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セブンス  作者: 三嶋 与夢
逸話とかかなり曲解されて伝わっているかもね十二代目
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もっと争え

 清々しい曇りの空だった。


 絶好の戦争日和の中で、俺は木箱を積み上げて二段目の上に座りつつ周囲で踊っているヴァルキリーズを見下ろしていた。


 そんな俺を見上げているノウェムとアリア、それにメイは呆れた表情をしており、エルザさんはオロオロとしていた。周囲の視線が俺に集まっているが、いつも注目を浴びているのでこの程度では満足出来ない。


 ヴァルキリーズがそれぞれ違った踊りを踊りながら俺を円の形で囲むように動いており、まるで変な儀式のようだった。


 綺麗に踊っている者もいれば、逆立ちして足を激しく動かし回転している者もいる。それぞれに個性はあるのだが、それらが同じように円を作って動けば不気味に見えた。


 だが、これが俺の快気祝いだと言うから、嬉しくも感じる。


(俺はなんて幸せ者なんだ。少し不気味な感じだが、こんなに思われて……やはり、俺は愛されるために生まれてきた男だな)


 俺はそんなヴァルキリーズを見下ろしながら。


「個性を出そうと統一感がないな。逆に個性を感じられない。だが、お前らが喜んでいるのは理解した。このライエル・ウォルト……今日も絶好調だ! もう、何も心配はいらない!」


 木箱の二段目の上に立ち、俺は両手の拳を天に突き上げて顔も天を見上げた。


「ふっ、天も祝福してくれているな。今日は曇りで日差しが強くなくていい」


 晴れだろうと雨だろうと、ましてや雹が降っても結局は幸運なのだ。どんな天気でも愛せる男が、天に愛されるのである。


 そうした持論を思い浮かべていると。


「む、いい事を思いついた!」


 だが、下から聞こえる。怒鳴るように、そして何かを願っているようなアリアの切実な顔を見下ろしているのは悪いと思い、俺は木箱の上からジャンプして――。


「とう! そして綺麗な着地!」


 俺はアリアの目の前に着地すると、一度深くしゃがんで着地をしたので立ち上がった。すると、アリアが持っていた槍の柄の部分で俺の頭を叩く。


「痛いじゃないか。嫉妬か? 飴玉ならまだあるぞ」


 俺がポケットを探ると、アリアは。


「この馬鹿! こんな変な儀式はさっさと止めなさいよ! 見なさい、周りがなんか怯えているじゃない!」


 ルソワースの兵士たちが、遠巻きに踊っているヴァルキリーズを見ていた。不気味なのか、全員が変な顔をしていた。


「変な儀式とは失礼な。俺の快気祝いで踊っているだけだ。まだ表情が出ないらしくて、感情を表現するために踊っているだけなんだよ。そう思うと可愛いだろ?」


 ノウェムが首を横に振りつつ。


「ライエル様、もう少しで戦争が始まります。士気を下げる行動は控えた方が宜しいかと。戦場に絶対はありませんので」


 ノウェムに叱られた俺は、仕方ないので踊りを中止させた。稼働しているヴァルキリーズが、俺の体調不良を心配してこちらに全機集まっているので、ガレリアの状況が分からないのだ。


「仕方ない。ノウェムがそこまで言うのなら。お前たち、踊りはそこまでだ。次は統一性を重視で頼む」


「またやらせるの! あんた馬鹿なんじゃないの!」


 アリアの言葉に、俺は笑顔で。


「ふっ、理解されないなら、俺は馬鹿と呼ばれてもいい。ただ、己を貫くだけだ」


 恰好いい台詞を言うと、やはりエルザさんが頬を染めていた。流石は俺だ。もう相手がおちかけている。自分の魅力が怖くなるが、セプテムの力はセレスが俺から奪ったらしい。ならば、これは俺の素の魅力だ。


 ノウェムが苦笑いをしつつ。


「ライエル様、それっぽい事を言ってごまかさないでくださいね。この状況をどうするおつもりですか? 向こうとの連絡手段がないのですが? ガレリア側も戦場とあって、潜り込むのも大変でしょうし……やはり、ライエル様があちら側に」


