アリア・ロックウォード
ダリオンの街を出て一時間ほど歩いた場所で、俺たち――。
俺、ノウェム、ゼルフィーさん、アリアの四人で魔物の相手をしていた。
森に近いその場所には、住み着いた魔物が姿を現す。
森に入って戦うのは危険だが、森の外で障害物がないなら四人……実質、三人で戦えばどうにかなる。
「ライエル様、準備が出来ました」
ノウェムの準備が整うと、俺は近づいてきたゴブリンをサーベルで斬りつける。
ゴブリンの棍棒を持った右腕が宙を舞うと、そのまま後ろに飛び退いた。
「やれ、ノウェム!」
指示を出すと、ノウェムが魔法を使用する。
「アーススピア!」
地面から次々に棘が出現すると、ゴブリンたちに襲いかかった。
森に入ってわざと刺激するような行動をする。そうやって、森の中の魔物を刺激して誘導する。
出てきた魔物を集団で戦うのだが、これには囮役が必要だった。当然だが、ゼルフィーさんは手を貸さない。
指導員として、俺たちが力量以上の事をしようとすれば止めに入る。
そして、命の危険が迫れば手を貸すのが、ゼルフィーさんの仕事だった。
囮役は、俺が引き受けている。
森に入り、適当に音を立て魔物を引き付ける役――なのだが、俺にはご先祖様たちのスキルがある。
そして、四代目のスキルが地味に凄い。
四代目が自分のスキルを解説する。
何故か、眼鏡を押し上げているイメージが浮かんだ。
『単純に移動速度の上昇だけど、これは普通に使い勝手がいいんだよね。他のスキルよりも使用魔力は低い部類で、今のライエルにも負担が少ない』
二代目は、俺の戦闘を見ながらアドバイスをしてくる。
『ピンポイントでフルオーバーを使用して、四代目の【スピード】も一時的に使用可能、か……他のスキルを同時に使用するのは不可能なのが痛いな』
四代目や、五代目のスキルと同時使用をすれば、俺の魔力がすぐに底を突いてしまう。
休憩を挟みつつ、周囲の敵を探して相手をしやすいゴブリンを探して引き付ける。
森の中は俺にとって厳しいが、四代目のスキルで逃げ出すのも可能だった。慣れない環境下でも、十分に相手から逃げられるだけの移動速度を出せるのである。
足場の悪い森の中で、これはとても助かる。
ついでに、森の中に入ってしまえば、単独行動している魔物を相手に出来る。
今は、素材を回収するよりも、魔物を倒して一刻も早く成長を実感したかった。
戦闘が終わり、俺は周囲を見る。
「ノウェムは休憩。アリアは見張りを頼むよ。……俺は素材の回収に回る」
ゴブリンから回収できるのは、持っている道具と魔石くらいだ。
皮を加工するという話も聞くが、人型であるゴブリンの解体はどうにも精神的に来るものがある。
まだ、俺たちはこういった作業に慣れていない証拠でもあった。
一連の流れを見て、ゼルフィーさんが拍手してくる。
「上手くなったじゃないか。それに魔法使いと回復役が兼任だが、存在するのは大きい。特に、ノウェムを守る前衛がいるのは大きいね」
ゼルフィーさんがアリアを褒めるが、本人は少しだけ視線が下に動いた。
この中で、一番楽なのは誰かを理解しているのだろう。
「前よりも動きが良くなったから、しばらくはこれで行こうか。本当ならこの時期にある程度の資金を貯めて、次の仕事を説明する準備に入るのは当分先の予定だったけど……あんたら、金持ちだしね。次に進むのはもうしばらくしてからでもいいだろうし」
金持ちというのは、領主から貰った支援金で盗賊団を討伐したからだ。
その時に盗賊団が持っていた宝を換金し、俺たちは資金を確保した。当分は働かなくても生きていけるが、それでは流石に駄目なままだ。
ただでさえ、俺はダリオンの街で駄目貴族ライエルなどと言われている。
(そうなるように動いたけど、かなり腹が立つな)
我慢するところなのだが、行動まで駄目貴族のままなのは嫌だった。
アーススピアでズタズタになったゴブリンから、俺は道具や魔石を回収するために近づいた。
すると、アリアが俺の肩に触れる。
「私がするから、ライエルは見張りをお願い」
「え? でも……」
俺がアリアを見ると、何もしていない自分が嫌なのか回収だけでも行なおうとしていた。
ゼルフィーさんは頭をかいて俺に任せる態度を取り、ノウェムも同様で俺を見ているだけだ。
好きにしろ、という意味だろう。
そんな時、初代が「アリアちゃんに無理をさせるな!」などと言いそうなのだが、宝玉から声は聞こえなかった。
