男ばかりの旅
――宝玉内。
ミランダとシャノンは、ミレイアと対峙していた。
息を切らすミランダは傷だらけで、シャノンの方は座り込んでいた。二人ともミレイア一人に、まったく手も足も出ていない。
そんな様子を見ながら、ミレイアは手に持った銃の弾丸を入れ替えていた。
『あら、諦めるのが早いわよ。まだ、二人して三十回も死んでないもの。普通では味わえない経験なんだし、もっと楽しまないと』
ミランダの性格と容姿、そしてシャノンの魔眼の力を併せ持つミレイア・ウォルトを前にして、二人は攻撃を当てることも出来ていなかった。
ただ、ミレイアもいたぶるだけではない。
溜息を吐くと、銃をしまって二人に話をするのだった。
『さて、少し休憩を挟みましょうか。ライエルがカルタフスに行くまで時間もないけど、最低限の事は伝えておかないとね』
ミランダが汗を拭うと、怪我が消えて汗も引いていた。
「最低限? これが?」
ミレイアは笑顔で頷いた。
『そうよ。だって、ウォルト家の血を引きながら、この程度では許されないわ。それにね、シャノン……あなた、本気を出せばもっと凄い事だって出来るのよ』
シャノンはミランダを掴みながら立ち上がりつつ。
「す、凄い事?」
『そうよ。何しろ、私に出来てシャノンに出来ない訳がないもの。魔力の流れを見られると言うことは、魔力の流れに干渉出来るという事だから。あ、そうだわ。ちゃんと読み書きは勉強しているのかしら?』
ミレイアの質問にシャノンは視線を逸らした。それだけで、ミレイアにはシャノンが言いつけを破ったのが理解出来たようだ。
一瞬でミランダとシャノンに近付くと、シャノンの頭を掴んだ。
『シャノンちゃん……私、言ったわよね? 読み書きも勉強しなさい、って。魔力のこもったインクなら、外でも線が見えるのよね?』
片腕でシャノンは持ち上げられ、ジタバタとする。
「痛い! 痛いです、曾お婆さま! 違うの! 文字を覚えるついでに、絵を描こうとしたらそっちが楽しかったの!」
駄目な言い訳をするシャノンを見ながら、ミランダは思うのだった。
(……魔力の流れ、体内の魔力操作を極めたら、こんな事が可能なのかしら? これだけなら、曾お婆さまはセレスにも匹敵するわね。これだけなら)
ミレイアも強い。だが、セレスと向かい合ったミランダからすれば、まだ足りないのも事実だった。
そんなミレイアにも勝てない自分では、セレスの足下にも及ばない。
「はぁ……曾お婆さま、もう一度戦って貰えますか?」
ミランダの言葉に、ミレイアは微笑みながらシャノンの頭部を掴んでいた手を離すのだった。
床に落ちたシャノンは、お尻を打ったのか手でお尻をさすっている。
『いいわよ。その向上心……嫌いじゃないわ』
ミレイアは、ヒラヒラした袖から銃を取り出して構えたのだった――。
トレース家の船がある港には、俺とマクシムさん、そしてダミアン……全員で“四人”が揃っていた。
蒸し暑く汗が流れる中、俺は悔しそうにダミアンのオートマトンたちを見るモニカを見ていた。
「なんで私が留守番で、量産品が同行するんですか。私が……私が、一番チキン野郎のことを理解しているというのに!」
俺は溜息を吐きながら。
「なら俺の気持ちを理解してくれよ。そんな芝居はしなくていいから、手筈通り動けよ。屋敷の方は大丈夫か?」
モニカはハンカチを噛みしめていたのに、いきなり真顔になって姿勢を正すと俺の質問に対して丁寧に答えた。
「はい。引き払う段階でお掃除まで完璧です。ただ、売却するにあたって、かなり買い叩かれました。急いで逃げるように出て行くわけですから」
「それは良かった。しばらく住んでいたから、愛着もあるんだよね。あそこを戦場にしたくない」