 あちら側に行って、戦場をコントロールしては? というノウェムの提案が、最後まで言われることはなかった。遮ったのはエルザさんだ。


「あ、いや……ちょっと待ってくれないか? ほら、以前から手紙でやり取りはしているし、今日はその……ライエル殿はこちらの陣営ではどうだろうか?」


 照れながら俺を留めようとするエルザさんは、新調した衣装を俺に見せてくる。騎士服に女性らしさを追求したのかスカートでブーツが太もも当たりまでカバーしている。


 白い肌が赤く染まった頬に、瞳が潤んでいた。


「よし、ならば俺はこっちで。まぁ、今日は日頃の行いが悪い者同士をぶつけるだけだからな。俺がこっちにいても問題ないだろう。それと、エルザさん」


「う、うん?」


 嬉しそうな笑顔になるエルザさんに、俺も笑顔を向けて。


「その服、前に見た時よりも良い感じですね。俺はスカートとブーツの間の太ももが見えている部分がそそられます」


 正直に答えると、アリアが俺の背中をつねってきた。焼餅らしい。


「なんだ、褒めて欲しいのか? 安心しろ、アリアもアリアにしかない魅力がある。俺はお前のその豪快なところが大好きだ」


 笑顔で言うと、アリアの左手が俺の頬に直撃した。


「あんたは、なんでこんな時までなんで女を口説いているのよ! しかも豪快、って何よ! 豪快、って!」


 右頬を手で押さえつつ、俺はアリアに。


「……良い平手打ちだ。だが、顔は止めてくれ。今日は忙しいから、後で相手をしてやる。夜にベッドの上でもいいぞ」


 すると、アリアの顔が真っ赤な髪と同じように赤く染まり、俺に槍を振り下ろしてきた。直撃すれば危険だが、照れ隠しだと思えば可愛くもある。


(俺でなければ死んでいる気がするが、そんなのは些細な問題だ。アリアはこれくらいないと、張り合いがないからな)


「良い一撃だ! 直撃していたら死んでいた。お前、相手が俺で本当に良かったな」


「一回くらい反省のために死になさいよ! こんな状況でまた恥を晒すの!」


 アリアが涙目だったのだが、恥と言われて首を傾げる。そして、俺はアリアが勘違いをしていると思い。


「小さいことは気にするな。恥などと思うから恥ずかしいのだ。これが俺のスタンダードだから問題ない。というか、今日は本当に忙しいから後で相手をしてやる」


 すると、ノウェムが俺の方を見て頬に手を当て首を傾げた。


「今日は見ているだけなのでは?」


 そんなノウェムが可愛いが、エルザさんもアワアワとアリアを止めようかそのままにするかで困っていたので助け船を出すために。


「まぁ、全員聞け。今日は俺がいるので心配ない。今言えるのはそれだけだ。という訳で俺は仕込みに出かけてくる。すぐに戻るから」


 堂々とした俺を見ながら、エルザさんは頬を染めて頷き、アリアは頭を抱え、ノウェムは俺に苦笑いを向けて手を振っていた。


 俺はヴァルキリーズたちに見送られつつ、使用していない天幕の一つへと入るのだった。






 天幕に入ると、モニカが鼻歌混じりに俺の使用する天幕を掃除していた。


 俺が天幕に入ると、とんでもなく良い笑顔で手を振りつつ。


「見てください、チキン野郎。このモニカ、使えないポンコツ一号から三号を指揮して、この天幕の準備を進めました! 準備は完璧です」


 ただ一人になる空間が欲しくて借りたのだが、モニカが前もって準備をしようと空回っていた。


 俺はそんなモニカの肩に手を置くと。


「ありがとう、モニカ。お前たちもよくやった。しばらく俺は一人で考え事がある。だから、お前たちは外で手伝いをしていてくれ。俺もすぐに向かうからな。頼りにしているぞ、お前たち」


 笑顔を向けると、ヴァルキリー一号から三号がポーズを決め。同時に口を開いた。


「お任せください! この完璧ヴァルキリーの一号が!」

「特別機である二号がご主人様の命令を実行します!」

「一号と二号よりも、三号であるこの私がご主人様のために!」


 ポーズを決めているが、口上がバラバラだった。モニカはそんな三体を見ながら、鼻で笑っていた。


「オートマトンがそのような呼吸も合わせず、ただ個性を強調して……見るに堪えませんね」


 すると、ヴァルキリーズたちが背中のバインダーを広げて武器を取り出そうとしたので、俺は手を叩いた。


「ほら、仕事の時間だ。お前たちは外で他のヴァルキリーズの指揮を執れ。モニカ、お前はノウェムたちのところだ」


「分かりました。このような紛い品共とは違うところをお見せします!」


 飛び出していったモニカに続き、ヴァルキリー一号から三号も天幕を飛び出していく。


 そして、笑いを堪えている三代目が、俺に言うのだ。


『らいえるサンは今日も絶好調なのかな? 爆発力が足りない気がするけどね。それより、何か秘策でもあるの? ここはヴァルキリーズを送るか、ライエルが直接ガレリアの陣営に行かないと……』


