バンデルフィア
カルタフスに到着すると、俺たちはすぐに荷物をまとめて移動を開始した。
ギルドからは現地に先に入った冒険者たちと合流する事を求められており、待ち合わせには現地のギルドを使用せず冒険者たちがあまり利用しない店へと向かった。
現地の冒険者たちを警戒しているにしては、あまり褒められたやり方ではない。
どうせベイムから来たのなら、カルタフスの王城に情報が入ってもおかしくないのだ。
ラルクは、女性を意のままに操れるスキルを持っている。いや、魅了するスキルだ。そのため、女性は単純に俺たちの敵と考えた方が良かった。
以前来たときと変りがないように見えるカルタフスだが、スキルの―― マップとサーチ ――を使用すれば、周囲に赤い反応がいくつも確認出来た。
規則正しい街並みを歩きつつ、俺たちは今日の予定を確認した。
「今日はこのまま指定された店へ向かいます。そこで情報の確認をしてから、今後の対応を考えましょう」
“全員”に伝えると俺は前を見て先頭を歩いた。
後ろからは、エアハルトが荷物の少なさに違和感を覚えつつも、俺のスキルである『ボックス』を便利だと思ったようだ。
「お前、こんなスキルも使えるのか? 何気に凄く便利だよな。全員の荷物とかしまいこめるし」
俺は周囲に聞き取れるような声で。
「アハハ、魔力の消費が大きいから、あんまり使えないけどね。おかげでパーティーだと魔法をメインで使えないんだ」
周囲で聞き耳を立てている反応はいくつもあった。情報収集をしているのは、どうやらラルクたちだけではないらしい。
エアハルトは、仲間を見ながら。
「おい、誰か支援系のスキルとか覚えた方がいいんじゃないか?」
そう言うと、仲間たちは首を横に振るのだった。
「選んで覚えられるなら苦労するかよ。ただ、確かに支援系もいいよな。単純に強化系でも発現すれば嬉しいんだけど」
すると、ダミアンが歩きながら肩をすくめた。メイドを三体も引き連れている姿は、周囲の注目を集めていた。
「もっとパーティーで考えたらどうだい。羨ましいからスキルが欲しい、じゃなくてさ。自分が欲しいと思うのも大事だし、パーティーでどんな役割を自分が担っているかも大事だよ」
ダミアンがアドバイスをするのは珍しいと思っていると、メイドたちがニコニコしていた。
「ご主人様が楽しそうですね」
「今回の旅行はデータが増えて仕方がありません」
「永久保存決定ですね」
いつものようになにを言っているのか理解出来ない。ただ、ダミアンも今回の船旅を楽しんだことには間違いないようだ。
マクシムさんもエアハルトたちに。
「スキルは心の奥底の願いが影響するともいうぞ。俺はこんな感じだが、発現したのは後衛系で魔法関係だ。単純な強化系にも憧れた時期もあるが、今は自分のスキルで良かったと思っているよ」
エアハルトは腕を組んで考え込んでいた。
「その辺、俺は早い内にスキルが発現したから、あんまり分かんないんだよ」
ダミアンはエアハルトを見ながら、杖を担いで。
「たまにいるね。スキルが妙に馴染む人間。というか、そのスキルと相性がいい人間がさ」
俺はスキルに関してアドバイスをするのだった。
「ま、自分がどんなふうになりたいか想像して、今のまま鍛えていけば手に入るよ。手に入れば、あとはスキルを磨けばいいし」
エアハルトの仲間が、俺たちを見ながら妬むように。
「スキルを持つ奴らは、みんなそんな事を言うんだよな。もっと具体的に言って欲しいぜ」
エアハルトが、そんな自分の仲間に言う。
「だから言っているだろうが! 強くなりたい、って願って鍛えれば手に入るんだよ!」
マクシムさんが左手を額に当てて。
「……それで理解出来れば苦労しない」
俺は言う。
「ギルドでも図書館でも行って、どんなスキルがあるのか調べて欲しいスキルを想像してみるといいよ。結構……効果はあるはずだから」
イメージするというのは大事だ。スキルを使用するには、スキルを使用する肉体を得る事を意味している。