準備は進んでおり、屋敷の売却も行なっていた。すでに大半の荷物は新しい拠点に移動させており、そこで準備も進めている。
木箱に座っているマクシムさんは、槍を肩にかけて溜息を吐いていた。
「はぁ……お嬢様は大丈夫だろうか」
その様子を見ていたダミアンは、眼鏡を指先で押し上げながら。
「今朝も会っていて、もう心配しているのかい? これからの旅を考えると、当分は会えないんだ。少しは信用してあげればいいよ。というか、いきなり役に立つか怪しくなっているんだけど? ライエル、本当に大丈夫なのかな?」
俺はマクシムさんがここまで落ち込むとは考えていなかったが、きっと実戦が始まれば少しはマシになると期待して頷いておいた。
「大丈夫、かな? まぁ、その辺は様子を見るとして――」
そう言うと、ヴェラが近付いて来た。いつものように赤い服装だが、今回は船で同行を断ったので、長めのスカートを履いていた。
普段よりも髪の毛に艶がある気がした。きっと、セットに時間をかけたのかも知れない。
きっと、四代目がいれば褒めろと騒ぎ出した事だろう。
「ライエル!」
ヴェラが嬉しそうに手を振ってくると、モニカが少し俯きつつ。
「けっ、ツーサイドアップなのか、ツインテールなのかハッキリしろよ。いいとこ取りとかどういうつもりだよ。黒髪のツインテール……くそっ、的確に男心を抉りに来て」
などと言っているが、俺は無視してヴェラの方へと向かった。近付くと、ヴェラが俺の方に腕を伸ばしてきたので、ほとんどくっつくような形だ。
港でイチャイチャしていると思われ、実際にそうなのだが、周囲の視線を集めていた。
気が付くと、その後ろではヴェラの妹であるジーナが俺たちを見ていた。傍ではロランドもいる。
だが、俺のスキル―― サーチ ――は、ヴェラやロランドを青で表示しているが、ジーナを赤で表示していた。
「ヴェラ、見送りありがとう。それにしても、今日は随分と髪の艶が良いね。それに、なんだがいつもと雰囲気が違うや」
「こ、こら! そういうのを、普通に言わない。というか、あんたは最近になって口が上手くなってない?」
嬉しそうにしているヴェラを見つつ、笑ってごまかすと笑顔でジーナが話しかけてくるのだった。
「姉さん、もうその辺で。それと、ライエルさん」
「なにか?」
笑顔のジーナは、スキルで真っ赤に表示されていた。明らかに敵意を持っているのに、表情でそれを察するのはきっと難しいだろう。
「ギルドの依頼だとは聞いていますが、ちゃんと戻ってきてくださいね。でないと、姉さんが悲しみますから」
――本当に、スキルがなければ彼女の真意を知ることが出来たか怪しい。流石は、トレース家の次女というところだろう。
「分かっていますよ」
すると、ロランドも俺に対して。
「本来なら当主様も見送りに来る予定だったのですが、最近ではガレリアとルソワースの港の権利で忙しいので」
三代目が、その言葉を聞いて少し悲しそうに宝玉の中で呟いた。
『……フィデル君。きっと、今は楽しいんだろうね』
こいつ、全てを知っていてそんな事が言えるんだから、相当腹黒いのは確定している。
ヴェラに挨拶のため抱きつくと、俺は耳元で囁いた。
「ヴェラ、ジーナには気を付けろ」
すると、俺の言いたいことを察したのか、ヴェラは笑顔で俺に頷いて見せた。俺に対して問い詰める様子もないことから、何かしら姉として感づいているのかも知れない。
少し離れた場所では、モニカが俺たちを見て。
「フィーバータイムでもないのに、チキン野郎があんなふうに女性の相手を……純粋だったチキン野郎を返して! 返してよ!」
