ダメエルさん
――アリアは、ルソワース城の一室で呆れ顔をしていた。
理由は簡単だ。ライエルがルソワースに手紙を届けに来た。それだけならなんの問題もない。問題などなかった。
だが、手紙を受け取ったルソワース城の主である女王エルザは、ライエルからの贈り物を手にとって嬉しそうにしていた。
受け取ったのは服だ。女王が着る服装にしては軽すぎるという表現は違うだろうが、どこかベイムで女性たちが着ている服装に近い。
女王が着るにはラフすぎる服装だった。ライエルのチョイスを疑うアリアだが、それを受け取ったエルザは実に嬉しそうだ。照れているのを隠そうとしているが、すぐにでも袖を通したそうにしていた。
「わ、悪いな。何度も土産を用意して貰って」
顔の赤いエルザは、いつものような冷徹という雰囲気を出していない。まるで恋する乙女だった。
それがアリアには微妙なのだ。
だが、そんな気持ちを気付く様子もないライエルは、笑顔でエルザに言う。
「ベイムに立ち寄ったときに流行の服を聞いていたんですよ。サイズの方はノウェムから聞いていたので、問題ないと思いますけどね。あ、俺はサイズを聞いていませんよ。メモを受け取っただけで、店員に渡して服を受け取っただけですから」
至れり尽くせりだ。そんなきめ細やかな対応を、普段からすればいいのにと思うアリアの表情が呆れるのも仕方がないのかも知れない。
エルザは服を手に取り。
「に、似合うだろうか? こういうのは憧れてはいたんだが、着たことが……」
ライエルは笑顔で。
「似合いますよ。ただ、残念ですが俺の方はすぐに出発しないといけません。次に来るときにでも感想を聞かせてくださいね。あ、着ていると事を見るのもいいな」
口からベラベラとよくそんな台詞が出てくるものだとアリアは頬を引きつらせていた。普段のライエルを知っているアリアからすれば、別人ではないのかとさえ思えてくる。
エルザが頬を染めて「わ、分かった。次に来るときにでも……」などと言って俯いている。
馬鹿馬鹿しくなるアリアだが、それでもエルザの護衛として傍で見ているのが仕事でもあった。ノウェムの方は別室で書類仕事をしており、この場にはいない。
「て、手紙を書かないとな! 返事を急いで書くから、少し待っていてくれ」
エルザが大事そうに服を机の上に置くと、そのままペンを手にとって引き出しから紙を取り出していた。
その様子をライエルが微笑んでみている。
アリアはライエルに近付きながら。
「なによ、次はエルザさんをたらし込むつもり?」
刺々しいアリアの言葉に、ライエルは笑顔を崩さなかった。だが、アリアは少しだけライエルが笑いながら困っているように感じたのだった。そして、寂しそうに見えた。
「分かる? 別にたらし込む必要もないけど、仲良くはしたいよね。そうだ。アリアにもお土産があるんだよ」
そう言って、ライエルはアリアの手の平に何かを握らせた。
アリアがそれを確認すると……。
「……おい、飴玉とか私は子供扱い? シャノンちゃんでも喜ばないわよ」
手の平の上に置かれたのは飴玉だった。紙に包まれており、数は三個である。
ライエルはアゴに手を当てつつ。
「そうか? ガレリアで渡したら結構喜んでいたぞ。あいつ、結構単純だし」
飴玉で喜ぶシャノンの様子が容易に想像出来てしまい、アリアは額を押さえるのだった。
「そうね。喜ぶわね。私の間違い……じゃない! なんで私のお土産が飴玉なのよ!」
アリアが叫ぶと、エルザが手紙から視線をライエルたちに向けた。そして、ライエルがなんでもないと言ってエルザに手紙を書かせる。
「騒ぐなよ。それ美味しいんだからな。しかも高いし」
割と人気があり、そして飴玉にしては値段も普通のものよりも二倍から三倍はすると聞いてアリアも。
「え、本当? なら、一つ……あ、本当に美味しい」
先程まで不満そうにしていたアリアだったが、飴玉三つで笑顔を取り戻すのだった――。
――エルザさんの手紙。
『お久しぶりです』