 三代目が心配しているようだが、俺には問題なかった。


「大丈夫です。今回、俺は隠れている事にしますので。ま、馴れ合いで続けてきた戦争を止めさせる良い機会です。美味い汁を吸っていた連中も、自分たちがどれだけ危険な状況下にいたのか分かれば大人しくなりますよ。まぁ、死ぬ思いをするか、本当に死んで貰う事になりますが」


 五代目が俺に対して、少し驚いた様子で。


『……おい、計画だと裏切り者同士をぶつけて弱らせる計画だろうが』


 そう言ってきた。俺もそう思っていたが、この状況ならもっと最適な方法があるのでそちらを選択するだけだ。


 それに、前から懸念もあった。


「裏でグレイシア、エルザのようにやり取りしている可能性もあります。必死に戦ったように見せるのも無理ではありませんよ。領民を本気でぶつけ、自分たちは生き残ればいいんですから」


 すると、七代目が俺の意見に感心した様子で。


『気付いていたのか、ライエル。いや、らいえるサン。だが、それでも大きな被害を受けるのに変わりはない。これ以上は領主や役人を減らしても身動きが取れなくなるぞ。バランスを考えて、今回は穏便にだな』


 俺を説得してくる七代目だが、意外なことに三代目とミレイアさんが支持に回ってくれた。そして、宝玉内の意見が二つに割れる。


(……偶数だと多数決は厳しいな)


 五代目と七代目を説得するつもりだったのだが、三代目が。


『らいえるサンの好きにやらせてみようよ。どんな結果になるか見てみたい。それに、状況を悪化させれば、最悪は二人だけでも引き抜ければ問題ないからね』


 ミレイアさんも同意見だった。


『もう少しでおとせますからね。まったく、普段もこれくらい積極的なら、見ていて飽きないのに。ギャップも大事ですけど、普段のウジウジはもう少しだけ直さないといけませんね』


 手厳しい言葉を頂いたわけだが、心配していると思えば悪くない。ただ、俺は別に最悪のケースを望んではない。


「間違っていますよ。別に二人を引き抜くつもりもありません。二人は兵を率いて戦場で戦うことに特化しています。ならば、今の状況が相応しいんですよ」


 五代目もそれには同意する。しかし、計画の変更には難色を示した。


『俺もその意見には賛成だ。賛成だが……ならば、わざわざ博打みたいな事をしないでもいいだろ?』


 七代目も。


『下手に手を加えて、二人をおとせない状況も困りますからね。というか、普通におとすという話になっているあたり、ライエルの成長を感じますな……色んな意味で』


 歴代当主たちの意見を聞きつつ、俺は笑い出した。笑いが堪えきれない。


 ミレイアさんが。


『どうしたんです、ライエル?』


 俺は咳払いをしてから、誰もいない天幕で堂々と宣言した。両手を広げ、そして天井を見上げると、天幕を支える木材が見える。


「間違っていますよ、みなさん! このライエル・ウォルトはおとすのではない! 俺くらいになれば、狙った女性は勝手におちるんですよ!」


 すると、少し間があってから三代目が笑い出す。


『自信過剰もここまで来ると流石だよね。しかし、勝手におちるというか、おとすにしてもここで失敗すれば致命的じゃないかな? それに、ライエルは普段からモニカちゃんたちとラインで繋がっているのを忘れてない? すぐに居場所は判明するよ』


 そう、俺があいつらの居場所を分かるように、あいつらも俺の居場所が分かる。そして、隠れでもすれば黙っていても探しに来るだろう。言えば命令を聞くと思うが、それでは面白くない。


 実験もしようと思っていたので、この機会を利用する事にした。


 俺はアリアから借りた剣を取り出す。魔具の一種で、セルバ攻略の際に腕の立つ騎士から譲り受けた物らしい。


 俺は笑顔で。


「大丈夫です。こいつを使えば宝玉の干渉を防ぎつつ、ラインを乱す事もできます。俺は魔具を使えませんが、道具は使いようです。逃げたいときはいつでも逃げられるのですよ。フハハハァ!!」


 魔具を使用すると、宝玉に干渉してしまい宝玉が使えなくなるのだ。そのため、今まで魔具を使用してこなかった。だが、こういった時は便利なものである。


 高笑いを上げながらそう言うと、三代目が急に慌て始める。


『……え? ちょっと待って! それだと、僕たちがらいえるサンの活躍を見ることが――』


 七代目も取り乱す。


『い、いかんぞ、ライエル! その方法ではわしらが楽しめない! もう少しだけ違う方法を……』


 ミレイアさんは俺をしかり始めた。


『ライエル、せっかくのお祭りをみなで楽しめないのは不幸ですよ。分かりました。私も協力しますから、ここはその魔具を置いて話し合いましょう。ほら、少しだけ宝玉に意識を飛ばしてくれればすぐに終わりますから』