相変わらず五月蝿い奴だと思っていると、俺とヴェラを見ている集団がいた。
エアハルトたちだ。
五人組で、装備も調えており必要そうな道具も持っていた。俺とヴェラが抱きついているのを見て、エアハルトが笑顔で。
「俺、やっぱりお前の事嫌いだ」
そう言ってくるのだった。
――フィデルは、屋敷で部下からの報告を聞いていた。
幾分楽しそうなのは、港の建設が順調だからだ。ただ、ガレリアは順調だが、ルソワースの方が少し遅れている。
それでも計画の範囲内だった。
「フィデル様、ガレリアの方は次期公王のレオルド様が陣頭指揮を執り、順調に開発が進んでおります。港町とその周辺の街道整備も順調ですので、予定よりも早く港を利用出来そうです」
もう一人の部下は、少し不安そうにルソワースの状況を説明するのだった。
「ルソワースでは現場で指揮を執る者が不足しています。ガレリアに対抗意識があるらしく、無理をしてしまいそうで心配です……その」
不安そうな部下に、フィデルは顔を向けた。
「どうかしたのか?」
すると、不安そうな部下は、今回の一件を反対し始めるのだった。
「フィデル様、いくら当家でも二つの港を開発するための援助、加えて新型の船をもう一隻用意しては、何かあれば傾いてしまいます。ここはルソワースかガレリア、どちらかの利権を放棄して、他の商家と共同で――」
共同で開発して利益を分配しよう、という発言にフィデルは激怒する。
「トレース家がどれだけあの小僧に投資してきたと思っている! 他の奴らが投資したかね? していない! 投資した者たちにはそれなりの額で利用させてやるし、見返りも用意している。先見の明がない者たちまで救う必要はない! それに、だ……最近、連中は戦争で儲けすぎていたのだよ。少しは改めんと、ベイムは死の商人の都として周辺に拒絶される。それが分からんから駄目なのだ。四ヶ国連合が成立すれば戦争は減る。それを理解しないで――」
自分の家も武器を売り、そして戦争で儲けてきたのにフィデルは溜息を吐いていた。
ただ、ベイムがこのままではまずいとはいうのは理解しているらしい。そのために、武器以外の商品も扱っているのだ。
「――とにかくだ。このまま内側ばかりに目を向けている時期でもない。大陸一の都などと言われて内側ばかりに目を向ける体質は改善するべきなのだ。そうしなければ、ベイムは――」
そこまで発言すると、もう一人の部下が口を挟んできた。
「フィデル様、そろそろ予定のお時間です」
「む? そうか。そう言えば、ヴェラはあの小僧の見送りだったな。大事な船を貸せ、などと言い出しおって……それを貸し出すヴェラもヴェラだ。確かにあれはヴェラ個人の持ち物だが……」
ブツブツ文句を言いながら立ち上がるフィデルは、部下二人を連れて部屋を出るのだった。
そんな中で、不安そうな部下がフィデルを見る目には少し決意を固めたような光が宿っていた――。
ヴェラ・トレース号の船上。
俺たちは甲板に出て今回の依頼の事を相談していた。表向き、俺たちはラルクを討伐して、女王の救出がメインである。
サポートにエアハルトたちを雇ったが、仕事がなければ怪しまれてしまう。そして、エアハルトたちの命を守るのも、俺が引き受けた依頼だ。
マリアーヌさんからは、ちゃんと報酬である情報を受け取っているので依頼は果たさなければならない。
それに、なんだかんだと言っても、エアハルトたちを見捨てるのは忍びなかった。
エアハルトは俺たちを指差して。
「おかしいだろ! 普通はもっと……なぁ!」
訳が分からないという感じで、自分の仲間である四人に視線を向けたエアハルトに、四人も頷いていた。