『以前よりも頻繁にやり取りをするようになり、両国の対応もスムーズにいっていますね』
『こちらとそちらでは気候にそれ程の差異がないと聞きますが、最近は暑い日が続いております。お体には十分にお気をつけください』
『それと、ライエル殿に以前のクリームのお礼を渡しておきました。気に入って貰えれば嬉しく思います』
『さて、本題ですが、やはりルソワースでも処分を恐れた者たちが戦場で潔白を証明するために戦争を激しく希望しております。宰相がいない今、ガレリア領主たちとの連絡手段は失われていると思いますが、気を付ける方が宜しいでしょうね』
『こちらが動く時期は二週間後を想定しております。数は前回の半分以下で――』
――グレイシアさんの手紙。
『前回、蜂蜜を受け取りました。パンにかけて食べましたが絶品ですね。ルソワースの特産品と聞きましたが、あの蜂蜜は美味しいですね。弟も美味しいといってくれました』
『本題ですが、こちらの方はいつでも準備が出来ております。領主たちが無理をして武具をかき集めておりますが、ベイムから商人が来て高値で売り払っているようです』
『ライエル殿曰く、前回の防衛戦で抱えた在庫品だそうです』
『それと、時期に関してなのですが――』
――エルザさんの手紙。
『最近、気になる人が出来ました』
『ただ、友人に聞いたら、既に複数の女性と付き合っているようです。数でいうともうすぐ二桁らしいのですが、この恋は諦めた方がいいのでしょうか?』
――グレイシアさんの手紙。
『奇遇ですね。私も気になる人が出来ました』
『複数の女性を囲えるだけの甲斐性があると、私の友人も太鼓判を押しています』
『それに、弟が慕っているので私的にもありかな、と最近では色々と考えています』
『そういえば、次の戦争で弟が初陣を飾るので、それとなく配慮して頂きたいと』
――エルザさんの手紙。
『それはおめでとうございます』
『甲斐性ですか。確かに殿方の甲斐性は大事ですね』
『それと弟さんの件ですが、私が対応するのは不自然なので部下に言い含めて弟さんの陣へ攻め込ませる流れで宜しいでしょうか? ぶつかった後に、私たちがタイミングを見計らって戦えば両陣営が下がる感じで』
――グレイシアさんの手紙。
『甲斐性は大事ですよね。二つ名持ちなので諸侯も納得すると思います』
『そうでないなら実力行使も考えています』
『それと、弟の件はライエル殿曰く難しいそうです。功を焦った両陣営の動きもあるので、下がらせて戦場の空気に触れさせる程度に留めようと思います』
「もう無理~、働きたくない」
机に突っ伏した俺は、ガレリア、ルソワース、そしてロルフィスにベイムにと激しく移動を繰り返す日々を過ごしていた。
そのせいか、体の疲れがピークに達している。俺がこれだけ酷い状況なのに、メイの方は元気なものだ。
ロルフィスの村にある拠点にしている家で、メイはルソワースの土産である蜂蜜をパンにかけて食べていた。
美味しそうに口に頬張っている姿を、宝玉内から五代目が見ている。きっとデレデレとした顔をしているに違いない。
『はぁ、いいよな。癒されるよな。もっと食べさせてやりたいな』
俺がこれだけ疲れて動きたくない状況なので、宝玉内は微妙な雰囲気だ。ムードメーカーでもある三代目の元気がないのだ。
元気がないというか、何か色々と考え込んでいた。ミレイアさんも七代目と絡みがあるだけで、今は五代目のデレデレとした様子を見ているのか。
『流石に娘の前で、幼い子供を前にしてデレデレしているのはちょっと……』
七代目が笑いながら。
『娘という年齢でもないでしょうに。アハハハ―――ハッ!』
宝玉内から銃声が聞こえてきたが、もういつものパターンなので俺は机に突っ伏したまま動かなかった。
最後のパンを口に頬張り、メイが手を叩いてパン屑を払うと俺の方を見てくる。
「ライエル、まだ調子悪いの? 明後日はルソワースで戦場に出るんでしょ? というか、食事も取ってないよ」