代わりに――。
『ライエル、見張りも重要な役割だ。いざという時に、疲れがなく動けるアリアちゃんは見張りに徹して貰え。魔石なんかを回収したら、ライエルも休憩に入ればいい』
二代目の返答だった。
俺が真剣なアリアの表情を見てためらうと、二代目が言う。
『……見張りも満足にこなせないのに、他の仕事をさせるんじゃない。重要な仕事を任され、不満だから変えろと言っているんだぞ? このパーティーのリーダーは、ノウェムでもゼルフィーでもない。お前だ。お前がしっかりしないと、すぐにパーティーが駄目になる』
二代目の意見に納得し、俺はアリアに見張りを頼む。
「……回収は俺がする。アリアは見張りを頼む」
そういうと、本人は悔しそうな表情をしていた。
三代目が口を出してくる。
『気持ちは分かるな~。こう、色々と頑張りたいけど、空回りするんだよね。別に見張りを軽視していないと思うけど』
だが、二代目の意見は変わらない。
二代目は、ノウェムには贔屓しても、アリアにはそういった感情がない。
別に嫌いという訳ではないだろうが、役割を果たして欲しいようだ。
「アリア」
俺が声をかけると、アリアが「えぇ」と小さく呟いて見張りに戻った。
ホッと一息入れ、俺は未だになれないゴブリンから魔石の回収を行なうのだった。
囮役として森へと入った俺は、周囲の状況を確認する。
スキルを発動すると、周囲に敵である魔物の反応がいくつか発見できた。
「ゴブリンは多いですね。他には角付き兎ですか? 近くで多いのはこいつらです」
そう言うと、初代たちの声色が変わる。
『角付き兎だぁ!? 殺せ! 奴らは一匹残らず駆逐しろ!』
二代目もそうだ。
木々の間隔が狭く、雑草が生い茂る場所を短剣で草を払い進む俺に言い放ってくる。
『あの害獣共は一匹残らず駆除だ! 奴らにかける慈悲はない!』
三代目も、いつもの飄々とした印象とは違う。
時折見せる腹黒さが、かなり全面に出ていた。
『ハハハ……ライエル、ここは畑を守るために、一匹でも多く駆除しようか。ライエルは成長の糧を得てハッピー。農民は畑が荒らされなくてハッピー。うん、良い事尽くめだね』
囮役として森に入った俺は、現在は一人なので声が出せる。
「あんたら、ちょっと怖いな。そんなに角付き兎が嫌いなのか」
そう言うと、初代が代表して言う。
『あいつらのせいで俺らの畑がどれだけの被害を受けたと思ってやがる! 見つけ次第、地の果てまで追ってとどめを――』
だが、そこで一人だけ違う意見を言う存在がいた。
意外な事に五代目だ。
『……良いんじゃないかな。許してやるべきだ。ほら、あいつらこちらから攻撃しないと襲ってこないし』
そんな五代目の意外な一面に驚いた俺だが、他の面子は違う。
特に、畑を持っていた初代、二代目、三代目の激怒は凄い。
『可愛いだぁぁぁ! あいつらのふわふわした毛皮見てると、剥ぎたくなるんだよなぁ!!』
『同意だ! あいつらのせいで俺らがどれだけ苦しんだと思ってやがる!』
『さーちあんど、ですとろーい!』
三人の怒りに、五代目も言い返す。
『ふざけんな! あいつらは、ライエルの成長に関係ないだろうが! ライエル、すぐに他の魔物を探せ!』
宝玉が騒がしくなるが、休憩を挟んだので少しは魔力が回復していた。
だが、無限ではない。
「いい加減にして欲しいんですけど。ここで倒れたら、俺が死ぬんですけど!」
文句を言いつつご先祖様たちを黙らせると、俺は周囲の索敵をまた行なった。
ただ、やはり周囲に多い反応は角付き兎だ。
「しょうもない騒ぎで魔力が減ったじゃないか」
近くにいた白くふわふわした毛皮を持つ、角付き兎を発見した。
俺は短剣を持ったまま近づくと、相手はこちらに気が付いたのか鋭い前歯で威嚇してくる。
大きさ的には赤ん坊より少し大きいくらいだろうか? 目つきも鋭く、とても可愛いなどと思えない。
こちらを警戒し、そして飛びかかってくる。
『そのまま横に避けて斬りつけろ。相手は空中で体勢を変えられん』
初代に言われ、俺はそれを実行した。
鋭い角を突き出し、ジャンプしてきたところを横に移動して斬りつける。短剣を横一線に振るうと、白い毛皮が血に染まった。
『イヤァァァァ!!』
五代目の悲痛な叫び声が聞こえる。
(最初は結構冷たい印象だったけど、動物? というか、可愛いもの好きなのかな?)
