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セブンス  作者: 三嶋 与夢
逸話とかかなり曲解されて伝わっているかもね十二代目
215/345

魔女たち

 ――睨み合う両陣営に動きが出たのは、それぞれの代表が先頭に立ってからだった。


 当初はグレイシア、そしてエルザの両名が先頭に立つという事はなかった。だが、急に二人がやる気を見せると、今まで以上の戦意を持って先頭に立っていたのである。


 周囲にはそれぞれ、裏切りや甘い汁を吸っていた者たちが整列している。


 曇り空。


 荒れた国境である戦場では、グレイシアが馬に乗って右手には自分の身長ほどあるスピアを握りしめていた。握る部分は長く、そして小さな盾で守られていた。


 怒気を放つグレイシアに、周囲の領主たちが。


「公王代理、供をつけずに戦場に出られては危険では? 今までも公王家の者が側にいたわけですし」


「飛び出すにしても、それでは我々の出番が――」


 困った様子で笑っている領主の一人を、グレイシアが睨み付けた。紫色の瞳には殺気がこもっている。


「それがどうした。貴様らも戦えば良いだろうが。それとも、私一人を今まで前面に出して後方に下がっていたのを忘れたのか?」


「そ、それは」


 領主の一人に、グレイシアは言う。


「……心配するな、あの魔女は私が押さえてやる。お前たちはお前たちで目の前の敵と戦え。それだけだろ?」


 何も言わせない雰囲気を察して、領主たちは今回だけはと頷くのだった。中には、下卑た笑みを浮かべている者までいた。


 グレイシアが戦い始めたら、危険だからと逃げるつもりのようだ。


 そんな領主たちの様子を見ながら、グレイシアは遠くに見えるエルザを睨み付けていた――。






 ――こちらを睨み付けるグレイシアに、エルザは少し高い位置から見下ろすような恰好だった。


 馬上で杖を担ぎ、メイスとして扱えるその杖でポンポンと肩を何度か叩いていた。


 周囲ではいつもと雰囲気の違うエルザに、兵士たちが困惑している。


「エルザ様?」


 エルザは無表情のままで。


「貴様らは目の前の敵と戦え。自ら志願したのだから、それぐらいはして貰うぞ」


 ただ、兵士をまとめる者が青い顔をして。


「そんな! エルザ様と魔女の戦闘に巻き込まれでもしたら!」


 エルザとグレイシアの戦いに巻き込まれれば死んでしまうと、訴えるがエルザは無表情で。


「それがどうした?」


 まったく聞く耳を持っていなかった。エルザにしても、グレイシアにしても、両陣営の裏切り者たちをぶつけるのはライエルの計画だ。途中で相手が裏切ったと思いつつも、その事を変更するつもりはない。