一つ覚えれば、体はスキルを使うための体に変るのだ。後から外すことも、加えることも基本的には出来ない。
話していると、予定していた店に到着した。そこには、沢山の赤い反応が固まっており、少し離れた場所にいくつか反応があった。
店の前に来ると、俺は深呼吸をして。
「……入りますか」
そう言って覚悟を決めて入るのだった。
――迷宮近くに拠点を用意している別働隊。
そこで、周囲の森に入ったミランダはエヴァを連れていた。
森に関してはエヴァの方が詳しく、トラップを仕掛ける際にもアドバイスが貰えるからだ。
ただ、今回襲撃を予定している冒険者の中には、当然だがエルフも確認出来た。
「これでよし、っと」
ミランダがトラップを仕掛けると、エヴァはソレを見て首を傾げるのだった。
「そんなトラップ、すぐに見つかるわよ。歌い手である私だって気付くくらいだし、森で狩猟を続けたエルフがいたら一発で見破るわよ」
自分よりも森に慣れたエルフがいる事を、エヴァは隠さない。何しろ、エヴァの一族は森を捨てて旅を続ける一族なのだ。森の出身であるエルフと比べれば、明らかに実力が劣ると分かっていた。
ミランダは言われると。
「それでいいのよ。トラップがあるぞ、って教えているんだから。それよりも、この周辺が森になっているのは問題ね」
ヴァルキリーズが上手く戦闘を出来ない地形だ。経験を積めば、ある程度は対応出来るとダミアンが言っていた。
だが、それでも今まで経験を積んできた冒険者と比べると、明らかに経験が足りていない。
エヴァは周囲を見ながら。
「ここは魔物も多かったから、準備が遅れて大変よね。ライエルたちと比べて、どっちが大変かしら?」
ライエルのところは数が少ない。だが、数の多い自分たちには、それだけの数を当ててくるとミランダも理解していた。
「数の上だとこっちが厳しいかもね」
得られた情報からでは、規模にして五百人規模の傭兵団が一つ。そして、百人規模の迷宮専門の冒険者パーティーが一つ。あとは数十人規模のパーティーがいくつか。
そして、中でも注意するべきは【マリーナ】だった。ソロで冒険者をしている変わり者と思われがちだが、それだけの力を持っているという事でもある。
希にいる化け物の類いである冒険者で、下手なパーティーならたったの一人で殲滅出来るだけの力を持っていた。
東支部の冒険者であるマリーナが、要注意人物となっていてミランダも溜息を吐いた。
「まったく、ライエルも無理な注文をしてくれるわ」
ライエルの注文。それは、とても難易度が高いものだ。
エヴァはそんなミランダを見ながら。
「何か言った?」
「独り言よ。次に行くわよ。今日中に設置しないと行けないトラップは、まだあるんだから」
エヴァに案内させつつ、ミランダは森の中を進むのだった――。
――集まったのは七百五十名。そして、ソロであるマリーナを加えて、七百五十一名だった。
ほとんどが後方支援を専門としており、実際に迷宮討伐に挑んでいるライエルパーティーの居残り組みを襲撃するのは、多くても二百人というところだった。
戦争でも始めるように、傭兵団が天幕を張って他の冒険者たちを迎え入れていた。
迷宮を専門とする冒険者たちも集まり、本当にちょっとした軍隊という感じだ。
しかも、ベイムでも実力のある冒険者たちだ。雰囲気は浮ついてはいても、どこかで鋭い雰囲気を持っていた。
マリーナはそんな集団の中で、積み上げられた木箱に座っていた。背が高く、ボサボサの黒い髪は手入れをしていないが、ある程度の艶を放っていた。
鍛えられた腕は、袖をまくっているので見えていた。手には酒瓶を持っており、それを口に運んでは周囲の馬鹿騒ぎを聞いていた。
一人が好きなのではない。こうした騒ぎの中にいるのも、悪くないとは思っていた。
だが――。
「まったく、今日は興奮して寝られるか分からないね」
小さい頃からベイムで仕事をしていた。最初に登録をしたのが東支部で、後から移るのが面倒だったのでそのまま東支部で仕事をしてきた。