これ以上叫ばれては、森の中で力尽きてしまいそうだった。
今回の成果はこれぐらいで良いだろうと判断し、俺は地面に倒れた角付き兎が死んだ事を確認すると持っていた革袋に入れて森を出る。
森を出て三人が待つ場所を目指すと、ノウェムが立ち上がって手を振ってきた。
しかし、どうにも様子がおかしい。
革袋を背負って近づくと、アリアが涙ぐんでいる。
「どうしたんだ?」
ノウェムに聞くと、答えたのはゼルフィーさんだった。
「あ~、アリアがもっと活躍できると言うからさ。ちょっとばかり、ね」
どうやら指導員として、ゼルフィーさんが叱ったらしい。
俺がいない間に何かあったのだろうが、ゼルフィーさんが気まずそうにしている。
『元上司の娘を叱るとか大変だな』
二代目がそう言うと、それでも面倒を見るためにパーティーに入れたゼルフィーさんの気持ちを考えた。
(見捨てておけなかったのかな。ゼルフィーさんがロックウォード家をダリオンに住まわせるためにとか、領主のベントラーさんも言っていたし)
ゼルフィーさんは、ダリオンの領主であるベントラーさんの息のかかった冒険者だ。
普段は冒険者をしながら、街の様子やギルドの様子などを報告している。
それが悪い事ばかりではないし、むしろゼルフィーさんの有能さを示していた。
ダリオンに来たばかりの時に、俺たちのような目立った存在を放置できないとギルドが指導員を紹介してきた。
その時は、まだ怪しい貴族の子供が二人。
という認識しかなかったという。
『十五か十六だったかな? そういう時期って扱いにくくもあるんだが、彼女は身元もハッキリしているし、頼れるのはライエルやゼルフィーだけだったね。このまま一人前になれば、貴重な戦力なんだけど』
二代目の意見に、今回も初代は口出しをしてこない。
最近の初代は、騒ぎ立てる頻度は……以前よりも少なくなっている。
(少しは認められたのかな?)
『とはいえ、これはまずいな。本人の気持ちが空回りしている。ノウェムにフォローでもさせようか』
二代目の意見は投げやりだったが、女同士とあって言いたい事も言えるのではないか、などと俺も思った。
「さて、今日はどうするんだい、ライエル」
ゼルフィーさんが雰囲気を変えるためか、俺に意見を求めてきた。
すると、アリアが継続を希望する。
「次は私が囮を引き受けるわ! だから、まだ続けましょう。今日は特に何もしてないし……」
アリアの意見を聞くと、二代目が俺に指示を出してくる。
冒険者としてではなく、人を率いた経験からの意見だろう。
『帰ろうか。全体的にライエルとノウェムの疲れが見える。ゼルフィーは指導員で戦力として考えられないし、先走りそうなアリアは論外だ。それに、一日のノルマは達成しているようだからね』
二代目は全体を見て、帰還するように言ってきた。
俺としても意見は同じだ。
もっとも、自分の疲れが酷いからである。
(途中で騒がれなければ、もう一回はいけたな)
悔しいと思いながらも、俺は帰還を告げる。
「……戻ろうか。今日はもう稼ぎも十分だし」
そう言うと、ゼルフィーさんは少し安心した様子だった。
俺が継続を提案するとでも思ったのかも知れない。
ノウェムは反対しない様子だった。
疲れを見せないが、やはり戦闘で緊張していたのか動きが少し鈍く感じる。
ただ、アリアだけは別だ。
「待ってよ! まだやれるわ。私が囮役を引き受けるから!」
ゼルフィーさんが深い溜息を吐くが、ここで二代目が言ってくる。
『ライエル、お前が帰還を宣言したんだ。アリアに納得させるんだ』
(こういうの、初めてなんだけどな……)
嫌だと思っても仕方がない。
疲れで失敗しては、今後の活動に影響が出てしまう。
それに、完全に疲れた状態で戻ると、途中で魔物に出会ったときに大変な思いをする。
「俺とノウェムが限界なんだよ。帰る頃にはヘトヘトになりそうだ。戻って明日に備えておきたい」
俺にそう言われて、アリアは黙り込んでしまう。
一人では流石に継続は無理だと理解したのだろう。
理解はしているが、納得をしていないアリアの表情を俺は見た。
「ほら、さっさと移動するよ。荷物の確認も急ぐ!」
ゼルフィーさんに言われて動き出した俺たちは、そのままダリオンの街へ帰還する準備に入るのだった。
すると、初代が俺にボソリと伝えてくる。
『ライエル、今日は少し顔を出せ。話がある』
きっとアリアの事だろう。そう思った俺は、首飾りになっている宝玉を触って返事をするのだった。
周囲を見れば、ノウェムが少しだけアリアに視線を向けていた。
睨み付けるわけでもない視線は、ただアリアを見てまたすぐに視線を自分の手元に戻していた。
荷物の確認をしているようだ。
(ノウェムは、アリアの事をどう思っているんだろう)
俺は、単純にノウェムの気持ちが気になるのだった。