「い、いえ……」


 敵と内通していた兵士長が黙ると、エルザの髪が風になびいた。左手で顔にかかった髪をかき上げると、紫色の瞳が冷たく光る。


「今日は絶対に許さん。グレイシア……」


 エルザとグレイシア。両者の戦意はこれまでになく高まっているのだった――。






 ――突撃の合図を聞くと、ミランダはポーターの天井から前を見ずに後ろで自分にしがみついているシャノンの服の後ろ襟を掴んで。


「シャノン、ノウェムの位置を確認して。アリアもいれば教えてね」


 笑顔のミランダを見て、シャノンは激しく顔を上下させた。顔が見えているのではなく、魔力の流れでミランダが本気で怒っているのを感じたからだ。


 そんなミランダに抵抗するほどに、シャノンも馬鹿ではない。


 ミランダの近くでは、ポーターに乗っているクラーラが大きな杖を抱くように持って、眼鏡を指先で押し上げて位置を直す。


「ノウェムさんが、ミランダさんのせいにしたんでしたか? というか、ライエルさんがいなくなったのに気が付かなかったのは、ノウェムさんたちですよね」


 必死に動き出した戦場を見ているシャノンは何も言わないが、それを監視しているミランダはクラーラに。


「ライエルの事だから無事だとは思うけど、そのせいで計画が狂ったならノウェムには罰が必要よね。ライエルが罰を下さないなら、私たちで下すのが正しくないかしら?」


 クラーラは淡々と。


「正しいとまでは言えませんけど、ノウェムさんがどうしてそんな事を言ったのかは気になりますね。というか、私にもサポートをさせるつもりですか?」


 ミランダは笑顔で。


「そうよ。だって、私一人だと厳しいもの」


 ノウェムに対して勝てない、とは言わないだけミランダも大概である。クラーラは溜息を吐くと、今回はミランダ側につく事にした。


 ただ。


「まぁ、一番の問題は、ライエルさんが姿を消したことなんですけどね」


 クラーラはそう呟いた。そして、シャノンが大声で。


「いた! いました! 見つけましたよ、お姉様! 真っ直ぐこちらに向かってきています!」


 アワアワとしたシャノンがそう言うと、ミランダはクラーラに言うのだ。


「そう。アリアはいないのね。なら、クラーラ……ノウェムに近付いて貰える」


 クラーラは杖を動かすと、ポーターが動き出す。まるで装甲車のような姿であるポーターが動けば、戦場でも目立つ。


 ノウェムは、間違いなくこちらに来るとミランダは確信していた。


「さぁ、反省して貰うわよ、ノウェム!」


 激高するミランダの声を聞いたのか、ノウェムも馬に乗って真っ直ぐにこちらに向かってきていた――。






 ――馬上から飛び上がり、スピアを横になぎ払ったグレイシア。


 炎が周囲を覆う中で、目の前には氷の柱が出現していた。グレイシアの炎でも容易に溶けないその氷を作り出せるのは、エルザしかいない。


 氷の柱の上から杖を振り下ろしてくるエルザの一撃を、グレイシアはスピアで受け止める。


 とても魔法使いとは思えない戦い方をするエルザの一撃によって、グレイシアは地面へと叩き付けられようとしていた。


 しかし――。


「この裏切り者がぁぁぁ!!」


 グレイシアが左手を地面に向けて手の平を開くと、そこから炎が勢いよく噴き出して威力を殺して逆にエルザを押し返した。


 スピアで弾き飛ばすと、エルザは空中で体勢を一回転させてから立て直して着地した。エルザの作り出した氷が溶け、地面は水浸しだ。ただ、周囲の炎も勢いを弱めていた。


 熱風や冷気でおかしくなりそうな戦場で、二人は向かい合っている。


 エルザは杖をグレイシアに向けると。


「先に裏切ったのはお前だろうがぁぁぁ!!」


 周囲には数百の氷で出来た槍が出現した。グレイシアを囲むように空中に出現した槍の穂先は、とても鋭く冷気を纏って白い煙を纏っていた。


 それらが一斉にグレイシアに襲いかかるが、グレイシアはその場で少し足を広げて立つと自らの体から炎を吹き上げた。


 青白い炎がグレイシアの体を覆うと、突き刺さる前に氷の槍が蒸発して消えてしまう。


 蒸発して周囲が霧に包まれる中、エルザは杖を構えると杖の先端を凍らせて巨大な氷の剣を作り出した。それを片手で後ろに振るうと、霧が吹き飛んだ。


 後ろから本気でエルザを突き殺そうとしたグレイシアの一撃を、エルザは防いだのである。


 エルザの氷の刃が溶けるが、それを気にせずエルザは氷の大剣をグレイシアに振り下ろすのだが――。


「……ファイアーバレット」


 魔法使いが初級として扱えるバレット系の魔法は、致命傷を与えるのが難しい魔法でもある。小さな魔法の塊をぶつけると思えばいい。


 しかし、グレイシアクラスになると、バレット系はその発動速度から使い勝手が良かった。


 グレイシアのつきだした左手からは、数メートルの火球がいくつも撃ち出されたのである。


 エルザは舌打ちをしながら。


「ちっ……アイスウォール!」


 左手を横に振り抜いて自分の目の前に厚さにして十メートル超えの氷で出来た壁を作り出した。


 巨大な火球がぶつかると白い煙が発生し、そして壁が削れていく。


 そうしている間に回り込むためにエルザが移動を開始すると、エルザは自分の作り出した氷の壁を見て目を見開く。


 そこには氷の壁を突き破って来たグレイシアの姿があった。


 急遽、氷の盾を作り出すが勢いを殺しきれずにエルザが吹き飛んだ。濡れた地面は泥状になっており、エルザは泥まみれになる。舞い上がった泥が氷り、茶色の氷が周囲に柱をいくつも作り出していた。