 きっと俺を説得という名の強制で、魔具を使わせないようにする気だろう。ミレイアさんならやりかねないので、俺は笑いながら。


「もう遅い! このライエル・ウォルト……決めた事は貫く主義だ! 脅しになど屈する男ではないのだよ! では、また後で」


 剣を引き抜いて魔力を流し込むと、魔具に仕込まれたスキルが発動して宝玉に干渉する。互いに干渉して宝玉からは声が途切れ途切れとなった。


 最後に五代目が。


『おま……しらない……ぞ』


 そう言っていた。剣に魔力を流し込みつつ、鞘に戻すと俺は髪をかき上げて。


「なに、メインイベントに必ず戻りますし、そこで解除しますよ。少し待つだけです」


 聞こえていないのを承知で呟き、そして俺は。


「たまには我慢もするべきですよね、歴代当主様たち」


 ニヤリと笑いながら、俺は天幕を出て姿をくらませるのだった。すべては、互いに本気で戦って貰うために。






 ――グレイシアは、両陣営が睨み合う中で使者としてミランダを派遣した。


 それは、こんな茶番のような戦争だが、せっかく弟であるレオルドの初陣だ。ライエルには傍にいて欲しかったのである。


 建前としては、連絡を取る手段がないので誰かを派遣しろという事になっていた。だが、ミランダにはそれとなく説明しており、後はライエルがくるのを待つだけだった。


 ソワソワしながら待っているグレイシアは、天幕内で使者であるミランダが帰ってくるのを待っていた。


 周囲では落ち着かないグレイシアを、諸侯がイライラしていると思ったのか黙って俯いていた。


 レオルドが気を利かせ。


「姉上、そのように周囲を威圧せずとも……皆、十分に戦ってくれるはずです」


 グレイシアはそれを聞いて、レオルドに対して演技をした。


「ふん、戦場も知らないお前に言われてもな。未だに裏切り者がいるかも知れない状況では、いつ寝首をかかれるか分かったものではない。今日は皆の忠義に期待するとは言ったが……」


 可愛い弟にこんな事を言うのは気が引けると思いながら、グレイシアが演技をしていると天幕にミランダが戻ってきた。グレイシアが嬉しいのを我慢して、堂々とした態度で。


「来たか。ルソワースの返答は?」


 諸侯たちは使者が何を伝えたのか気にしていると、ミランダは膝をついて。


「……できぬ、と」


 ミランダもこの状況では詳しく説明する事も出来ないので、短く結果だけを伝えるだけとなっていた。


 グレイシアは立ち上がると、内心で。


(出来ないってなによ! 少しだけこっちに顔を出すだけじゃない。少しは私に気を遣ってもいいじゃ……ま、待って! もしかして、エルザの好きな人って)


 立ち上がったグレイシアは、しばらく黙っているがまた口を開いた。


「……もう一度だ。使者にはもう一度、ルソワースの陣営に向かって貰う。他の者たちは配置につけ!」


 諸侯を自分の軍勢の下へと帰らせると、関係者しかいない天幕でグレイシアが。


「ミランダちゃん、無理ってどういう事!」


 すがるようにミランダに近付くと、ミランダは頬を指でかきつつ。


「いや、その……ライエルが見つからない、って」


 グレイシアはすぐに。


「待って、あのオートマトンのモニカちゃんとか普通に連絡が取れる、って言ったじゃない! しかも全部向こうに移動するとか予定とは……まさか」


 最悪の予想が、グレイシアの頭に浮かぶのだった。それは、エルザがグレイシアの気持ちに気が付いており、ライエルを奪ったという妄想だった。


「あの女あぁぁぁ!!」


 大声を上げるグレイシアに、レオルドが必死になだめに入っていたのだった――。


「姉さん待って! 周りに誰かいるかもだから! それに相手にも事情が!」






 ――ルソワースでは、ヴァルキリーズがオロオロとしながら陣営中を探し回っていた。


 モニカなど、エルザの天幕で膝を抱えて座っている。ラインが切れたことで、ライエルから魔力が供給されないのだ。こうした時に、無駄に動いてエネルギー切れを起こしてしまわないよう、待機しているのである。