俺は机の上にある蜂蜜のかかったパンを見た。
「……いらない。食べたくないから、メイが食べて良いよ。というか、絶対に俺はいらないよね。なんで俺が戦場に出るの? 依頼も受けてないし、お金も出ないんだよ。逆にヴェラにお金借りて戦場に出ているんだけど?」
宝玉内からはミレイアさんのクスクスと笑う声が聞こえてきた。
『もう、他の女の子に貢ぐために、自分の女に貢がせるライエルの鬼畜野郎』
楽しそうで何よりだ。だが、本当に聞いているだけでは俺が最低に聞こえてくる。いや、最低かも知れない。違うな、最低だ。
メイは俺のパンを手にとってかぶりつくと。
「ライエルが出ないと僕たちが動けないよ。指示出して貰わないと。向こうとこっちで色々とするんだよね? というか、あの弟君が凄く気にしていたよ」
弟君とはレオルド君の事だろう。
俺を慕ってくれるのはいいのだが、レオルド君の無垢な瞳の前に歴代当主たちがいたたまれない気持ちになるらしい。できれば避けたい相手だとか。歴代当主たちにもそういった良心があるのだと再確認した。
なにしろ、ガレリアもルソワースも立て直しはするが、俺たちの計画では恩を売って戦って貰う事になっている。
善意で協力しているわけではないのだ。
「……あぁ、俺は最低だ。最低のヒモ野郎だ。だから、戦場ではノウェムたちに頑張って貰おうよ。もう、ヒモでも良いよ。といか、ヒモらしく何もしたくない。きっと今なら、誰にも負けないヒモ野郎になれる気がする」
すると、宝玉内から七代目が驚いたように。
『いったいどうしたというんだ、ライエル! 数日前までの意欲的なお前が、ここに来て急に駄目な発言ばかり繰り返して!』
五代目も俺の発言にドン引きしていた。
『お前、四代目は消えたタイミングでそんな発言とか……』
ただ、三代目は黙っていた。ミレイアさんは微妙な感じで。
『張り切りすぎて疲れたのでは? まぁ、少し頑張りすぎですよ。体調管理でしばらく休ませれば問題ありません。いつものライエルに戻るでしょう』
みなの呆れた声が聞こえてくるが、俺はそれ以上に体に力が入らず動くのも億劫だった。
この体に力の入らない感覚、そして何もしたくないというか、気力がわいてこない。
こんな事ははじめてだった。
「はぁ……もうノウェムたちに養って貰いたい」
メイは俺のパンを食べながら。
「うわぁ、これは酷い」
そう言って俺を見ていた。家の中では、そんな俺の様子をヴァルキリー一号から三号が、物陰から無表情でガン見していた。
どうしよう……注意する気力もわいてこない。
――数日後。
ガレリアとルソワースの国境では、両軍が小規模ながらも兵を率いて陣を敷いていた。
両軍の切り札である戦乙女であるグレイシア、エルザは後方に配置されており、両軍は珍しく普段は後方にいた部隊が前方で互いに睨み合っている。
そんな両陣営だが、ガレリアの本陣である天幕ではグレイシアが弟の晴れ姿に心を躍らせていた。
ベイムで発注した鎧が到着し、出来栄えも問題なく装飾も凝っている。
レオルドは慣れない鎧に身を包みながら。
「今回は姉上が動くことはないと聞きましたが、本当に宜しいのですか?」
グレイシアも武具を身に纏っており、近くには大きな持ち手に盾のついたランスが横にして台の上に置かれていた。
「問題ない。今回は互いに軽くぶつかって退くだけだからな。今年の冬からは本格的にお前に頑張って貰うから、これで当分は戦争もないはずだ」
最初から両陣営の裏切り者をぶつけ合う準備が整っていたのだ。後は、裏切り者たちを弱らせて引き上げれば大きく力を削ぐことが出来る。
長年悩みの種だった問題が、ここ数ヶ月で解決出来てグレイシアも上機嫌だった。
そんな姉弟のいる天幕では、ミランダが二人の護衛として傍に控えていた。シャノンはそんなミランダの手伝いとして傍にいる。
シャノンはミランダの袖を引っ張ると。
「お姉様、私をあれくらい甘やかしてもいいのよ?」
ミランダは笑顔でシャノンの額にデコピンをすると。