 立ち上がると、エルザは自分の服を見て。


「この脳筋が!」


 水浸しになった周囲を全て凍らせるような勢いで、エルザを中心に冷気が吹き荒れた。グレイシアがその嵐のような冷気に視界を防がれると、足下が凍るのを感じた。


「この魔法馬鹿が!」


 纏っている青い炎の出力を上げ、グレイシアの周りは一気に氷が溶け始めた。


 戦場はこの地方の真冬を超えるような寒さに覆われ、時には夏を超えるような暑さが襲ってくるとんでもない状況だった――。






 ――違う場所では、ノウェムがミランダと一騎討ちをしていた。


 いや、ミランダはシャノン、クラーラのサポートを受けており、正確には一騎討ちではない。


 ノウェムが杖を大鎌の形状にしてミランダと戦っているが、魔法を使用するために動いた瞬間にポーターに乗るシャノンが。


「つ、次は炎が来るわ! 凄く大きな柱の奴よ!」


 ノウェムが魔法を行使する前に何を放つのか分かってしまい、その動作を潰すためにミランダが動くのである。


 魔法を使用出来ない状況下で、ノウェムは近接戦闘でミランダと戦っていた。


 短剣を二本もって、器用に戦うミランダはノウェムの大鎌の振り降ろしを短剣二本で受け止めるとそのまま蹴りを放ってきた。


 ノウェムは後ろに飛び退くと一言。


「足癖が悪いですね」


 いつもと違い、あまり感情の感じられない表情で呟くのだった。ミランダは笑顔を絶やさないようにしつつ。


「あら、ごめんなさい。それにしても、先回りして行動を潰しているのに、まったく崩れないわね。焦るとかないわけ?」


 ノウェムは後ろに回り込んだクラーラの気配を感じつつ、すぐに移動を開始した。


 エルザとグレイシアの戦場のように派手さはないが、周囲にはノウェムたちに襲いかかろうとした兵士たちが倒れていた。


 両陣営の兵士たちが、ノウェムたちなら倒せると思って近付いた。だから、泥状の地面に沈んでいる。


 ミランダが一度深く沈み込んでそこから一気に加速すると、ミランダの後ろでは泥が舞っていた。


 ノウェムはミランダの連続する攻撃をさばきつつ、互いに距離が近くなると――。


「……ライエル様の居場所を知っていますか?」


 ノウェムは先程からそればかりである。ミランダは笑うと。


「知らないわよ。でも、そうか……ノウェム、あんたその状態がそうとう取り乱しているわけだ!」


「ッ!」


 ノウェムの表情が少し変化するのを感じた。焦ったノウェムの隙を見逃すミランダでもなく、すぐに行動に出る。


 短剣を突き出すとノウェムが避けた。だが、ミランダは短剣を捨て、ノウェムのサイドテールを掴むと、強引に地面に頭部を叩き付けた。


 足払いも加えており、ノウェムは隙を突かれて地面に叩き付けられた。


 だが――。


「お姉様、離れて!」


 シャノンの言葉にミランダはすぐに飛び退くと、ノウェムの周りに風が舞っていた。地面の水が風で不自然な形で動き出し、ノウェムを中心に渦を巻いている。


 そして、ノウェムが地面に手をついて立ち上がると、周囲からは泥で出来た蛇が一つ、二つ、最後には九つも出現した。


 顔についた泥を拭うこともしないで、ノウェムは杖を槍の形状に変化させる。一つの大蛇がノウェムを頭部に乗せると、そのままノウェムを持ち上げた。


「やはりミランダさんは優秀ですね。その力をライエル様のために振るうことは感謝しています。ですが……図に乗るなよ」


 ノウェムのいつもと違う。淡々とした先程までの声とも違う。感情がこもったその声に、ミランダはゾクリと背筋に寒気が走った。


 だが、それだけだ。


「あんた、自分だけが実力を隠しているとか思ってないわよね? こんなのはどうかしら」


 ミランダの立っている地面が盛り上がると、そこには猫のような巨大な動物の姿が地面からゆっくりと姿を現す。


 その魔法を見て、クラーラが舌打ちをした。


「ちっ……ゴーレムの作成と操作、できるじゃないですか。もっと早くに言いなさいよ」