事の発端は話している時に、ラルクのスキルの話しになったのだ。女性に効果のあるスキル――それを聞いて、それがあれば俺も少しは女に人気が出るのかな? などと冗談を言ったエアハルト。
しかし、その冗談を聞いた俺たちの反応が、とても許せなかったようだ。
俺の場合。
「いや、スキルとか必要ないし」
ダミアンは。
「僕は唯一無二の女性を作り出すから、正直に言って興味ないね」
マクシムさんは恰好いい表情で――。
「アデーレ様こそ究極。他に興味はない!」
――言い切っていた。
すると、エアハルトは全員が車座に座っているのに、立ち上がって身振り手振りを使用しつつ声を張り上げた。
「お前ら、性欲とかないのかよ! 普段どうしてるんだよ! あ、ライエルはいいや。どうせ非童貞だろうし」
その発言を聞いて、俺も黙っていられないので立ち上がった。周囲には船員たちもいて、俺たちの話を聞いているのだ。この話が、ヴェラに知られたら大変な事になる。
「訂正しろ! 俺は童貞だからな! しかも、俺の場合、かなりデリケートな問題だからな! 童貞でないと駄目なんだよ! 訂正しろ、こらぁぁぁ!!」
エアハルトに掴みかかると、俺の真剣さが伝わったのかすぐに訂正してくれた。
「え、あ……す、すみませんでした」
そして、ダミアンたちはそんな俺を呆れた表情で見ていた。そして、堂々と宣言する。その表情に一点の曇りもなかった。
「まったく、理解出来ないね。唯一無二の存在のために大事に残しているんだ。童貞の何が悪いんだい? あぁ、僕は童貞だよ。それがなにか?」
マクシムさんも頷いて。
「そうだな。まったくもって同意見だ。むしろ、お前らは童貞じゃないのか? 恋人でもいるならそれもいいが……」
疑うようなマクシムさんの視線に、エアハルトたちは視線を逸らしつつ。
「い、いけないかよ。自分で稼いだ金だぞ。ちゃんと遊ぶ金として用意したんだ。借金もしていない。娼館に通って悪いかよ!」
なんと、エアハルトたちは娼館に通って童貞を捨ててしまったようだ。なんと言うことだ……その手があった。
俺は膝から崩れ落ちて両腕を床につくと。
「そ、その手があった。そうすれば、誰が俺の童貞を、などという変な話にならない。俺、戻ったら娼館で童貞を捨ててくる!」
冗談のノリでそう言うと、エアハルトたちが微妙な表情で俺を見ていた。面白くなかったらしい。
というか、男同士での旅と聞いてむさ苦しいと思ったが、意外にも楽しかった。いや、想像以上に解放的だった。
ダミアンが言う。
「そう言えば、女性の裸を観察したかったんだよね。そうか、娼館か……小さい胸の女性にモデルになって貰おうかな?」
すると、ダミアンの近くで待機していたオートマトンの一号、二号、三号が、ハンカチを噛みしめて悔しがる。
「我々という究極の存在が傍にいるのに」
「胸か。この胸が……洗濯板を羨ましいと思うとは」
「ヴァルキリー一号の洗濯板オートマトンに鼻で笑われたのを思い出しますね」
そんな中で、マクシムさんだけはブレなかった。
「はぁ、ライエル殿、そんな事で解決するほどに甘い問題ではありません。というか、誰でも良いとか許されませんよ。その後に新しい問題が出てくるだけです。止めてくださいよ……痴情のもつれで背中を刺されて死亡とか、最低の結末ですから」
もちろん、それも理解している。宝玉内では、クスクスと笑うミレイアさんの声が聞こえてきた。
『フフフ、聞いちゃった。ミランダに教えちゃお! ライエルは、他の女の子で“はじめて”を捨てる、って』
……そうだった。宝玉内にはこの人がいるんだった。男だけの楽しい旅が、ここに来て急に監視付きだと俺は思い出すのだった。