「寝言は寝てから言いなさい、シャノン。さて、本当ならライエルがこちら側に来てもおかしくないんだけど……モニカがいるから最初からあちら側なのかしらね」
そんなミランダの発言を聞いていたのは、ライエルに憧れを持つレオルドだった。
「ライエル殿が来られるのですか?」
すると、シャノンは方を上下させて。
「最初はそのつもりだったのよ。でも、必要もないかな、って」
すると、レオルドは。
「そう、ですか……少し残念ですね」
そう言って苦笑いをするのだった。初陣である晴れ姿を、ライエルに傍で見て欲しかったようだ。そんな弟の気持ちを察してか。
「……少しくらいならこちら側で参加してもいいんじゃないか?」
グレイシアがそんな事を言うのだった――。
ルソワースの天幕では、ガレリアからお弁当を持ってやってきたモニカをアリアが怒鳴りつけていた。
「モニカ! あんた何を考えているのよ!」
すると、モニカは目に涙を溜めるというオートマトンとして必要ではない機能を見せつけながら。
「だって! チキン野郎が食事もしないでやる気もなくしてダラダラするから! 栄養バランスとか気になって気になって! モニカの特製弁当をお持ちしたかったんですよ!」
泣き真似をするモニカのツインテールの左側をアリアが握り、すぐに戻るように言うのだ。
「どうでも良いのよ! あんたが向こうにいないとやり取りが面倒じゃない! ヴァルキリーズがいるにしても……」
量産型のヴァルキリーズがいれば、なんとかラインは繋がっているのでライエルは情報を仕入れることが出来る。そうして対応するはずだったのだが。
モニカはアリアから目をそらした。
「……おい」
「違います。私じゃありませんよ。あいつら、私が向こうにいるなら自分たちはこっちだ、って寝言をほざいて……」
オートマトンたちがライエルの体調不良をきっかけに、勝手な行動をはじめてアリアは頭が痛くなった。
すると、天幕にいたエルザがそわそわしていた。今日は普段と違い、特別に作らせた戦闘用の衣装を着ているらしい。ライエルに会うのを楽しみにしているようだ。
「も、もうこちらには到着しているのだろう? ならば、私も見舞いに……」
アリアはそれを手で制し。
「ノウェムが迎えに行っているので我慢してください。それにここに顔を出して貰わないと、他の人たちの目が――」
そこまでアリアが言うと、モニカがアリアの手から自分のツインテールを解放して立ち上がった。そして綺麗なお辞儀をして。
「お帰りなさいませ、ご主人様。……どうです、完璧な動作じゃないですか、チキン野郎?」
どうやらライエルが天幕に入ってきたらしい。
アリアが天幕の入口を見ると、絶句してしまう。
ライエルはとても輝いていた。爽やかな笑顔で、少し前まで倒れていたとは思えない状態だ。そしてモニカに。
「どこでも俺を迎える心構え……モニカ、お前に百点をやろう」
普段のライエルではないと、アリアはすぐに気が付いた。そして、ライエルの斜め後ろに立っているノウェムへと視線を向けた。ノウェムは、俯いて首を横に振るのだった。
「百点! このモニカに百点を頂けると? まさか、それは上限が千点ではありませんよね?」
ライエルは青い髪を右手の指先でかき上げて。
「馬鹿を言え、百点満点中の百点だ。ついでに花丸もつけてやる」
モニカはそんなライエルの様子を見て、ガタガタと震え出すと。
「帰って来た。私のチキン野郎が帰ってきた……フィーバータイムの時間だぁぁぁ!!」
天幕の中で大声を張り上げたモニカを無視して、アリアは両手で顔を覆った。
「……なんで、あんたは大事なときにいつもそうなのよ」
ノウェムもアリアの言葉に頷き。
「私が迎えに行った時にはもう……このままなんとか乗り切るしかありません」
アリアは嘆き、ノウェムは諦め、モニカは小躍りを始める。ライエルは高笑いし始めると、エルザだけは椅子に座ってその状況についていけないのだった――。