 シャノンはいつもより怖いクラーラから離れつつ、巨大なゴーレム同士が戦う戦場となった場所で、身を縮めるのだった。


 ノウェムはミランダを見ながら。


「猫ですか? 可愛いですよ」


 余裕という感じのノウェムに、ミランダは告げる。


「誰がここまで、って言ったかしら?」


 笑みを浮かべると、四本足の猫科の泥で出来たゴーレムが二本の足で立ち上がると、たてがみを出現させ牙をむき、そしてその背中から太い手を六本も出現させた。それぞれに武器を持ち、体は鎧で覆われると獅子の戦士がそこに姿を現す。


 大蛇と獅子の戦士が互いに目を光らせ、グレイシアやエルザの戦場に負けず劣らず目立ち始めていたのだった――。






 メイとエヴァ。


 二人と共に戦場から離れた丘で、戦争を見ながら俺は座り込んでいた。


 周りにはエヴァが連れてきたエルフたちがおり、戦場の様子を興奮気味にメモしている。中には絵を描いている者までいた。


 メイは座ってパンを食べており、エヴァは引きつった笑みで俺を見てくる。


 俺は戦場を見ながら。


「まるで嵐のようだな。ノウェムたちの方は巨大な魔物同士の戦いみたいだ。実に見応えがあると思わないか?」


 エヴァに微笑みつつ、髪をかき上げた。エヴァは首を横に振る。


「ライエル、なんであんたがここにいるの?」


 エヴァの質問に、俺は簡単に答えた。


「メイと一緒に来たからだ」


「なんで戦場の指揮を執ってないのよ」

「色々と事情があって、こちらの方が面白いからだ」


「なんで本気で二大戦乙女と、ノウェムたちが戦っているのよ!」

「俺のためだ!」


 美しい女性たちが、俺のために戦っているという事実に罪作りな自分だと思ってしまう。だが、必要な事なので止めに入らない。そう、まだ、だ。


 まだ止めに入る時ではないのだ。


「あんた、自分がこの状況を作り出したのを分かっているの? 後でどうやって収拾をつけるのよ!」


 俺は心配性で可愛いエヴァに、肩をすくめてみせる。


「安心しろ、エヴァ。……俺は美味しいところを持っていくのに自信がある。この際だ。戦乙女は戦場で告白させるのが相応しいと思わないか?」


 エヴァは左手で顔を覆い。


「増やすとは思っていたけど、二人同時とか馬鹿でしょ。それに、あんたこれだけ増やして皇帝になったら、また増えるわよ」


 俺は高笑いをする。


「フハハハ! 心配するな、もうおちている。あとは俺が拾い上げるだけだ。それとな……俺は皇帝になれば残りの人生、お前たちと民にくれてやる」


 真顔になると、やはり顔が良いからか何を言っても絵になってしまう。きっと周囲のエルフは、俺の神々しさを末代まで伝えるだろう。


「……ニヒルの娘さん、変な男に捕まってない?」

「でも、あれくらいの方が楽しそうよね。でも、聖騎士のイメージが崩れるからあんまり見ていたくないわ」

「少し残念な方が、完璧じゃなくて面白いわよ。ほら、意外性とかあって」


 周囲が俺を正確に評価出来ない。分かってはいたが、やはり俺は孤高なのだろう。


「ふっ、皇帝になる前から孤高と言うことか。生まれながらにして皇帝に相応しい男だな、俺!」


 そんな俺に、パンを食べ終えたメイが一言。


「ライエル、僕の知っている孤高と意味が違う気がするよ」


 メイに孤高というものを理解させなければいけないらしい。エヴァは俺を無視して戦場の様子をメモしていた。少し頬が赤いのを見て、やはり照れ隠しなのだと気が付く。


「ま、それは置いておくとして、だ。どのタイミングで突入するか……タイミングが大事だからな」


 俺は、登場するタイミングに思案するのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 215話まで読みましたが、皇帝になれば残りの人生、お前たちと民にくれてやるってめっちゃかっこいいと思いました。 [一言] 気付けばシャノンが1番好きになっていました。
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