 ただ、本人はすぐに探しに行きたいのか、ブツブツと。


「あそこで私がチキン野郎から離れなければ……チキン野郎のフィーバータイムにおそばにいないとか、メイドとして失格ですよ。こんなモニカはモニカじゃない。ちくしょう……ちくしょう……」


 天幕の隅で柱を見ながら独り言を言うモニカを見て、アリアは溜息を吐いた。


「少し連絡が取れないくらいで。ライエルならそれなりの実力もあるし、きっと大丈夫よ。そうよね、ノウェ……ム?」


 アリアが横に立つノウェムを見ると、一歩下がって距離を取った。


「……え? なんでしょうか? あの、ライエル様はどこに? まだ戻られないのですか? 私もお探しに……いや、でも命令ではこの場で待機……どうしたら」


 無表情。そして抑揚のない声で、いつもの笑顔の絶えないノウェムではなかった。少しフラフラとしており、フォクスズ家の家宝である杖を握っている手が普段よりも強く握りしめられていた。


 アリアはエルザを見る。天幕の中、椅子に座っているエルザもライエルを心配していた。


「さっきは使者の人が来てから探したけど、いないから無理って断って……でも、タイミングが良すぎて」


 アリアはエルザの様子がおかしいことに気が付き、ライエルはすぐに戻るだろうと説得しようとして、先程の会話を思い出していた。


(待って、あいつさっき……今日は見ているだけとか言いながら、忙しいとか)


 これもライエルの予定なのではないか? そう説得しようとしたが、エルザが立ち上がった。


「やりやがった。あの女……そう言えば手紙で好きな人がいる、って。どう考えてもライエル殿じゃない! 使者を出すふりをして、実はライエル殿をさらったんじゃ!」


 興奮するエルザに、アリアはそれはないと言おうとした。言おうとしたが。


「それはないですよ。ミランダも私たちのなか――」

「――可能性はありますね。ミランダさんですから」


 ノウェムがボソリとそう呟いた。普段の不満か、それとも無意識なのか、本人は何を言ったのかあまり気にした様子がない。ただ、ライエルが行方不明という状況が許せないらしい。


 すると、エルザは近くにあった杖を掴んで、天幕から出て声を張り上げた。


「すぐに指揮官を集めよ! 予定は変更だ。私自ら――」


 そこまで口にして、駆けつけた兵士がエルザに告げた。鬼気迫るエルザの雰囲気に、膝をガタガタと揺らしながら。


「エ、エルザ様! ガレリアからの使者殿がまた……」


 すると、兵士の後ろにはミランダがいた。


「ライエルは見つかりました? できれば早く連れていきたいんですよ。こっちにも事情があって」


 アリアは天幕から飛び出し、ミランダの顔を見る。しかし、エルザが杖をミランダに向け。


「ライエル殿をさらうような真似をしておいて。あの女に伝えろ。馴れ合いなど金輪際しないとな。ライエル殿は奪い返させて貰う」


 エルザの宣言に、ミランダはポカーンとしてからアリアの方を見た。エルザはすぐに指揮官たちの下へ向かい、ノウェムもフラフラとしながらエルザに同行した。


 ミランダは、アリアに。


「何があったのよ。ライエルがいない、ってどういう事? それに、なんで私がさらったみたいな言い方をするのよ」


 アリアは焦りながらも現状を伝えた。ただ、アリアがこういった事に不得手なのが問題だ。何しろ、説明を聞いたミランダは。


「……あの女ぁ、大人しくしていれば随分と勝手な事をしてくれるじゃない」


 肩を震わせるミランダを見ながら、アリアは間違ったと思い。


「ち、違うの! ノウェムもライエルがいなくて様子がおかしくて、それできっと!」


 ただ、ミランダはアリアの説明を聞かずに、振り返ると乗ってきた馬のところへと向かった。


 そして、アリアに言う。


「ノウェムに伝えなさい。『そっちがその気なら、こっちもやり返す』って。それと、さっさとアリアはライエルを探してきなさいよ。……もしかして、アリアもノウェムとグルなのかしら?」


 ミランダの瞳を見て、アリアはまたしても下がって首を横に振った。ミランダは笑顔になると、アリアに言う。


「そう、良かった。アリアはお友達だものね。私を裏切らないと信じているから」


 アリアは、そんなミランダの言葉を文字通りに受け取らない。普段はガサツだが、殺気交じりのミランダの笑顔を見て何も思わないほどでもない。


 あれは警告だ。


 そう、アリアは理解していた。


(ど、どうするのよ、ライエル~!!)


 泣き出しそうなアリアは、どこかに消えてしまったライエルを探すために走り出すのだった――。


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