かんないんだよ! 女の子とパーティーを組むとか……難易度が高いじゃないか!」


 エアハルトの本音を聞きつつ、俺は肩に手を置いてやった。以前は女性をパーティーに引き入れようと必死だったのに、現実を知って小さくまとまるエアハルトを俺は励ますことにしたのだ。


 笑顔で親指を突き立てつつ。


「頑張れ。俺……同じ悩みを持つ冒険者仲間が欲しかったんだ」


 そう言うと、エアハルトが掴みかかってきた。首元を掴んで前後に激しく揺すってきたが、周りは誰も止めに入らずに笑ってみているのだった。


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― 新着の感想 ―
準ハーレムパーティーの誕生だな。
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