何度もパーティーに誘われ、試しにパーティーに加入してみたこともある。だが、マリーナにはあわなかったのだ。
戦闘が好きだった。代々、受け継いできたスキルは、マリーナの一族をスキルに馴染ませ、そして独特のものに変化してきた。
そのせいか、とても好戦的になっており、そんなマリーナを使いこなすか利用出来る冒険者がいないのだ。
ただの好戦的なら問題ないが、それ以外にもいくつか問題があった。野生とも言うべきマリーナの本能が、自分よりも弱い相手に従うのを認めたがらない。
そうしてまた酒瓶を口に運んだ。口から酒がこぼれるが、左手で拭うだけでマリーナは気にもしない。木箱の上にある酒のつまみである肉を左手に持ってかぶりつく。
そんなマリーナに声がかかった。
傭兵団を率いる団長と、冒険者パーティーのリーダーだ。
「よう、マリーナ! いつも豪快だな」
マリーナもベイムは長く、冒険者として戦争にも参加したことがある。そのため、こうした傭兵団や、冒険者の知り合いは多い。
有能であれば、向こうからいくらでも声をかけてくるからだ。
コミュ障のマリーナでも、大丈夫なのである。
傭兵団の団長は陽気だった。逆に迷宮専門の冒険者のリーダーは陰気だ。暗い感じで、口数が少ない。
「久しぶりだな。例の件は考えてくれたか?」
マリーナは夜空を見上げながら。
「例の件、ね。いくら誘われても無駄だよ。私には一人が向いているんだ。なんなら、私を打ち負かして従えてみるかい?」
挑発的なマリーナの視線に、リーダーは首を横に振った。傭兵団の団長は、マリーナの冗談に冗談で返す。
「よしてくれ。俺は押し倒す女は好みの女だけにしているんだ」
マリーナは鼻で笑う。
「はっ! 戦場で女を襲っておいてよくいうね」
団長はニヤリと下卑た笑みを浮かべ。
「それが戦争だ。楽しいぞ。お前も一度やれば病みつきになるぜ」
襲撃を任されるだけあって、実力もあるが見せしめのために徹底的にやれる人材を南支部は選んだようだ。
(あの坊や、随分と嫌われているね。もっと上手く立ち回るタイプの人間だと思ったんだが……まぁ、いい)
そして、リーダーが口を開いた。
「今日から相手の様子を探る。お前には要注意人物を襲撃して貰う事になるが、準備は出来ているか?」
ギルドは、ライエルが麒麟を従えている情報を掴んでいた。そして、可能性として一人の少女が麒麟に化けている、もしくは麒麟が化けているのではないかと結論づけていたのだ。
それが、メイだった。
そのメイに、冒険者の中で指折りの戦闘力を持つマリーナをぶつけるのである。
「私の獲物だ。奪うんじゃないよ。横取りするようなら……殺すよ」
マリーナの本気の眼光だが、二人は怯む様子もなかった。それだけ場数を経験している証拠だ。
ただ、同時にマリーナは不安もあった。
(こいつら、簡単な仕事だと思っているな。足下をすくわれないと良いけどね)
団長が言う。
「怖いねぇ。まぁ、お前の獲物には手を出させないぜ。他は貰うけどな。おい、リーダーさんも分かっているよな?」
リーダーは団長を見ないまま。
「構わない。こちらは奴らの見つけたもう一つの迷宮に用がある。俺たちのような管理された迷宮のみを活動拠点にしていると、どうしても最奥の間に挑戦してみたくなるんだよ。最奥の間の財宝を貰えるなら、こちらは他に興味があるのは報酬だけだ」
管理された迷宮に挑むだけでは、最奥の間でしか手に入らない財宝を得られない。それは、冒険者たちにとっても不満の一つだ。それを解消出来る機会があると聞いて、この話に飛びついたのだ。
互いに欲しいものがかぶらない。だから協力出来るのだ。
マリーナは、空を見上げて。
「さて、もうすぐとなると……あと三日くらいか」
その言葉に、団長は笑っていた。
「惜しいな。二日後だ。偵察にやったうちのエルフが、奴らはあまり森に慣れていないと見抜いた。わざとらしくトラップも仕掛けてはいるが、指揮官がいない連中は脆いぜ」
指揮官であるライエルの不在は、パーティーの戦力を大幅に削るとギルド側は考えていた。間違いではない。
「楽しくなるな。美人が多いから、うちの若い連中も張り切ってやがるんだ」
団長の笑顔に、マリーナは視線を逸らした――。
「そうかい。精々、足下をすくわれないようにするんだね。私の依頼は、あのお嬢ちゃんを仕留める事だ。それ以外はしないよ」
――カルタフスの酒場。
先にベイムからカルタフスへ来ていた冒険者たちは、ライエルたちとの接触を果たしていた。
女王の居場所に関して有力な手がかりがあると説明し、ライエルたちに偽の情報を与えたのである。
そして、そこは自分たちが仕事をするのに、とても都合の良い場所だった。
若い冒険者が、リーダーである男に言う。
「なぁ、リーダー、あいつを仕留めたらそのまま帰るのか? 調べてみた限りだと、女王様は城の地下牢だ。しかも、本気で救い出したら婿にするとか言い出しているらしいじゃないか」
酒の席だ。リーダーである壮年の男は、若い冒険者を笑った。
「馬鹿、夢を見すぎだ。そんなの、助かりたいか何かの冗談だ。それにな、貴族の暮らしなんかつまらないぜ。それが王族なら尚更だ。お前、少しは社会を勉強しろよ」
若い冒険者は口をとがらせる。
「なんだよ。夢くらい見ても良いだろうが」
リーダーは言う。
「だが、救い出して名声と報酬を得られるのはいいな。お前、もしも誰かを婿に、って言われたら推薦してやるぜ」
それを聞いた若い冒険者は、リーダーの空いたコップに酒を注ぐのだった。
そんな様子を少し離れた位置で、茶髪で無精髭の男が聞き耳を立てていた。酒をチビチビと飲みながら、周囲の話に耳を傾けていたのだ。
しばらくして店員を呼んで、金額を聞くとテーブルの上にお金を置いて席を立った。
リーダーはその男に違和感を覚え、仲間に視線で指示を出す。
二人が立ち上がって店の外に出ていくが、店員は二人を追うことはしなかった。前もって金額は受け取っているからだ。
そして、しばらくすると二人の冒険者が戻ってきた。一人は店員の方へと向かう。
一人がリーダーの席に近付くと。リーダーが口を開いた。
「どうだった?」
「普通に民家に入っていきました。中の会話を聞きましたが、喧嘩をして飛び出した旦那でしたね。一応、店員に確認を取っています」
すると、店員のところへと向かった冒険者が戻ってきた。
「何度か見た事があるそうです。あまり酒は飲まないそうですが、それでも随分前から店で何度か見かけたことはあると」
リーダーはそれを聞いて安心するのだった。
「そうか。ならいい。ご苦労だったな」
そう言って、二人の冒険者は少し離れた席へと移動していった――。
――ラウノは、胸をなで下ろしつつ幼馴染みにお礼を言うのだった。
「悪いな、ディンゴ」
「もう、戻ってきているなら言ってよね。こっちにも準備があるんだから!」
苦笑いをするラウノは、民家の椅子に座ると溜息を吐いた。
「まったく、故郷でこんな仕事をするとは思わなかったぜ」
すると、ディンゴ……オカマ口調の男性は、ラウノにお茶を用意するのだった。部屋の奥からは、ディンゴの妻が出てくる。冒険者を騙す会話をしたのは、ディンゴの妻だった。
「バンデルフィアさんが急に来て、変な事を頼むんで驚きましたよ」
笑う奥さんを見ながら、ラウノは苦笑いをした。
「家名は捨てたんだ。止めてくれ。ラウノでいいさ」
奥さんは肩をすくめた。
「まったく……。それにしても、私が酒を飲まないのに、なんであんたがあんな会話がポンポン出てくるのかしら?」
ディンゴがそう言うと、奥さんは口元に手を当て。
「女は生まれたときから女なのよ。この程度、出来て当然なの」
ラウノは幼馴染みである騎士であるディンゴが、奥さんの尻に敷かれているのを見て笑うのだった。
そして、思う。
(まったく、故郷に久しぶりに帰ってきてみれば……)
そうして、思い出すのはイニスとの会話だった。ラウノは、ライエルたちに同行してカルタフスに来ていたのである――。




